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Sunday, March 2, 2025

すごイイ結晶育成

結晶育成で一工夫した論文を集めていく。見つけたときはふーんやりよるやん、と思うのだがしばらくたったら忘れてしまうので。結晶作るのにそこまでするんかね、と思ってもらいたい。誰がどう適当に作ってもそこそこいい感じの物性が出ればええやろと思っている無垢な物性物理学者にとってはわからないだろうが、いい試料を作るためなら労苦を惜しまない人たちがいるのだ。というより、誰でもできる手法でお手軽にできる結晶で成果出してて楽しいの?

フラックスのリストは別ブログ参照。


Liquid transport

Flux growth in a horizontal configuration: An analog to vapor transport growth, J.-Q. Yan et al., Phys. Rev. Mater. 2017, doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.1.023402

UTe2

Superconducting Phase UTe2 Single Crystals Grown by the Chemistry Vapor Transport Method, N. Li et al., Cryst. Growth Des. 2025, doi.org/10.1021/acs.cgd.4c01644

Molten Salt Flux Liquid Transport Method for Ultra Clean Single Crystals UTe2, D. Aoki, JPSJ 93, 043703 (2024), doi.org/10.7566/JPSJ.93.043703

YFe2Ge2

Unconventional Bulk Superconductivity in YFe2Ge2 Single Crystals, J. Chen et al., Phys. Rev. Lett. 2020, doi.org/10.1103/PhysRevLett.125.237002

CeRh2As2

Horizontal flux growth as an efficient preparation method of CeRh2As2 single crystals, G. Chajewski et al., Mater. Horizon 2023, doi.org/10.1039/D3MH01351K

RuCl3

Two-step growth of high-quality single crystals of the Kitaev magnet 𝛼−RuCl3, R. Namba et al., Phys. Rev. Materials 8, 074404 2024, doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.8.074404

Self-selecting vapor growth

Self-selecting vapor growth of transition-metal-halide single crystals, J.-Q. Yan et al., Phys. Rev. Mater. 2023, doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.7.013401

Fe1-xCoxSe

Structural and resistivity properties of Fe1-xCoxSe single crystals grown by the molten salt method, Q. Wang et al., J. Crystal Growth 2024, doi.org/10.1016/j.jcrysgro.2024.127633

Solvent evaporation

Growth of Transition-Metal Dichalcogenides by Solvent Evaporation Technique, D. A. Chareev et al., Crystal Growth & Design, 2020, doi.org/10.1021/acs.cgd.0c00980

MoS2, WS2

Liquid Salt Transport Growth of Single Crystals of the Layered Dichalcogenides MoS2 and WS2, F. A. Cevallos et al., Crystal Growth & Design, 2019, doi.org/10.1021/acs.cgd.9b00785

Refractory-Volatile Element Deep Eutectic Regions

Use of Refractory-Volatile Element Deep Eutectic Regions to Grow Single Crystalline Intermetallic Compounds, T. J. Slade et al., ZaaC, 2022, doi.org/10.1002/zaac.202200145

Refractory (融点が高く反応しにくい)元素とvolatile (蒸気圧が高い)元素の組み合わせの化合物を単結晶合成するときのアイディアが書かれている。基本としては融点と蒸気圧の低い共晶点が状態図の中にあって、そこまでどうやって適切に持っていくかである。

重要な指摘は2つで、1.refractoryは反応しにくいので表面積の大きなpowderなどを使うこと、2.フラックスの最適化の前処理として高温でいったん遠心分離にかけて融け残ったり析出してしまっている不純物相を取り除いてから本処理を行うとよい、である。当たり前に聞こえるが、それをちゃんと書いてくれるのはありがたい。

Solutions for the synthesis of sulfur-bearing compounds

Development of viable solutions for the synthesis of sulfur bearing single crystals, X. Lin et al., Phil. Mag., 2012,  doi.org/10.1080/14786435.2012.671552

硫化物の単結晶を育成しようとしてまず思いつくのがヨウ素などを輸送剤として使用した化学蒸気輸送法(CVT)だがいくつかの低融点金属はわずかながら硫黄を溶かすのでフラックス法に使える。意外なのはPd, Co, Niなどそれ自体は高融点金属だが硫黄とは共晶系をとることである。

注意点として硫黄は蒸気圧が高いのでむやみに温度を上げると封かんした石英管内で膨張し爆発することである。試すときはまず少ない量の硫黄から始めよう。

Hydrothermal transport

Hydrothermal growth of single crystals of the quantum magnets: Clinoatacamite, paratacamite, and herbertsmithite, S. Chu et al., Appl. Phys. Lett. 2011, doi.org/10.1063/1.3562010

Weak ferromagnetic order breaking the threefold rotational symmetry of the underlying kagome lattice in CdCu3(OH)6(NO3)2 · H2O, R. Okuma et al., Phys. Rev. B 2017, doi.org/10.1103/PhysRevB.95.094427

Canfield crucible set

Use of frit-disc crucibles for routine and exploratory solution growth of single crystalline samples, P. C. Canfield et al., Phil. Mag., 2016, doi.org/10.1080/14786435.2015.1122248

いまでは業界の常識になりつつあるCanfield Crucible Set (CCS)によるフラックス法の論文。フラックスを遠心分離するときに必要なストレーナー(strainer)をアルミナでつくることと、フラックスをキャッチするもう一つのアルミナるつぼを用意しているのがポイント。

ほかの手法では、石英ウールをストレーナー兼キャッチとして使用する場合があるが、試料にシリコンが混ざるのと使用済みフラックスを再利用できないことが問題である。アルミナ製ストレーナーはその分コストもかかるので予算と相談だ。

Friday, January 3, 2025

2025年 勉強になった論文、疑問な論文

これまでは論文紹介ブログ(https://berman-shoenberg.blogspot.com/2023/06/blog-post.htmlhttps://berman-shoenberg.blogspot.com/2022/02/blog-post.html)で取り上げてきたが、新しいブログページとして2025年に読んだ論文で勉強になったものをあげていく。逆にちょっとおかしいなという論文もコメントとともにあげていく。誰も読んでいないブログだから、論文の著者が見とがめて炎上する心配は万に一つもないだろう(これは去年別ブログで検証済み)。誰かが面白半分にXで取り上げる可能性も無視できるほど小さい。

フラックス論文の収集は引き続き別ブログで行う。

単結晶合成法として興味深いものは別ブログで紹介する。

橙字で記したものはブログ筆者の心の声である。その場で思った感想なので間違っているかもしれない。

追記:本ブログの意図を読者に誤解してほしくないのだが、別に論文の価値を下げたり著者らの浅薄さを揶揄したりしたいわけではないということである。もし記述にそのような気配があるのだとしたら、単にそれは読者に読んでもらいやすくするための演出である。面白がって読みながら、ちょっと立ち止まって本当にそうなのか?ちょっと自分でも考えてみようとなってくれたならブログ筆者の期待するところである。

また研究を始めたばかりの学生の方々に向けて気づいてほしいこととしては、一流誌に載るような、厳しい査読を経ているはずの論文にさえこのような初歩的なミスがたくさんあるということである。無謬性の信仰は科学研究をする上で邪魔でしかない。論文は、その道のエキスパートが心血を注いで紡ぎあげた芸術作品などではなく、いい加減な分担作業・流れ作業の中で適当に書かれて適当に査読され適当に出版されていたりする場合もたくさんあるである。論文というものの性質を理解し、読むときの自己責任性と注意深さ、批判的な視点の必要性を喚起することが目的である。


39. Impact of tiny Fermi pockets with extremely high mobility on the Hall anomaly in the kagome metal CsV3Sb5, arxiv.org/abs/2503.15849 (2025).

パラメーターが7つ以上あれば象だって描けるぞう。ホール効果がクネクネしたら逆オッカムの剃刀の出番だ。時間反転がhidden orderしてベリー位相が異常ホールしていると言えば高IF誌に直結する。しかしマルチバンド効果を使っても説明できるのでこういう論文によって反論されるわけである。物性物理学はいったいいつまでこのおバカなやり取りを繰り返せば気が済むのだろう?

この手の解析で判断が難しいのは、時間反転対称性の破れ由来の成分が思っていたより大きくないにしても、ゼロであるとは言えないことである。単にゼロだと仮定した場合でも解析に不備は生じないといっているだけである。非単調なホールのどこまでが多バンド由来でどこからがTRSB由来かの切り分けを可能にする解析法の開発が必要である。バルクの輸送測定でそんなことは期待できそうもない。あるいはもうTRSBの証拠をホール測定に頼るのを全くあきらめてしまうほかないのではないだろうか。

非単調ホール伝導率(σNMxy)が1000 cm2/Vsより大きいのはベリー位相由来にしては大きすぎるというのは理にかなった論拠である。某論文では揺らぎがあれば大きくなりうるというヤラせ理論を根拠にこれを意図的に無視するという邪悪な解釈を提案し分野の信頼を破壊したわけだが。

電子線照射によってホール効果がずいぶん変わる一方で量子振動の周波数に変化がないことはフェルミ面やバンド構造を変えずに移動度を変えることに成功している証拠といえる。縦抵抗率の絶対値がどれくらい変わるのかやρT曲線はdoi.org/10.1038/s41467-023-36273-xを参照。


38. Origin of Cusp-Like Feature in Hall Resistivity of Uniaxial Ferromagnet in Non-Orthogonal Hall Geometry, arxiv.org/abs/2503.07163 (2025).

一軸異方性のある磁性体に対して傾けた方向に磁場をかけて異常ホール効果を測るとカスプ状の磁化に比例しない応答が出ることがよくある。これを指してトポロジカルホール効果だと言い張るおバカ論文群が最近よく見られるようになってきた。

H. Algaidi et al., APL Mater. doi.org/10.1063/5.0245797

Y. You et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.100.134441

R. Roy Chowdhury et al., Sci. Rep. doi.org/10.1038/s41598-021-93402-6

M. Huang et al., Nano Lett. doi.org/10.1021/acs.nanolett.1c00493

S. Roychowdhury et al., Adv. Mater. doi.org/10.1002/adma.202305916

S. Roychowdhury et al., Chem. Mater. doi.org/10.1021/acs.chemmater.1c02625

L. Xu et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.105.075108

D. Huang et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.107.224417

D. Huang et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.109.144406

明らかに査読者も著者も磁性をよくわからずにバカの一つ覚えのようにホール効果を磁化と比べる解析をするためそのような悪質な論文が蔓延するようになっており分野の凋落を象徴していたが、これに異を唱える論文が出てきていて喜ばしい。あまりにも簡単に説明できることなのでバカらしくて誰もわざわざ指摘しようなどと思わないようなことに対しても、きちんと労力を割いて指摘することは敬意を表するべき行いである。


37. On the sign of the linear magnetoelectric coefficient in Cr2O3, doi.org/10.1088/1361-648X/ad1a59 (2024).

Cr2O3は線形電気磁気効果が生じる物質として最初に見つかった。これに対して中性子散乱実験を行って、電場をかけたときにスピンがどの方向に傾くのかなどを調べている。要するに反強磁性ドメインA, Bに関してαテンソルの各成分の符号が実際にどっちなのかを確かめた論文。符号問題は現象論的に議論される際に無視されることが多く、どっちなのかを確かめたのは地味だが重要だ。DFTとも整合するのもよい。


36. Sign Reversal of Hall Conductivity in Polycrystalline FeRh Films via the Topological Hall Effect in the Antiferromagnetic Phase, doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c05329 (2025).

典型的な偽トポロジカルホール効果論文である。特に磁化測定に関するMethodsの記述が本文と矛盾している。またホール効果の記述が正しくなされていない(Fig. 3が誤った図になっている)。そして磁気構造も調べられていない。不明瞭な測定データに基づいた不明瞭な解析の結果出てきたシグナルを根拠なく解釈している論文である。

トポロジカルホール効果解析において、正常ホールと異常ホールからなるバックグラウンドを生データからいかに正確に差し引くかが重要である。しかし、バックグラウンドを恣意性なくまた系統的な誤差を少なく見積もるためのノウハウが共有・確立されておらず、それぞれのグループが適当に見積もったバックグラウンドを著者に都合のいいように使用している。当然いい加減に見積もられたバックグラウンドを生データから差し引くとうねうねした残差が残るのでそれをトポロジカルホール効果だと言い張れば論文になってしまうのである。

この論文が特段クオリティが低いわけではなく、似たような論文は近年おびただしい量出版されている。特にAdvanced系、Nano Lett.などのACP系、AIP系においては無法地帯となっている。業界に自浄作用がなく、早晩成り立たなくなっていくだろう。


35. Interlayer exchange tuned magnetotransport properties in the kagome antiferromagnet YMn6⁢Sn6, doi.org/10.1103/PhysRevB.111.054434 (2025).

いつものようにホール効果が磁化過程に伴って複雑に折れ曲がる効果に対してトポロジカルホール効果の抽出を主張している論文である。

ほかのトポホ解析論文とは比較にならない点としては解析するための式が単に正しくないという点がある。ホール抵抗率の式として

ρH,wrong=ρNH+ρAH+ρTH=R0H+SHM+ρTH

と書いてあるが正しくは

ρH,correct=ρNH+ρAH+ρTH=R0H+ρ2xxSHM+ρTH

である。当該物質はρxxが磁化過程に相関して変化をしているので、第二項はρxxの磁場依存性の影響を受ける。これを磁場依存しない定数と置いているなら、第二項の正しい見積もりになっておらず、したがってρTHの成分も正しく抽出できないことになる。これは当然結論に深刻な懸念を与える。専門家がこれを見落とすことは考えられないので、査読が機能せず残念である。


34. Anatomy of anomalous Hall effect due to magnetic fluctuations, https://arxiv.org/abs/2502.11702 (2025).

異常ホール効果は系の時間反転対称性の破れに起因して磁化由来で発現する。その成分を抽出したい場合、ゼロ磁場で自発磁化が出る場合は単にゼロ磁場のホール抵抗率を見ればいいわけである。しかしソフトな磁性の場合ゼロ磁場ではドメインができてしまってトータルの磁化はゼロになってしまい、異常ホール抵抗もゼロになってしまう。通常ちょっと磁場をかけてドメインを偏極させて、ゼロ磁場に外挿することで代わりとするのだが、これだと転移点より高い温度でも異常ホール効果が”出て”しまうわけである。これに対してTRSB由来の成分を抽出するためのアプローチを提案している(と思われる)。

大事な観点だが、いかんせん文章中に異常ホールをどう定義するのか、特に磁場はBなのかHなのか、反磁場の効果はどうするのか、といったこの手の話題を気にする研究者全員がまず初めにはっきりさせるであろう基本的なことが書かれておらず、あろうことか磁化のデータすら示していない。サプリはuploadされていないのだが、本文中の論証をもっと丁寧にしてほしいものである。


33. Higher-order skyrmion crystal in van der Waals Kitaev triangular antiferromagnet NiI2, https://arxiv.org/abs/2502.14167 (2025).

NiI2は基底状態はらせん磁性だが、常磁性とらせん磁性を挟む中間温度領域で別のincomm.相がある。従来の解釈ではsingle-Qと考えておくべきであるが、それがtriple-Qであるという主張をしている。さらにsinusoidal triple-Qなのでskyrmion数 -2のhigher order skyrmion格子相であると言っている。

最終段落でExperimentally distinguishing between a single-Qm ordered structure with three domains and a single-domain triple-Qm structure is inherently challenging. ~Given these considerations, interpreting the intermediate phase as the SkX-2 phase is the most reasonable explanation.と言っているように上記解釈は実験的に確かめられたわけではなく、推測である。実験データでの検証が明らかに足りておらず、ちゃんとした査読に耐えられない。とはいえMnSc2S4という実験的実証なしの主張でも論文になる例もあるので、査読を通過することは可能であろう。アイディア自体は面白いと思うので、single-Qを否定する証拠を積み重ねていくと信頼度が向上するだろう。


32. Mechanism of Type-II Multiferroicity in Pure and Al-Doped CuFeO2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.066801 (2025).

CuFeO2はプロパースクリュー磁気構造、通常のスピンカレントモデルが当てはまらないマルチフェロイクスだ。新規メカニズムのd-p軌道混成機構なら説明できる。こういう”おバカ解釈”が一昔前は大まじめに考えられてきたが、単に系の対称性が低いことで説明可能でd-pメカニズムの寄与は不要である。電気分極に関するいい加減な考察で不要な混乱が起きて分野が消耗したが、ようやくgeneralized inverse DM機構が主流な理解になりつつあるようで喜ばしい。


31. Spin-orbit control of antiferromagnetic domains without a Zeeman coupling, doi.org/10.1038/s41535-025-00736-9 (2025).

Nd0.1Ce0.9CoIn5において面内磁場で反強磁性ドメインを制御している。当物質は正方晶でモーメントはc軸、incommensurateな変調が[110]もしくは等価な方向[1ˉ10]に走っている。一見面内磁場ではqドメインをそろえられなさそうだができるようだ。似た現象はCeCoIn5でも見えているようだ(doi.org/10.1038/NPHYS2833)。対称性の観点からは当たり前だが、実際にこういう現象が見えている物質はあまり知らない。

磁場を面内で回転させながら抵抗率の角度依存性を測ることでもドメインの変化を検証している。技巧的なのは電流の方向を結晶軸[110]から14だけc軸周りに回転させた向きにしていることだ。(わざとである、わ・ざ・と。試料の整形に失敗しちゃったというわけではない。念のため。)こうしておくことでローレンツ力由来の磁気抵抗効果によって抵抗が極小・極大になる角度を結晶軸からずらすことができる。ドメイン由来の磁気抵抗は磁場が結晶軸の高対称軸に向いたときに特徴的なふるまいを示すので、両者の効果を切り分けられるようだ。頭イイ(こういう論文を紹介することが本ブログの主目的である。)!


30. Super-geometric electron focusing on the hexagonal Fermi surface of PdCoO2, doi.org/10.1038/s41467-019-13020-9 (2019).

PdCoO2という酸化物にもかかわらず貨幣元素に匹敵する電気伝導率を有する物質のフェルミ面の形状に由来した異方的伝導特性をFIBデバイスにより調べた論文。

素晴らしい研究だが、結晶軸を取り違えている。Fig. 2aを一目見れば誰でもわかるようにa,b軸の方向は30回転する必要がある。つまり結晶の6角形の面の辺の方向に沿ってa軸が走る。これは三角格子を形成するイオン性結晶の特徴である(もしくは結晶面の出方からも推察できる。Laueを取るまでもない)。

上記のミスは論文の結論に致命的な打撃を与えるかというとそうではない。続くFig. 2bでは今度は逆格子空間の向きを取り違えている。Fig. 2bのtop panelをみると結晶の6角形の形状が分かる。もしFig. 2aの結晶軸の割り当てが正しいならFig. 2bのmiddle panelのBZの6角形は30向きを間違えている。2回向きを取り違えるというおバカミラクルによって、正しい結晶軸に整合した正しいBZの向きに戻っている。おしい。よかったね。(というよりこういうのは実際は結晶軸の方向を確かめずに測定を行ったあとで、実験結果の解釈につじつまが合うようにパワポ芸をしているんだろう。邪推だが。)

hexagonal, trigonal結晶の結晶軸や面の取り違えは代表的なおバカ結晶学なので論文を読むときは注意しよう。そのような間違いをしている論文は例えばdoi.org/10.1073/pnas.2401970121,


29. Thermal Transport Coefficients of a Superconductor, doi.org/10.1103/PhysRev.136.A1481 (1964).

超伝導体の熱電効果や熱伝導がどうなるかが考察されている。超伝導体は伝導率が無限大なので通常の金属で使える方程式が成り立たない。#28のithを考える際にも大事になりそう。しかしLuttingerの論文にもかかわらず引用が26しかなくて不安。Stephan (1965): doi.org/10.1103/PhysRev.139.A197もよさそう。これを読むと電流と電場、温度勾配、化学ポテンシャル勾配の関係は

J=ρsvs+K1((e/m)E+(1/m)μ)K2(T/T)

となって、定常状態なら第二項が消えて
J=ρsvsK2(T/T) 
となる。第一項は超伝導電流。このことはつまり外部電流J一定の境界条件のもとでは超伝導電流密度の項と温度勾配由来の項が影響を及ぼしあうということである。温度勾配が一定だとするとそれに応じて超伝導電流密度は温度勾配がない場合より大きくなったり小さくなったりするということのようだ。これなら臨界電流に関する非相反が出そうである。ただし、符号まで含めて#28を再現するかはよくわからない。この場合、臨界電流はJ=Jcになったときにおきるのか、ρsvs=J+K2(T/T)=Jcになったときなのか?FeSeではK2(T/T)>0である。そのため、前者の場合、thermoelectric currentの分だけ臨界電流は減少し、#28の議論は正しい。一方後者が正しい場合、臨界電流は向上するし、観測と逆である。超伝導の知識がないのでよくわかりません。誰か知ってる人います?


28. Field-free superconducting diode effect in layered superconductor FeSe, arxiv.org/abs/2409.01715 (2024).

超伝導ダイオードが時間反転の破れがなくても出ると言っているようだ。超伝導はエアプなのでこの話題はあまりよくわからない。想定外のアーティファクトなのだとしたら重要な指摘だ(真顔)。これまでの先行研究を再検証する必要を感じるのでメシがうまい。(ジュール熱の効果はこの手の現象においていの一番に考えることなので先行研究で考慮されてないなんてことはないはずなんだがダクター?)

サンプルがくさびのような形だと接触抵抗やらジュール熱の緩和の非対称性やらで温度勾配ができてしまって、熱電効果によって生じる電流ithなるものの効果を考えないといけない。この余分な電流はサンプルの形状などによって決まるので常に同じ方向に流れている。すると外からかけている電流Iextithに平行なら実際より余分に電流密度があることになり超伝導は壊れやすく、反平行なら逆になる。こうして非相反性が生まれる。

現象論的にはそういわれると確かにありそうだが、基板や電極に貼り付けられた微小サンプルに実際温度勾配がどれくらいつくものなのかはっきりしない。それが観測にかかるほどの効果を生み出すのか非自明だと思う。またithにくみするキャリアはどこから供給されてどこにドレインされるんだろうか?電流計をつないで定電流モードで測っているんだからIext+Ithは常に一定になるのではないのか?だとしたら電流の総量が流す向きによって異なるなんてことにはならなそうに思う。

ちゃんと読めばわかるのかもしれないが、いかんせんp5-7にまたがる巨大な1段落が長すぎて読む気が起きない。ポストモダン小説の趣きといえなくもない。メシがうまいからまあいいか。

似た議論がPRBにアクセプト済みだ(arxiv.org/abs/2502.08928)。反論とかも出てこないか楽しみだ。


27. Absence of Nematic Instability and Dominant Response in the Kagome Metal CsV3⁢Sb5, doi.org/10.1103/PhysRevX.14.031015 (2024).

Nat. Phys.の論文(doi.org/10.1038/s41567-023-02272-4)におけるCsV3Sb5のelastoresistive effectの解析が間違っていることを明らかにした論文。かなしいなあ。

modified Montgomery法ではResistanceからResistivityに換算しないと異方的抵抗率の正しいふるまいを理解することはできない。これはRxxρxxの関係が線形でないことから引き起こされる。引用文献にも上げているmodified Montgomery法の提案をしている論文(doi.org/10.1063/1.3652905)を読めば自明なのでなぜ気づかないのかは不明。

modified Montgomery論文(doi.org/10.1063/1.3652905)とオリジナルのMontgomery論文(doi.org/10.1063/1.1660656)の違いは原理的には皆無である。ただしオリジナル論文は結局何を計算すればいいのか?という誰もが期待する情報を書かないという意味不明な方針で論文が書かれている。modifiedの方は解析的な式と近似式を明示的に示しており、実践的な価値がある。

解析のアイディア:等方的な媒質直方体試料を考えて、抵抗率をρ、試料の寸法をL1×L2×L3とする。1つの長方形の面(L1×L2のを選ぼう)の角ABCDのABに電流を流し、CDの電圧を測ることで抵抗R1(=VCD/IAB)を求め、同様にBCに電流を流しながらADの電圧を測ることで抵抗R2(=VAD/IBC)を求める。

抵抗率ρR1, R2はとあるパラメータHi (i=1,2), E を使って

ρ=H1ER1=H2ER2

と書ける(doi.org/10.1063/1.1660657)。ここで

H11=4/πn=02/[(2n+1)sinh[π(2n+1)L2/L1]]

H12=4/πn=02/[(2n+1)sinh[π(2n+1)L1/L2]]

で試料の形状の特にL1,L2のみで決まる。抵抗の異方性や形状の異方性が大きくない場合、良い近似として

H1(π/8)sinh[πL2/L1]

H2(π/8)sinh[πL1/L2]

が使われる。

またELi (i=1,2,3)で決まる量である。とくに平板状の試料でL3/(L1L2)1/2<0.5が成り立つくらいL3が薄ければE/L31とおける。

上記近似の範囲で抵抗率は

ρ=π8L3R1sinh[πL2/L1]=π8L3R2sinh[πL1/L2]

と書ける。

ここで今度は異方的な結晶で抵抗率テンソルが対角項のみ(ˆρ=diag[ρ1,ρ2,ρ3])であらわされ、直方体の寸法がL1×L2×L3である試料を考えよう。この試料をMontgomery法で測定したものは実効的に等方的抵抗率ρ(=(ρ1ρ2ρ3)1/3)の寸法がLi(=Li(ρi/ρ)1/2) (i=1,2,3)である試料と等価になる(Wasscher変換, Philips Res. Repts. 16 301-306, 1961, doi無し)。

このことから上記のρに関する式は有効等方試料の抵抗率とみなすことができて、元の異方的試料の抵抗率に戻してやることができて

ρ1=(π/8)E(L2/L1)(L1/L2)R1sinh[πL2/L1]

ρ2=(π/8)E(L1/L2)(L2/L1)R2sinh[πL1/L2]

となる。ここでL2/L1

L2L112[1πlnR2R1+[1πlnR2R1]2+4]

と近似される。ただし、常にR2/R1>1とする(導出にはそう書かれているが実際この制限は必要ない.下記参照)。ここでρ1R1に対して線形でないと気づく。

また有効的な試料厚さは

E=E(L3/L3)

で与えられ、E=L3と置けるのはE/L31と置けるときであることが分かる。それを検証するには上記のようにL3/(L1L2)1/2を見積もる必要があり、

L3/(L1L2)1/2=(L3/L2)(L2/L1)1/2=L3/L2(ρ3/ρ2)1/2(L2/L1)1/2

と置けるので、面内vs.面直の抵抗率の比が分かっているとよさそうだ。つまり標準的な4端子法でいいので、面直抵抗率ρ3を測っておく必要がある。単に試料形状が平板状であればいいというわけではないことがちょっとした落とし穴で、系の二次元性が高く、ρ3/ρ1>100とかになる物質もあるので注意が必要な場合もある。ただし、Eρ1,ρ2のどちらにも同じように入っているので、面内の抵抗率の異方性の議論には影響しない。

測定の手順としては試料の寸法(L1,L2,L3)を測り、Montgomery法で抵抗R1,R2を測り、L1/L2を見積もればその逆数からL2/L1が計算できるので、抵抗率ρi,ρjが見積もれるというわけである。技術的な注意点としては試料をちゃんと直方体に整形すること、電極をコーナーの点極限になるようにできるだけ小さくつけることであろう。

ここでL2/L1R2/R1を結びつける近似式について補足する。論文中の導出ではR2/R1>1という制限があると記述されているが(doi.org/10.1063/1.3652905, Eq. (13)の直後)、実際は当該式はR2/R1<1でも成り立っている。実際に確かめてみよう。1πlnR2R1=xと置いて、

L2/L1=12[x+x2+4]

と書ける。一方、

L1/L2=12[x+x2+4]

これの逆数を取って

(L1/L2)1=2[x+x2+4]=12[x+x2+4]

これは正確にL2/L1に等しい。論文中の制限は不必要である。

追記:最近気づいたが、この手法はある条件下では間違った解釈を生み出してしまいかねない。適用できない条件下でむやみに公式を当てはめて議論するいわゆる”おバカ解析”の罠が潜んでいる。いつかそういう論文を見かけたら書いてみよう。


26. Unraveling effects of competing interactions and frustration in vdW ferromagnetic Fe3GeTe2 nanoflake devices, arxiv.org/abs/2502.05018 (2025).

トポロジカルホール効果に関する”おバカ解析”の典型である。磁化容易軸とは垂直な面内に磁場をかけてホール応答が非自明だ云々と無意味な議論をしている。

異常ホール効果はxy平面に垂直な磁化に比例するものなので、面内に磁場をかければ磁化が傾いていき、低磁場で有限であったものがだんだん減少していき、高磁場極限でゼロになる。磁化に比例しないふるまいになるのは当たり前である。


25. Anomalous Nernst effect of Fe3O4 single crystal, doi.org/10.1103/PhysRevB.90.054422 (2014).

ネルンスト係数の符号の混乱の原因を作った論文の一つ。これより古い文献があれば教えてほしい。

熱電効果を議論しようとするとき、熱電テンソル(ˆS)を使って

E=ˆST

と置くのがよいだろう。x軸方向の温度勾配に対して平行に生じる電場は普通のゼーベック効果で

Ex=SxxTx

となり、自然に従来の定義とつながる(たしかゼーベック自身かモットあたりがこう定義したんだったはず)。

この場合、x軸方向の温度勾配に対するy軸方向の電場はネルンスト効果に対応する。そうであるならば

Ey=SyxTx

と書いてSyxという表記でネルンスト係数とするのが自然だろう。(輸送現象のテンソル方程式はEi=SijjTとするのが自然。)ところが当該論文では何を考えたのか

Ey=SxyTx

と表記してSxyをネルンスト係数と定義してしまったのである。このため、これを何も考えずに踏襲してネルンスト係数を議論する派閥とテンソルの定義として自然なSyx(=Sxy)をネルンスト係数として議論する派閥が分かれてしまった。このため両者同じ係数を測っているはずなのに表記上は符号が真逆になることになる。同じようなことはホール抵抗率でも起きている(別ブログ参照)。そのため各文献で定義がまちまちで係数の符号の整合性が取れない原因になっている。異常ネルンスト効果の符号が違う材料を接合して熱電材料を作ろうとしている人たちはこんな状況でちゃんとやれているのか?

引用文献として挙げられているdoi.org/10.1103/PhysRevLett.99.086602doi.org/10.7567/APEX.6.033003ではちゃんと定義できている。要するに書き写す輩が阿呆なのだろう。


24. Characterization of Lorenz number with Seebeck coefficient measurement, doi.org/10.1063/1.4908244 (2015).

える しっているか?ローレンツ数(L=κ/σT)はゼーベック係数(S)で与えられる。

L=1.5+exp(|S|/116)

おいおい冗談だろ。


23. Weighted Mobility, doi.org/10.1002/adma.202001537 (2020).

モビリティでよく知られているのはホールモビリティ(μH)でμH=σRHで与えられる。ここでσ,RHは伝導率とホール係数。モビリティが1 cm2 V1 s1より大きいときに使われる。一方でモビリティが小さいとき、抵抗率とゼーベック係数(|S|)からモビリティを見積もるweighted mobility (μw)を提案している。式て書くと

μw=33σ8πe(2mekBT)3/2[e|ˆS|21+e5(|ˆS|1)+3π2|ˆS|1+e5(|ˆS|1)]

で与えられる。ここで|ˆS|=|S|e/kBおいおい冗談だろ。


22. Room-temperature unconventional topological Hall effect in a van der Waals ferromagnet Fe3GaTe2, doi.org/10.1063/5.0245797 (2025)

トポロジカルホール効果に関する”おバカ解析”の典型である。磁化容易軸とは垂直な面内に磁場をかけてホール応答が磁化に比例しないという無意味な議論をしている。


21. 

これは面白そうな物質だ。だれにもいわんとこ


20. NiSi: A New Venue for Antiferromagnetic Spintronics, doi.org/10.1002/adma.202302120 (2023).

Altermagnet候補のNiSiのトランスポートの研究である。Fig. 4(a)がHall resistivity (Rxy)にもかかわらず磁場に関して対称なふるまいをしていて意味をなしていない。Supplementaryを読んだりするとわかるが、Hall conductivityの表式も間違っているし、van der Pauw法の記述も原理を理解しているか怪しい。ひょっとして専門家ではない?某研に横取りされないか心配だ。

ちなみにD. K. Singh et al.の論文(doi.org/10.1002/apxr.202400170)で紹介されているがarXiv版(2402.17451)から引用が一つずれているため、誰もたどり着けるものはいない。


19. Peculiar Magnetic and Magneto-Transport Properties in a Noncentrosymmetric Self-Intercalated van der Waals Ferromagnet Cr5Te8, doi.org/10.1021/acs.chemmater.4c02996 (2025).

トポロジカルホール効果の発現を主張しているが、ホール抵抗率と異常ホール効果によるフィットを見ると両者の一致は極めてよく、測定誤差と区別がつかないほんのわずかなずれがあることを拡大してトポロジカルホール効果を主張するのは無理がある。


18. Spin-Triplet Excitonic Insulator in the Ultra-Quantum Limit of HfTe5, arxiv.org/abs/2501.12572 (2025).

ホール伝導度の見積もりが誤っている。正しくは

σxy=ρyx/(ρ2xx+ρ2yx)

よってプロットの符号は正負逆転する。電子・正孔の割り当ても反転する。論文の結論に壊滅的な打撃を与えるかは不明。逆行列の計算くらいできないものか。

同様の間違いをしている論文: arxiv.org/abs/2308.09695doi.org/10.1002/adfm.202424841,

上記論文ではこの論文(doi.org/10.1103/PhysRevX.8.041045)が引用されていて、ここでは正しい数式が使われている。要するに書き写す輩が阿呆なのである。


17. Origin of the turn-on temperature behavior in WTe2, doi.org/10.1103/PhysRevB.92.180402 (2015).

いわゆる逆オッカムの剃刀を使った解釈の筆頭として、XMR物質の磁気抵抗曲線を金属絶縁体転移とする主張があげられる(doi.org/10.1038/nphys3581)。これを思考停止で真似をして、抵抗-温度曲線をギャップ関数ρexp(Eg/kBT)でフィットしてギャップEgを見積もるという"おバカ解析"をする論文が後を絶たず、トポロジカルホール解析と並んで分野の腐敗を象徴していると誰かが言っていた。表題論文他、マルチバンドなどのconventionalな枠組みで説明する試みをメモしておくことで、おバカ解析をしてくる論文を査読するときに備えよう(今現在査読をしている論文とは一切関係がないことはここに明言しておく)。

LaBi: doi.org/10.1088/1367-2630/18/8/082002

PtSn4: doi.org/10.1103/PhysRevB.97.205132

Td-MoTe2doi.org/10.1103/PhysRevB.96.075132

WTe2doi.org/10.1103/PhysRevLett.115.046602

Graphite: doi.org/10.1016/j.ssc.2003.11.037, "we find that a simple two-band transport model can qualitatively describe the temperature and field dependence, without appealing to a M–I scaling description."

Bismuth, Graphite: doi.org/10.1103/PhysRevLett.94.166601

一方で金属絶縁体転移を主張したい勢力もいる。マルチバンドに言及せずにおバカ解析をする論文は論外なので除外するとして、マルチバンドの効果も意識しつつ解析を試みている論文には一定の評価をしておいた方が論の防御力をあげられる。

Graphite: doi.org/10.1103/PhysRevLett.87.206401

InBi: doi.org/10.1103/PhysRevB.107.205111


16. Twofold symmetry of c-axis resistivity in topological kagome superconductor CsV3Sb5 with in-plane rotating magnetic field, doi.org/10.1038/s41467-021-27084-z (2021).

磁気抵抗の磁場を印加した方向についての依存性から系の対称性を調べている論文。データの解析法、見せ方に関して数学的に正しくないところが散見されるが、結論については問題なさそうだ。同様の奇妙なプロット法は他の論文にもみられる。doi.org/10.1021/acs.jpclett.3c02922

ぱっと見即座に指摘できる誤りは、(1)ホール伝導度σxyの表式が間違っている(正孔と電子の割り当てが逆になる)こと、(2)フーリエ級数展開に関する誤解(θに関するFFTの場合、逆空間の変数はθにならない)があげられる。議論したいことが何かはわかるが、学部数学の初歩的な誤解は情けないと言わざるを得ない。

後者は単斜晶であり、解析がさらにややこしくなる(だとしても輸送物性の初歩である)。たとえば伝導率テンソルを計算したい場合、逆行列をとる抵抗率テンソルの対角項はそもそも等しくないし(ρxxρyy)、非対角項には磁場に関して対称な成分と反対称な成分(ρyx=ρsyx+ρayx)がある。これらをただしく測定して逆行列計算しないと伝導率テンソルにならない。注意しないと解析結果が全滅する可能性もあるが、これは詳しく見ないと判断できなさそう。


15. Anomalous and large topological Hall effects in β-Mn chiral compound Co6.5Ru1.5Zn8Mn4: electron electron interaction facilitated quantum interference effect, doi.org/10.1088/1361-648X/ada59f (2025).

ホール効果の測定と磁化の測定にもとづいてトポロジカルホール効果の発現を主張している論文である。こういう論文を見たときにチェックすべきは反磁場補正を行っているか?もしくは磁化サンプルと抵抗測定サンプルは同じものを使用しているか?である。どちらも明確な記述がないので判断できない。このことだけでも、そもそも適切にデザインされた研究結果とみなすことはできず、提示されている実験データや解析結果から著者らの主張を認めることはできないと結論せざるを得ない。

さらに奇妙なのは磁化データ(Fig. 1(e))にはヒステリシスがあるのに、ホール抵抗(Fig. 3(a))にはそれがないことである。邪推はしないにしても、両データが同じサンプルで測られたものではない可能性が推測される。また磁化に比例するはずの異常ホール効果の成分は通常磁化データを用いて見積もられるので、当然ヒステリシスがあるべきなのにFig. 3(a)の赤線にはそれがない。一体何のデータを用いて異常ホール効果を見積もったのか不明である。


14. Why is the electrocaloric effect so small in ferroelectrics?, doi.org/10.1063/1.4950788 (2016).

煽りワロ


13. Domain Wall Resistivity in SrRuO3, doi.org/10.1103/PhysRevLett.84.6090 (2000).

強磁性体のドメイン壁の向きをストライプ状にそろえることができて、それに伴って電流がストライプに平行・垂直どちらに流れるかによって抵抗が異なるようにできる(ということのようだ。本文中の書き方が不十分なので間違ってるかも)。一見すると面内で抵抗の異方性を誘起できるのでネマティック状態になっていることになる。ただし、電子系や単ドメイン状態でネマティックになっているわけではなく、系の不均一性に回転対称性の破れが表れているだけである。

ドメイン配置に関して形状効果が乗りやすい主に薄膜や細線のような系でみられるようだが、バルクで起きないとはいえないので、この実験だけでネマティシティ!と叫んだりすると恥をかくので注意だ(ぱっと探した限りそういう論文はなさそうでとても安心した)。

同様の実験:doi.org/10.1088/0953-8984/13/25/202doi.org/10.1103/PhysRevLett.85.3962doi.org/10.1103/PhysRevLett.80.5639doi.org/10.1103/PhysRevB.67.134436doi.org/10.1103/PhysRevB.59.11914


12. Giant multicaloric response of bulk Fe49⁢Rh51, doi.org/10.1103/PhysRevB.95.104424 (2017).

マルチ熱量効果として圧力と磁場をかける場合の熱量効果を評価する方法を提案している論文。主張として奇妙なのは、磁化の圧力・温度・磁場依存性のデータだけを使って圧力熱量効果(barocaloric effect, BCE)を評価できるとしていることである。圧力をかけることで磁化が変化するのはいいとして、体積の情報を一切知ることなしにbarocaloric効果を知ることができるのだろうか?

圧力が0pと変化したときのエントロピー変化分(H, Tは固定)として下記が提案されている。

ΔSBCE,wrong=p0(Mp)T,H(MH)1T,p(MT)p,Hdp

交差相関物性において、印加した外場(p)に対して非共役な物理量(M)だけを測定して、共役物理量(V)の性質を解明できるだろうか?というよくある疑問である。これは一見するとマクスウェル関係式(Sp=VT, Mp=VH)などを駆使して何とかなるのではないか?とかbarocaloric効果の主要な起源が磁化の変化からくる場合に近似的に成り立つのではないか?とか思えてくる。もしちゃんと証明できれば魅力的かつ実験的にも有用な表式である。しかし直感では明らかに誤っていると思えてならない。

いまいちピンとこない場合はマルチフェロイクスに電場と磁場をかける場合に読み替えてみよう。電場を変化させたときに生じる電気熱量効果(electrocaloric effect, ECE)を評価したいときに、磁化の磁場・電場・温度依存性の測定だけで済ませることはできるだろうか?エントロピー変化は下記で得られる。

ΔSECE,wrong=E0(ME)T,H(MH)1T,E(MT)p,EdE

この表式の中に電気分極の情報は一切入っていない。本来電気熱量効果を評価するなら

ΔSECE,correct=E0(PT)E,HdE

となるべきである。両者は果たして同じなのか?なんか変だと思い始めたのではないだろうか?その直感は適切である。

ここで仮に電気磁気結合が全くと言っていいほどない物質を考えてみよう。その場合、MEはゼロに近い値になってしまう。上式ΔSECE,wrongが適用できるのであるならばそのような物質において電気熱量効果はゼロになるということになってしまう。いっそのことただの非磁性強誘電体BaTiO3で考えてみよう。上式が正しいならそのような物質で電気熱量効果はゼロになるはずだということになる。もっと踏み込んで、一般に磁気的特性がない物質の電気熱量効果はゼロである。ということになる。そんな理不尽なことはあるまい。

ちゃんとした議論をしたいのなら、本論文で記述されている”導出過程”(AppendixA, Eq. (A13)-(A16))に誤りがあることを証明する必要がある。あるいは何らかの妥当な近似の上で成り立つかどうかを吟味する必要がある。結論を言うとΔSECE,wrongの表式はΔSECE,correctを厳密に評価する過程で出てくる項で厳密に相殺することが示せる。つまり、厳密にECEに寄与しないことが示せる(ブログ読者からの要望があれば示そうかな)。論文中のどこが間違っているのかを考えるのは学部熱力学と多変数解析のいい練習問題になるので興味がある人は挑戦してみてほしい。同様の誤りは#9の論文のEq. (19)にもみられる。また同著者らによる論文(doi.org/10.1016/j.matpr.2015.07.332)のEq. (8)も同様の誤りをしている。

これを使ってbarocaloric効果を評価している論文としてhttps://doi.org/10.1016/j.jre.2024.03.011https://doi.org/10.1016/j.actamat.2023.119596doi.org/10.1063/1.5090599, doi.org/10.1088/1674-1056/ab7da7

上記論文には別パターンとして

ΔSECE,wrong2=p0(MT)p,H=0dp

という式を使用することもある。これはもう意味不明で、エントロピーと次元すらあっていない。本来はもちろん被積分関数内のMVに置き換えるのが正しい。

どの分野にも間違った解析を(わざとではないにしろ)提案してしまう論文はあって、それを自分で確かめもせずに、あるいは自分でも導出に成功(?)して、その手法をトレースする論文はあるのだなと知れて勉強になる。研究とは人の営みである。いまのところ誤謬の伝染はそれほどでもない。

この誤ったエントロピー公式の問題が厄介なのは同物質を直接法で測定したbarocaloric効果(doi.org/10.1103/PhysRevB.89.214105)とだいたい一致してしまうことにある。これがたまたまなのか、パラメータを合わせたからなのか、計算ミスが隠れているのか、あるいは実際に有意な相関があるためなのかは詳しく見ないとわからない。数理的に間違った公式を使ってたまたま定量的に一致する予言を与えてしまうことはしばしば起きることである。


11. Measurement of the Hall coefficient using van der Pauw method without magnetic field reversal, doi.org/10.1063/1.1140990 (1989).

磁場反転なしにホール効果を測る方法。ほんとか?


10. Upper bounds on the magneto-electric susceptibility, doi.org/10.1016/0375-9601(69)90131-5 (1969).

電気磁気効果テンソルの上限について。Brown et al., (1968) (doi.org/10.1103/PhysRev.168.574)が嚆矢だが似たような文献を見つけたので貼っておく。

Upper bounds for material coefficients, E. Ascher (doi.org/10.1016/0375-9601(73)90057-1)

Pyroelectricity: microscopic estimates and upper bounds, P J Grout (doi.org/10.1088/0022-3719/8/13/026)

Relativistic Symmetries and Lower Bounds for the Magneto-Electric Susceptibility and the Ratio of Polarization to Magnetization in a Ferromagneto-Electric Crystal, E. Ascher (doi.org/10.1002/pssb.2220650227)


9. Thermodynamics of multicaloric effects in multiferroics, doi.org/10.1080/14786435.2014.899438 (2014).

マルチフェロイクスにおける熱量効果を熱力学的に議論した論文。内容はところどころ厳密な式変形をしていおらず、誤った表式を導出してしまっている。

p1897-1898においてEqs. (17)-(19)を使って外場y1をゼロに保ったまま別の外場y2を変化させたときにy1に対して共役な秩序変数X1が変化したときの熱量効果を導いている。

Eq. (18)が式変形の途中で勝手に独立変数をX2からy2に変更していているので厳密には正当化されない式変形である。これを使ってEq. (19)を導いているので厳密には正しくない。続くEq. (25)も途中でへんてこな式変形をしていて厳密な導出ではない。正しい変数変換に基づく定式化が必要だがちゃんとやろうと思うとなんだかむずかしいな。


8. A generalized thermodynamic theory of the multicaloric effect in single-phase solids, doi.org/10.1016/j.ijsolstr.2016.08.015 (2016).

 #7関連でVopson (2012)の間違いを指摘したStarkov et al.がmulticaloricに関して一般論を提唱した論文。これも無謬ではなく、系のエネルギーに関するEq. (10)が系の対称性を反映していないので適切ではない。特に最後の項αijPiMjはLandau-Ginzburg自由エネルギーの観点から不適切である。正しくは自発分極(Ps)や自発磁化(Ms)からの差分(ΔP=PPs, ΔM=MMs)を使ってαijΔPiΔMjのような形で入れればよい(実際にE,Hを独立変数とする自由エネルギーをルジャンドル変換してみよう)。

著者らは同様の正しくない議論をほかのところでも行っていて(doi.org/10.1016/j.ijrefrig.2013.08.006)、Eq. (9)にαMPが入ってしまっている。

自由エネルギーがE,Hを独立変数として、αEHのように入っていれば適切である。その場合、αは温度の関数であり、温度や外場の関数である秩序変数(P(T,E,H),M(T,E,H))の関数でもある。もしくは内部エネルギーがP,Mを独立変数としていて、γP2M2のように系のもともとの対称性を保つように導入されていれば適切である。書いててなんだか自信がなくなってきた。

elasto-electric multicaloricの議論にもミスリーディングところがあるので注意が必要だ。Eq. (17)は電場をかけたときの熱量効果のように見える表式(dSE)だが、実は境界条件によって電場をかけることで系に11, 22成分のストレスがかかってしまう。そのため実体はマルチ熱量効果であり、圧電係数に関連する項が出てきてしまう。33方向にストレスをかけて電場をかけない条件で生じた熱量効果がdSσで、電場および33方向のストレスを同時にかけたときに出るdSE+σからdSEおよびdSσにプラスされる項がdSEσである。


7. The induced magnetic and electric fields’ paradox leading to multicaloric effects in multiferroics, doi.org/10.1016/j.ssc.2016.01.021 (2016).

This paper is the published version of the arXiv post (arXiv:1611.06262) by Vopson. It was written in an attempt to respond to the rebuttal given by Starkov et al. (arXiv:1602.04238).

In arXiv:1602.04238, Starkov et al. refuted the claim made by Vopson in the Solid State Communications (doi.org/10.1016/j.ssc.2012.08.016) in 2012.

In the paper by Vopson (2016), the author admitted the fallacy of his argument in Vopson (2012). The author proposed an alternative formulation to preserve his original claim, but there is still an incorrect argument that leads to the same false conclusion. He proposed to introduce the internal field (a fictitious magnetic field) dHme when applying the electric field to multiferroics. However, this prescription is unreasonable because he treated this internal field as an independent variable in the free energy.

His Eq. (12) for the induced magnetization is as follows

dM=(M/T)dT+(M/E)dE+(M/H)dHapp(M/H)dHme

Evidently, the second and the fourth terms on the right are a double counting since the latter is proportional to the applied electric field. The induced magnetization due to Hme should already be included in M/E in the second term.

He argued that the dHme is allowed by Newton's 3rd law or as an extension of Lenz's law. Neither of them makes sense. He also cited papers by Rado et al. and Agyei et al. (see #6 below) to support his claim, however none of them does not validate his argument. In particular, some of the claims in the Agyei et al. paper are completely incorrect as I pointed out in #6 below.

The claim made in Vopson's original paper (doi.org/10.1016/j.ssc.2012.08.016) is as follows. When applying a magnetic field to multiferroics, the temperature increase by a caloric effect is given by

ΔTH=TCHfHi[αmϵ0χe(PT)H,E+(MT)H,E]dH

αm is the coefficient for the magnetically induced magneto-electric effect. The first term in the integrand is not necessary. And thus, this formula overestimates (or underestimates depending on the sign of αm) the caloric effect in a magnetic field. 

This is because the caloric effect induced by the application of a magnetic field should be categorized as the magnetocaloric effect. According to Maxwell's relations, the resulting entropy change or the corresponding temperature change should be expressed solely in terms of magnetization. While H-induced electric polarization may also contribute to the entropy change, its effect should be included within the temperature dependence of M. Manipulating symbols alone does not constitute a scientifically meaningful explanation.


6. On the linear magnetoelectric effect, doi.org/10.1088/0953-8984/2/13/010

線形電気磁気効果は結晶の磁気点群がある条件を満たすときのみ許される効果として知られているが、本論文では常磁性体であってもそれが許される状況がありうることを提案している。

明らかに誤っている結論だが、途中まであっている。間違いはp3012で起きていてる。常磁性強誘電体を静止系(S)でとらえるとx方向に自発分極P(s)が生じていて、自発磁化(M(s))は存在しない。一方y方向に速度Vで進む別の慣性系(S’)にとっては相対論的効果によりM(s)=(V/c)P(s)z軸方向に生じているように見える(これ自体はAC効果としてみると一見正しい)。すなわちS'系ではこの物質は強磁性強誘電体である。そして強磁性強誘電体は線形ME効果を許す。物理現象はどの慣性系で見ても同じのはずだから、静止系SでもME効果が観測されるはずである。

このように書くとどこに間違いがあるかは明白で、確かにS'系で見ると線形MEは出すのだろうが、それをS系に戻すときにその効果はローレンツ変換で消えてしまう。別の言い方をすると、S’系にとって電場で磁化を誘起している現象はS系では電場で電気分極を誘起したり、磁場で磁化を誘起したりする現象として観測されるはずであり、それは常磁性強誘電体にとって当たり前の応答であるからである。


5. Generalized Onsager’s Relation in Magnon Hall Effect and Its Implication, arxiv.org/2501.02250

マグノンホールが起きるための条件を考えているようだが読んでてよくわからなくなってしまった。effective time-reversal operationとしてT=TCs2xというのを、時間反転Tとスピンだけひっくり返すCs2xで構成している。磁性体だとすでに対称性が破れていて、スピンの向きが決まってしまっているから安易に時間反転するとスピンの向きが異なる別の基底状態にいってしまうのでなんだかよくなさそうというのはなんとなくわかるが...

関連する論文(doi.org/10.1103/PhysRevLett.123.167202)も参照。この論文によると温度勾配Tがあるときの熱流jQ

jQ=αxyˆz×T

と書ける。T=TCs2xを施すとjQは反転して(Tでは反転してCs2xでは熱流はスピンではないので反転しない)、Tは反転しない(TでもCs2xでも反転しないので)となる。つまりTCs2xに関して対称な系では熱ホールは出ないという結論になる。これは成り立っているかどうか非自明だと思う。jQが流れているときにスピンだけをひっくり返すという操作が許されるのか自明ではない。もちろん静的状態でそういう対称性があるのはわかるが、温度勾配がある非平衡状態でスピンだけをひっくり返すとはいったい何なのか?サンプル全体をひっくり返すとかならまだわかる。実際の実験中にそうしてもできそうなので。非平衡状態に拡張して議論しても正しいことを暗に仮定していそうだがよく考えるととても奇妙だ。もっとよく考えると正しいのかもしれないが、暫定的に受け入れられないロジックである。識者のコメントを期待。


4. Electron-Electron Scattering in TiS2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.35.1786

#1の元ネタとなる実験報告である。抵抗のT2依存が広い温度領域で観測されることはキャリア間の散乱が主要な起源であると言っている。本来金属でT2則が見られるのは遷移金属やBiなどの半金属における十分低温の話で、室温まで見えるのは不思議だなあということらしい。

TiS2はこれまでoff stoichiometricなサンプルしか測られておらず、本来の抵抗のふるまいが見られなかったが当時stoichiometricなサンプルのデータが報告されるようになって発見されたとのこと。

ざっと調べた感じT2が見られる物質はあまりないようで、ZrSe2などがあるくらいだ(doi.org/10.1143/JPSJ.51.1223)。


3. Anisotropic electrical and thermal magnetotransport in the magnetic semimetal GdPtBi, doi.org/10.1103/PhysRevB.101.125119

みんなご存じのようにGdPtBiの抵抗の温度依存性はρT<0になる不思議なふるまいだ。それに関するフィッティング曲線を議論している。

ρ(T)=ρ0n0+ATn(T)

とおいて、キャリア密度n(T)に以下のような温度依存性を入れる。

n(T)=n0+NkBTln2[kBTln(1+eEg/kBT)Eg]

ビビるくらい実験データを再現していて逆に怪しい。

式の導出は詳細がなく、引用先であるdoi.org/10.1109/ICT.2002.1190262とも微妙に違うので真偽は定かではない。Nは個別のバンドの状態密度、Egは電子バンドの底からフェルミエネルギーまでのエネルギー差、n0は温度に依存しないキャリア密度。


2. On the Origin and the Amplitude of T-Square Resistivity in Fermi Liquids, doi.org/10.1002/andp.202100588

ρT2に関するBehniaのレビュー。いろんな理屈があるなあ。


1. Electron-Hole Scattering and the Electrical Resistivity of the Semimetal TiS2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.37.782

補償された(正孔と電子のキャリア密度が等しい)半金属において抵抗の温度依存性がどうふるまうかの議論。

BZ内の中心か端に小さなキャリアポケットがある状況を考える。その場合運動量を保存するe-e散乱は起こりえないという議論をしている。ポケットがBZ中心にあるときは成り立たない議論だと思う。その場合、同種キャリア間の散乱は無視できて、e-h散乱が主なキャリア間散乱メカニズムになるとしている。伝導率は以下で与えてある。

σ=e2μ[(nenh)2nenhmemhτip+(1/me+1/mh)2(11/τeh+1/τip)]

ここでμ=(1/neme+1/nhmh)1, ne/hはキャリア密度, me/hは有効質量, τipは不純物散乱およびフォノン散乱の緩和時間逆数和, τehは電子-正孔散乱の緩和時間。完全に補償された半金属ではne=nhになることが大事で、抵抗率は

ρ=1ne2(1/τeh+1/τip1/me+1/mh)

フォノン散乱がなくなる十分低温では、1/τehT2によってρ=ρ0+AT2になる。フォノン散乱が効いてくる高温でもT2項はあるのでρ=ρ0+BTには一見従わない。要はρT曲線が下凸になるようだ。

Eq. (9)直前のFig. 1はFig. 2のタイポ。

対象物質のTiS2ではstoichiometricなとき、低温から室温までの広い温度領域で抵抗率はT2に従う。

同著者らによる続き:doi.org/10.1103/PhysRevB.19.2394doi.org/10.1103/PhysRevB.19.6172, doi.org/10.1088/0305-4608/6/11/002どれもあまり引用されていない。適用できる物質は少ないようだ。特に1つ目の論文では同様の考察のもとHall効果に関する理論モデルを提唱しているがTiS2のHall効果を説明できないとNote added in proofに記述がある。どうやらすでに死亡した理論のようだ。ただしe-h散乱によるT2抵抗の文脈では理論モデルの一つとして引用されることがたびたびある。

別グループによる適用例:doi.org/10.1103/PhysRevB.38.5134doi.org/10.1103/PhysRevB.41.3060あまり広く受け入れられているとは言えない。

Thursday, October 24, 2024

その物理量、みつもれますか?

実験でデータが得られたらそれで終わりではない。一つの実験値からいろいろなことが見積もれる。必要になるたびにいちいち導出するのは面倒なのでメモしておく。当然適切な使い方をしなければ見積もりは間違った推論を引き起こす。見積値を用いて考察するときの注意点も追記していく。

目次

物理定数

単位を換算したりするときにこれらの量を使うことになる。値はウィキペディアから取ってきているが、たぶんあっているだろう。安達磁性の裏表紙には電子質量が~1034 kgと書いてある。深刻な誤植が多い教科書として有名だがこんなところにまで誤植があるのは本当に信じられない。

電荷素量 e = 1.602176634E−19 C

プランク定数 h = 6.62607015E−34 Js

ディラック定数 =h/2π = 1.054571817E-34 Js

ボルツマン定数 kB = 1.380649E−23 J K1

アボガドロ定数 NA = 6.02214076E23 mol1

気体定数 R=(NAkB) = 8.31446261815324 J K1 mol1

光速 c = 299792458 m/s

電子質量 me = 9.1093837139E−31 kg

ボーア磁子(μB=e2me):9.2740100657(29)E−24 J T1


比熱

電子状態密度とデバイ温度(D(EF), ΘD)

固体の比熱(Cp)が伝導電子、フォノンの寄与からなるとすると、十分低温で

Cp=γT+βT3

と書ける。単位はJ K1 mol1γは電子比熱で単位はK2 mol1βT3は音響フォノンの比熱。ここで大事なのはmolが何に対する量なのかということである。たいていは組成式のformula unitが1 mol集まったときの量を考えているが、別に単位胞1 molでもいいし、単体物質だったら原子1 molだってよい(2原子分子だったらどうとるのがいいのだろう?)。単位の見た目からはそのことが分からなくなっている。

電子比熱はフェルミエネルギーにおける状態密度(D(EF))と関係していて、

γ=π23kBD(EF)

と書ける。後者の単位はeV1 f.u.1が使われることが多い。f.u.はここでも代替として単位胞あたりだったり原子当たりだったりする。表記から省かれることがあるが明らかに混乱のもとである。γの測定値から見積もる場合、電荷素量とアボガドロ定数でスケールする。

D(EF) [eV1 f.u.1] = γ [J K2 mol1] N1A3π2k2Be

これと何かを比べるとしたら、ARPESや量子振動でフェルミオロジーをすることによってフェルミ面の形を解析した場合だろう。i番目のフェルミ面の大きさが第一ブリルアンゾーン内でS3]であればそれをエネルギー微分して

Di=18π3SE×s×v [Å3 eV1]と求められる。1/8π3は単位体積あたりの物質に対して、運動量空間の単位体積当たりの状態数で、Sにこれをかけないと状態密度にならないから必要である。sはフェルミ面iがスピン縮退していれば2, していないなら1である。系の空間・時間反転対称性の破れ方によってスピン縮退は解けたり解けなかったりするので、i番目のフェルミ面がどうなっているのか注意が必要だ。vはバレー自由度で例えば六方晶のM点のフェルミ面ならコピーが3つあるので3になる。エネルギー微分とは何だろうかというとバンドの傾きなので、有効質量に関する情報が何かしら必要になる。有効質量は一般的に異方的なので、複雑なフェルミ面の全情報を得ることは困難で、何らかの近似が必要になるだろう。回転楕円体とかまでなら比較的に簡単に計算できる。大事なのはここでも状態密度の単位で、[Å3 eV1]をf.u.あたりに変えることが必要になる。


デバイ模型では体積Vの固体の中にN個の点(振動子)があると考えて系の全比熱を以下のように書く。

C=9NkB(TΘD)3ΘD/T0z4ez(ez1)2dz

積分は低温極限で4π415になるので

CLT=12π45NkB(TΘD)3

となる。単位はこの時点ではJ K1。実験値と合わせるためにf.u. molあたりの量にすると、体積Vの中にf.u.体積vV/v個ある。これはV/(vNA) molあるので

CLT [J K1 mol1] =12π45(NvV)NAkB(TΘD)3=12π45nNAkB(TΘD)3

ここでf.u.あたりの振動子数としてn=Nv/Vを導入した。

フォノン比熱はデバイ温度(ΘD)を使って、

β=12π4kBNA5Θ3Dn

と書けるのでデバイ温度は

ΘD=312π4kBNA5βn

から見積もれる。

ここでデバイ温度の単位は単にKのみなので、電子比熱にはあったmolやf.u.の定義に関するわずらわしさが一見するとなくなってしまったように見える。しかしそうではなく、継続してどのようなmolあたりの比熱から見積もったデバイ温度なのか?がほかの物理量を見積もるときの定義式に影響を与える。単位からはその情報が完全に抹消されるのでむしろ電子比熱のときより病的であると言える。

また謎の因子nを説明していない。これはf.u.あたりの振動子の個数で定義され、デバイモデルを適用するときにどのように仮定を置いたかにも影響される因子である。例えば単体で単位胞当たり1原子しかないなら、振動子はvあたり1つなのでN=V/vとなって、n=1となって単純だ。しかし単体でない、単位胞内に複数原子がある、単位胞内に複数f.u.あるとなった時点で、振動子をいくつに取るのかはフォノン分散にどのようなモデルを適用したかに依存する。これはどこまでを音響フォノンとみなして、どこまでを光学フォノンとみなすかと関係している。たとえばf.u.あたりp個の原子がある場合、格子振動の自由度は3p個ある。このうち3つを音響フォノンに割り当てるとn=1になって、のこりの3p3個は光学フォノンに割り当てることになる。一方、n=pとするとすべての格子変位の自由度を音響フォノンに割り当てることになる。明確な基準はなく、解析する人の好みで変えていいことになっている。それにもかかわらず文献ではそのことを明記しないことがほとんどである。そのためデバイ温度は異なる文献同士で値を比較するのはほとんど不可能に近い。それにもかかわらず誰も気にしていない、そんな物理量(?)である。

具体例をあげよう。

(1)CaF2の比熱。f.u.あたり3原子あるのでn=3とおく(doi.org/10.1103/PhysRev.117.709)。これは光学フォノンまですべて含めてデバイ模型で近似するということである。これはまあ組成式も単純だし、良しとしよう。

(2)スピネルFeMn2O4の比熱。f.u.あたり7原子あるのでn=7とおく(doi.org/10.1103/PhysRevB.97.024410)。ちゃんと書いてて偉い。

(3)YBa2Cu3O7δの比熱。f.u.あたり13原子あるのでn=13とする(doi.org/10.1103/PhysRevB.36.2401)。δのことはどうでもいいようだ。それにしても4種類13原子をすべて音響フォノンの振動子とみなすのはなんかもやっとする。

(4)フラーレンの比熱。フラーレンはC60の分子式の物質で250 K以下で分子が4つ一組になり、単純立方格子を形成している。4分子をひとまとめの点にして振動子とみなすならf.u.あたりの振動子はn=1/4になる(doi.org/10.1103/PhysRevLett.68.2046)。一気に少なくなった。フラーレンだとさすがに各分子60個の原子からなるから、f.u.あたりの振動子数として60を採用するのは気が引けるようだ。線引きはどこにあるんだろう。

(5)triphenylene2,3,6,7,10,11-hexacarboxylic acid methyl esterの比熱。もはや1分子の原子数がよくわからなくなっているが、1分子当たり1振動子とおくようだ(doi.org/10.1021/jacs.3c07921)。これは自然な定義な気がする(もちろん明記しないと意味がない)。

(6)ペロフスカイトの音速。パターンが見えてきたよと思い始めたところ悪いが例外(doi.org/10.1016/0031-9201(89)90253-7)。これはABX3のペロフスカイト物質に対してf.u.あたりn=1と置いている。5ではなくて残念。とはいえ定義を明記しているだけましである。


熱輸送

音速(vs)

音響フォノンの分散のΓ点近傍の傾きω=vskで音速vsが与えられる。デバイ模型ではT3比熱に寄与する音響フォノン分散が存在する運動量空間の領域を半径kDの球で近似する。そのとき振動子の個数と球の中の状態数が一致するようにkDをきめるので、

18π34π3k3D=n/v

となる。nはf.u.あたりの振動子数。vはf.u.あたりの体積である。

vskD=kBΘD

によって音速の表式が得られるので、音速はデバイ温度を使って

vs=kBΘD(6π2n/v)1/3=kBΘD(6π2nNAρM)1/3

と書ける。最後の式はρが密度、Mが分子量で、v=M/(NAρ)を書き換えただけだが、文献によってはこっちの方がでてくる。

音速からデバイ温度を消し去って、フォノン比熱係数βだけの式にすれば恣意性のあるnから解放される。その際、比熱係数は単位体積当たりの量β=β/(NAv)=12π4kB5Θ3Dnv [J K4m3]にスケールしておく。

vs=(2π25)1/3k4/3B(β)1/3 [m/s]


平均自由行程(l)

熱伝導率κは温度勾配がある系における熱流量を特徴づける量で

Jx=κxx(Tx)

である。テンソル量なのでxx成分を書いた。単位はW K1 m1で与えられることが多い。

初等的な熱拡散の考察から熱伝導率は以下で与えられる。

κ=13Cpvsl

ここで、l=vsτは平均自由行程で散乱時間τまでの間に進む距離である。熱伝導率、フォノン比熱、音速のそれぞれが与えられていればlを見積もれる。

l=3κ/Cpvs

ここで比熱は単位体積当たりの量になるように単位を変換する必要がある。もともとf.u. molあたりで測定していた場合はf.u. molあたりの体積が必要になる。これは単位胞の体積と同じになるとは限らない。単位胞内にf.u.が何個あるかよく確認しよう。

低温ではフォノンの散乱は抑制され、試料端での散乱のみになる。lの温度依存性と試料寸法を比べて散乱メカニズムの推移を観察できる。


輸送

抵抗率(ρxx):

抵抗試料に電流Iを流したときの電圧がVだとして、オームの法則V=RIによって抵抗(resistance)を定義する。抵抗率(resistivity)は試料の寸法の因子を規格化したもので、電流密度(単位断面積当たりの電流) Jiが流れているときの電場(単位長さ当たりの電圧変化) Eiは抵抗率テンソル(ρij)をつかってEi=ρijJjと書ける。ここでi=x,y,zはデカルト座標系の各方向。

xx成分の抵抗率は

ρxx=Rwt/l

と書ける。ここでwは試料の幅、tは試料厚さ、lは電圧を測定した電極間の距離である。ρxxの単位はOhm cmなどである。

それぞれの寸法がt=200 μm, w=500 μm, l=1000 μmの試料を測定して、1 mA流して10 μVの電圧を観測したらρxx=100 μOhmcmである。もし1 μOhm cm以下の抵抗率を測定したい場合、シグナルを大きくするにはどうしたらいいだろうか?ノイズレベルと得られる試料の大きさと相談だ。


残留抵抗比(RRR):

抵抗率の高温~300 Kなどでの値ρ300 Kと最低温~ 2 Kなどでの残留抵抗値ρ0の比:ρ300K/ρ0をRRRという。金属というものは低温にいくにしたがって抵抗が下がるものというゆるい定義があるので(半導体的な場合はこの逆になる)、RRRは1より大きく、大きければ大きいほど良い金属というわけである。高温ではフォノン散乱などの影響で高い抵抗を示していたものが、温度を下げるにしたがって不純物散乱のみが残るというわけである。

抵抗を使ってもこの値は変わらないので、比較対象となる文献値が抵抗でしか与えられていないときはこれを見積もればよい。無次元量。10前後を目指したい...


ホール抵抗率(ρyx):

印加電流(Ixとする)に対して横方向(yとおく)に生じる電圧(Vy)をホール電圧という。抵抗と同様、ホール抵抗率(ρyx)に換算できて、

ρyx=Vy/Ixwt/l

となる。ここでlはホール電圧を測定した電極間距離(のy軸射影成分)。wlはほぼ同じになるので、ホール抵抗率の小さな試料に対してシグナルVyを大きくしたいならtを薄くするかIxを大きくするしかない。そうはいってもtはせいぜい50 μmで、Iは10 mAくらいだろう。観測したいホール抵抗率に対してホール電圧Vyはどれくらいか?測定系のノイズレベルはどれくらいか?検討してみよう。


ホール係数(RH):

ホール抵抗率が印加磁場(B)に関して線形だとすると比例係数(RH)を使って

(ρyx=RHB)

と書ける。キャリアは正なら正孔的、負なら電子的である。符号に注意しよう。これはxyz座標を右手系でとる限り必ずこうなる。単位はcm3/Cが多い。Ohmcm/T = Ohm cm m2/V/s = 104 cm3/C。

仮に1 Tで1 μOhm cmのホール抵抗率なら、RH=102 cm3/C。

ホール効果は磁場に関して線形とは限らないが、ゼロ磁場付近の傾きを取るとか、線形になっている部分をある程度恣意的に選んで見積もられることが多い。いい加減だなあ。


キャリア密度(n):

単バンド球形フェルミ面を持つ系のキャリア密度はRH=±1enから見積もれて、

n=1e|RH|

である。RHが大きいほどnは小さく見積もられる。単位はcm3が多い。

RH=102 cm3/Cならn6.2×1020 cm3

もちろん一般に物質はマルチバンドである。理論的には強磁場極限でこの見積もり方でもトータルのキャリア密度を見積もれることになっているが、現実的ではないし、検証がどれくらいされているのか不明。ゼロ磁場極限でのホール係数からキャリア密度を見積もる場合、各キャリアの移動度で加重平均を取っていることになる。

もっとも簡単な2キャリア系におけるゼロ磁場近傍のホール係数は以下のようになる。

RH2=ρyxB=1enhμ2hneμ2e(nhμh+neμe)2

ne/hは電子・正孔のキャリア密度、μe/hはそれぞれの移動度である。仮に正孔のみだった場合、正しく符号が正になることを確認しよう。

この式からそれぞれのキャリア密度と移動度の大小によってホール係数は正にも負にもなれることが分かる。とある論文でホール係数がドープによって変化したからキャリア密度が変わったのだという粗い議論をしているのを見たことがあるがとんでもなくいい加減な解析である(その方が彼らの主張にとって都合がよかったからというのは言うまでもない)。ドープによってキャリアが注入されなくてもそれが特定のキャリアの移動度に強く影響を与えるならホール係数の符号は変化してしまう(doi.org/10.1007/BF01320170)。ホール係数からキャリア密度を見積もる際の妄信は禁物である。


移動度(μ):

ドルーデ理論によりゼロ磁場の抵抗率ρ0

ρ10=σ=enμ=ne2τ/meff

で与えられる。ここでσは伝導率、meffはキャリアの有効質量、τは散乱時間である。

移動度μ

μ=eτmeff

で定義されているが、τなどがわからないと見積もれない。単位はcm2/(Vs)が採用されることが多い。1000 cm2/(Vs)を超えないと話にならない。

抵抗が良いとは抵抗が低いことを指す表現で、この式に従うなら移動度が高いほど、キャリア密度が高いほど、抵抗が良いといえる。移動度は散乱時間が長いほど、有効質量が軽いほど高い。キャリア当たりの流れやすさといった感覚と合致する。

ちょうど磁束密度の逆数になっており、例えば1000 cm2/(Vs) =110 T1。量子効果が見え始める磁場に対応しており、量子振動を見るにはB>μ1ぐらいが必要(と期待される)。まず抵抗とホールを測ってみて、下記のように移動度を見積もり、どれくらいの磁場が必要か(おうちラボでせいぜい10 T)、ときには強磁場実験(30 T以上)を検討しなければいけないかを知っておくことができる。ただし本当に量子振動をするかは実際測ってみるまでわからない。

ホール測定でキャリア密度nが見積もられていれば上式から移動度が

μH=1/(eρ0n)=|RH|/ρ0

と見積もられ、いわゆるホール移動度と呼ばれている。

仮にρ0=5 μOhm cm、n=6.2×1020 cm3ならμH=2000 cm2/(Vs)となる。マルチキャリアであることを考慮していないので平均値を求めているような格好になる。ホール効果が磁場に関して線形であることを前提にしているので、非線形性が出るようなら2バンドモデルなどを試みよう。

ホール効果を測らなくても磁気抵抗だけから移動度を見積もることができる。磁場中の抵抗とゼロ磁場抵抗の差をゼロ磁場抵抗で比を取ったものを磁気抵抗率(MR)と呼ぶ。

MR=(ρ(B)ρ0)/ρ0=Δρ/ρ0

半古典理論で伝導率(σ)を書くと

σ(B)=enμ1+(μB)2

なので、ホール効果は無視できるとしてρ=σ1から

MR=(μB)2

である。このとき、シングルバンド系の半古典理論をまじめに考えると磁気抵抗は出ない(!?)という結論に至ることは無視する。なぜなら実際磁気抵抗は出るからだ。一方で、実際測ってみるとMRはB2からかなりずれることが多い。それも無視して無理やりフィットするとμが求まる。ホール移動度と一致しないことも多いので区別するためにμMRと書いたりする。


フェルミ波数(kF):

球状のフェルミ面の場合、フェルミ球の半径kFはキャリア密度nであらわせる。スピン自由度を考慮して

n=28π34π3k3F=k3F3π2

よって、kF=33π2nとなる。ここでホール効果で見積もったキャリア密度を無理やり入れればフェルミ波数が見積もれる。単位はÅ1やnm1。キャリア密度が低いほどフェルミ波数も小さい。もちろんフェルミ面は単純な球とは限らないので、この見積もりで分かるのはフェルミ面の運動量空間での大きさのおおよその値である。ブリルアンゾーンの大きさは格子定数から簡単に見積もれるのでそれと比べたりできそう。


有効質量(meff):

これは電子比熱γとフェルミ波数(kF)から見積もれる。

D(EF)=nEF=kFmeff2π2

meff=32γk2BkF

ここでγの単位はmolで測ったものではなく単位体積を使って、J K2 m3に換算する。たとえばf.u. 1 molあたりの比熱からγを見積もっているならf.u.あたりの体積を見積もってからスケールする必要がある。比熱測定は低温で行われるので、単位胞の体積を見積もるには低温での格子定数が必要だが、格子定数の室温からの収縮は無視して(せいぜい0.5%)、室温XRD測定で見積もっても精度としては十分である。電子比熱が大きいほど有効質量は大きい。マルチキャリアの効果は考慮されていない。


フェルミエネルギー(EF)

フェルミ波数kFと有効質量meffの見積もりがあれば、フェルミエネルギーが見積もれる。これはつまり、電子比熱γとキャリア密度nからフェルミエネルギーを見積もれるということである。

EF=22meff(3π2n)2/3=π2k2Bn2γ=3n2D(EF)

ここでn [f.u.1]とD(EF) [eV1 f.u.1]の単位に注意しよう。状態密度の単位に合わせるためにnはf.u.の体積に合わせてスケールする必要がある。

当然マルチバンドであることは考慮されていない。下記にあるように量子振動で各フェルミ面の大きさと有効質量が見積もれれば各バンドのフェルミエネルギー(?)なるものが見積もれる。注目しているバンドだけを抜き出してきて有効モデルを作るときとかに使えそう。

またフェルミエネルギーからフェルミ温度kBTF=EFを見積もっておくと、測定している温度領域に対して電子がどれくらい縮退しているかを見積もれてよい。フェルミ・ディラック分布をデルタ関数として扱う近似は(1(T/TF)2)のオーダーでずれるので、仮にEF=100 meVくらいだとしたらTF=1000 K。T=2 Kで十分だがT=300 Kではだいぶ良くない。フェルミエネルギーが温度に比べて十分高ければ熱電能の見積もりにも使える場合がある(下記参照)。

フェルミエネルギーが必要になるもう一つの場面は異常ホール効果の外因性・内因性クロスオーバーである。Onoda-Sugimoto-Nagaosa論文(doi.org/10.1103/PhysRevB.77.165103)によるとEFτ/>π/2でdirty領域から内因性領域へ移行し、EFτ/>100から内因性領域から外因性領域への移行が起きるように見える。多くの論文ではこの因子を見積もることはやられておらず、縦の伝導率σxxに書き換えるということがなされる。典型的な物質でEFτ/による見積りと伝導率による見積りのスケールがそこまで変わらないからよしとされているようであるが、いずれにしろ大雑把な話である。仮に縦伝導率の式から無理やりEFτ/を抜き出して来ようとすると以下のようになる。

σxx=(83π2)2/3e2n1/3EFτ

キャリア密度あるいはフェルミ波数が分かっていればEFτ/π/2100を入れてみれば対象となる物質の異常ホール効果の外因性・内因性クロスオーバーの領域が見積もれそうである。実際ここまでやって議論している論文は見たことがない。仮に格子定数aを使ってn1/31/aと置き換えると表式がnによらなく、aは物質によってそんなに変わらないので、σxxについてのスケーリングととらえることができる。もともとが2次元の理論なので3次元物質に適用するときに恣意性が入り込みそうだ。


散乱時間(τ):

有効質量meffと移動度μがあれば

τ=μmeff/e

から見積もれる。単位はs。

μ=1000 cm2/(Vs)で有効質量をmeとすると、τ=5.7×1013 sである。これは電子がkからkに散乱される時間というわけではなく、輸送にかかわるキャリアの寿命を測っている。つまりkkの間の角をθとし、散乱断面積をdσ/dΩとすると、

1/τ=vFπ0dσdΩ(1cosθ)dΩ

である。Dingle温度TDをつかって

/τq=kBTD

によって求められる量子緩和時間τqとの違いに注意しよう。


フェルミ速度(vF)

有効質量meffとフェルミ波数kFがあれば

vF=kFmeff

から見積もることができる。これは何に使うのかよくわからない。


平均自由行程(lmfp)

フェルミ速度vFと散乱時間τがあれば

lmfp=vFτ=kFτmeff

から見積もることができる。単位はnm。これが格子定数(~0.5 nm)や系の典型的な長さスケール(試料寸法(~ 0.1 mm)やSDW, CDWなどの長周期構造(~10-100 nm))と比べて十分長いとより散乱されにくいとみなせる。

上記の式だと有効質量単体を見積もらないといけないように見える。つまり比熱を測定しないといけないと考えてしまうかもしれない。しかし散乱時間と有効質量をまとめると移動度になる。移動度はホール移動度を使うならホール係数とゼロ磁場抵抗率から見積もれる。フェルミ波数はキャリア密度、つまりホール係数から見積もれる。以上より、

lmfp=kFeeτmeff=kFeμH=33π2ne|RH|ρ0=(3π2)1/3e4/3R2/3Hρ0

となり、抵抗・ホール測定のデータだけから平均自由行程は見積もれる。e4/3が気色悪いが、R2/3HからC2/3が来てくれるので安心してほしい。なんだか何でもできそうになってきた。


量子振動

フェルミ面の断面積と振動数:

量子振動の周波数Fは単位Tの量である。これは磁場に垂直な面でフェルミ面の断面を取ったときの断面積の極大・極小値(A)と関係している。

A=2πeF

Aの単位はÅ2が多い。

断面が真円だとするとするとフェルミ波数kFが見積もれる。

kF=A/π

単位はÅ1になる。真円でなくてもこの式を当てはめて大体のフェルミ波数を見積もることができる。これは各バンドの対して見積もれるので、抵抗測定のみから見積もったのより精度が向上している。ただし、フェルミ面の極値が知れるだけなので、もっと詳しい情報を得るためには磁場をいろいろな方向にかけたりする必要がある。


有効質量(meff)

量子振動の振幅(RT)を各温度で測り、リフシッツ・コセヴィッチの式から有効質量を見積もることができる。これはサイクロトロン有効質量で、バンドのフェルミエネルギー近傍の分散に直接関係している。

RTX/sinhX

ここでX=2π2kBmeffT/eˉBで、ˉBに関しては振動を測定した磁場の範囲 [Bl, Bh] を逆数平均したものを使う。つまり1/ˉB=1/2(1/Bh+1/Bl)。これはこれで見積もる有効質量に誤差を与える要因となる。抵抗測定では単バンドモデルで近似して有効質量を見積もるが、量子振動では各バンドのそれぞれの有効質量を見積もれる。

当然だが振動が観測できないバンドの見積もりはできない。そこで、電子比熱とフェルミ波数から有効質量を見積もったのとは逆の計算を行い、量子振動で観測できているバンドの有効質量とフェルミ波数から各バンドの電子比熱への寄与を見積もる。それらを使い、比熱測定により直接得られた電子比熱から差っ引くことで観測できていないバンドの電子比熱(状態密度)を知ることができる。ホール測定からキャリア密度が分かっているなら、そこから量子振動が観測されたバンドのキャリア密度(各フェルミ波数から概算)を差っ引くことで残りのキャリア密度も知れるので、振動が観測できていないバンドの有効質量も見積もれる(?)。


フェルミ速度(vF):

有効質量とフェルミ波数からフェルミ速度が求まる。つまり

vF=kFmeff

ARPESで観測したバンド分散と比べるときに使えそうだ。


熱電能

ゼーベック効果:

伝導体において温度勾配をかけたときに縦方向に電場が発生する現象をゼーベック効果という。ゼーベック係数(S)とは

Ex=S(T/x)

で定義されるので、これは直接測定することができる。一方で単バンドモデルで電子比熱とキャリア密度で見積もることもできる。

S/T=±π23k2Be1EF=±23γen

ここでは前の係数をπ23としたが散乱メカニズムによっていろいろありうる(doi.org/10.1088/0953-8984/16/28/037)。また符号は正孔か電子かによって変わる。モデルの観点では上式はフェルミ温度より十分低温なら温度によらない定数である。一方でホール測定で求めたキャリア密度は温度に関して一定とは限らない。これはマルチバンドの効果とか、緩和時間のフェルミ面効果とかの影響のためである。また一般にSTに比例するとは限らないし、フォノンドラッグなどもあるので上式左辺の量を測定しても温度に関する定数にはならないことが多い。とはいえ、式の両辺ともに測定出来てしまうわけで、比熱とホール測定で見積もられた値と直接測定で観測されたゼーベック係数がどれくらい一致するのかは確認しておくのがよいだろう。仮に一致すればゼーベック効果が出ている原因を大まかには理解できたことにすればいいし、大きくずれているなら何らかの妄想メカニズムをこねくり回して議論をもりもりしていけばいい。

マルチキャリアの場合、ゼーベック係数は伝導率を考慮した加重平均になる。

S=σhSh+σeSeσh+σe

もし量子振動などでフェルミ面の形状が分かっており、各バンドのne/hγe/hが別々に見積もれるなら、もしくは要するに各バンドのフェルミエネルギー(EF,e/h=2k2F2meff)が見積もれるなら、各バンドのゼーベック係数は見積もれて

Se/h/T=23γe/hene/h=π23k2Be1EF,e/h

となる。符号は電子にはマイナス、正孔にはプラスを割り当てておけばいいだろう。電気抵抗測定で2バンド解析をすればσe/hも別個に見積もれるのでSが見積もれる(?)。

有効質量が重いキャリアは伝導率が小さくなりやすく、ゼーベック係数は大きくなりやすい。有効質量が軽いと逆になることが分かる。正孔的なバンドは正、電子的なバンドは負の寄与をするので、それぞれのバンドの有効質量の軽重によってトータルのゼーベック効果は正負両方をとれそうである。バンドが異方的であれば有効質量も異方的になるのでゼーベック効果も異方的になる。結晶のある軸方向で測ると正のシグナルが出ていたものが別の方向を測ると負のシグナルになることも容易に想像できる(goniopolarityという)。


磁性

有効ボーア磁子(peff)

磁性を調べようとした場合、まず測定するのが磁化率の温度依存性である。磁気転移点より高温の磁化率(χ)はキュリー・ワイス則に従って、

χ=CTΘW

と書ける。単位はemu mol1などというわけの分からないものを使う。Cはキュリー定数、ΘWはワイス温度。ここでもmolの意味が不明確になる。f.u.あたりに磁性イオンが複数あったらその量だけ大きくなる(たとえばCr2O3ならf.u.あたりCrが2つある)。仮に一種類の磁性イオンなら1イオンあたりの量(emu/Cr)で計算することもある。測定でデータとして出てくる量はemuなので試料の重さw [g]とf.u.あたりの分子量q [g/mol]を使ってemu/molにする。

単結晶の場合、異方性があるのでCΘWは磁場をかけた方向に依存した異方的な量になる。

ここからは磁性イオンがf.u.あたり1種類、1個であるとする。等方的であると仮定すると、磁場の方向によらず、

C=NAg2Jμ2BJ(J+1)/3kB

と書けて、

イジング異方性があるとすると、磁場が容易軸方向にかかっているとして、

CIsing=NAg2Jμ2BJ2/kB

と書ける。ここでgJはランデのg因子、Jは全角運動量量子数(軌道がクエンチしている場合はスピン量子数Sのこと)である。

ここから有効磁気モーメントpeff

peff=gJJ(J+1)=3kB10CNAμ2B=8C

イジングスピンの場合は

pIsing=gJJ=kB10CNAμ2B

となる。単位はμBである。Cの前の10はcgs単位系で測られたCをつかってSI単位系のボーア磁子で測ったpeffを見積もるために必要である。こういうのは本当にやめてほしい。

磁性体中の磁性イオンがどれくらいのJgJを持つかについて見当がつくなら、磁化率の測定値から見積もったpeffと比べることができる。ぴったりになることは少ないが、大体あっていればよしとする世界である。


磁化(M)

これはボーア磁子あたりの量に換算されることが多い。emuで出てきた磁気モーメント量mをf.u.あたりの量にしてからボーア磁子で割ることで得られる。

M[μB/f.u.] =mq/w/(1000NAμB)=mq/w1.79×104

因子1000はcgsとSIの変換から来る量である。一体どういうことだ?仮にCr3+ (S=3/2)の物質を測っているとするとCrあたりM=3μBくらい出て、f.u.あたり2つあると6μBになったりする具合である。


反磁場(HD)

大きな磁気モーメントが生じる物質では磁気モーメントと反対方向に反磁場が生じる。反磁場が大きいと試料の形状によって磁化過程が変わってしまうため、異なる形状の試料で測った物理量を比べる場合には反磁場の効果を補正しなければならない。
反磁場は磁化に比例するので、単に磁化測定をしてその値を使えばいい。ただし磁場の単位をOeやGで測っているなら反磁場を見積もるには得られた磁化(μB/f.u.)もこの単位に変換する必要がある。反磁場係数NDのとき、M [emu/mol]の磁化が出ているときの反磁場は
HD [G] =4πNDMρ/q
である。ここでρは密度 [g/cm3]、qは分子量 [g/mol]である。密度は単位胞の寸法とその中にある原子の総質量から見積もれる。反磁場係数は試料の形状にもとづいて別途見積もる必要がある。平板状試料の面直方向なら1に近く、針状試料の軸方向なら0に近い。
この式からわかるとおり、密度が小さい物質はMが大きくても反磁場は小さい。磁気モーメントの分布がスカスカだと単位体積当たりの量では小さくなるからだ。GdやFeの単体は大きな反磁場を示すが、酸化物とかだと大きなイオン半径の酸素が磁気モーメントの密度を薄めてしまうので反磁場は小さいことが予想できる。このことから希土類元素の濃厚な希土類金属間化合物やそもそも単体などでは反磁場の効果が大きくなる傾向にあり、酸化物などではあまり気にしなくてよい場合が多い。

すごイイ結晶育成