物性測定のアーティファクトのカタログをブログにしていく。学ぶことも多かろうという意図である。他人の失敗やしょぼいごまかしをあげつらうものではないことをくれぐれもご理解いただきますよう。まだ解決していないものも含まれている。査読で回ってきた原稿がアーティファクトの可能性をよく検討していないときにこれらを引用して指摘できるようにしているのである。生産的な議論ができるようにしたいという意図である。くれぐれも(以下略)。過去の研究を検証してアーティファクトであることを指摘した論文を主に紹介していく。元ネタの論文は引用文献から見つけてほしい。
- Multicarrier transport
ホール抵抗率が磁場に関してくねくねすると、異常ホール効果だと主張する輩がいる。マルチキャリア輸送でも同じようなふるまいを示しうるのでどう見分けるかが問題になる。マルチキャリアだというよりも非自明な時間反転対称性の破れを主張したほうが高IF論文に通りやすいので後者にバイアスがかかるのが人情。
Impact of Tiny Fermi Pockets with Extremely High Mobility on the Hall Anomaly in the Kagome Metal CsV3Sb5, doi.org/10.1103/d4dw-2v6k (2025).
- Fake topological Hall effect
ホール効果がくねくねすると、トポロジカルホール効果だと主張する輩がいる。磁化過程と磁気抵抗の組み合わせでいくらでもトポロジカルホール効果のようなふるまいを示しうるのでどう見分けるかが問題になる。磁気構造を確かめることなしにトポロジカルホール効果の抽出をもって非共面磁気構造を主張したくなるのは人情というよりただの病気である。
Origin of Cusp-Like Feature in Hall Resistivity of Uniaxial Ferromagnet in Non-Orthogonal Hall Geometry, doi.org/10.1103/6yhq-ykq6 (2025).
Metamagnetic multiband Hall effect in Ising antiferromagnet ErGa2, doi.org/10.1073/pnas.2318411121 (2024).
Comment on “Robust Formation of Skyrmions and Topological Hall Effect Anomaly in Epitaxial Thin Films of MnSi”, doi.org/10.1103/PhysRevLett.112.059701 (2014).
- Magnetoresistance
磁気抵抗があまりに高いと磁場誘起で絶縁体になったと主張したくなる。ただ磁気抵抗が高いだけである。
Origin of the turn-on temperature behavior in WTe2, doi.org/10.1103/PhysRevB.92.180402 (2015).
- Joule Heating
電流が流れるところ、散逸が起きる。散逸は熱となり周囲を温める。サンプル温度が変わったり温度勾配が生まれたりして想定外の物性を出してしまう。
Field-free superconducting diode effect in layered superconductor FeSe, doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.236703 (2024).
Impact of thermal effects on the current-tunable electrical transport in the ferrimagnetic semiconductor Mn3Si2Te6, doi.org/10.1103/8k1l-qd7b (2025).
Reconsidering nonlinear emergent inductance: Time-varying Joule heating and its impact on AC electrical response, doi.org/10.1103/PhysRevB.110.174402 (2024).
- Misunderstanding of formula
解析のための理論式をよくわからずに運用するとへんてこな結論を導いてしまう。勉強不足が露呈するので、指摘されたときに一番恥ずかしい間違いである。
Absence of Nematic Instability and Dominant Response in the Kagome Metal CsV3Sb5, doi.org/10.1103/PhysRevX.14.031015 (2024).
Giant Anomalous Hall Effect in the Chiral Antiferromagnet Mn3Ge, doi.org/10.1103/PhysRevApplied.5.064009 (2016).
- Background
サンプルが出している信号ではなく、その周囲の測定系由来からくるものを注意深く取り除く必要がある。測定するためには電極を取り付けたり、接着剤で何かに固定したり、プローブを組んだり、クライオスタットに入れたり、それらをケーブルで測定機器につないだり、サンプル以外のものの存在なしにはすまない。特に磁場に線形な応答が見えたからと言って即座にサンプル由来だと主張するのは危険である。なんらかの角度依存性における回転対称性の破れが見えたからといってネマティックを主張するのも同様である。測定系が磁場リニアに応答しているだけかもしれないし、回転対称性の不完全性をもたらしているのかもしれない。
- Not reproduced
威勢のいい最初の報告があって、みんなが追試を行うと再現できないことがある。お前がちゃんと測れてないんだろと言い争いになって原因はよくわからないままのことが多い。
High-resolution Measurements of Thermal Conductivity Matrix and Search for Thermal Hall Effect in La2CuO4, arxiv.org/abs/2507.21403 (2025).
Thermal Conductivity of the Quantum Spin Liquid Candidate EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2: No Evidence of Mobile Gapless Excitations, doi.org/10.1103/PhysRevX.9.041051 (2019).
- Sample quality
単結晶サンプルを測定したつもりが、フラックスのインクルージョンが超伝導を出したり量子振動をしたりすることがある。結晶が双晶になっていることだってありうる。できるだけ大きい試料で測りたい。そんな欲は自然の格好のカモである。測定前にラウエをとったり磁化を測ったり、複数サンプルで再現性をチェックしたりした方がいい。
Quantum Oscillations in Flux-Grown SmB6 with Embedded Aluminum, doi.org/10.1103/PhysRevLett.122.166401 (2019).
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