Monday, April 22, 2024

量子振動あれこれ

量子振動の解析していると、この式をこのデータに当てはめてもいいんだっけ?といったもやもやした疑問がたびたび思い浮かんでくる。第一原理から自力で理論的に公式を導くこともしたくないので、似たようなことを議論している文献がないかうろうろと探し回って、その場しのぎに解決しては解析の続きを再開する。そんなことの繰り返しである。詳しい人に相談してみるとShoenberg(下記参照)に書いてあるよと言われることが多いけれど、意外とそんなことはないのでここにあれこれ書き連ねていこう。

(0) まずはここからの量子振動文献

 一般的なことについてよい文献を見つけたらここに書いていくことにする。
(0.1) Magnetic oscillations in metals, D. Shoenberg, Cambridge University Press (1984): 上述した量子振動論文で引用されることが多い文献である。570ページもあるので読み通すのは結構しんどい。とはいえこれを読まないと始まらない。非常によく書かれているので一家に数冊、自宅用と仕事場用に買って損なことはない。唯一、ガウス単位系を使っていて光速\(c\)が公式の各所に現れることだけは何とかならなかったのだろうかと思う(Preface参照)。
(0.2) Landau diamagnetic response in metals as a Fermi surface effect, A. V. Nikolaev, Phys. Rev. B 98, 224417 (2018): doi.org/10.1103/PhysRevB.98.224417
無磁場下でBrillouinゾーン内の各\(k\)点に収納されていた電子が、磁場下で準位がランダウ量子化した後どう詰まるのかを信じられないくらいまじめに考えた論文。勘定があうってことは気持ちいいことだということが体験できるよい論文だ。

(1) 量子振動は磁場\(H\)と\(B\)のどちらの関数か?

 量子振動とは例えば印加磁場\(B\)を変化させていったときに磁化\(M\)が\(1/B\)の関数として\(\Delta M\propto \cos(F/B+\phi)\)で変化していくという現象である。ここで振動とは関係ないバックグラウンド\(M_{\text{b}}\)を差し引いて\(\Delta M=M-M_{\text{b}}\)と置いている。また\(F\)は振動数、\(\phi\)は位相。
 ここでナイーブに\(B\)を磁場と呼んだが、よく知られているように外部磁場\(H_{\text{ext}}\)と\(B\)は別の物理量で、反磁場係数\(N_{\text{d}}\)を使って\(B=\mu_{0} H_{\text{ext}}-N_{\text{d}}M+M\)で結び付けられる。第二項は反磁場で、試料表面に浮き出た磁荷によって外部磁場とは反対向きにかかる磁場の寄与である。要するに試料内にかかる磁場\(H_{\text{int}}\)は外部磁場\(H_{\text{ext}}\)よりも(\(M>0\)としたとき)小さくなり、\(\mu_0 H_{\text{int}}=\mu_0 H_{\text{ext}}-N_{\text{d}}M\)となる。
 では量子振動は\(1/B\)に関して振動するのか、\(1/(\mu_0H_{\text{ext}}-N_{\text{d}}M)\)に関して振動するのか、どっちなんだろう?これは要するに伝導電子が\(B\)によってランダウ量子化するのか、\(H\)によって量子化するのかということだが、理論家に聞くと\(B\)に決まってるじゃないですかとさも当然のように答えが返ってくる。しかしこれは無視していい。彼らは実験家が印加している"磁場"なるものが\(B\)なのか\(H_{\text{ext}}\)なのか気に留めたことなど一度もないのだから。
 実験を見てみると\(B\)が正しいようである。例えば強磁性体の鉄(Fe)の量子振動を観測した実験(Anderson and Gold (1963): doi.org/10.1103/PhysRevLett.10.227)や伝導電子が受けるローレンツ力を測定した実験(Zeleny and Page (1924): doi.org/10.1103/PhysRev.24.544)などがある。理論的な裏付けとしては伝導電子が作る軌道磁化(要するに反磁性)の効果を考えた理論(Holstein, Norton, and Pincus (1973): doi.org/10.1103/PhysRevB.8.2649)と局在スピンからの磁場の効果を考えた理論(Kittel (1963): doi.org/10.1103/PhysRevLett.10.339)がある。ちなみにShoenbergに引用されているのは前者のみで、局在スピンの効果が入っていない。局在スピンによって強磁性が出ている系に関してどう解析するべきかはShoenbergを読んでもわからないのである。Shoenbergに書いてあるよっと言ってくる人がいたら、いや書いてないっすよと返してあげよう。
 ちなみに強磁性体中を荷電粒子が通過したときに受けるローレンツ力の理論としてWannierの理論(Wannier (1945): doi.org/10.1103/PhysRev.67.364, Wannier (1947): doi.org/10.1103/PhysRev.72.304)があるが、これはどうも怪しいようである。この理論を伝導電子に適用すると(Webster (1946): doi.org/10.1119/1.1990867)ローレンツ力は\(\frac{1}{2}(B+H)\)に比例することになるようだが上記実験の結果とも一致しないうえ、仮定がどこまで妥当なのか真偽のほどが不明である。とりあえず無視していいだろう。
 とはいえ、伝導電子が感じる磁場が\(M\)の起源が軌道運動なのかスピンなのかによらず、\(B\)であるというのは何のあいまいさもなく検証されているとはいいがたい。たとえば希土類化合物中など、\(M\)が大きい固体中のフェルミ面や量子振動を精密に計算する方法はあるのかといわれるとそんなことはないだろうと言わざるを得ない。つまり実験技術的に確かめる方法が確立していない。量子振動を解析するときに横軸を\(B\)と取っておくのは暫定的な処方箋ととらえるべきだろう。

(2) 振動数が温度変化することもある?振動数が磁場変化することもある??

 量子振動の初等的な説明では、磁場をかけた方向に垂直な平面でフェルミ面の断面を取ったときに断面積が極大または極小となる値、\(A_{\text{F}}\)に対応して振動数\(F=\hbar A_{\text{F}}/2\pi e\)で物理量が振動するとある。この\(F\)は磁場や温度を変えても大して変わらないとしていろいろ解析することが多いのだが、例外的な状況もある。とはいってもやはり大して変化はしないようだ。
 温度変化は例えば
Sommerfeld理論
Stoner強磁性体
重い電子系
 ゼーマン効果や交換磁場の影響でバンドがシフトすれば振動数は磁場変化し、変化が磁場に関して非線形である場合は観測できる形になって表れる。
振動数が変化したのか、位相が磁場変化したのか判別することはできるんだろうか?

(3) 振動の位相は\(\phi=\phi_B+\phi_{3D}+\phi_Z...\)?

 量子振動を解析するとき、FFTをするのが便利だ。振動数のところにピークが現れるからその振動数からフェルミ面の大きさが見積もれるし、ピークの高さの温度依存性を解析すれば有効質量が求まる。十分な知見じゃあないか。
 解析が一段落してふと、位相って何か情報が得られるんだっけ?と思ったあなたはすぐに引き返したほうがいい。気が狂うくらいややこしい。とりあえず下にあげる論文を読んでおけばよし。ほしい答えは書いてあるから、それで満足して実験に戻ろう。

(3.1) Rules for phase shifts of quantum oscillations in topological nodal-line semimetals, C. Li et al., Phys. Rev. Lett. 120, 146602 (2018). doi.org/10.1103/PhysRevLett.120.146602
振動の位相\(\phi\)は一般に\(\phi=-1/2+\phi_{\text{B}}/2\pi+\phi_{3\text{D}}\)で与えられる。\(\phi_{\text{B}}\)はベリー位相(0, \(\pi\))、\(\phi_{3\text{D}}\)は次元性による因子である(0, \(\pm 1/8\)あるいはその間(!?))。この論文によるとキャリアが電子的かホール的かによって位相の符号が反対になるらしい。もっともらしいのだが、ほかの文献を読んでもはっきり書いているのが見当たらない。自分で確認するしかないのかな。
 ほかに位相を変える効果としてゼーマン効果(\(\phi_{Z}\))と軌道モーメントの効果(\(\phi_{R}\))を考えないといけない。このことを考え始めると振動の位相に非自明な\(\pi\)が見つかればベリー位相の直接的な証拠だというナイーブな理解は正しくないことが分かってくる。シンプルでエレガントな説明にあこがれていた無邪気な物理学徒のままでいたいなら、今すぐ引き返そう。まだ間に合うぞ。
参考
Gao and Niu (2017), doi.org/10.1073/pnas.1702595114
Alexandradinata et al. (2018), doi.org/10.1103/PhysRevX.8.011027
二番目の論文を読むと振動の位相に非自明な\(\pi\)があったとしても縮退したバンド同士でなんやかんや相殺しあってベリー位相とは関係なしに\(\pi\)になる場合と、軌道効果とゼーマン効果が相殺してベリー位相だけが残って\(\pi\)になる場合とがあるようだ。ちなみにBiTeIのように反転心がなくDirac点が時間反転不変なA点周りにある場合は...

(4) 熱電能の量子振動の公式は?

 抵抗や磁化の量子振動の振幅は温度に依存しており、いわゆるLK公式で
\(R_{T}=\frac{\alpha X}{\sinh(\alpha X)}\)
と書かれる。ここで\(\alpha=2\pi^2k_B/e\hbar\), \(X=m^*T/H\)。これは温度に関して単調で、低温にいくにしたがって増加し、絶対零度に近づくにつれて1に飽和する。
一方で熱電能やネルンスト効果は
\(R_{TEP}=\frac{\alpha X\coth (\alpha X)-1}{\sinh (\alpha X)}\)
となる。これはちょうど\(R_T(x)\)を\(x=\alpha X\)に関して微分したものである。温度に関して非単調で\(T\sim 0.11H/m^*\)でピークを取り、絶対零度でゼロになる。
参考
Morales (2016): doi.org/10.1103/PhysRevB.93.155120, UGe\(_2\)の量子振動の論文。引用文献が丁寧。温度因子を導出した論文として下記があげられている。
Pantsulaya, Varlamov (1989): doi.org/10.1016/0375-9601(89)90824-4
年代を確認すればわかるようにPantsulaya&Varlamovが最初に導出したわけではないのでこの方たち名前で公式名を呼称するのは正当ではない。ちなみに熱伝導率に関しても同様の議論があり、温度因子は\(R_{TC}=R_{T}(x)''\) (\(x\)に関する二階微分)で与えられる。

(5) 有効質量をmass plotで求めると本来の値からずれる?


(6) Dingle温度って実際...


(7) SdHの生データをLK fitしてしまうと...


(8) SdHの振動は\(\sigma_{xx}\)か\(\rho_{xx}\)か?


(9) 反転心のない系のspin splitしたバンドはZeeman spin splitをするのか?

 よく知られているように反転対称性のない系のバンドはスピン軌道相互作用の影響でゼロ磁場の時点でスピン分裂している(例: ラシュバ効果、ドレッセルハウス効果)。そのためスピン分裂したフェルミ面は一般の磁場方向でそれぞれ異なる振動数で振動する。ここで気になるのがspin factor \(R_{S}=\cos(\pi g^*m^*/2m_0)\)の取り扱いである。反転心のない系の量子振動論文を読むと\(R_{S}\)の項を入れた振動公式を使って議論していることが結構多い。
 \(R_{S}\)はもともとスピン縮退したバンドが磁場下でZeeman分裂することを考慮して導いた項だったはずである。Zeeman分裂が磁場に関して一次だとして、spin upとspin downのバンドはゼロ磁場では同じ振動数を与えることが前提となっている。
 反転心のない系では上記のようにこの前提が成り立たないので\(R_{S}\)の項が入った振動公式を使って議論するのはなんだかとっても変である。一体どういうことなのだろうか?
参考
Mineev and Samokhin (2005), doi.org/10.1103/PhysRevB.72.212504
Miller and R. Reifenberger (1988), doi.org/10.1103/PhysRevB.38.4120
三番目の論文を読むと磁場の強さとスピン軌道相互作用による分裂のどちらの効果が大きいかによって状況が変わるらしい。少なくとも一般には\(R_{S}\)の項はないほうが正しい。当該論文にはゼーマン効果の起源をあえてあいまいに書いてあると思われる節があるので、どう取り扱うのが"正しい"のかは未解決というべきだろう。

(10) dHvAやSdHなのにmass plotがLKに従わない...だと?

参考:

Sunday, April 14, 2024

論文マナー講師

論文で一番大事なことは何だろうか?結果、データである。むしろ論文は結果、データがすべてである。体裁がどんなに整ってようがデータがクソな論文はクソだし、どんなにダサい図表や書きっぷりをしていようとデータに新規性があれば論文の価値はゆるぎない。やれnatureだとかやれScienceだとかに通りやすくなる書き方を教えるよと偉そうに講釈を垂れる文章はあまたあるし、ラボの先輩がしたり顔で説教してくるがそんなことはデータセットの完備性と透徹したロジック、そして結論の斬新さの前には無意味である。ラボに入ってn年、そろそろ一本目の論文を書き始めた大学院生はせっかく書き上げた原稿に対して、内容のことではなく体裁のことばかりにコメントしてくる共著者にうんざりしているころではないだろうか。そんないわゆる論文マナー講師がいかにも指摘してきそうなことを下記に列挙した(随時更新予定)。こういうのは一切無視して、自分が納得できる論文を自信をもって投稿しよう。自立した研究者になるためにはそういう気概が実は一番大切だ。

(1) 本文中でのFigureへの初参照は順番通りにする。

 論文を本文の頭から順番に読んでいったときにFig. 1(a)が最初に言及され、次にFig. 1(b)が言及され...というようにFigureにつけた番号とパネル記号の順番通りに言及がなされるようにするのがマナー。例えばFig. 1(a)への言及がまだなされないうちにFig. 2(c)が参照されたりしないようにしよう。

 もし番号通りではない方がロジックの通りがよい場合は図の構成が不自然ということなので、図を作り直した方がいい。タイリング的なおさまりの良さとFigureの言及準位はしばしば競合するがなんとかやりくりするのがマナーである。また論外ではあるが、Figureパネルとして見せているのに本文中で言及してないパネルがないようにするのも忘れないようにしよう。

(2) Equationなどで記号を導入したら定義を明記する。

 Equationで物理量などに記号を導入して議論を簡潔にできる。ただし、記号の定義が書かれていないと、自分ではわかっているからいいように思うが、読者にとっては意味不明な文章になるので、記号の初登場時に忘れずに定義を明記しよう。例:"\(A=B^2C\), where \(A\) is xxx, \(B\) is xxx, and \(C\) is xxx."。

 ボルツマン定数(\(k_{\text{B}}\))やプランク定数(\(h\)や\(\hbar\))など自明にも思えるものも書いておくのが望ましい。磁場\(H\)、温度\(T\)もよく使う記号なので定義を書かなくても可読性は落ちにくいが、分野外の人にも原理的には読めるようにしておくのがマナーである。というより\(H\)や\(T\)とだけ書いていたらたとえそれが磁場や温度のことだとわかっても何の磁場?何の温度?となってしまう恐れがある。ちゃんと外部磁場、サンプル温度というように明記した方がよい。

(3) Figure内でのフォントは種類・サイズを統一する。

 Figure内で凡例や注釈、軸ラベルのために文字を記入することが多い。これらはすべて同じ種類のフォントでサイズも同じにしておくのがマナー。たまにパネル記号の(a)とかだけがTimes New Romanのやたらでかいフォントで、軸ラベルは解析ソフトの小っちゃいデフォルトフォントだったりするのを見るがまあ見栄えが悪い。パワポをぽちりながら図を作ったことがバレバレである。

(4) 略称を導入するときは”正式名称(略称)”というように本文中で言及する。

 論文中で長い単語が繰り返し出てくるときは略称を導入して短くしよう。例: spin density wave = SDW。ただし本文中で何の断りもなくSDWと使い始めると何のことかわからないので初出時には正式名称を書き、そのあとに( )で略称をくくってわかるようするのがマナー。例: Spin density wave (SDW) is an interesting magnetic state in magnets.また略称は便利だが1本の論文中にいくつもの略称が出てくると逆に読みにくくなるのでせいぜい2-3個くらいにしておこう。

(5) 1パラグラフ内で新規に言及するFigureパネルは1個。

 論文を書くときはパラグラフライティングを心がけるのが基本で、要するに1パラグラフ1メッセージである。これはFigureを作るときも同様で1パネル1メッセージになるようにつくると読者にとってFigureの意図を読み取りやすい。ということはパラグラフライティングをすると1パラグラフに新規に言及されるFigureパネルは1個くらいになっているのが自然である。

 論を補強するために過去に言及したFigureパネルを再度引用することはあってもよいが、たとえばFig. 2のことに初言及するパラグラフ内で後半にFig. 3のことについても触れ始めるのはマナー違反である。この場合、Fig. 3に言及したいならパラグラフを改める必要がある。

(6) Figure captionには図に関する事実のみ説明し、筆者の解釈・主張は書かない。

 Figureにはパネルの下部にcaptionといってFigureが何の図なのかを説明する短い文章がついている。たとえばFig. 1(a)が磁化率の温度依存性を測った図だったら、"Fig. 1: (a) Temperature dependence of magnetic susceptibility."というようになる。このとき温度を下げながら測ったデータと上げながら測ったデータを重ねて表示したいとする。これを同じ太さ、同じ色のデータ点で表示してしまったら読者はどっちがどっちなのかわからないので、色やシンボルを変えると便利である。その際、captionに一方の色の線は温度降下時のデータで、もう一方のは温度上昇時のデータである、といった具合にFigureを理解するために必要な情報を書いておくわけである。

 captionには上記のようにFigureに関する事実のみを書くようにして、図から筆者が読み取った解釈や主張は書かないようにしよう。例えば磁化率がある温度\(T_{c}\)以下で急激に上昇し強磁性転移している場合、"We observed a ferromagnetic transition at \(T_{c}\)."というようなことはcaptionには書かず、本文に書くのがマナーである。とはいえ強磁性転移の解釈が自明なら、転移点付近のキンクに印(X)でもつけて"X denotes the transition from paramagnetic to ferromagnetic state at \(T_{c}=x\) K."と書くのはよいのではないかと思う。

(7) 参考文献は番号順に引用する。

 議論の中で先行研究を引用するとき、文献リストの番号を付記する。本文を頭から読んでいったときに最初に引用される文献は文献1番、次に引用されるのが2番というように番号順になるようにしよう。これはLatexを使ったときは自動的にリストがソートされるのであまり気にしなくていいが、Wordで書く場合は文献を追加するたびに順番がずれてしまうので修正する必要がある。

(8) 論文中の同じ記号は立体/斜体, 太字/細字をそろえる。

 論文中で物理量などを定義した記号はよく斜体で書かれる。またベクトルは太字で書くことが多い。例: 温度は\(T\), 速度は\(\bf{v}\)。いったん斜体や太字で書くように決めたら本文中のどこでも同じ記号は同じスタイルで書くようにするのがマナー。あるところで\(T\)と書いて、ほかでは\(\text{T}\)で書くといったことがないようにしよう。

 忘れやすいのがFigure中の記号である。本文中では斜体\(T\)となっているのにFigure中で同じ記号に対して立体となっていたりすると不自然である。\(\phi\) (\phi)と\(\varphi\) (\varphi)も本文-図間で統一させられるようにしたい。

(9) 数字と単位の間や文と引用文献番号の間は半角スペースを空けよう。

 例えば転移点が8 Kだとしたら数字8と単位Kとの間には半角スペースを空けるのがマナー。これは平文で"eight kelvin"と書いたときに半角スペースを空けることからも明らかである。引用文献番号を[10]などのように文末に付記する場合も、センテンスの最終wordとピリオドの間に"xxx [10]."というように半角スペースを空けるのがマナーである。

(10) 参考文献は関連研究を網羅的にできるだけたくさん引用しよう。

 論文は引用されてなんぼである。たとえ批判的にだとしても、自分の論文を引用されて怒る人はいない。逆に引用がないと悲しくなったり、怒ったりする人の方が多い。研究は真理の追求というよりコミュニティー内での情報交換の役割の方が強い。関連研究をしている人たちの論文はできるだけ引用してあげるようにするのがマナーである。そうすれば見返りに自分の論文を引用してもらえるかもしれない。

(11) 参考文献の引用は必要最低限にしよう。

 引用文献は論文の主張を理解するための最低限のものに絞り、簡潔化を図るのがマナーである。自分が勉強家だとか物知りだとかいうことを誇示したい人が書きがちな論文の特徴として、やたら引用が多いというものがある。一行書いてお尻に引用 [2-3]、また一行書いて引用 [4-8]... こういった文章が延々と続き、いつまでたっても本題に入らない。あげく引用文献リストが膨大になっていたりする。文献探しをしている読者にとっては情報源となってありがたいのだが、レビュー論文でもない原著論文でこれをやると、論文の本題の内容が全然頭に入ってこなくなり読みにくい。そもそも筆者は読者にこれらすべての引用文献を読ませるつもりなのだろうか?それらを読まないと筆者の主張は理解できないということなのだろうか?あなたの論文の新規性はいったいどこ?

(12) 先行研究の引用は最初にそれを言った人の文献を選ぼう。

 例えばある物理現象を自分が発見したのではなく、既に先行研究で報告されているとしよう。そのことを論文中で議論する場合、先行研究の先取権を尊重するためにその文献を引用する必要がある。では複数の研究で繰り返し何度も報告されている場合はどの文献を引用すればいいだろうか?当然、世界で最初に報告した文献(だけ)を引用するのがマナーである。
 よくあるのが当該分野の研究を始めたばかりで、歴史的経緯に疎く、どの文献に先取権があるのか知らないということである。このとき適当に検索して上位にヒットした文献を何も考えずに引用してしまうと真の先行研究でないことがある。こういういい加減な引用をしている論文の印象は非常に悪い。時間をかけて関連研究の引用文献をたどり、業界でどの文献が真の先行研究として認知されているのかを確かめておくのがマナーである。

(13) 先行研究の引用はなるべく最新のものを選ぼう。

 先行研究オタクが陥りがちなこととして、真の先行研究を求めて歴史をさかのぼりすぎるあまり、誰も知らない古代の論文に行きついてしまうということがある。現代は21世紀であり、最新の知識もアップデートされているのだから、先行研究として引用すべきは1960年代のJETP論文ではなく、2010年代のNat. Commun.とかの最新のものを選ぶのがマナーである。

量子振動あれこれ