これまでは論文紹介ブログ(https://berman-shoenberg.blogspot.com/2023/06/blog-post.html、https://berman-shoenberg.blogspot.com/2022/02/blog-post.html)で取り上げてきたが、新しいブログページとして2025年に読んだ論文で勉強になったものをあげていく。逆にちょっとおかしいなという論文もコメントとともにあげていく。誰も読んでいないブログだから、論文の著者が見とがめて炎上する心配は万に一つもないだろう(これは去年別ブログで検証済み)。誰かが面白半分にXで取り上げる可能性も無視できるほど小さい。
フラックス論文の収集は引き続き別ブログで行う。
橙字で記したものはブログ筆者の心の声である。その場で思った感想なので間違っているかもしれない。
追記:本ブログの意図を読者に誤解してほしくないのだが、別に論文の価値を下げたり著者らの浅薄さを揶揄したりしたいわけではないということである。もし記述にそのような気配があるのだとしたら、単にそれは読者に読んでもらいやすくするための演出である。面白がって読みながら、ちょっと立ち止まって本当にそうなのか?ちょっと自分でも考えてみようとなってくれたならブログ筆者の期待するところである。
また研究を始めたばかりの学生の方々に向けて気づいてほしいこととしては、一流誌に載るような、厳しい査読を経ているはずの論文にさえこのような初歩的なミスがたくさんあるということである。無謬性の信仰は科学研究をする上で邪魔でしかない。論文は、その道のエキスパートが心血を注いで紡ぎあげた芸術作品などではなく、いい加減な分担作業・流れ作業の中で適当に書かれて適当に査読され適当に出版されていたりする場合もたくさんあるである。論文というものの性質を理解し、読むときの自己責任性と注意深さ、批判的な視点の必要性を喚起することが目的である。
59. Correlation between magnetic and electric properties based on the critical behavior of resistivity and percolation model of La0.8Ba0.1Ca0.1MnO3 polycrystalline, doi.org/10.1039/C6RA28839A (2017).
抵抗のフィットに使えるパーコレーションモデルというのを見つけたのでメモ。最初の提案はG. Li et al., J. Appl. Phys., 92, 1406 (2002)によるものらしい。どこかで使えるかな?
系がPMからFMに温度によって移り変わる場合、抵抗率は以下のように書ける。
\(\rho=\rho_{FM}f+(1-f)\rho_{PM}.\)
ここで\(\rho_{FM},\rho_{PM}\)は系全体がFMもしくはPMのときの抵抗率の温度依存性、\(f\)はFM状態の体積分率である。\(f\)は以下でモデル化する。
\(f=\frac{1}{1+\exp{\frac{\Delta U}{k_BT}}}.\)
ここで\(\Delta U=-U_0(1-\frac{T}{T_C^{mod}})\)で、温度\(T_{C}^{mod}\)を境に\(U_0/k_B\)の温度幅で\(f\)がゼロから1に移り変わるようになっている。
58. The torque on a magnet, doi.org/10.1098/rspa.1974.0067 (1974).
電磁気学の教科書『Electricity and Magnetism Volume 1』 by B. I. Bleaney and B. Bleaneyを読んでいたところ付録B Depolarization and demagnetizing factorsでの反磁場効果の記述があった。上記論文を引用しながら回転楕円体状の強磁性体にかかるトルクの式を導出していたので紹介する。
まず反磁場効果を見ていく。状況設定としては、連続媒質\(比透磁率\mu_2\)に外部磁場\(H_0\)がかかっていて、主軸が\(a,b,c\)であらわされる回転楕円体状の領域をくりぬいてかわりに比透磁率\(\mu_1\)で自発磁化\(M_0\)をもつ媒質を挿入することを考える。磁場、自発磁化はともに\(a\)方向とする。(もし真空中に強磁性体を置くような状況だとすると\(\mu_2=1\))。反磁場\(H_d\)は
\(M_1=(\mu_1-1)H_a+M_0,\)
\(M_2=(\mu_2-1)H_0,\)
\(H_a=H_0\frac{\mu_2}{\mu_2+d_a(\mu_1-\mu_2)}\)
として、
\(H_d=H_a-H_0=-\frac{M_1-M_2}{1+(d_a^{-1}-1)\mu_2}\)
で与えられる。ここで\(M_1\)は磁性体内部の磁場が\(H_a\)のときに誘起される自発磁化込みの磁化、\(M_2\)は磁性体の代わりに元の媒質があったときに誘起される磁化である。\(d_a\)は反磁場係数で
\(d_a=\frac{1}{2}abc\int^{\infty}_{0}\frac{\text{d}s}{(s+a^2)R_s},\)
\(R^2_s=(s+a^2)(s+b^2)(s+c^2)\)
で与えられる。\(a\)方向に薄い平板ならいつものように\(d_a=1\)であるサンプルが真空中にあるか、\(\mu_2\sim 1\)の接着剤などで固定する場合は
\(H_d=-d_aM_1\)
なので、われわれが良く行う反磁場補正の公式に一致する。要するに強磁性体中に存在する磁化\(M_1\)と反対方向に\(d_a\)倍の反磁場が発生している。磁化測定では\(H_0\)をかけて\(M_1\)を測るわけなのでサンプルに実際にかかっている磁場\(H_a=H_0+H_d\)を計算できるわけである。
さてトルクの場合はどうかというと、自発磁化\(M_0\)の効果しか考えていなくて
\(\vec{T}=V\frac{\vec{M}_0 \times \vec{B}_0}{\mu_2+d_a(\mu_1-\mu_2)}\)
である。\(V=\frac{4\pi}{3}abc\)で試料の体積である。サンプルの比透磁率\(\mu_1\)と反磁場係数\(d_a\)に依存してトルクが\(\vec{M}_0\times \vec{H_0}\)からずれるようだ。\(\mu_1\)は\(\mu_1-1=\frac{dM_1}{dH_a}\)で求まる量なので反磁場補正が欠かせない。トルクの値から磁化を逆算するときとかに注意が必要かな?やったことはないが。針状サンプルのときは\(d_a=0\)なのでよいのだが、平板上試料の場合\(d_a=1\)になるので、\(\mu_1\)がゼロに近づくつまり低温にいくにしたがって磁化が飽和するとトルクが無限大に発散してしまう。これって正しいの?
57. Electron-doped magnetic Weyl semimetal Co3Sn2S2 by bulk gating, doi.org/10.1103/ggjy-5569 (2025).
Liをゲートで挿入し、電子ドープしてCo3Sn2S2のフェルミレベルを上昇させ、異常ホール効果を制御したと主張している論文。解釈と解析結果に恣意性があり、疑問点しか生まれない。
主要な結果はFig. 2だが、\(V_G\)を変化させると\(\rho_{xx}\)が上昇し、\(\sigma_{xy}\)も変化している。異常ホール効果を勉強した人ならすぐわかるように、Onoda-Sugimoto-Nagaosaダイアグラム(doi.org/10.1103/PhysRevB.77.165103)に位置付けると内因性領域とdirty領域の境目にいるので、\(\rho_{xx}\)の上昇、つまり\(\sigma_{xx}\)の減少が\(\sigma_{xy}\)の減少に寄与しているだけというのが最初にすべきまともな考察であろう。これはキャリアをドープできていないという状況を想定することになるので論文の主要な主張と本質的に矛盾し、これを排除できていないのは問題である。上記論文を引用すらしていないのは意図的に可能性のある効果を無視しているのであり、逆オッカムの典型的な例といえる。
電子キャリアをドープできていることを直接確かめることは難しいだろう。間接的に2-バンドモデルでできていると言いたいようだ。残念ながらこのフィット法は移動度とキャリア密度がパラメータ同士干渉するので、正孔の移動度が減少したこととキャリア密度が減少したことを切り分けることはできない。Liのドープで\(n_{h}\)が減っていてくれたら都合がいいので\(\mu_h\)の変化は解析時に考慮しないのは、結論に合わせた恣意的な操作といえる。DFTによると実験とつじつまを合わせようとするとフェルミエネルギーが200 meV上昇することに伴い、電子が\(9\times 10^{19}\rightarrow 6\times 10^{21}\) cm\(^{-3}\)も入ることになっている。いくらなんでも多すぎると思うがこれは検討の余地がある。Liドープによって転移点が変わらないこともほかの化学ドーピングの傾向と矛盾している。これは実際にはキャリア密度が想定よりも変化していないことを意味していると取ることもできるが、この考えは保留したい。
この論文を読んでいて、プルースト効果さながら個人的に教訓を想起したので自分への戒めとしたい。これはあくまで自分が思いついた自分への戒めであり、論文の内容に直接関係することは何もないことを明記しておく。それはつまり、自分の主張に都合のいいように解析方法をごまかしたり、考慮すべき可能性を意図的に無視したり、実験データとつじつまが合うように理論結果を恣意的に解釈したりしないこと。またそのような誠実でない誘導がレトリックやロジックの構成を駆使してできてしまうことを自分の能力や技術の高さだと誤認しないことである。自分で論文を書いていてふと上記のようなことができてしまうし、それは誰も咎めないであろうと気づいてしまうことがある。論文は一度出版されれば正面から批判されない限り、内容の可否について問われることはまずない。自分の主張の正当性を既成事実のように扱って話を進めていけてしまう。これは自分にとってあまりにもおいしい、都合のいい状況である。このような考えがよぎって、一人オフィスで静止したまましばらくして、かぶりを振りながらバックスペースを押下し、保守的な姿勢を保つように自分をなだめるのである。もし誘惑に負けてしまったらどうなるだろうか?まぬけなレビュワーやエディターをだましてよい論文誌に滑り込み、業績の肥やしにできるだろう。その一方で実情とは合わない既成事実の積み上げは空虚であるばかりか他人の研究の妨げにもなろうし、このようなカスブログの標的になっていいように言われるのであろう。そして一切反論できない自分を見出しながら思うのだ。それはかつて科学者になることにあこがれた、自分への裏切りになるのではないか、と。
To those interested in the contents of this article, I have translated it into English using ChatGPT.
The main result of the study is presented in Fig. 2, where the longitudinal resistivity \(\rho_{xx}\) increases with changing gate voltage \(V_G\), and a corresponding change is also seen in the Hall conductivity \(\sigma_{xy}\). For anyone familiar with the anomalous Hall effect, the first interpretation should naturally be to position the data on the well-known Onoda-Sugimoto-Nagaosa diagram [Phys. Rev. B 77, 165103 (2008)]. According to this framework, the system appears to lie near the boundary between the intrinsic and dirty metallic regimes. In such a case, the observed decrease in \(\sigma_{xy}\) may simply reflect a drop in \(\sigma_{xx}\) , i.e., an increase in \(\rho_{xx}\), rather than a change in carrier density. This basic interpretation should have been addressed upfront.
If this interpretation holds, it suggests that no actual carrier doping has occurred—a scenario that fundamentally contradicts the central claim of the paper. The fact that this possibility has not been ruled out is a significant concern. Moreover, the absence of any citation of the Onoda-Sugimoto-Nagaosa paper suggests a deliberate omission of an alternative and plausible explanation, representing a classic case of "inverse Occam’s razor," where more complicated scenarios are favored without eliminating simpler ones.
Verifying carrier doping directly is likely difficult, so the authors appear to rely on indirect evidence through a two-band model analysis. Unfortunately, this fitting method involves intertwined parameters—mobility and carrier density—which makes it impossible to disentangle a decrease in hole mobility \(\mu_h\) from a decrease in hole density \(n_h\). Because it would be convenient for the data to show that \(n_h\) is decreasing upon Li doping, the analysis appears to intentionally neglect the role of \(\mu_h\), which suggests a degree of bias toward the desired conclusion.
According to the DFT calculations, in order to reconcile with the experimental data, the Fermi energy must be raised by approximately 200 meV, which implies that the electron concentration would increase from \(9\times 10^{19}\) to \(6\times 10^{21}\) cm\(^{-3}\). This seems unreasonably large, though it warrants further investigation.
Moreover, the fact that the transition point remains unchanged upon Li doping is inconsistent with trends seen in other chemically doped systems. This may suggest that the actual carrier density does not vary as significantly as assumed. However, I would prefer to withhold judgment on this point for now.
56. Electrical switching of a p-wave magnet, doi.org/10.1038/s41586-025-09034-7 (2025).
NiI2がp-wave magnetとしての条件を満たしており、DFT計算によっても特徴的なspin分裂が確かめられている(ただしDFTはmonolayer, 3倍周期らせんという現実の磁気相とはかけ離れた状況設定で行われている。また計算の詳細の妥当性、電子相関をどう入れるとか、は私の検証の範囲を超えている)。
外部電場でスピン構造のキラリティを制御できることを光電流測定によって確かめたうえで、circular photogalvanic effectの観測によってp wave magnetにおけるスピン分裂由来の光電流の円二色性を確認し、実験的な検証としている。ただし微視的な励起過程の起源に関しては一切調べられていないので、あくまでp wave magnetによって予言できる現象の一つと定性的にconsistentであると言っているに過ぎない。
なのですべては対称性の話である。磁気構造がらせんなのでp wave magnetの条件を備えている。磁気構造として適当な(現実とは異なる)配列を置いてそれとなくDFT計算すると、都合の良いエネルギースライスでp wave magnetの予言と整合する。光物性も対称性によってcircular photogalvanic effectのテンソル成分が絞り込める。それはp wave magnetのバンド構造のポンチ絵と当てはめ可能である。構成力って大事だ。らせん金属の抵抗の異方性を無駄デバイスで見るよりかはずっと生産的で面白い。今後の追加検証が楽しみだ。
55. Coexistence of superconductivity and magnetism theoretical predictions and experimental results, doi.org/10.1080/00018738500101741 (2006).
磁性特にらせん磁性と超伝導が共存する物質のレビュー。ややこしそう。どっちかにしてほしい。やれやれ。
らせん磁性があるときに伝導電子がどうなるのか考えることがp wave magnetを理解するうえで大事そうである。
参考:
Quantum theory of neutrons in helical magnetic fields, Miguel Calvo (1978), doi.org/10.1103/PhysRevB.18.5073.
中性子に関する理論なので電子のシュレーディンガー方程式とは違うことに注意。定性的には理解しやすい。Eq. 16にエネルギー分散が与えられているが、縮退は常に解けていてp wave magnetの図でよく見るnodal lineがある形になっていない。なんでだろう。
多分p wave magnetの波動関数はスピンの量子化軸がある方向を向いた固有状態というわけではなく、期待値が偏極しているだけということなんじゃないかな。その場合、\(y\)軸方向に伝搬するscrew型のらせんは\(y\)方向にだけ有限のスピン偏極をもった状態を解として持つが、同時に空間的に変調した\(x,z\)方向に向いたスピン成分を持っている。これは期待値をとると空間的に平均されてしまうのでゼロになる。一方で縮退を解く効果は持っていて、一般的にp wave magnetは\(k_y=0\)の方向に縮退を持つわけではない。一方\(\sigma_y\)の期待値はゼロである。これはFig. 4の\(p=0\)で\(\theta=0\)になることに相当する。でもやっぱり\(\Gamma\)点で縮退が解けるのはなんかおかしい気がする。
Quantum theory of electrons in helical magnetic fields, Miguel Calvo (1979), doi.org/10.1103/PhysRevB.19.5507.
Fate of 𝑝-wave spin polarization in helimagnets with Rashba spin-orbit coupling, Erik W. Hodt et al. (2025), doi.org/10.1103/PhysRevB.111.205416
54. Magnetic, thermal, and electronic-transport properties of EuMg 2 Bi 2 single crystals, doi.org/10.1103/PhysRevB.101.214407 (2020).
比熱の解析が面白いので紹介。
EuMg\(_2\)Bi\(_2\)の非磁性比熱をYbMg\(_2\)Bi\(_2\)の比熱\(C_{\text{YbMg}_2\text{Bi}_2}\)で見積って磁性比熱\(C_{\text{mag}}\)を得たい。\(C_{\text{YbMg}_2\text{Bi}_2}(T)\)をそのまま差し引けばよさそうだが、YbMg\(_2\)Bi\(_2\)とEuMg\(_2\)Bi\(_2\)は原子の重さが違うのでフォノン分散は全く同じではないであろう。それを重さだけの情報で補正する。
温度補正公式\(T^*=T\cdot (M_{\text{YbMg}_2\text{Bi}_2}/M_{\text{EuMg}_2\text{Bi}_2})^{1/2}\)で\(T\rightarrow T^*\)として\(C_{\text{YbMg2Bi2}}(T^*)\)を非磁性成分とする。\(M_{\text{YbMg}_2\text{Bi}_2}=639.62\) g/mol、\(M_{\text{EuMg}_2\text{Bi}_2}=618.53\) g/mol (EuよりYbのほうが重い)なので、\((M_{\text{YbMg}_2\text{Bi}_2}/M_{\text{EuMg}_2\text{Bi}_2})^{1/2}=1.017\)。つまり、たとえば\(T=300\) K \(\rightarrow T^*=305\) Kで比熱曲線が横軸方向に伸びる。比熱の差し引きはDebye+Einsteinモデルのフィット曲線を使うよりうまくいっているように見える。
ちなみにEq. (11)は誤植で正しくは
\(C_{\text{p}}(T)=(1-\alpha)\cdot n C_{\text{V Debye}}+\alpha \cdot n C_{\text{V Einstein}}\).
ここで、\(C_{\text{V Debye}}=9R(T/\Theta_{\text{D}})^3 \int ^{\Theta_{\text{D}}/T}_0\frac{x^4e^x}{(e^x-1)^2}dx\), \(C_{\text{V Einstein}}=3R(\Theta_{\text{E}}/T)^2 \frac{e^{\Theta_{\text{E}}/T}}{(e^{\Theta_{\text{E}}/T}-1)^2}\)。つまり、1振動子あたりのデバイ比熱、アインシュタイン比熱で、\(n\)はformula unit当たりの原子数、\(0<\alpha<1\)は全振動子をどっちにどれだけ配分するかの比率である。高温極限で\(C_{\text{V Debye}}=C_{\text{V Einstein}}=3R\)なので、正しくDulong-Petitの法則\(C\sim (1-\alpha)\cdot n 3R+\alpha\cdot n 3R=3nR\)を与える。
参考:doi.org/10.1103/PhysRevB.106.224427、Eq. 1-3は誤りである。上記の議論より\(N_D=N_E\)である。
doi.org/10.1103/PhysRevB.106.054420、Double Debyeモデルという異なるデバイ温度のDebye曲線を二つ使ってフィットする方法が試されている。磁気エントロピーが理論値から大きく外れており、解析に問題がある。
Debyeモデルでフィットする方法はEinsteinモデルを追加するなどフィットを改善する処方箋が豊富な分、どんな曲線でもあってしまう根拠が薄弱なものになりやすい。非磁性類縁物質をリファレンスに使うほうが良いのではないだろうか?ただし測定を少なくとも2回行うので系統的な測定誤差が累積しやすいことに注意である。
53. Field-induced topological Hall effect in antiferromagnetic axion insulator candidate EuIn2As2, doi.org/10.1103/PhysRevResearch.4.013163 (2022).
Doping-tunable Fermi surface with persistent topological Hall effect in the axion candidate EuIn2As2, doi.org/10.1103/PhysRevB.110.115111 (2024).
同一のファーストオーサーと同一のラストオーサーからなり、同一の物質に関する論文で\(\rho_{yx}\)と\(\rho_{xy}\)が混在しているという例を見つけたので紹介する。EuIn2As2は合成の過程でホールドープされてしまいやすいことが知られている。常識だがその場合、\(\rho_{yx}\)が正である。最初の論文ではちゃんとそうなっているのに、Caをドープしてホールキャリアを抑制した二つ目の論文では\(\rho_{xy}\)が正になってしまっている。一瞬エレクトロンドープに成功したのか?と思ったが、ちゃんと読むと\(\rho_{xy}>0\)を正孔キャリア状態として扱っているようだ。指導とは?いったい何がどうなったらこのような奇怪なことになるのか、世界には想像の及ばないことが起きるものだ。
52. Revealing the EuCd2As2 Semiconducting Band Gap via n-Type La-Doping, doi.org/10.1021/acs.chemmater.4c00656 (2024).
昔読んだ気がするがすっかり忘れていた。EuCd2As2のワイル説は死んでいたのだった。
Eu\(^{2+}\) (ionic radius (VI): 1.17 A)に対してLa\(^{3+}\) (ionic radius (VI): 1.032 A)をドープして電子を入れることでフェルミエネルギーを上昇させている。バンドギャップが開いていることが判明しただのsemiconductorだということになった。0.8 eVのギャップが開いていてTIということはないのでトリビアルなsemiconductorである。この物質はものつくり屋さんがさんざっぱら合成方法やらドープやらを試したり、圧力をかけたり、磁性とトランスポートの関係を報告しまくってたりしていてそれが水泡に帰すというのはなんとも悲哀である。実験家の不断の努力によってなされる確固たる基盤は物質科学をより良いものにするであろう。CMRを慰みに安らかに眠れ南無。バンド計算屋さんは非自明なバンドが出るまで好きなだけ\(U\)をいじれていいですねえ。
参考:doi.org/10.1088/1361-648X/ad882b。ちなみにホールドープはNa (ionic radius (VI): 1.02 A, Euを置換)とAg (ionic radius (IV): 1 A, Cdを置換)が試されている(doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.7.034402)。Cd\(^{2+}\) (ionic radius (IV): 0.78 A)を三価元素に置換する方法はないかと考えたが、四配位で入る三価元素は思いつかないな。
仕込みでは1-10 mol%入れたが、実際に入った量は1%以下とのこと。La以外のほかの三価ドーパントも試したがnタイプドープに成功したのはLaだけとのこと。単にEuに一番近いからというだけの気もするがよくわからないようだ。
キャリアタイプはホールとゼーベックで確認している。\(\rho_{xy}>0\)をpタイプ呼称していて、それだけはちょっとアホっぽい。
EuX2Y2系はキャリア密度によってAFMからFMに代わることも報告されている。Eu化合物でキャリアの量によって物性や磁気基底状態が変わってしまうようなことがあれば同様なことを試せそうだ。ほかにあるかなあ?いやはやすぐには思いつかない。ゆうてそんなにLaは入らないそうなので(キャリア密度は\(10^{17}\) cm\(^{-3}\)台)万能の矛を手に入れたように考えるのは待ったほうがいいぞ。とはいえつべこべ言わず試せばいいのかもしれない。principle of stupidityだ。
51. Shubnikov-de Haas Oscillations in 2D PtSe2: A fermiological Charge Carrier Investigation, https://arxiv.org/abs/2505.15666 (2025).
量子振動の振幅の磁場依存性の表式が出てきたので忘れないうちにメモ。
磁化などの熱力学量と伝導率とで違っていて、それぞれ
\(\Delta M\propto B^{3/2},\)
\(\Delta \sigma \propto (\frac{5}{2}(\frac{B}{2F})^{1/2}+\frac{3}{2}(\frac{B}{2F})).\)
ここで\(F\)は振動数。ただし後者は\(F>>B\)だと第一項のみでも大して問題ないきもする。FFTする前の生データを直接フィットするときにはスケーリングファクターをつけるものなので、それに吸収できそうだ。第一項のみだとDingle温度とか有効質量を過小評価する(より寿命の長く、軽い軌道を結論しやすい)のは注意した方がよさそう。
ここで頼りになるShoenbergを読んでみると、上記の式はAdams and Holstein (1959)からとったもので、等方的なモデルでフォノン散乱を考えて導いたものらしい。第一項が占有されたLandau tubeから非占有のtubeへの散乱、第二項が同一のtube内での散乱とのこと(こじらせてんなあ)。Biのような低い振動数の物質でもない限り第二項はいらないのではというようなことが書いてある。本稿の論文では\(F=200\) Tで磁場も5 Tまでしかかけていないので明らかにいらない。
50. Magnetotransport properties of p-type (In,Mn)As diluted magnetic III-V semiconductors, doi.org/10.1103/PhysRevLett.68.2664 (1992).
とある会合でとある方にデータを見せてもらって、それはそれはすごいデータだったのだが、これってどうなのという相談を受けたので他の物質ではどうなんだっけというのを確かめるのから始めるのがよかろうと思い、忘れないうちにメモしておこうということである。なんのデータかはここでは書けないが。
異常ホール効果の起源を議論するときに利用するOnoda-Sugimoto-Nagaosa論文(doi.org/10.1103/PhysRevB.77.165103)におけるdirty領域(\(\sigma_{xy}\sim 1\) S/cm)が気になったので論文を見てみた。Yuldashev et al., (doi.org/10.1103/PhysRevB.70.193203, 2004)なども引用されている。どちらも希釈磁性半導体の薄膜のデータで、これをホール抵抗でみるとどうなるだろうか?
1.3 micronのサンプルで\(T=3.5\) Kで\(\rho_{yx}=5\times 10^{-3}\) Ohm cm, \(\rho_{xx}=0.5\) Ohm cm。シートホール抵抗は\(R_{yx}=\rho_{yx}/t=39\) Ohm.
Yuldashev et al.のほうはsample Cをみると厚さ\(t=300\) nmで\(\rho_{yx}=7\times 10^{-4}\) Ohm m, \(\rho_{xx}=1\) Ohm m。シートホール抵抗は\(R_{yx}=\rho_{yx}/t=2300\) Ohm.
ちなみに量子化値は\(R_{yx}=h/e^2\sim 26000\) Ohm。量子ホール効果の場合は縦抵抗もゼロに近づくが、希釈磁性半導体ではそうはなっていない。もっと量子化値に近づけば下がってくるのかな?
49. Structural characterization of the candidate Weyl semimetal CeGaGe, doi.org/10.1103/PhysRevB.111.184102 (2025).
RGaSiが極性構造を持っていない可能性があるのと同様に、RGaGe系も気を付けなくてはならない。Ga, Geは電子が一個しか違わないのでx線ではあまりうまく判別できない。単結晶x線と中性子回折を高角まで行い、ちゃんと極性構造であることを確かめた論文。合成法やクエンチする温度などによってもサイトの秩序度は変わってきそうなので、慎重に調べたほうがよさそうである。RAlSi, RAlGe, RGaGeは極性でRGaSi(の一部)だけ極性でないのはちょっと理不尽な気もするので、手を抜きたくなる気持ちもわからなくはない。しかしこういうのに喜び勇んでとびついて、適当な合成と適当な解析を並べただけでWeylだなんだと論文を書き散らすと赤っ恥なので気をつけたい。論文が先に出たほうがいいではないかと思うかもしれないが、ちょっと落ち着いてほしい。粗悪な論文の著者であるという認識は結構広まりやすかったりする。査読で回ってきた原稿の著者がこれまでどんな論文書いているのかなあ~?というのをGoogle Scholarでチラ見するのに1分もかからない(わたしはもちろん是々非々で査読をするんだが、中にはそういう人もいるよということを言いたいだけである。ああ、こういう論文書く著者なのね、それならな、とかそういう人がいるかもしれないじゃないかという話である。あくまで。)。出版ぎりぎりになって別のグループが極性構造じゃあないよっていうプレプリントを上げたら最悪だし、本文でWeyl, Weylといっているが、極性構造かをちゃんと確かめられる実験じゃあないんじゃないか?それだとIntroで言っていることと著しい乖離があるので掲載は認められないと査読で言われるかもしれない(私がそうしたよということではなくあくまで仮定の話である。そういうことがあったら怖いじゃんという話だよあくまで)。
参考:
CeAlGeの構造決定:H. Hodovanets et al., PRB 2018, doi.org/10.1103/PhysRevB.98.245132
NdAlSiの構造決定:Jonathan Gaudet et al., Nat. Mater. doi.org/10.1038/s41563-021-01062-8(磁気構造解析は間違っている。in-plane spinが\(k = (1/3,1/3, 0)\), out-of-plane spinが\(k=(2/3,2/3,0)\)で変調していたららせんにはならない(Fig. 2のcaption参照:the AFM \(k_{\text{com}}=(2/3,2/3,0)\) component is polarized along whereas the \(k_{\text{com}}= (1/3,1/3, 0)\) component is polarized along \(\hat{c}\times k\).)。これはfan構造である。Fig. 3eの磁気構造の俯瞰図は正しくなく、節の数が多すぎである。[110]方向に進むと、out-of-plane spinはup-down-down-up-down-down-...でこれはよい(3/2倍周期)。in-plane spinは3倍周期となるべきである。これはfanである(自分で絵を描いてみよう)。サイトを[1/2,1/2,0]進むのを三回繰り返すと一周期と覚えよう。(110)面は[1,0,0]と[0,1,0]をつなぐ線上にあるとでも言おうか。図では0-right-left-0-right-left-0-..となってしまっていて、これだと3/2倍周期である。これは私が気付いたのではなく、当該論文が出版された直後に回折の師匠が言っていたことを再確認し、かつこれまで放置していたものである。本指摘が正しい場合、それは師匠がちゃんとしているということである。正しくない場合責任はしたり顔でブログを書いている私にある。とんでもない間違いがあるものだと思う人もいるかもしれないがそうではない。本系の磁気構造がらせんだろうがそうでなかろうがだれも気にしていないのである。だれも論文を読んでいないのである。そしてだれも研究をしていないのである。
念のためダブルチェックしてみよう。論文のロジックとか書き方が間違っているだけで、磁気構造の結果は正しいとかいうことがたまにある。論文に示されているデータに基づいてどうなのかを確認するのが大事だ。サプリのFig. S3Bをみると磁気反射として(1/3,1/3,0)と(2/3,2/3,0)の二つが見えている。衛星反射は格子Bragg点\(G\)から\(k\)だけずれた\(G\pm k\)の位置に出る。ぱっと見は(1/3,1/3,0)の方は(1,1,0)-(2/3,2/3,0)で、(2/3,2/3,0)の方は(0,0,0)+(2/3,2/3,0)なのかな?と思うが\(I4_1md\)は(1,1,0)が禁制なのでその解釈はできない。なので論文で言っている通り、(1/3,1/3,0)の方は(0,0,0)からの衛星反射(1/3,1/3,0)が見えていると解釈しなければならない。またFig. 3bを見ると\((2/3,2/3,l)\)と\((1/3,1/3,l)\)の強度を\(\hat{Q}\cdot \hat{c}\)の関数としてプロットしている。ここで\(\hat{Q}\cdot \hat{c}=0\)の位置の2点は上記\(l=0\)のときに対応する。ほかの3点x2は何だろう?ここで注意しないといけないのは\((1/3,1/3,l)\)と\((2/3,2/3,l)\)がちゃんとin-plane spinとout-of-plane spinに切り分けられる\(l\)を選ばないといけないということである。例えば\(l=1\)のときは\(G=(0,0,1)\)からの衛星反射と\(G=(1,1,1)\)からの衛星反射が重なってしまい、分離できない。分離できるのは\(l=0,2,4,6,8...\)のときだけである。これは\(G=(0,0,2), G = (1,1,4), G = (0,0,6), G=(1,1,8)...\)が禁制であることを利用できるからである。たとえば\((2/3,2/3,4)\)とかは純粋に\(G=(0,0,4)\)からの衛星反射と言えて、\(\hat{Q}\cdot \hat{c}=0.78\)に対応するので図中の点としてそれらしい。\((2/3,2/3,8)\rightarrow 0.93, (2/3,2/3,12)\rightarrow 0.97\)なのでこの辺までがout-of-plane spinの成分を反映した衛星反射であろう。なぜかわからないが\(l=2,6,10\)は使っていないらしい。一方でin-plane spinの反射は\((1/3,1/3,4)\rightarrow 0.93\), \( (1/3,1/3,8)\rightarrow 0.98\), \((1/3,1/3,12)\rightarrow 0.99\)。これらも図中の点の位置として妥当である。確かに衛星反射として分離できるものを取り出して比べているようだ(\(a=4.204\) Å, \(c = 14.524\) Åで計算)。
まとめると、確認した限りテキストに書いてあることは字面の通り受け取る必要がある。つまり、著者たちの主張としては\(k_{com}=(1/3,1/3,0)\)の変調ベクトルがin-plane spin modulationに対応していて、\(k_{com}=(2/3,2/3,0)\)の変調がout-of-plane spinの変調に対応しているということになる。そして最初に指摘したように、その場合磁気構造としてはhelical にはならず、fan構造が正しい構造であると結論するべきである。著者たちの磁気構造の結論は誤りである。そしてこれは致命的である。論文のタイトルは"Weyl-mediated helical magnetism in NdAlSi"である。
このことから何を学べるだろうか?当該物質に関係ない人たちにはどうでもいいことなのかもしれない。間違いに気づかないでただ乗りするフォロワー研究者たちのことをバカだなーと思っとけばいいのかもしれない。素人レビューワーが通してしまって、真顔でNews&viewsとかを書いているのを赤っ恥だなとほくそ笑むのもいいかもしれない。どや顔しながらブログで間違いを指摘する輩を暇だなーと思っておけばいいのかもしれない。あるいはわれわれは試されていたとみることもできる。そしてどうやら試験にはクリアできなかったようだ。当該論文は4年間で100回以上も引用されるヒット論文であり、後続研究は後を絶たない。それにもかかわらず致命的な欠陥に関してコミュニティーのだれも声を上げなかった。コミュニティーの劣化は思っていたよりも深刻なのかもしれない。私が声を上げればいいではないかだって?この物質をやっているわけでもない人間がなぜそんなことをしないといけないのか?実際にやっている人がまず先に行動するべきではないのか?そうしないのであれば、それは科学に対しての誠実性に欠けるものであり、人類に対する妨害行為に等しいことをよくよく理解するべきである。
ここまで読んでくれて感謝である。もし興味があれば私の言っていることをうのみのするのではなく、腕試しと思って当該論文を読んで確かめてみてほしい。そのうえで私の言っていることが間違っていると思ったらCommentで指摘してほしい。メンツをつぶしてはと思うかもしれないが、私としては自分の理解不足が補えるのであれば無上の喜びである。もし私と同じ結論になったとしたら、そこからはあなたの判断だ。リツイートやら何らかの形で反響をあげるのもいいだろう。些末な問題だなとそのまま忘れてしまってもいい。ただし当該物質を研究対象としていてそれなりの論文を書いて(書こうとして)いる場合は話が別である。波風を立てたくないだろうか?そのままの方が都合がいいだろうか?100%の自信が持てないだろうか?なんにせよなにもしないことを選んだその時点であなたは科学者としての資格はもうないんだと思う。
追記:論文の結論は正しいよということで連絡を受け、説明をしてもらいましたが全く理解できませんでした。そうなるなんらかの理屈はあるようですが。
追記2:論文の結論は疑問があるよという意見もいただきました。わたしの駄文が何らかの影響を与えることもあるのですね。
追記3:同様の疑義がarXivに上がっています。私は専門家ではないのでちゃんと読めてるか不安ですが上記の指摘とほぼ同じようです。arxiv.org/abs/2506.04000)
48. Sign competing sources of Berry curvature and anomalous Hall conductance humps in topological ferromagnets, https://arxiv.org/abs/2505.04268 (2025).
異常ホール効果の理論。後で読む。
47. Dichotomy of magnetic effect between Weyl fermions and anomalous Hall effect in PrAlSi, doi.org/10.1038/s43246-025-00816-0 (2025).
ホール伝導度の表式が間違っている。\(\rho_{yx}\)が正なのだから\(\sigma_{xy}\)の符号も正でないといけない。論文では\(\sigma_{yx}\)が正になっており、明らかに誤りである。テキストを読むと\(\sigma_{yx}\)と\(\sigma_{xy}\)との間で表記がころころ変わるので執筆者が物理量を正しく理解していないことがわかる。
そこまではいつものおバカ実験データなのだが、こういうときに確認しておくとよいのが理論との整合性である。理論計算では\(\sigma_{yx}^A\)を計算していて、実験と一致してフェルミエネルギーで正の値を予言している。だが実際は\(\sigma^A_{xy}\)が正なのだからこれは奇妙である。理論計算が実験結果に整合するように操作されているとみるか、理論予言が完全に間違っているとみるかのどちらかである。
これが何を意味するか邪推してもしょうがないので注意喚起として一般論を書く。理論家が計算する異常ホール伝導度はまず間違いなく\(\sigma^A_{xy}\)であろう。そのうえで計算をしたときの設定が磁気モーメントを\(+c\)軸方向に向けているのか、スピンを\(+c\)軸方向に向けているのかを、計算結果を受け取った側が確認する必要がある。電子スピンと磁気モーメントの向きは反平行なのでどちらの設定かによって異常ホール伝導度の符号は反転する。そして理論家はだれもそんなことを気にしない(気にしている人に会ったことがないし、むしろ逆向きであることすら知らないことがほとんどである。彼らはコードをポチっているだけである)。そのうえで自分の実験は\(\sigma_{xy}\)と\(\sigma_{yx}\)のどちらなのか、磁気モーメントは正磁場のときどちらを向いているのかを確かめなければならない。
いい加減な実験家と実験設定に無頓着な理論家という最悪な組み合わせでは低品質な論文しか生み出せない。こういうさらし者にならないように、実験をしたあなたがしっかりしないといけない。
46. Reply to "Comment on "Reconsidering the nonlinear emergent inductance: time-varying Joule heating and its impact on the AC electrical response"" by Yokouch et al, https://arxiv.org/abs/2410.04325 (2025).
創発ジュールヒーティング論文(doi.org/10.1103/PhysRevB.110.174402)に対するComment (doi.org/10.1103/PhysRevB.111.146401)に対するリプライである。Table 1がハイライトでジュールヒーティングでは説明できるがインダクターでは説明できないではないかいというのがまとめられてい....あれ?11ページ目から別の原稿が追加されている...だと???ひょっとしてコメントに対するコメントのリプライをもとのコメントの中に書いている?もうわけわからんんんん。どれが何に対するコメントでリプライなのか全くわからないのでこういうのはほんとにやめて。コメントするなら原稿のバージョン番号まで指定して。読むのやーめた。
45. Anomalous Hall effect in antiferromagnetic RGaGe (R = Nd, Gd) single crystals, https://arxiv.org/abs/2504.18313 (2025).
例によって極性構造ありきの解析がなされているので剣呑だが、ほかの文献(doi.org/10.1103/PhysRevB.111.184102)を見るとRGaSiよりかは結構分があるがありそうである。いい加減な論文でも最初に出したらええんや。そしてこの物質系にはもう誰も期待していないので、極性構造だろうがワイルだろうが異常ホールが内因性だろうが外因性だろうがだれも気にしていないのである。論文は読まれてすらいないのである。
44. Generalized Neumann’s Principle as a Unified Framework for Fractional Quantum and Conventional Ferroelectricity, https://arxiv.org/abs/2504.12555 (2025).
\(\alpha\)-In2Se3において観測された面内強誘電分極を説明するための理論。先行する理論研究はdoi.org/10.1038/s41467-023-44453-y。実験はdoi.org/10.1103/PhysRevLett.120.227601, doi.org/10.1021/acs.nanolett.7b02198, doi.org/10.1002/adfm.201803738, doi.org/10.1021/acs.nanolett.7b04852。強誘電分極はVanderbiltらの理論により単位胞の並進ベクトルの分だけ不定性があるので、結晶に3回対称性があっても強誘電分極を面内に持つような理屈があることは何の不思議もない。
一方で実験で観測されているのは面内方向のpiezoelectricity (PFM)なので電場をかけたときの応答である。ノイマンの原理としては三回対称性があるときに面直に電場をかけても面内方向に結晶のゆがみが出ることはなさそうである。それは強誘電分極の不定性とは関係ない話。上記理論は実験事実を説明するものになっているのかははなはだ疑問だ。
43. Accessing quasi-flat f -bands to harvest large Berry curvature in NdGaSi, https://arxiv.org/abs/2504.12784 (2025).
#41の続報でX線と中性子回折実験をしてNdGaSiにGa-Siの秩序化がないことを確かめたものが出た。同種の物質系も同様だろうと予想される。こういうことがあるので、結晶を作った後は構造解析をちゃんとやったほうがいい。
一方で上記論文の比熱と抵抗の解析は無謀である。電子比熱にくらべて磁気由来のバックグラウンドが大きすぎるので簡単な近似式
\(\rho=\rho_0+AT^2+CT^{2} exp(-\Delta/T)\),
\(C=\gamma T + \beta T^3+\delta T^{3/2}exp(-\Delta / T)\)
を使って解析しても電子由来の\(AT^2\), \(\gamma T\)と磁気由来の\(T^{\alpha}exp(-\Delta /T)\)が干渉して\(\gamma\)や\(A\)に関して信頼のおけるフィットは得られない。そもそも磁気由来の項はどこまで正確なのかも考えなくてはいけない。有効マグノンギャップ\(\Delta \sim 7\) Kに対してフィットは\(T=10\) K近くにまで及んでいる。明らかに近似が成り立たない領域にまでフィットを及ばせている。こういうのをヤラせ解析という。つまり適用範囲を有意に外れていることを知りながら無理やりあてがう行為である。
また論の補強としてhttps://doi.org/10.1016/j.jallcom.2014.06.047でも同様の解析をしていることをあげている。そこではTmAuGeの比熱が解析されている。マグノンギャップの見積もりは比熱・抵抗ともに\(\Delta\sim
3\) Kである。一方https://doi.org/10.1016/j.jallcom.2023.169475の非弾性中性子散乱の結果を見ると結晶場計算と一致して\(\Delta\sim 13\) meV
(130
K相当)であり、見積もりから大きく外れていることが分かる。この例を見てもわかるように上記フィットには何の信頼も置けないことが分かる。そもそも磁気励起のエネルギースケールが分からない状態で安易な式の適用をすること自体止めるべきである。フィットしてみて値を提示するまではいいとして、そこから出てきた値をさらにこねこねして妄想推論を発展させるのは慎重であるべきだ。
42. Transport of Topological Semimetals, doi.org/10.1146/annurev-matsci-070218-010023 (2019).
輸送現象のレビューとしてよく読まれている論文。ホール抵抗率の式が間違っている。
\(\rho_{xy}=\frac{(n_h\mu_h^2-n_e\mu_e^2)+...}{...}\cdot \frac{B}{e}\)
\(e\)の符号は正であるので(別ブログ参照)、上式は正孔が主要なとき正になることから符号が間違っていることがわかる。右手系を取る限り、正孔に対して\(\rho_{yx}>0\)である。
Ref. 190を引用しているが、これはChambersによる"Electrons in Metals and Semiconductors"のことである。もちろんChambersにそんなことは書かれていない。\(\rho_{H}=\rho_{yx}\)として上式を与えており、正しくホール抵抗率を定義している(p156)。書き写す輩が阿呆なのである。物理をわからず、記号をただのファッションとして扱っている証拠である。そしてそのために分野が被害を受けることについて重大な責任を負うことを自覚しなくてはならない。
41. Giant anisotropic anomalous Hall effect in antiferromagnetic topological metal NdGaSi, arxiv.org/abs/2409.06250 (2025).
RAlSi系がそれなりにバズったのでその流れでAlをGaに替えた系が最近見られるようになってきた。NdAlSiのらせん磁気構造は中性子の解析が間違っていて本当はfan構造なので、そこから研究は迷宮に入っているのだが。
それはいいとして、RGaSi系も本当にI4\(_1\)mdの極性構造なのか、よく検討しないといけない。母構造は\(\alpha\)-ThSi\(_2\)といわれる正方晶系のもので、Si-Siのネットワークがhyperhoneycomb構造を取っている。向きの異なるSiサイトが二つあり、これに異なる原子A, Bが秩序立って占有することで極性を持った構造LaPtSi型となる。CuのK\(_{\alpha}\)線で測った粉末結晶をRietveldしてI4\(_1\)mdと整合していたよってだけではもちろん不十分である。Ga-Siが秩序化していない場合、反転対称なI4\(_1\)/amdになり、粉末XRDとしては大差ない(消滅則で判別できるか確かめてみよう)。もちろんどっちがよりよくフィットするかで議論できるが、それが信頼できる比較かどうかはまた別問題である。
本論文ではちゃんとしていて、Ga-Siの秩序化に関して安易に結論していない。この著者はNo.
38と同じであり、とてもしっかりした研究者なのだなと敬意を表したい。ここだけの話、個人的に合成していて電子線回折とかもやってもらった範囲では反転心は破れていなかったので早晩壊滅する可能性を心配している。どのRまで調べたっけか?極性構造ならRAlSiと同様ワイル半金属の候補となるので今後楽しみな物質系だ。
doi.org/10.1016/j.jmmm.2025.172855
doi.org/10.1088/1674-1056/ad3060
doi.org/10.1016/j.jmmm.2025.173022
40. Kineto-electric and kinetomagnetic effects in crystals, https://www.edgar-ascher.ch/download/1970/1974-02.pdf (1974).
電流存在下での自由エネルギーを考えて、電流誘起物性を議論している。電流を電場や磁場のような外場として考えてよいではないかというアイディア。最近Cheongらがリバイバルしている。doi.org/10.1063/5.0198953, https://arxiv.org/abs/2503.16277
形式論としてはいいのだが、散逸を伴う電流を静外場と同格に扱っていいのかどうかは疑問が残る。自由エネルギーって定常状態にも拡張していいのだっけ?また電流由来の系のエネルギーといえばインダクタンスが思い浮かぶが、そういうのは考慮されているのだろうか?
この手の議論は実験家にとってはとても有用なもので、測定すべき条件を手軽に教えてくれる。あとは実際に測ってみるだけだ。ただし、信号が出たからと言って即座に実験成功と大喜びしてはいけない。対称性によって許されるということは、期待した起源以外にも思いもよらないアーティファクト経由でも信号が出うるということだからである。条件や配置を詳細に検討し、本質を見極めよう。
39. Impact of tiny Fermi pockets with extremely high mobility on the Hall anomaly in the kagome metal CsV3Sb5, arxiv.org/abs/2503.15849 (2025).
パラメーターが7つ以上あれば象だって描けるぞう。ホール効果がクネクネしたら逆オッカムの剃刀の出番だ。時間反転がhidden orderしてベリー位相が異常ホールしていると言えば高IF誌に直結する。しかしマルチバンド効果を使っても説明できるのでこういう論文によって反論されるわけである。物性物理学はいったいいつまでこのおバカなやり取りを繰り返せば気が済むのだろう?
この手の解析で判断が難しいのは、時間反転対称性の破れ由来の成分が思っていたより大きくないにしても、ゼロであるとは言えないことである。単にゼロだと仮定した場合でも解析に不備は生じないといっているだけである。非単調なホールのどこまでが多バンド由来でどこからがTRSB由来かの切り分けを可能にする解析法の開発が必要である。バルクの輸送測定でそんなことは期待できそうもない。あるいはもうTRSBの証拠をホール測定に頼るのを全くあきらめてしまうほかないのではないだろうか。
非単調ホール伝導率(\(\sigma_{xy}^{\text{NM}}\))が1000 cm\(^2\)/Vsより大きいのはベリー位相由来にしては大きすぎるというのは理にかなった論拠である。某論文では揺らぎがあれば大きくなりうるというヤラせ理論を根拠にこれを意図的に無視するという邪悪な解釈を提案し分野の信頼を破壊したわけだが。
電子線照射によってホール効果がずいぶん変わる一方で量子振動の周波数に変化がないことはフェルミ面やバンド構造を変えずに移動度を変えることに成功している証拠といえる。縦抵抗率の絶対値がどれくらい変わるのかや\(\rho-T\)曲線はdoi.org/10.1038/s41467-023-36273-xを参照。
38. Origin of Cusp-Like Feature in Hall Resistivity of Uniaxial Ferromagnet in Non-Orthogonal Hall Geometry, arxiv.org/abs/2503.07163 (2025).
一軸異方性のある磁性体に対して傾けた方向に磁場をかけて異常ホール効果を測るとカスプ状の磁化に比例しない応答が出ることがよくある。これを指してトポロジカルホール効果だと言い張るおバカ論文群が最近よく見られるようになってきた。
例
H. Algaidi et al., APL Mater. doi.org/10.1063/5.0245797
Y. You et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.100.134441
R. Roy Chowdhury et al., Sci. Rep. doi.org/10.1038/s41598-021-93402-6
M. Huang et al., Nano Lett. doi.org/10.1021/acs.nanolett.1c00493
S. Roychowdhury et al., Adv. Mater. doi.org/10.1002/adma.202305916
S. Roychowdhury et al., Chem. Mater. doi.org/10.1021/acs.chemmater.1c02625
L. Xu et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.105.075108
D. Huang et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.107.224417
D. Huang et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.109.144406
明らかに査読者も著者も磁性をよくわからずにバカの一つ覚えのようにホール効果を磁化と比べる解析をするためそのような悪質な論文が蔓延するようになっており分野の凋落を象徴していたが、これに異を唱える論文が出てきていて喜ばしい。あまりにも簡単に説明できることなのでバカらしくて誰もわざわざ指摘しようなどと思わないようなことに対しても、きちんと労力を割いて指摘することは敬意を表するべき行いである。
37. On the sign of the linear magnetoelectric coefficient in Cr2O3, doi.org/10.1088/1361-648X/ad1a59 (2024).
Cr2O3は線形電気磁気効果が生じる物質として最初に見つかった。これに対して中性子散乱実験を行って、電場をかけたときにスピンがどの方向に傾くのかなどを調べている。要するに反強磁性ドメインA, Bに関して\(\alpha\)テンソルの各成分の符号が実際にどっちなのかを確かめた論文。符号問題は現象論的に議論される際に無視されることが多く、どっちなのかを確かめたのは地味だが重要だ。DFTとも整合するのもよい。
36. Sign Reversal of Hall Conductivity in Polycrystalline FeRh Films via the Topological Hall Effect in the Antiferromagnetic Phase, doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c05329 (2025).
典型的な偽トポロジカルホール効果論文である。特に磁化測定に関するMethodsの記述が本文と矛盾している。またホール効果の記述が正しくなされていない(Fig. 3が誤った図になっている)。そして磁気構造も調べられていない。不明瞭な測定データに基づいた不明瞭な解析の結果出てきたシグナルを根拠なく解釈している論文である。
トポロジカルホール効果解析において、正常ホールと異常ホールからなるバックグラウンドを生データからいかに正確に差し引くかが重要である。しかし、バックグラウンドを恣意性なくまた系統的な誤差を少なく見積もるためのノウハウが共有・確立されておらず、それぞれのグループが適当に見積もったバックグラウンドを著者に都合のいいように使用している。当然いい加減に見積もられたバックグラウンドを生データから差し引くとうねうねした残差が残るのでそれをトポロジカルホール効果だと言い張れば論文になってしまうのである。
この論文が特段クオリティが低いわけではなく、似たような論文は近年おびただしい量出版されている。特にAdvanced系、Nano Lett.などのACP系、AIP系においては無法地帯となっている。業界に自浄作用がなく、早晩成り立たなくなっていくだろう。
35. Interlayer exchange tuned magnetotransport properties in the kagome antiferromagnet YMn6Sn6, doi.org/10.1103/PhysRevB.111.054434 (2025).
いつものようにホール効果が磁化過程に伴って複雑に折れ曲がる効果に対してトポロジカルホール効果の抽出を主張している論文である。
ほかのトポホ解析論文とは比較にならない点としては解析するための式が単に正しくないという点がある。ホール抵抗率の式として
\(\rho_{H, wrong}=\rho_H^N+\rho_H^A+\rho_H^T=R_0H+S_HM+\rho_H^T\)
と書いてあるが正しくは
\(\rho_{H, correct}=\rho_H^N+\rho_H^A+\rho_H^T=R_0H+\rho_{xx}^2 S_HM+\rho_H^T\)
である。当該物質は\(\rho_{xx}\)が磁化過程に相関して変化をしているので、第二項は\(\rho_{xx}\)の磁場依存性の影響を受ける。これを磁場依存しない定数と置いているなら、第二項の正しい見積もりになっておらず、したがって\(\rho_{H}^T\)の成分も正しく抽出できないことになる。これは当然結論に深刻な懸念を与える。専門家がこれを見落とすことは考えられないので、査読が機能せず残念である。
34. Anatomy of anomalous Hall effect due to magnetic fluctuations, https://arxiv.org/abs/2502.11702 (2025).
異常ホール効果は系の時間反転対称性の破れに起因して磁化由来で発現する。その成分を抽出したい場合、ゼロ磁場で自発磁化が出る場合は単にゼロ磁場のホール抵抗率を見ればいいわけである。しかしソフトな磁性の場合ゼロ磁場ではドメインができてしまってトータルの磁化はゼロになってしまい、異常ホール抵抗もゼロになってしまう。通常ちょっと磁場をかけてドメインを偏極させて、ゼロ磁場に外挿することで代わりとするのだが、これだと転移点より高い温度でも異常ホール効果が”出て”しまうわけである。これに対してTRSB由来の成分を抽出するためのアプローチを提案している(と思われる)。
大事な観点だが、いかんせん文章中に異常ホールをどう定義するのか、特に磁場は\(B\)なのか\(H\)なのか、反磁場の効果はどうするのか、といったこの手の話題を気にする研究者全員がまず初めにはっきりさせるであろう基本的なことが書かれておらず、あろうことか磁化のデータすら示していない。サプリはuploadされていないのだが、本文中の論証をもっと丁寧にしてほしいものである。
33. Higher-order skyrmion crystal in van der Waals Kitaev triangular antiferromagnet NiI2, https://arxiv.org/abs/2502.14167 (2025).
NiI2は基底状態はらせん磁性だが、常磁性とらせん磁性を挟む中間温度領域で別のincomm.相がある。従来の解釈ではsingle-Qと考えておくべきであるが、それがtriple-Qであるという主張をしている。さらにsinusoidal triple-Qなのでskyrmion数 -2のhigher order skyrmion格子相であると言っている。
最終段落でExperimentally distinguishing between a single-Qm ordered structure with three domains and a single-domain triple-Qm structure is inherently challenging. ~Given these considerations, interpreting the intermediate phase as the SkX-2 phase is the most reasonable explanation.と言っているように上記解釈は実験的に確かめられたわけではなく、推測である。実験データでの検証が明らかに足りておらず、ちゃんとした査読に耐えられない。とはいえMnSc2S4という実験的実証なしの主張でも論文になる例もあるので、査読を通過することは可能であろう。アイディア自体は面白いと思うので、single-Qを否定する証拠を積み重ねていくと信頼度が向上するだろう。
32. Mechanism of Type-II Multiferroicity in Pure and Al-Doped CuFeO2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.066801 (2025).
CuFeO2はプロパースクリュー磁気構造、通常のスピンカレントモデルが当てはまらないマルチフェロイクスだ。新規メカニズムのd-p軌道混成機構なら説明できる。こういう”おバカ解釈”が一昔前は大まじめに考えられてきたが、単に系の対称性が低いことで説明可能でd-pメカニズムの寄与は不要である。電気分極に関するいい加減な考察で不要な混乱が起きて分野が消耗したが、ようやくgeneralized inverse DM機構が主流な理解になりつつあるようで喜ばしい。
31. Spin-orbit control of antiferromagnetic domains without a Zeeman coupling, doi.org/10.1038/s41535-025-00736-9 (2025).
Nd0.1Ce0.9CoIn5において面内磁場で反強磁性ドメインを制御している。当物質は正方晶でモーメントは\(c\)軸、incommensurateな変調が\([110]\)もしくは等価な方向\([1\bar{1}0]\)に走っている。一見面内磁場では\(q\)ドメインをそろえられなさそうだができるようだ。似た現象はCeCoIn5でも見えているようだ(doi.org/10.1038/NPHYS2833)。対称性の観点からは当たり前だが、実際にこういう現象が見えている物質はあまり知らない。
磁場を面内で回転させながら抵抗率の角度依存性を測ることでもドメインの変化を検証している。技巧的なのは電流の方向を結晶軸\([110]\)から\(14^{\circ}\)だけ\(c\)軸周りに回転させた向きにしていることだ。(わざとである、わ・ざ・と。試料の整形に失敗しちゃったというわけではない。念のため。)こうしておくことでローレンツ力由来の磁気抵抗効果によって抵抗が極小・極大になる角度を結晶軸からずらすことができる。ドメイン由来の磁気抵抗は磁場が結晶軸の高対称軸に向いたときに特徴的なふるまいを示すので、両者の効果を切り分けられるようだ。頭イイ(こういう論文を紹介することが本ブログの主目的である。)!
30. Super-geometric electron focusing on the hexagonal Fermi surface of PdCoO2, doi.org/10.1038/s41467-019-13020-9 (2019).
PdCoO2という酸化物にもかかわらず貨幣元素に匹敵する電気伝導率を有する物質のフェルミ面の形状に由来した異方的伝導特性をFIBデバイスにより調べた論文。
素晴らしい研究だが、結晶軸を取り違えている。Fig. 2aを一目見れば誰でもわかるように\(a,b\)軸の方向は\(30^{\circ}\)回転する必要がある。つまり結晶の6角形の面の辺の方向に沿って\(a\)軸が走る。これは三角格子を形成するイオン性結晶の特徴である(もしくは結晶面の出方からも推察できる。Laueを取るまでもない)。
上記のミスは論文の結論に致命的な打撃を与えるかというとそうではない。続くFig.
2bでは今度は逆格子空間の向きを取り違えている。Fig. 2bのtop
panelをみると結晶の6角形の形状が分かる。もしFig.
2aの結晶軸の割り当てが正しいならFig. 2bのmiddle
panelのBZの6角形は\(30^{\circ}\)向きを間違えている。2回向きを取り違えるというおバカミラクルによって、正しい結晶軸に整合した正しいBZの向きに戻っている。おしい。よかったね。(というよりこういうのは実際は結晶軸の方向を確かめずに測定を行ったあとで、実験結果の解釈につじつまが合うようにパワポ芸をしているんだろう。邪推だが。)
hexagonal, trigonal結晶の結晶軸や面の取り違えは代表的なおバカ結晶学なので論文を読むときは注意しよう。そのような間違いをしている論文は例えばdoi.org/10.1073/pnas.2401970121,
29. Thermal Transport Coefficients of a Superconductor, doi.org/10.1103/PhysRev.136.A1481 (1964).
超伝導体の熱電効果や熱伝導がどうなるかが考察されている。超伝導体は伝導率が無限大なので通常の金属で使える方程式が成り立たない。#28の\(i_{th}\)を考える際にも大事になりそう。しかしLuttingerの論文にもかかわらず引用が26しかなくて不安。Stephan (1965): doi.org/10.1103/PhysRev.139.A197もよさそう。これを読むと電流と電場、温度勾配、化学ポテンシャル勾配の関係は
\(\vec{J}=\rho_s\vec{v}_s+K_1((e/m)\vec{E}+(1/m)\vec{\nabla}\mu)-K_2(\vec{\nabla}T/T)\)
となって、定常状態なら第二項が消えて
28. Field-free superconducting diode effect in layered superconductor FeSe, arxiv.org/abs/2409.01715 (2024).
超伝導ダイオードが時間反転の破れがなくても出ると言っているようだ。超伝導はエアプなのでこの話題はあまりよくわからない。想定外のアーティファクトなのだとしたら重要な指摘だ(真顔)。これまでの先行研究を再検証する必要を感じるのでメシがうまい。(ジュール熱の効果はこの手の現象においていの一番に考えることなので先行研究で考慮されてないなんてことはないはずなんだがダクター?)
サンプルがくさびのような形だと接触抵抗やらジュール熱の緩和の非対称性やらで温度勾配ができてしまって、熱電効果によって生じる電流\(i_{th}\)なるものの効果を考えないといけない。この余分な電流はサンプルの形状などによって決まるので常に同じ方向に流れている。すると外からかけている電流\(I_{ext}\)が\(i_{th}\)に平行なら実際より余分に電流密度があることになり超伝導は壊れやすく、反平行なら逆になる。こうして非相反性が生まれる。
現象論的にはそういわれると確かにありそうだが、基板や電極に貼り付けられた微小サンプルに実際温度勾配がどれくらいつくものなのかはっきりしない。それが観測にかかるほどの効果を生み出すのか非自明だと思う。また\(i_{th}\)にくみするキャリアはどこから供給されてどこにドレインされるんだろうか?電流計をつないで定電流モードで測っているんだから\(I_{ext}+I_{th}\)は常に一定になるのではないのか?だとしたら電流の総量が流す向きによって異なるなんてことにはならなそうに思う。
ちゃんと読めばわかるのかもしれないが、いかんせんp5-7にまたがる巨大な1段落が長すぎて読む気が起きない。ポストモダン小説の趣きといえなくもない。メシがうまいからまあいいか。
似た議論がPRBにアクセプト済みだ(arxiv.org/abs/2502.08928)。反論とかも出てこないか楽しみだ。
27. Absence of Nematic Instability and Dominant Response in the Kagome Metal CsV3Sb5, doi.org/10.1103/PhysRevX.14.031015 (2024).
Nat. Phys.の論文(doi.org/10.1038/s41567-023-02272-4)におけるCsV3Sb5のelastoresistive effectの解析が間違っていることを明らかにした論文。かなしいなあ。
modified Montgomery法ではResistanceからResistivityに換算しないと異方的抵抗率の正しいふるまいを理解することはできない。これは\(R_{xx}\)と\(\rho_{xx}\)の関係が線形でないことから引き起こされる。引用文献にも上げているmodified Montgomery法の提案をしている論文(doi.org/10.1063/1.3652905)を読めば自明なのでなぜ気づかないのかは不明。
modified Montgomery論文(doi.org/10.1063/1.3652905)とオリジナルのMontgomery論文(doi.org/10.1063/1.1660656)の違いは原理的には皆無である。ただしオリジナル論文は結局何を計算すればいいのか?という誰もが期待する情報を書かないという意味不明な方針で論文が書かれている。modifiedの方は解析的な式と近似式を明示的に示しており、実践的な価値がある。
解析のアイディア:等方的な媒質の直方体試料を考えて、抵抗率を\(\rho\)、試料の寸法を\(L_1\times L_2\times L_3\)とする。1つの長方形の面(\(L_1\times L_2\)のを選ぼう)の角ABCDのABに電流を流し、CDの電圧を測ることで抵抗\(R_1(=V_{CD}/I_{AB})\)を求め、同様にBCに電流を流しながらADの電圧を測ることで抵抗\(R_2(=V_{AD}/I_{BC})\)を求める。
抵抗率\(\rho\)と\(R_1\), \(R_2\)はとあるパラメータ\(H_i\) (\(i=1,2\)), \(E\) を使って
\(\rho=H_1ER_1=H_2ER_2\)
と書ける(doi.org/10.1063/1.1660657)。ここで
\(H_1^{-1}=4/\pi\sum ^{\infty}_{n=0}2/\left[(2n+1)\sinh[\pi(2n+1)L_2/L_1]\right]\)
\(H_2^{-1}=4/\pi\sum ^{\infty}_{n=0}2/\left[(2n+1)\sinh[\pi(2n+1)L_1/L_2]\right]\)
で試料の形状の特に\(L_1,L_2\)のみで決まる。抵抗の異方性や形状の異方性が大きくない場合、良い近似として
\(H_1\sim(\pi/8)\sinh[\pi L_2/L_1]\)
\(H_2\sim(\pi/8)\sinh[\pi L_1/L_2]\)
が使われる。
また\(E\)も\(L_i\) (\(i=1,2,3\))で決まる量である。とくに平板状の試料で\(L_3/(L_1L_2)^{1/2}<0.5\)が成り立つくらい\(L_3\)が薄ければ\(E/L_3\sim1\)とおける。
上記近似の範囲で抵抗率は
\(\rho=\frac{\pi}{8}L_3R_1\sinh[\pi L_2/L_1]=\frac{\pi}{8}L_3R_2\sinh[\pi L_1/L_2]\)
と書ける。
ここで今度は異方的な結晶で抵抗率テンソルが対角項のみ(\(\hat{\rho}=diag[\rho_1,\rho_2,\rho_3]\))であらわされ、直方体の寸法が\(L_1'\times L_2'\times L_3'\)である試料を考えよう。この試料をMontgomery法で測定したものは実効的に等方的抵抗率\(\rho(=(\rho_1\rho_2\rho_3)^{1/3})\)の寸法が\(L_i(=L_i'(\rho_i/\rho)^{1/2})\) (\(i=1,2,3\))である試料と等価になる(Wasscher変換, Philips Res. Repts. 16 301-306, 1961, doi無し)。
このことから上記の\(\rho\)に関する式は有効等方試料の抵抗率とみなすことができて、元の異方的試料の抵抗率に戻してやることができて
\(\rho_1=(\pi/8)E'(L_2'/L_1')(L_1/L_2)R_1\sinh[\pi L_2/L_1]\)
\(\rho_2=(\pi/8)E'(L_1'/L_2')(L_2/L_1)R_2\sinh[\pi L_1/L_2]\)
となる。ここで\(L_2/L_1\)は
\(\frac{L_2}{L_1}\simeq \frac{1}{2}\left[ \frac{1}{\pi}\ln\frac{R_2}{R_1}+\sqrt{\left[\frac{1}{\pi}\ln\frac{R_2}{R_1}\right]^2+4}\right]\)
と近似される。ただし、常に\(R_2/R_1>1\)とする(導出にはそう書かれているが実際この制限は必要ない.下記参照)。ここで\(\rho_{1}\)が\(R_1\)に対して線形でないと気づく。
また有効的な試料厚さは
\(E'=E(L_3'/L_3)\)
で与えられ、\(E'=L_3'\)と置けるのは\(E/L_3\sim 1\)と置けるときであることが分かる。それを検証するには上記のように\(L_3/(L_1L_2)^{1/2}\)を見積もる必要があり、
\(L_3/(L_1L_2)^{1/2}=(L_3/L_2)(L_2/L_1)^{1/2}=L_3'/L_2'(\rho_3/\rho_2)^{1/2}(L_2/L_1)^{1/2}\)
と置けるので、面内vs.面直の抵抗率の比が分かっているとよさそうだ。つまり標準的な4端子法でいいので、面直抵抗率\(\rho_3\)を測っておく必要がある。単に試料形状が平板状であればいいというわけではないことがちょっとした落とし穴で、系の二次元性が高く、\(\rho_3/\rho_1> 100\)とかになる物質もあるので注意が必要な場合もある。ただし、\(E'\)は\(\rho_1, \rho_2\)のどちらにも同じように入っているので、面内の抵抗率の異方性の議論には影響しない。
測定の手順としては試料の寸法(\(L_1',L_2',L_3'\))を測り、Montgomery法で抵抗\(R_1,R_2\)を測り、\(L_1/L_2\)を見積もればその逆数から\(L_2/L_1\)が計算できるので、抵抗率\(\rho_i,\rho_j\)が見積もれるというわけである。技術的な注意点としては試料をちゃんと直方体に整形すること、電極をコーナーの点極限になるようにできるだけ小さくつけることであろう。
ここで\(L_2/L_1\)と\(R_2/R_1\)を結びつける近似式について補足する。論文中の導出では\(R_2/R_1>1\)という制限があると記述されているが(doi.org/10.1063/1.3652905, Eq. (13)の直後)、実際は当該式は\(R_2/R_1<1\)でも成り立っている。実際に確かめてみよう。\(\frac{1}{\pi}\ln\frac{R_2}{R_1}=x\)と置いて、
\(L_2/L_1=\frac{1}{2}\left[ x+\sqrt{x^2+4}\right]\)
と書ける。一方、
\(L_1/L_2=\frac{1}{2}\left[-x+\sqrt{x^2+4}\right]\)
これの逆数を取って
\((L_1/L_2)^{-1}=\frac{2}{\left[-x+\sqrt{x^2+4}\right]}=\frac{1}{2}\left[x+\sqrt{x^2+4}\right]\)
これは正確に\(L_2/L_1\)に等しい。論文中の制限は不必要である。
追記:最近気づいたが、この手法はある条件下では間違った解釈を生み出してしまいかねない。適用できない条件下でむやみに公式を当てはめて議論するいわゆる”おバカ解析”の罠が潜んでいる。いつかそういう論文を見かけたら書いてみよう。(参考:Borup et al., doi.org/10.1103/PhysRevB.92.045210 (2015), Kleiza et al., 10.12693/APhysPolA.119.148 (2010))
26. Unraveling effects of competing interactions and frustration in vdW ferromagnetic Fe3GeTe2 nanoflake devices, arxiv.org/abs/2502.05018 (2025).
トポロジカルホール効果に関する”おバカ解析”の典型である。磁化容易軸とは垂直な面内に磁場をかけてホール応答が非自明だ云々と無意味な議論をしている。
異常ホール効果はxy平面に垂直な磁化に比例するものなので、面内に磁場をかければ磁化が傾いていき、低磁場で有限であったものがだんだん減少していき、高磁場極限でゼロになる。磁化に比例しないふるまいになるのは当たり前である。
25. Anomalous Nernst effect of Fe3O4 single crystal, doi.org/10.1103/PhysRevB.90.054422 (2014).
ネルンスト係数の符号の混乱の原因を作った論文の一つ。これより古い文献があれば教えてほしい。
熱電効果を議論しようとするとき、熱電テンソル(\(\hat{S}\))を使って
\(\vec{E}=\hat{S}\vec{\nabla} T\)
と置くのがよいだろう。\(x\)軸方向の温度勾配に対して平行に生じる電場は普通のゼーベック効果で
\(E_x=S_{xx}\frac{\partial T}{\partial x}\)
となり、自然に従来の定義とつながる(たしかゼーベック自身かモットあたりがこう定義したんだったはず)。
この場合、\(x\)軸方向の温度勾配に対する\(y\)軸方向の電場はネルンスト効果に対応する。そうであるならば
\(E_y=S_{yx}\frac{\partial T}{\partial x}\)
と書いて\(S_{yx}\)という表記でネルンスト係数とするのが自然だろう。(輸送現象のテンソル方程式は\(E_i=S_{ij} \nabla_j T\)とするのが自然。)ところが当該論文では何を考えたのか
\(E_y=S_{xy}\frac{\partial T}{\partial x}\)
と表記して\(S_{xy}\)をネルンスト係数と定義してしまったのである。このため、これを何も考えずに踏襲してネルンスト係数を議論する派閥とテンソルの定義として自然な\(S_{yx}(=-S_{xy})\)をネルンスト係数として議論する派閥が分かれてしまった。このため両者同じ係数を測っているはずなのに表記上は符号が真逆になることになる。同じようなことはホール抵抗率でも起きている(別ブログ参照)。そのため各文献で定義がまちまちで係数の符号の整合性が取れない原因になっている。異常ネルンスト効果の符号が違う材料を接合して熱電材料を作ろうとしている人たちはこんな状況でちゃんとやれているのか?
引用文献として挙げられているdoi.org/10.1103/PhysRevLett.99.086602やdoi.org/10.7567/APEX.6.033003ではちゃんと定義できている。要するに書き写す輩が阿呆なのだろう。
24. Characterization of Lorenz number with Seebeck coefficient measurement, doi.org/10.1063/1.4908244 (2015).
える しっているか?ローレンツ数(\(L=\kappa/\sigma T\))はゼーベック係数(\(S\))で与えられる。
\(L=1.5+\exp (-|S|/116)\)
おいおい冗談だろ。
23. Weighted Mobility, doi.org/10.1002/adma.202001537 (2020).
モビリティでよく知られているのはホールモビリティ(\(\mu_{\text{H}}\))で\(\mu_{\text{H}}=\sigma R_{\text{H}}\)で与えられる。ここで\(\sigma, R_{\text{H}}\)は伝導率とホール係数。モビリティが1 cm\(^2\) V\(^{-1}\) s\(^{-1}\)より大きいときに使われる。一方でモビリティが小さいとき、抵抗率とゼーベック係数(\(|S|\))からモビリティを見積もるweighted mobility (\(\mu_{\text{w}}\))を提案している。式て書くと
\(\mu_{\text{w}}=\frac{3\hbar^3\sigma}{8\pi e(2m_{\text{e}}k_{\text{B}}T)^{3/2}}\left[ \frac{e^{|\hat{S}|-2}}{1+e^{-5(|\hat{S}|-1)}}+\frac{\frac{3}{\pi^2}|\hat{S}|}{1+e^{5(|\hat{S}|-1)}} \right]\)
で与えられる。ここで\(|\hat{S}|=|S|\cdot e/k_{\text{B}}\)。おいおい冗談だろ。
22. Room-temperature unconventional topological Hall effect in a van der Waals ferromagnet Fe3GaTe2, doi.org/10.1063/5.0245797 (2025)
トポロジカルホール効果に関する”おバカ解析”の典型である。磁化容易軸とは垂直な面内に磁場をかけてホール応答が磁化に比例しないという無意味な議論をしている。
21.
これは面白そうな物質だ。だれにもいわんとこ
20. NiSi: A New Venue for Antiferromagnetic Spintronics, doi.org/10.1002/adma.202302120 (2023).
Altermagnet候補のNiSiのトランスポートの研究である。Fig. 4(a)がHall resistivity (\(R_{xy}\))にもかかわらず磁場に関して対称なふるまいをしていて意味をなしていない。Supplementaryを読んだりするとわかるが、Hall conductivityの表式も間違っているし、van der Pauw法の記述も原理を理解しているか怪しい。ひょっとして専門家ではない?某研に横取りされないか心配だ。
ちなみにD. K. Singh et al.の論文(doi.org/10.1002/apxr.202400170)で紹介されているがarXiv版(2402.17451)から引用が一つずれているため、誰もたどり着けるものはいない。
19. Peculiar Magnetic and Magneto-Transport Properties in a Noncentrosymmetric Self-Intercalated van der Waals Ferromagnet Cr5Te8, doi.org/10.1021/acs.chemmater.4c02996 (2025).
トポロジカルホール効果の発現を主張しているが、ホール抵抗率と異常ホール効果によるフィットを見ると両者の一致は極めてよく、測定誤差と区別がつかないほんのわずかなずれがあることを拡大してトポロジカルホール効果を主張するのは無理がある。
18. Spin-Triplet Excitonic Insulator in the Ultra-Quantum Limit of HfTe5, arxiv.org/abs/2501.12572 (2025).
ホール伝導度の見積もりが誤っている。正しくは
\(\sigma_{xy}=\rho_{yx}/(\rho^2_{xx}+\rho^2_{yx})\)
よってプロットの符号は正負逆転する。電子・正孔の割り当ても反転する。論文の結論に壊滅的な打撃を与えるかは不明。逆行列の計算くらいできないものか。
同様の間違いをしている論文: arxiv.org/abs/2308.09695, doi.org/10.1002/adfm.202424841,
上記論文ではこの論文(doi.org/10.1103/PhysRevX.8.041045)が引用されていて、ここでは正しい数式が使われている。要するに書き写す輩が阿呆なのである。
17. Origin of the turn-on temperature behavior in WTe2, doi.org/10.1103/PhysRevB.92.180402 (2015).
いわゆる逆オッカムの剃刀を使った解釈の筆頭として、XMR物質の磁気抵抗曲線を金属絶縁体転移とする主張があげられる(doi.org/10.1038/nphys3581)。これを思考停止で真似をして、抵抗-温度曲線をギャップ関数\(\rho\propto \exp(E_g/k_{\text{B}}T)\)でフィットしてギャップ\(E_g\)を見積もるという"おバカ解析"をする論文が後を絶たず、トポロジカルホール解析と並んで分野の腐敗を象徴していると誰かが言っていた。表題論文他、マルチバンドなどのconventionalな枠組みで説明する試みをメモしておくことで、おバカ解析をしてくる論文を査読するときに備えよう(今現在査読をしている論文とは一切関係がないことはここに明言しておく)。
LaBi: doi.org/10.1088/1367-2630/18/8/082002
PtSn\(_4\): doi.org/10.1103/PhysRevB.97.205132
\(T_d\)-MoTe\(_2\): doi.org/10.1103/PhysRevB.96.075132
WTe\(_2\): doi.org/10.1103/PhysRevLett.115.046602
Graphite: doi.org/10.1016/j.ssc.2003.11.037, "we find that a simple two-band transport model can qualitatively describe the temperature and field dependence, without appealing to a M–I scaling description."
Bismuth, Graphite: doi.org/10.1103/PhysRevLett.94.166601
一方で金属絶縁体転移を主張したい勢力もいる。マルチバンドに言及せずにおバカ解析をする論文は論外なので除外するとして、マルチバンドの効果も意識しつつ解析を試みている論文には一定の評価をしておいた方が論の防御力をあげられる。
Graphite: doi.org/10.1103/PhysRevLett.87.206401
InBi: doi.org/10.1103/PhysRevB.107.205111
16. Twofold symmetry of c-axis resistivity in topological kagome superconductor CsV3Sb5 with in-plane rotating magnetic field, doi.org/10.1038/s41467-021-27084-z (2021).
磁気抵抗の磁場を印加した方向についての依存性から系の対称性を調べている論文。データの解析法、見せ方に関して数学的に正しくないところが散見されるが、結論については問題なさそうだ。同様の奇妙なプロット法は他の論文にもみられる。doi.org/10.1021/acs.jpclett.3c02922
ぱっと見即座に指摘できる誤りは、(1)ホール伝導度\(\sigma_{xy}\)の表式が間違っている(正孔と電子の割り当てが逆になる)こと、(2)フーリエ級数展開に関する誤解(\(\theta\)に関するFFTの場合、逆空間の変数は\(\theta\)にならない)があげられる。議論したいことが何かはわかるが、学部数学の初歩的な誤解は情けないと言わざるを得ない。
後者は単斜晶であり、解析がさらにややこしくなる(だとしても輸送物性の初歩である)。たとえば伝導率テンソルを計算したい場合、逆行列をとる抵抗率テンソルの対角項はそもそも等しくないし(\(\rho_{xx}\neq \rho_{yy}\))、非対角項には磁場に関して対称な成分と反対称な成分(\(\rho_{yx}=\rho^s_{yx}+\rho^a_{yx}\))がある。これらをただしく測定して逆行列計算しないと伝導率テンソルにならない。注意しないと解析結果が全滅する可能性もあるが、これは詳しく見ないと判断できなさそう。
15. Anomalous and large topological Hall effects in β-Mn chiral compound Co6.5Ru1.5Zn8Mn4: electron electron interaction facilitated quantum interference effect, doi.org/10.1088/1361-648X/ada59f (2025).
ホール効果の測定と磁化の測定にもとづいてトポロジカルホール効果の発現を主張している論文である。こういう論文を見たときにチェックすべきは反磁場補正を行っているか?もしくは磁化サンプルと抵抗測定サンプルは同じものを使用しているか?である。どちらも明確な記述がないので判断できない。このことだけでも、そもそも適切にデザインされた研究結果とみなすことはできず、提示されている実験データや解析結果から著者らの主張を認めることはできないと結論せざるを得ない。
さらに奇妙なのは磁化データ(Fig. 1(e))にはヒステリシスがあるのに、ホール抵抗(Fig. 3(a))にはそれがないことである。邪推はしないにしても、両データが同じサンプルで測られたものではない可能性が推測される。また磁化に比例するはずの異常ホール効果の成分は通常磁化データを用いて見積もられるので、当然ヒステリシスがあるべきなのにFig. 3(a)の赤線にはそれがない。一体何のデータを用いて異常ホール効果を見積もったのか不明である。
14. Why is the electrocaloric effect so small in ferroelectrics?, doi.org/10.1063/1.4950788 (2016).
煽りワロ
13. Domain Wall Resistivity in SrRuO3, doi.org/10.1103/PhysRevLett.84.6090 (2000).
強磁性体のドメイン壁の向きをストライプ状にそろえることができて、それに伴って電流がストライプに平行・垂直どちらに流れるかによって抵抗が異なるようにできる(ということのようだ。本文中の書き方が不十分なので間違ってるかも)。一見すると面内で抵抗の異方性を誘起できるのでネマティック状態になっていることになる。ただし、電子系や単ドメイン状態でネマティックになっているわけではなく、系の不均一性に回転対称性の破れが表れているだけである。
ドメイン配置に関して形状効果が乗りやすい主に薄膜や細線のような系でみられるようだが、バルクで起きないとはいえないので、この実験だけでネマティシティ!と叫んだりすると恥をかくので注意だ(ぱっと探した限りそういう論文はなさそうでとても安心した)。
同様の実験:doi.org/10.1088/0953-8984/13/25/202, doi.org/10.1103/PhysRevLett.85.3962, doi.org/10.1103/PhysRevLett.80.5639, doi.org/10.1103/PhysRevB.67.134436, doi.org/10.1103/PhysRevB.59.11914
12. Giant multicaloric response of bulk Fe49Rh51, doi.org/10.1103/PhysRevB.95.104424 (2017).
マルチ熱量効果として圧力と磁場をかける場合の熱量効果を評価する方法を提案している論文。主張として奇妙なのは、磁化の圧力・温度・磁場依存性のデータだけを使って圧力熱量効果(barocaloric effect, BCE)を評価できるとしていることである。圧力をかけることで磁化が変化するのはいいとして、体積の情報を一切知ることなしにbarocaloric効果を知ることができるのだろうか?
圧力が\(0\rightarrow p\)と変化したときのエントロピー変化分(\(H\), \(T\)は固定)として下記が提案されている。
\(\Delta S_{BCE, wrong}=\int_0^p \left(\frac{\partial M}{\partial p}\right)_{T,H}\cdot \left(\frac{\partial M}{\partial H}\right)_{T,p}^{-1} \left( \frac{\partial M}{\partial T}\right)_{p,H}dp\)
交差相関物性において、印加した外場(\(p\))に対して非共役な物理量(\(M\))だけを測定して、共役物理量(\(V\))の性質を解明できるだろうか?というよくある疑問である。これは一見するとマクスウェル関係式(\(\frac{\partial S}{\partial p}=\frac{\partial V}{\partial T}\), \(\frac{\partial M}{\partial p}=\frac{\partial V}{\partial H}\))などを駆使して何とかなるのではないか?とかbarocaloric効果の主要な起源が磁化の変化からくる場合に近似的に成り立つのではないか?とか思えてくる。もしちゃんと証明できれば魅力的かつ実験的にも有用な表式である。しかし直感では明らかに誤っていると思えてならない。
いまいちピンとこない場合はマルチフェロイクスに電場と磁場をかける場合に読み替えてみよう。電場を変化させたときに生じる電気熱量効果(electrocaloric effect, ECE)を評価したいときに、磁化の磁場・電場・温度依存性の測定だけで済ませることはできるだろうか?エントロピー変化は下記で得られる。
\(\Delta S_{ECE, wrong}=\int_0^E \left(\frac{\partial M}{\partial E}\right)_{T,H}\cdot \left(\frac{\partial M}{\partial H}\right)_{T,E}^{-1} \left( \frac{\partial M}{\partial T}\right)_{p,E}dE\)
この表式の中に電気分極の情報は一切入っていない。本来電気熱量効果を評価するなら
\(\Delta S_{ECE, correct}=\int_0^E \left(\frac{\partial P}{\partial T}\right)_{E,H}dE\)
となるべきである。両者は果たして同じなのか?なんか変だと思い始めたのではないだろうか?その直感は適切である。
ここで仮に電気磁気結合が全くと言っていいほどない物質を考えてみよう。その場合、\(\frac{\partial M}{\partial E}\)はゼロに近い値になってしまう。上式\(\Delta S_{ECE,wrong}\)が適用できるのであるならばそのような物質において電気熱量効果はゼロになるということになってしまう。いっそのことただの非磁性強誘電体BaTiO\(_3\)で考えてみよう。上式が正しいならそのような物質で電気熱量効果はゼロになるはずだということになる。もっと踏み込んで、一般に磁気的特性がない物質の電気熱量効果はゼロである。ということになる。そんな理不尽なことはあるまい。
ちゃんとした議論をしたいのなら、本論文で記述されている”導出過程”(AppendixA, Eq. (A13)-(A16))に誤りがあることを証明する必要がある。あるいは何らかの妥当な近似の上で成り立つかどうかを吟味する必要がある。結論を言うと\(\Delta S_{ECE, wrong}\)の表式は\(\Delta S_{ECE,correct}\)を厳密に評価する過程で出てくる項で厳密に相殺することが示せる。つまり、厳密にECEに寄与しないことが示せる(ブログ読者からの要望があれば示そうかな)。論文中のどこが間違っているのかを考えるのは学部熱力学と多変数解析のいい練習問題になるので興味がある人は挑戦してみてほしい。同様の誤りは#9の論文のEq. (19)にもみられる。また同著者らによる論文(doi.org/10.1016/j.matpr.2015.07.332)のEq. (8)も同様の誤りをしている。
これを使ってbarocaloric効果を評価している論文としてhttps://doi.org/10.1016/j.jre.2024.03.011, https://doi.org/10.1016/j.actamat.2023.119596, doi.org/10.1063/1.5090599, doi.org/10.1088/1674-1056/ab7da7
上記論文には別パターンとして
\(\Delta S_{ECE, wrong2}=\int_0^p \left( \frac{\partial M}{\partial T}\right)_{p,H=0}dp\)
という式を使用することもある。これはもう意味不明で、エントロピーと次元すらあっていない。本来はもちろん被積分関数内の\(M\)を\(V\)に置き換えるのが正しい。
どの分野にも間違った解析を(わざとではないにしろ)提案してしまう論文はあって、それを自分で確かめもせずに、あるいは自分でも導出に成功(?)して、その手法をトレースする論文はあるのだなと知れて勉強になる。研究とは人の営みである。いまのところ誤謬の伝染はそれほどでもない。
この誤ったエントロピー公式の問題が厄介なのは同物質を直接法で測定したbarocaloric効果(doi.org/10.1103/PhysRevB.89.214105)とだいたい一致してしまうことにある。これがたまたまなのか、パラメータを合わせたからなのか、計算ミスが隠れているのか、あるいは実際に有意な相関があるためなのかは詳しく見ないとわからない。数理的に間違った公式を使ってたまたま定量的に一致する予言を与えてしまうことはしばしば起きることである。
11. Measurement of the Hall coefficient using van der Pauw method without magnetic field reversal, doi.org/10.1063/1.1140990 (1989).
磁場反転なしにホール効果を測る方法。ほんとか?
10. Upper bounds on the magneto-electric susceptibility, doi.org/10.1016/0375-9601(69)90131-5 (1969).
電気磁気効果テンソルの上限について。Brown et al., (1968) (doi.org/10.1103/PhysRev.168.574)が嚆矢だが似たような文献を見つけたので貼っておく。
Upper bounds for material coefficients, E. Ascher (doi.org/10.1016/0375-9601(73)90057-1)
Pyroelectricity: microscopic estimates and upper bounds, P J Grout (doi.org/10.1088/0022-3719/8/13/026)
Relativistic Symmetries and Lower Bounds for the Magneto-Electric Susceptibility and the Ratio of Polarization to Magnetization in a Ferromagneto-Electric Crystal, E. Ascher (doi.org/10.1002/pssb.2220650227)
9. Thermodynamics of multicaloric effects in multiferroics, doi.org/10.1080/14786435.2014.899438 (2014).
マルチフェロイクスにおける熱量効果を熱力学的に議論した論文。内容はところどころ厳密な式変形をしていおらず、誤った表式を導出してしまっている。
p1897-1898においてEqs. (17)-(19)を使って外場\(y_1\)をゼロに保ったまま別の外場\(y_2\)を変化させたときに\(y_1\)に対して共役な秩序変数\(X_1\)が変化したときの熱量効果を導いている。
Eq. (18)が式変形の途中で勝手に独立変数を\(X_2\)から\(y_2\)に変更していているので厳密には正当化されない式変形である。これを使ってEq. (19)を導いているので厳密には正しくない。続くEq. (25)も途中でへんてこな式変形をしていて厳密な導出ではない。正しい変数変換に基づく定式化が必要だがちゃんとやろうと思うとなんだかむずかしいな。
8. A generalized thermodynamic theory of the multicaloric effect in single-phase solids, doi.org/10.1016/j.ijsolstr.2016.08.015 (2016).
#7関連でVopson (2012)の間違いを指摘したStarkov et al.がmulticaloricに関して一般論を提唱した論文。これも無謬ではなく、系のエネルギーに関するEq. (10)が系の対称性を反映していないので適切ではない。特に最後の項\(\alpha_{ij}P_iM_j\)はLandau-Ginzburg自由エネルギーの観点から不適切である。正しくは自発分極(\(P_s\))や自発磁化(\(M_s\))からの差分(\(\Delta P = P-P_s\), \(\Delta M = M-M_s\))を使って\(\alpha_{ij}\Delta P_i \Delta M_j\)のような形で入れればよい(実際に\(E,H\)を独立変数とする自由エネルギーをルジャンドル変換してみよう)。
著者らは同様の正しくない議論をほかのところでも行っていて(doi.org/10.1016/j.ijrefrig.2013.08.006)、Eq. (9)に\(\alpha MP\)が入ってしまっている。
自由エネルギーが\(E, H\)を独立変数として、\(\alpha EH\)のように入っていれば適切である。その場合、\(\alpha\)は温度の関数であり、温度や外場の関数である秩序変数(\(P(T,E,H), M(T,E,H)\))の関数でもある。もしくは内部エネルギーが\(P,M\)を独立変数としていて、\(\gamma P^2M^2\)のように系のもともとの対称性を保つように導入されていれば適切である。書いててなんだか自信がなくなってきた。
elasto-electric multicaloricの議論にもミスリーディングところがあるので注意が必要だ。Eq. (17)は電場をかけたときの熱量効果のように見える表式(\(dS_E\))だが、実は境界条件によって電場をかけることで系に11, 22成分のストレスがかかってしまう。そのため実体はマルチ熱量効果であり、圧電係数に関連する項が出てきてしまう。33方向にストレスをかけて電場をかけない条件で生じた熱量効果が\(dS_{\sigma}\)で、電場および33方向のストレスを同時にかけたときに出る\(dS_{E+\sigma}\)から\(dS_{E}\)および\(dS_{\sigma}\)にプラスされる項が\(dS_{E\sigma}\)である。
7. The induced magnetic and electric fields’ paradox leading to multicaloric effects in multiferroics, doi.org/10.1016/j.ssc.2016.01.021 (2016).
This paper is the published version of the arXiv post (arXiv:1611.06262) by Vopson. It was written in an attempt to respond to the rebuttal given by Starkov et al. (arXiv:1602.04238).
In arXiv:1602.04238, Starkov et al. refuted the claim made by Vopson in the Solid State Communications (doi.org/10.1016/j.ssc.2012.08.016) in 2012.
In the paper by Vopson (2016), the author admitted the fallacy of his argument in Vopson (2012). The author proposed an alternative formulation to preserve his original claim, but there is still an incorrect argument that leads to the same false conclusion. He proposed to introduce the internal field (a fictitious magnetic field) \(\text{d}H_{me}\) when applying the electric field to multiferroics. However, this prescription is unreasonable because he treated this internal field as an independent variable in the free energy.
His Eq. (12) for the induced magnetization is as follows
\(\text{d}M=\left( \partial M/\partial T\right)\text{d}T+\left( \partial M/\partial E\right)\text{d}E+\left( \partial M/\partial H\right)\text{d}H_{app}-\left( \partial M/\partial H\right)\text{d}H_{me}\)
Evidently, the second and the fourth terms on the right are a double counting since the latter is proportional to the applied electric field. The induced magnetization due to \(H_{me}\) should already be included in \(\partial M/\partial E\) in the second term.
He argued that the \(\text{d}H_{me}\) is allowed by Newton's 3rd law or as an extension of Lenz's law. Neither of them makes sense. He also cited papers by Rado et al. and Agyei et al. (see #6 below) to support his claim, however none of them does not validate his argument. In particular, some of the claims in the Agyei et al. paper are completely incorrect as I pointed out in #6 below.
The claim made in Vopson's original paper (doi.org/10.1016/j.ssc.2012.08.016) is as follows. When applying a magnetic field to multiferroics, the temperature increase by a caloric effect is given by
\(\Delta T_H=-\frac{T}{C}\cdot \int_{H_i}^{H_f}\left[ \frac{\alpha_m}{\epsilon_0\chi^e}\cdot \left( \frac{\partial P}{\partial T}\right)_{H,E}+\left(\frac{\partial M}{\partial T}\right)_{H,E}\right]\cdot \text{d}H\)
\(\alpha_m\) is the coefficient for the magnetically induced magneto-electric effect. The first term in the integrand is not necessary. And thus, this formula overestimates (or underestimates depending on the sign of \(\alpha_m\)) the caloric effect in a magnetic field.
This is because the caloric effect induced by the application of a magnetic field should be categorized as the magnetocaloric effect. According to Maxwell's relations, the resulting entropy change or the corresponding temperature change should be expressed solely in terms of magnetization. While \(H\)-induced electric polarization may also contribute to the entropy change, its effect should be included within the temperature dependence of \(M\). Manipulating symbols alone does not constitute a scientifically meaningful explanation.
6. On the linear magnetoelectric effect, doi.org/10.1088/0953-8984/2/13/010
線形電気磁気効果は結晶の磁気点群がある条件を満たすときのみ許される効果として知られているが、本論文では常磁性体であってもそれが許される状況がありうることを提案している。
明らかに誤っている結論だが、途中まであっている。間違いはp3012で起きていてる。常磁性強誘電体を静止系(S)でとらえると\(x\)方向に自発分極\(P^{(s)}\)が生じていて、自発磁化(\(M^{(s)}\))は存在しない。一方\(y\)方向に速度\(V\)で進む別の慣性系(S’)にとっては相対論的効果により\(M^{(s)}=(V/c)P^{(s)}\)が\(z\)軸方向に生じているように見える(これ自体はAC効果としてみると一見正しい)。すなわちS'系ではこの物質は強磁性強誘電体である。そして強磁性強誘電体は線形ME効果を許す。物理現象はどの慣性系で見ても同じのはずだから、静止系SでもME効果が観測されるはずである。
このように書くとどこに間違いがあるかは明白で、確かにS'系で見ると線形MEは出すのだろうが、それをS系に戻すときにその効果はローレンツ変換で消えてしまう。別の言い方をすると、S’系にとって電場で磁化を誘起している現象はS系では電場で電気分極を誘起したり、磁場で磁化を誘起したりする現象として観測されるはずであり、それは常磁性強誘電体にとって当たり前の応答であるからである。
5. Generalized Onsager’s Relation in Magnon Hall Effect and Its Implication, arxiv.org/2501.02250
マグノンホールが起きるための条件を考えているようだが読んでてよくわからなくなってしまった。effective time-reversal operationとして\(\mathcal{T}=TC^s_{2x}\)というのを、時間反転\(T\)とスピンだけひっくり返す\(C^s_{2x}\)で構成している。磁性体だとすでに対称性が破れていて、スピンの向きが決まってしまっているから安易に時間反転するとスピンの向きが異なる別の基底状態にいってしまうのでなんだかよくなさそうというのはなんとなくわかるが...
関連する論文(doi.org/10.1103/PhysRevLett.123.167202)も参照。この論文によると温度勾配\(\nabla T\)があるときの熱流\(j_Q\)は
\(\vec{j}_Q=\alpha_{xy}\hat{z}\times \vec{\nabla} T\)
と書ける。\(\mathcal{T}=TC^s_{2x}\)を施すと\(j_Q\)は反転して(\(T\)では反転して\(C^s_{2x}\)では熱流はスピンではないので反転しない)、\(\nabla T\)は反転しない(\(T\)でも\(C^s_{2x}\)でも反転しないので)となる。つまり\(TC^s_{2x}\)に関して対称な系では熱ホールは出ないという結論になる。これは成り立っているかどうか非自明だと思う。\(j_Q\)が流れているときにスピンだけをひっくり返すという操作が許されるのか自明ではない。もちろん静的状態でそういう対称性があるのはわかるが、温度勾配がある非平衡状態でスピンだけをひっくり返すとはいったい何なのか?サンプル全体をひっくり返すとかならまだわかる。実際の実験中にそうしてもできそうなので。非平衡状態に拡張して議論しても正しいことを暗に仮定していそうだがよく考えるととても奇妙だ。もっとよく考えると正しいのかもしれないが、暫定的に受け入れられないロジックである。識者のコメントを期待。
4. Electron-Electron Scattering in TiS2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.35.1786
#1の元ネタとなる実験報告である。抵抗の\(T^2\)依存が広い温度領域で観測されることはキャリア間の散乱が主要な起源であると言っている。本来金属で\(T^2\)則が見られるのは遷移金属やBiなどの半金属における十分低温の話で、室温まで見えるのは不思議だなあということらしい。
TiS\(_2\)はこれまでoff stoichiometricなサンプルしか測られておらず、本来の抵抗のふるまいが見られなかったが当時stoichiometricなサンプルのデータが報告されるようになって発見されたとのこと。
ざっと調べた感じ\(T^2\)が見られる物質はあまりないようで、ZrSe\(_2\)などがあるくらいだ(doi.org/10.1143/JPSJ.51.1223)。
3. Anisotropic electrical and thermal magnetotransport in the magnetic semimetal GdPtBi, doi.org/10.1103/PhysRevB.101.125119
みんなご存じのようにGdPtBiの抵抗の温度依存性は\(\frac{\partial \rho}{\partial T}<0\)になる不思議なふるまいだ。それに関するフィッティング曲線を議論している。
\(\rho(T)=\frac{\rho_0n_0+AT}{n(T)}\)
とおいて、キャリア密度\(n(T)\)に以下のような温度依存性を入れる。
\(n(T)=n_0+N\sqrt{k_BT\ln2[k_BT\ln (1+e^{E_g/k_BT})-E_g]}\)
ビビるくらい実験データを再現していて逆に怪しい。
式の導出は詳細がなく、引用先であるdoi.org/10.1109/ICT.2002.1190262とも微妙に違うので真偽は定かではない。\(N\)は個別のバンドの状態密度、\(E_g\)は電子バンドの底からフェルミエネルギーまでのエネルギー差、\(n_0\)は温度に依存しないキャリア密度。
2. On the Origin and the Amplitude of T-Square Resistivity in Fermi Liquids, doi.org/10.1002/andp.202100588
\(\rho\propto T^2\)に関するBehniaのレビュー。いろんな理屈があるなあ。
1. Electron-Hole Scattering and the Electrical Resistivity of the Semimetal TiS2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.37.782
補償された(正孔と電子のキャリア密度が等しい)半金属において抵抗の温度依存性がどうふるまうかの議論。
BZ内の中心か端に小さなキャリアポケットがある状況を考える。その場合運動量を保存するe-e散乱は起こりえないという議論をしている。ポケットがBZ中心にあるときは成り立たない議論だと思う。その場合、同種キャリア間の散乱は無視できて、e-h散乱が主なキャリア間散乱メカニズムになるとしている。伝導率は以下で与えてある。
\(\sigma=e^2\mu \left[ \frac{(n_e-n_h)^2}{n_en_hm_em_h}\tau_{ip}+(1/m_e+1/m_h)^2(\frac{1}{1/\tau_{eh}+1/\tau_{ip}})\right]\)
ここで\(\mu=(1/n_e m_e+1/n_h m_h)^{-1}\), \(n_{e/h}\)はキャリア密度, \(m_{e/h}\)は有効質量, \(\tau_{ip}\)は不純物散乱およびフォノン散乱の緩和時間逆数和, \(\tau_{eh}\)は電子-正孔散乱の緩和時間。完全に補償された半金属では\(n_e=n_h\)になることが大事で、抵抗率は
\(\rho=\frac{1}{ne^2}\left(\frac{1/\tau_{eh}+1/\tau_{ip}}{1/m_e+1/m_h}\right)\)
フォノン散乱がなくなる十分低温では、\(1/\tau_{eh}\propto T^2\)によって\(\rho= \rho_0+A T^2\)になる。フォノン散乱が効いてくる高温でも\(T^2\)項はあるので\(\rho=\rho_0+BT\)には一見従わない。要は\(\rho-T\)曲線が下凸になるようだ。
Eq. (9)直前のFig. 1はFig. 2のタイポ。
対象物質のTiS\(_2\)ではstoichiometricなとき、低温から室温までの広い温度領域で抵抗率は\(T^2\)に従う。
同著者らによる続き:doi.org/10.1103/PhysRevB.19.2394, doi.org/10.1103/PhysRevB.19.6172, doi.org/10.1088/0305-4608/6/11/002どれもあまり引用されていない。適用できる物質は少ないようだ。特に1つ目の論文では同様の考察のもとHall効果に関する理論モデルを提唱しているがTiS\(_2\)のHall効果を説明できないとNote added in proofに記述がある。どうやらすでに死亡した理論のようだ。ただしe-h散乱による\(T^2\)抵抗の文脈では理論モデルの一つとして引用されることがたびたびある。
別グループによる適用例:doi.org/10.1103/PhysRevB.38.5134, doi.org/10.1103/PhysRevB.41.3060あまり広く受け入れられているとは言えない。