これまでは論文紹介ブログ(https://berman-shoenberg.blogspot.com/2023/06/blog-post.html、https://berman-shoenberg.blogspot.com/2022/02/blog-post.html)で取り上げてきたが、新しいブログページとして2025年に読んだ論文で勉強になったものをあげていく。逆にちょっとおかしいなという論文もコメントとともにあげていく。誰も読んでいないブログだから、論文の著者が見とがめて炎上する心配は万に一つもないだろう(これは去年別ブログで検証済み)。誰かが面白半分にXで取り上げる可能性も無視できるほど小さい。
フラックス論文の収集は引き続き別ブログで行う。
単結晶合成法として興味深いものは別ブログで紹介する。
橙字で記したものはブログ筆者の心の声である。その場で思った感想なので間違っているかもしれない。
追記:本ブログの意図を読者に誤解してほしくないのだが、別に論文の価値を下げたり著者らの浅薄さを揶揄したりしたいわけではないということである。もし記述にそのような気配があるのだとしたら、単にそれは読者に読んでもらいやすくするための演出である。面白がって読みながら、ちょっと立ち止まって本当にそうなのか?ちょっと自分でも考えてみようとなってくれたならブログ筆者の期待するところである。
また研究を始めたばかりの学生の方々に向けて気づいてほしいこととしては、一流誌に載るような、厳しい査読を経ているはずの論文にさえこのような初歩的なミスがたくさんあるということである。無謬性の信仰は科学研究をする上で邪魔でしかない。論文は、その道のエキスパートが心血を注いで紡ぎあげた芸術作品などではなく、いい加減な分担作業・流れ作業の中で適当に書かれて適当に査読され適当に出版されていたりする場合もたくさんあるである。論文というものの性質を理解し、読むときの自己責任性と注意深さ、批判的な視点の必要性を喚起することが目的である。
40. Kineto-electric and kinetomagnetic effects in crystals, https://www.edgar-ascher.ch/download/1970/1974-02.pdf (1974).
電流存在下での自由エネルギーを考えて、電流誘起物性を議論している。電流を電場や磁場のような外場として考えてよいではないかというアイディア。最近Cheongらがリバイバルしている。doi.org/10.1063/5.0198953, https://arxiv.org/abs/2503.16277
形式論としてはいいのだが、散逸を伴う電流を静外場と同格に扱っていいのかどうかは疑問が残る。自由エネルギーって定常状態にも拡張していいのだっけ?また電流由来の系のエネルギーといえばインダクタンスが思い浮かぶが、そういうのは考慮されているのだろうか?
この手の議論は実験家にとってはとても有用なもので、測定すべき条件を手軽に教えてくれる。あとは実際に測ってみるだけだ。ただし、信号が出たからと言って即座に実験成功と大喜びしてはいけない。対称性によって許されるということは、期待した起源以外にも思いもよらないアーティファクト経由でも信号が出うるということだからである。条件や配置を詳細に検討し、本質を見極めよう。
39. Impact of tiny Fermi pockets with extremely high mobility on the Hall anomaly in the kagome metal CsV3Sb5, arxiv.org/abs/2503.15849 (2025).
パラメーターが7つ以上あれば象だって描けるぞう。ホール効果がクネクネしたら逆オッカムの剃刀の出番だ。時間反転がhidden orderしてベリー位相が異常ホールしていると言えば高IF誌に直結する。しかしマルチバンド効果を使っても説明できるのでこういう論文によって反論されるわけである。物性物理学はいったいいつまでこのおバカなやり取りを繰り返せば気が済むのだろう?
この手の解析で判断が難しいのは、時間反転対称性の破れ由来の成分が思っていたより大きくないにしても、ゼロであるとは言えないことである。単にゼロだと仮定した場合でも解析に不備は生じないといっているだけである。非単調なホールのどこまでが多バンド由来でどこからがTRSB由来かの切り分けを可能にする解析法の開発が必要である。バルクの輸送測定でそんなことは期待できそうもない。あるいはもうTRSBの証拠をホール測定に頼るのを全くあきらめてしまうほかないのではないだろうか。
非単調ホール伝導率(σNMxy)が1000 cm2/Vsより大きいのはベリー位相由来にしては大きすぎるというのは理にかなった論拠である。某論文では揺らぎがあれば大きくなりうるというヤラせ理論を根拠にこれを意図的に無視するという邪悪な解釈を提案し分野の信頼を破壊したわけだが。
電子線照射によってホール効果がずいぶん変わる一方で量子振動の周波数に変化がないことはフェルミ面やバンド構造を変えずに移動度を変えることに成功している証拠といえる。縦抵抗率の絶対値がどれくらい変わるのかやρ−T曲線はdoi.org/10.1038/s41467-023-36273-xを参照。
38. Origin of Cusp-Like Feature in Hall Resistivity of Uniaxial Ferromagnet in Non-Orthogonal Hall Geometry, arxiv.org/abs/2503.07163 (2025).
一軸異方性のある磁性体に対して傾けた方向に磁場をかけて異常ホール効果を測るとカスプ状の磁化に比例しない応答が出ることがよくある。これを指してトポロジカルホール効果だと言い張るおバカ論文群が最近よく見られるようになってきた。
例
H. Algaidi et al., APL Mater. doi.org/10.1063/5.0245797
Y. You et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.100.134441
R. Roy Chowdhury et al., Sci. Rep. doi.org/10.1038/s41598-021-93402-6
M. Huang et al., Nano Lett. doi.org/10.1021/acs.nanolett.1c00493
S. Roychowdhury et al., Adv. Mater. doi.org/10.1002/adma.202305916
S. Roychowdhury et al., Chem. Mater. doi.org/10.1021/acs.chemmater.1c02625
L. Xu et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.105.075108
D. Huang et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.107.224417
D. Huang et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.109.144406
明らかに査読者も著者も磁性をよくわからずにバカの一つ覚えのようにホール効果を磁化と比べる解析をするためそのような悪質な論文が蔓延するようになっており分野の凋落を象徴していたが、これに異を唱える論文が出てきていて喜ばしい。あまりにも簡単に説明できることなのでバカらしくて誰もわざわざ指摘しようなどと思わないようなことに対しても、きちんと労力を割いて指摘することは敬意を表するべき行いである。
37. On the sign of the linear magnetoelectric coefficient in Cr2O3, doi.org/10.1088/1361-648X/ad1a59 (2024).
Cr2O3は線形電気磁気効果が生じる物質として最初に見つかった。これに対して中性子散乱実験を行って、電場をかけたときにスピンがどの方向に傾くのかなどを調べている。要するに反強磁性ドメインA, Bに関してαテンソルの各成分の符号が実際にどっちなのかを確かめた論文。符号問題は現象論的に議論される際に無視されることが多く、どっちなのかを確かめたのは地味だが重要だ。DFTとも整合するのもよい。
36. Sign Reversal of Hall Conductivity in Polycrystalline FeRh Films via the Topological Hall Effect in the Antiferromagnetic Phase, doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c05329 (2025).
典型的な偽トポロジカルホール効果論文である。特に磁化測定に関するMethodsの記述が本文と矛盾している。またホール効果の記述が正しくなされていない(Fig. 3が誤った図になっている)。そして磁気構造も調べられていない。不明瞭な測定データに基づいた不明瞭な解析の結果出てきたシグナルを根拠なく解釈している論文である。
トポロジカルホール効果解析において、正常ホールと異常ホールからなるバックグラウンドを生データからいかに正確に差し引くかが重要である。しかし、バックグラウンドを恣意性なくまた系統的な誤差を少なく見積もるためのノウハウが共有・確立されておらず、それぞれのグループが適当に見積もったバックグラウンドを著者に都合のいいように使用している。当然いい加減に見積もられたバックグラウンドを生データから差し引くとうねうねした残差が残るのでそれをトポロジカルホール効果だと言い張れば論文になってしまうのである。
この論文が特段クオリティが低いわけではなく、似たような論文は近年おびただしい量出版されている。特にAdvanced系、Nano Lett.などのACP系、AIP系においては無法地帯となっている。業界に自浄作用がなく、早晩成り立たなくなっていくだろう。
35. Interlayer exchange tuned magnetotransport properties in the kagome antiferromagnet YMn6Sn6, doi.org/10.1103/PhysRevB.111.054434 (2025).
いつものようにホール効果が磁化過程に伴って複雑に折れ曲がる効果に対してトポロジカルホール効果の抽出を主張している論文である。
ほかのトポホ解析論文とは比較にならない点としては解析するための式が単に正しくないという点がある。ホール抵抗率の式として
ρH,wrong=ρNH+ρAH+ρTH=R0H+SHM+ρTH
と書いてあるが正しくは
ρH,correct=ρNH+ρAH+ρTH=R0H+ρ2xxSHM+ρTH
である。当該物質はρxxが磁化過程に相関して変化をしているので、第二項はρxxの磁場依存性の影響を受ける。これを磁場依存しない定数と置いているなら、第二項の正しい見積もりになっておらず、したがってρTHの成分も正しく抽出できないことになる。これは当然結論に深刻な懸念を与える。専門家がこれを見落とすことは考えられないので、査読が機能せず残念である。
34. Anatomy of anomalous Hall effect due to magnetic fluctuations, https://arxiv.org/abs/2502.11702 (2025).
異常ホール効果は系の時間反転対称性の破れに起因して磁化由来で発現する。その成分を抽出したい場合、ゼロ磁場で自発磁化が出る場合は単にゼロ磁場のホール抵抗率を見ればいいわけである。しかしソフトな磁性の場合ゼロ磁場ではドメインができてしまってトータルの磁化はゼロになってしまい、異常ホール抵抗もゼロになってしまう。通常ちょっと磁場をかけてドメインを偏極させて、ゼロ磁場に外挿することで代わりとするのだが、これだと転移点より高い温度でも異常ホール効果が”出て”しまうわけである。これに対してTRSB由来の成分を抽出するためのアプローチを提案している(と思われる)。
大事な観点だが、いかんせん文章中に異常ホールをどう定義するのか、特に磁場はBなのかHなのか、反磁場の効果はどうするのか、といったこの手の話題を気にする研究者全員がまず初めにはっきりさせるであろう基本的なことが書かれておらず、あろうことか磁化のデータすら示していない。サプリはuploadされていないのだが、本文中の論証をもっと丁寧にしてほしいものである。
33. Higher-order skyrmion crystal in van der Waals Kitaev triangular antiferromagnet NiI2, https://arxiv.org/abs/2502.14167 (2025).
NiI2は基底状態はらせん磁性だが、常磁性とらせん磁性を挟む中間温度領域で別のincomm.相がある。従来の解釈ではsingle-Qと考えておくべきであるが、それがtriple-Qであるという主張をしている。さらにsinusoidal triple-Qなのでskyrmion数 -2のhigher order skyrmion格子相であると言っている。
最終段落でExperimentally distinguishing between a single-Qm ordered structure with three domains and a single-domain triple-Qm structure is inherently challenging. ~Given these considerations, interpreting the intermediate phase as the SkX-2 phase is the most reasonable explanation.と言っているように上記解釈は実験的に確かめられたわけではなく、推測である。実験データでの検証が明らかに足りておらず、ちゃんとした査読に耐えられない。とはいえMnSc2S4という実験的実証なしの主張でも論文になる例もあるので、査読を通過することは可能であろう。アイディア自体は面白いと思うので、single-Qを否定する証拠を積み重ねていくと信頼度が向上するだろう。
32. Mechanism of Type-II Multiferroicity in Pure and Al-Doped CuFeO2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.066801 (2025).
CuFeO2はプロパースクリュー磁気構造、通常のスピンカレントモデルが当てはまらないマルチフェロイクスだ。新規メカニズムのd-p軌道混成機構なら説明できる。こういう”おバカ解釈”が一昔前は大まじめに考えられてきたが、単に系の対称性が低いことで説明可能でd-pメカニズムの寄与は不要である。電気分極に関するいい加減な考察で不要な混乱が起きて分野が消耗したが、ようやくgeneralized inverse DM機構が主流な理解になりつつあるようで喜ばしい。
31. Spin-orbit control of antiferromagnetic domains without a Zeeman coupling, doi.org/10.1038/s41535-025-00736-9 (2025).
Nd0.1Ce0.9CoIn5において面内磁場で反強磁性ドメインを制御している。当物質は正方晶でモーメントはc軸、incommensurateな変調が[110]もしくは等価な方向[1ˉ10]に走っている。一見面内磁場ではqドメインをそろえられなさそうだができるようだ。似た現象はCeCoIn5でも見えているようだ(doi.org/10.1038/NPHYS2833)。対称性の観点からは当たり前だが、実際にこういう現象が見えている物質はあまり知らない。
磁場を面内で回転させながら抵抗率の角度依存性を測ることでもドメインの変化を検証している。技巧的なのは電流の方向を結晶軸[110]から14∘だけc軸周りに回転させた向きにしていることだ。(わざとである、わ・ざ・と。試料の整形に失敗しちゃったというわけではない。念のため。)こうしておくことでローレンツ力由来の磁気抵抗効果によって抵抗が極小・極大になる角度を結晶軸からずらすことができる。ドメイン由来の磁気抵抗は磁場が結晶軸の高対称軸に向いたときに特徴的なふるまいを示すので、両者の効果を切り分けられるようだ。頭イイ(こういう論文を紹介することが本ブログの主目的である。)!
30. Super-geometric electron focusing on the hexagonal Fermi surface of PdCoO2, doi.org/10.1038/s41467-019-13020-9 (2019).
PdCoO2という酸化物にもかかわらず貨幣元素に匹敵する電気伝導率を有する物質のフェルミ面の形状に由来した異方的伝導特性をFIBデバイスにより調べた論文。
素晴らしい研究だが、結晶軸を取り違えている。Fig. 2aを一目見れば誰でもわかるようにa,b軸の方向は30∘回転する必要がある。つまり結晶の6角形の面の辺の方向に沿ってa軸が走る。これは三角格子を形成するイオン性結晶の特徴である(もしくは結晶面の出方からも推察できる。Laueを取るまでもない)。
上記のミスは論文の結論に致命的な打撃を与えるかというとそうではない。続くFig.
2bでは今度は逆格子空間の向きを取り違えている。Fig. 2bのtop
panelをみると結晶の6角形の形状が分かる。もしFig.
2aの結晶軸の割り当てが正しいならFig. 2bのmiddle
panelのBZの6角形は30∘向きを間違えている。2回向きを取り違えるというおバカミラクルによって、正しい結晶軸に整合した正しいBZの向きに戻っている。おしい。よかったね。(というよりこういうのは実際は結晶軸の方向を確かめずに測定を行ったあとで、実験結果の解釈につじつまが合うようにパワポ芸をしているんだろう。邪推だが。)
hexagonal, trigonal結晶の結晶軸や面の取り違えは代表的なおバカ結晶学なので論文を読むときは注意しよう。そのような間違いをしている論文は例えばdoi.org/10.1073/pnas.2401970121,
29. Thermal Transport Coefficients of a Superconductor, doi.org/10.1103/PhysRev.136.A1481 (1964).
超伝導体の熱電効果や熱伝導がどうなるかが考察されている。超伝導体は伝導率が無限大なので通常の金属で使える方程式が成り立たない。#28のithを考える際にも大事になりそう。しかしLuttingerの論文にもかかわらず引用が26しかなくて不安。Stephan (1965): doi.org/10.1103/PhysRev.139.A197もよさそう。これを読むと電流と電場、温度勾配、化学ポテンシャル勾配の関係は
→J=ρs→vs+K1((e/m)→E+(1/m)→∇μ)−K2(→∇T/T)
となって、定常状態なら第二項が消えて
28. Field-free superconducting diode effect in layered superconductor FeSe, arxiv.org/abs/2409.01715 (2024).
超伝導ダイオードが時間反転の破れがなくても出ると言っているようだ。超伝導はエアプなのでこの話題はあまりよくわからない。想定外のアーティファクトなのだとしたら重要な指摘だ(真顔)。これまでの先行研究を再検証する必要を感じるのでメシがうまい。(ジュール熱の効果はこの手の現象においていの一番に考えることなので先行研究で考慮されてないなんてことはないはずなんだがダクター?)
サンプルがくさびのような形だと接触抵抗やらジュール熱の緩和の非対称性やらで温度勾配ができてしまって、熱電効果によって生じる電流ithなるものの効果を考えないといけない。この余分な電流はサンプルの形状などによって決まるので常に同じ方向に流れている。すると外からかけている電流Iextがithに平行なら実際より余分に電流密度があることになり超伝導は壊れやすく、反平行なら逆になる。こうして非相反性が生まれる。
現象論的にはそういわれると確かにありそうだが、基板や電極に貼り付けられた微小サンプルに実際温度勾配がどれくらいつくものなのかはっきりしない。それが観測にかかるほどの効果を生み出すのか非自明だと思う。またithにくみするキャリアはどこから供給されてどこにドレインされるんだろうか?電流計をつないで定電流モードで測っているんだからIext+Ithは常に一定になるのではないのか?だとしたら電流の総量が流す向きによって異なるなんてことにはならなそうに思う。
ちゃんと読めばわかるのかもしれないが、いかんせんp5-7にまたがる巨大な1段落が長すぎて読む気が起きない。ポストモダン小説の趣きといえなくもない。メシがうまいからまあいいか。
似た議論がPRBにアクセプト済みだ(arxiv.org/abs/2502.08928)。反論とかも出てこないか楽しみだ。
27. Absence of Nematic Instability and Dominant Response in the Kagome Metal CsV3Sb5, doi.org/10.1103/PhysRevX.14.031015 (2024).
Nat. Phys.の論文(doi.org/10.1038/s41567-023-02272-4)におけるCsV3Sb5のelastoresistive effectの解析が間違っていることを明らかにした論文。かなしいなあ。
modified Montgomery法ではResistanceからResistivityに換算しないと異方的抵抗率の正しいふるまいを理解することはできない。これはRxxとρxxの関係が線形でないことから引き起こされる。引用文献にも上げているmodified Montgomery法の提案をしている論文(doi.org/10.1063/1.3652905)を読めば自明なのでなぜ気づかないのかは不明。
modified Montgomery論文(doi.org/10.1063/1.3652905)とオリジナルのMontgomery論文(doi.org/10.1063/1.1660656)の違いは原理的には皆無である。ただしオリジナル論文は結局何を計算すればいいのか?という誰もが期待する情報を書かないという意味不明な方針で論文が書かれている。modifiedの方は解析的な式と近似式を明示的に示しており、実践的な価値がある。
解析のアイディア:等方的な媒質の直方体試料を考えて、抵抗率をρ、試料の寸法をL1×L2×L3とする。1つの長方形の面(L1×L2のを選ぼう)の角ABCDのABに電流を流し、CDの電圧を測ることで抵抗R1(=VCD/IAB)を求め、同様にBCに電流を流しながらADの電圧を測ることで抵抗R2(=VAD/IBC)を求める。
抵抗率ρとR1, R2はとあるパラメータHi (i=1,2), E を使って
ρ=H1ER1=H2ER2
と書ける(doi.org/10.1063/1.1660657)。ここで
H−11=4/π∑∞n=02/[(2n+1)sinh[π(2n+1)L2/L1]]
H−12=4/π∑∞n=02/[(2n+1)sinh[π(2n+1)L1/L2]]
で試料の形状の特にL1,L2のみで決まる。抵抗の異方性や形状の異方性が大きくない場合、良い近似として
H1∼(π/8)sinh[πL2/L1]
H2∼(π/8)sinh[πL1/L2]
が使われる。
またEもLi (i=1,2,3)で決まる量である。とくに平板状の試料でL3/(L1L2)1/2<0.5が成り立つくらいL3が薄ければE/L3∼1とおける。
上記近似の範囲で抵抗率は
ρ=π8L3R1sinh[πL2/L1]=π8L3R2sinh[πL1/L2]
と書ける。
ここで今度は異方的な結晶で抵抗率テンソルが対角項のみ(ˆρ=diag[ρ1,ρ2,ρ3])であらわされ、直方体の寸法がL′1×L′2×L′3である試料を考えよう。この試料をMontgomery法で測定したものは実効的に等方的抵抗率ρ(=(ρ1ρ2ρ3)1/3)の寸法がLi(=L′i(ρi/ρ)1/2) (i=1,2,3)である試料と等価になる(Wasscher変換, Philips Res. Repts. 16 301-306, 1961, doi無し)。
このことから上記のρに関する式は有効等方試料の抵抗率とみなすことができて、元の異方的試料の抵抗率に戻してやることができて
ρ1=(π/8)E′(L′2/L′1)(L1/L2)R1sinh[πL2/L1]
ρ2=(π/8)E′(L′1/L′2)(L2/L1)R2sinh[πL1/L2]
となる。ここでL2/L1は
L2L1≃12[1πlnR2R1+√[1πlnR2R1]2+4]
と近似される。ただし、常にR2/R1>1とする(導出にはそう書かれているが実際この制限は必要ない.下記参照)。ここでρ1がR1に対して線形でないと気づく。
また有効的な試料厚さは
E′=E(L′3/L3)
で与えられ、E′=L′3と置けるのはE/L3∼1と置けるときであることが分かる。それを検証するには上記のようにL3/(L1L2)1/2を見積もる必要があり、
L3/(L1L2)1/2=(L3/L2)(L2/L1)1/2=L′3/L′2(ρ3/ρ2)1/2(L2/L1)1/2
と置けるので、面内vs.面直の抵抗率の比が分かっているとよさそうだ。つまり標準的な4端子法でいいので、面直抵抗率ρ3を測っておく必要がある。単に試料形状が平板状であればいいというわけではないことがちょっとした落とし穴で、系の二次元性が高く、ρ3/ρ1>100とかになる物質もあるので注意が必要な場合もある。ただし、E′はρ1,ρ2のどちらにも同じように入っているので、面内の抵抗率の異方性の議論には影響しない。
測定の手順としては試料の寸法(L′1,L′2,L′3)を測り、Montgomery法で抵抗R1,R2を測り、L1/L2を見積もればその逆数からL2/L1が計算できるので、抵抗率ρi,ρjが見積もれるというわけである。技術的な注意点としては試料をちゃんと直方体に整形すること、電極をコーナーの点極限になるようにできるだけ小さくつけることであろう。
ここでL2/L1とR2/R1を結びつける近似式について補足する。論文中の導出ではR2/R1>1という制限があると記述されているが(doi.org/10.1063/1.3652905, Eq. (13)の直後)、実際は当該式はR2/R1<1でも成り立っている。実際に確かめてみよう。1πlnR2R1=xと置いて、
L2/L1=12[x+√x2+4]
と書ける。一方、
L1/L2=12[−x+√x2+4]
これの逆数を取って
(L1/L2)−1=2[−x+√x2+4]=12[x+√x2+4]
これは正確にL2/L1に等しい。論文中の制限は不必要である。
追記:最近気づいたが、この手法はある条件下では間違った解釈を生み出してしまいかねない。適用できない条件下でむやみに公式を当てはめて議論するいわゆる”おバカ解析”の罠が潜んでいる。いつかそういう論文を見かけたら書いてみよう。
26. Unraveling effects of competing interactions and frustration in vdW ferromagnetic Fe3GeTe2 nanoflake devices, arxiv.org/abs/2502.05018 (2025).
トポロジカルホール効果に関する”おバカ解析”の典型である。磁化容易軸とは垂直な面内に磁場をかけてホール応答が非自明だ云々と無意味な議論をしている。
異常ホール効果はxy平面に垂直な磁化に比例するものなので、面内に磁場をかければ磁化が傾いていき、低磁場で有限であったものがだんだん減少していき、高磁場極限でゼロになる。磁化に比例しないふるまいになるのは当たり前である。
25. Anomalous Nernst effect of Fe3O4 single crystal, doi.org/10.1103/PhysRevB.90.054422 (2014).
ネルンスト係数の符号の混乱の原因を作った論文の一つ。これより古い文献があれば教えてほしい。
熱電効果を議論しようとするとき、熱電テンソル(ˆS)を使って
→E=ˆS→∇T
と置くのがよいだろう。x軸方向の温度勾配に対して平行に生じる電場は普通のゼーベック効果で
Ex=Sxx∂T∂x
となり、自然に従来の定義とつながる(たしかゼーベック自身かモットあたりがこう定義したんだったはず)。
この場合、x軸方向の温度勾配に対するy軸方向の電場はネルンスト効果に対応する。そうであるならば
Ey=Syx∂T∂x
と書いてSyxという表記でネルンスト係数とするのが自然だろう。(輸送現象のテンソル方程式はEi=Sij∇jTとするのが自然。)ところが当該論文では何を考えたのか
Ey=Sxy∂T∂x
と表記してSxyをネルンスト係数と定義してしまったのである。このため、これを何も考えずに踏襲してネルンスト係数を議論する派閥とテンソルの定義として自然なSyx(=−Sxy)をネルンスト係数として議論する派閥が分かれてしまった。このため両者同じ係数を測っているはずなのに表記上は符号が真逆になることになる。同じようなことはホール抵抗率でも起きている(別ブログ参照)。そのため各文献で定義がまちまちで係数の符号の整合性が取れない原因になっている。異常ネルンスト効果の符号が違う材料を接合して熱電材料を作ろうとしている人たちはこんな状況でちゃんとやれているのか?
引用文献として挙げられているdoi.org/10.1103/PhysRevLett.99.086602やdoi.org/10.7567/APEX.6.033003ではちゃんと定義できている。要するに書き写す輩が阿呆なのだろう。
24. Characterization of Lorenz number with Seebeck coefficient measurement, doi.org/10.1063/1.4908244 (2015).
える しっているか?ローレンツ数(L=κ/σT)はゼーベック係数(S)で与えられる。
L=1.5+exp(−|S|/116)
おいおい冗談だろ。
23. Weighted Mobility, doi.org/10.1002/adma.202001537 (2020).
モビリティでよく知られているのはホールモビリティ(μH)でμH=σRHで与えられる。ここでσ,RHは伝導率とホール係数。モビリティが1 cm2 V−1 s−1より大きいときに使われる。一方でモビリティが小さいとき、抵抗率とゼーベック係数(|S|)からモビリティを見積もるweighted mobility (μw)を提案している。式て書くと
μw=3ℏ3σ8πe(2mekBT)3/2[e|ˆS|−21+e−5(|ˆS|−1)+3π2|ˆS|1+e5(|ˆS|−1)]
で与えられる。ここで|ˆS|=|S|⋅e/kB。おいおい冗談だろ。
22. Room-temperature unconventional topological Hall effect in a van der Waals ferromagnet Fe3GaTe2, doi.org/10.1063/5.0245797 (2025)
トポロジカルホール効果に関する”おバカ解析”の典型である。磁化容易軸とは垂直な面内に磁場をかけてホール応答が磁化に比例しないという無意味な議論をしている。
21.
これは面白そうな物質だ。だれにもいわんとこ
20. NiSi: A New Venue for Antiferromagnetic Spintronics, doi.org/10.1002/adma.202302120 (2023).
Altermagnet候補のNiSiのトランスポートの研究である。Fig. 4(a)がHall resistivity (Rxy)にもかかわらず磁場に関して対称なふるまいをしていて意味をなしていない。Supplementaryを読んだりするとわかるが、Hall conductivityの表式も間違っているし、van der Pauw法の記述も原理を理解しているか怪しい。ひょっとして専門家ではない?某研に横取りされないか心配だ。
ちなみにD. K. Singh et al.の論文(doi.org/10.1002/apxr.202400170)で紹介されているがarXiv版(2402.17451)から引用が一つずれているため、誰もたどり着けるものはいない。
19. Peculiar Magnetic and Magneto-Transport Properties in a Noncentrosymmetric Self-Intercalated van der Waals Ferromagnet Cr5Te8, doi.org/10.1021/acs.chemmater.4c02996 (2025).
トポロジカルホール効果の発現を主張しているが、ホール抵抗率と異常ホール効果によるフィットを見ると両者の一致は極めてよく、測定誤差と区別がつかないほんのわずかなずれがあることを拡大してトポロジカルホール効果を主張するのは無理がある。
18. Spin-Triplet Excitonic Insulator in the Ultra-Quantum Limit of HfTe5, arxiv.org/abs/2501.12572 (2025).
ホール伝導度の見積もりが誤っている。正しくは
σxy=ρyx/(ρ2xx+ρ2yx)
よってプロットの符号は正負逆転する。電子・正孔の割り当ても反転する。論文の結論に壊滅的な打撃を与えるかは不明。逆行列の計算くらいできないものか。
同様の間違いをしている論文: arxiv.org/abs/2308.09695, doi.org/10.1002/adfm.202424841,
上記論文ではこの論文(doi.org/10.1103/PhysRevX.8.041045)が引用されていて、ここでは正しい数式が使われている。要するに書き写す輩が阿呆なのである。
17. Origin of the turn-on temperature behavior in WTe2, doi.org/10.1103/PhysRevB.92.180402 (2015).
いわゆる逆オッカムの剃刀を使った解釈の筆頭として、XMR物質の磁気抵抗曲線を金属絶縁体転移とする主張があげられる(doi.org/10.1038/nphys3581)。これを思考停止で真似をして、抵抗-温度曲線をギャップ関数ρ∝exp(Eg/kBT)でフィットしてギャップEgを見積もるという"おバカ解析"をする論文が後を絶たず、トポロジカルホール解析と並んで分野の腐敗を象徴していると誰かが言っていた。表題論文他、マルチバンドなどのconventionalな枠組みで説明する試みをメモしておくことで、おバカ解析をしてくる論文を査読するときに備えよう(今現在査読をしている論文とは一切関係がないことはここに明言しておく)。
LaBi: doi.org/10.1088/1367-2630/18/8/082002
PtSn4: doi.org/10.1103/PhysRevB.97.205132
Td-MoTe2: doi.org/10.1103/PhysRevB.96.075132
WTe2: doi.org/10.1103/PhysRevLett.115.046602
Graphite: doi.org/10.1016/j.ssc.2003.11.037, "we find that a simple two-band transport model can qualitatively describe the temperature and field dependence, without appealing to a M–I scaling description."
Bismuth, Graphite: doi.org/10.1103/PhysRevLett.94.166601
一方で金属絶縁体転移を主張したい勢力もいる。マルチバンドに言及せずにおバカ解析をする論文は論外なので除外するとして、マルチバンドの効果も意識しつつ解析を試みている論文には一定の評価をしておいた方が論の防御力をあげられる。
Graphite: doi.org/10.1103/PhysRevLett.87.206401
InBi: doi.org/10.1103/PhysRevB.107.205111
16. Twofold symmetry of c-axis resistivity in topological kagome superconductor CsV3Sb5 with in-plane rotating magnetic field, doi.org/10.1038/s41467-021-27084-z (2021).
磁気抵抗の磁場を印加した方向についての依存性から系の対称性を調べている論文。データの解析法、見せ方に関して数学的に正しくないところが散見されるが、結論については問題なさそうだ。同様の奇妙なプロット法は他の論文にもみられる。doi.org/10.1021/acs.jpclett.3c02922
ぱっと見即座に指摘できる誤りは、(1)ホール伝導度σxyの表式が間違っている(正孔と電子の割り当てが逆になる)こと、(2)フーリエ級数展開に関する誤解(θに関するFFTの場合、逆空間の変数はθにならない)があげられる。議論したいことが何かはわかるが、学部数学の初歩的な誤解は情けないと言わざるを得ない。
後者は単斜晶であり、解析がさらにややこしくなる(だとしても輸送物性の初歩である)。たとえば伝導率テンソルを計算したい場合、逆行列をとる抵抗率テンソルの対角項はそもそも等しくないし(ρxx≠ρyy)、非対角項には磁場に関して対称な成分と反対称な成分(ρyx=ρsyx+ρayx)がある。これらをただしく測定して逆行列計算しないと伝導率テンソルにならない。注意しないと解析結果が全滅する可能性もあるが、これは詳しく見ないと判断できなさそう。
15. Anomalous and large topological Hall effects in β-Mn chiral compound Co6.5Ru1.5Zn8Mn4: electron electron interaction facilitated quantum interference effect, doi.org/10.1088/1361-648X/ada59f (2025).
ホール効果の測定と磁化の測定にもとづいてトポロジカルホール効果の発現を主張している論文である。こういう論文を見たときにチェックすべきは反磁場補正を行っているか?もしくは磁化サンプルと抵抗測定サンプルは同じものを使用しているか?である。どちらも明確な記述がないので判断できない。このことだけでも、そもそも適切にデザインされた研究結果とみなすことはできず、提示されている実験データや解析結果から著者らの主張を認めることはできないと結論せざるを得ない。
さらに奇妙なのは磁化データ(Fig. 1(e))にはヒステリシスがあるのに、ホール抵抗(Fig. 3(a))にはそれがないことである。邪推はしないにしても、両データが同じサンプルで測られたものではない可能性が推測される。また磁化に比例するはずの異常ホール効果の成分は通常磁化データを用いて見積もられるので、当然ヒステリシスがあるべきなのにFig. 3(a)の赤線にはそれがない。一体何のデータを用いて異常ホール効果を見積もったのか不明である。
14. Why is the electrocaloric effect so small in ferroelectrics?, doi.org/10.1063/1.4950788 (2016).
煽りワロ
13. Domain Wall Resistivity in SrRuO3, doi.org/10.1103/PhysRevLett.84.6090 (2000).
強磁性体のドメイン壁の向きをストライプ状にそろえることができて、それに伴って電流がストライプに平行・垂直どちらに流れるかによって抵抗が異なるようにできる(ということのようだ。本文中の書き方が不十分なので間違ってるかも)。一見すると面内で抵抗の異方性を誘起できるのでネマティック状態になっていることになる。ただし、電子系や単ドメイン状態でネマティックになっているわけではなく、系の不均一性に回転対称性の破れが表れているだけである。
ドメイン配置に関して形状効果が乗りやすい主に薄膜や細線のような系でみられるようだが、バルクで起きないとはいえないので、この実験だけでネマティシティ!と叫んだりすると恥をかくので注意だ(ぱっと探した限りそういう論文はなさそうでとても安心した)。
同様の実験:doi.org/10.1088/0953-8984/13/25/202, doi.org/10.1103/PhysRevLett.85.3962, doi.org/10.1103/PhysRevLett.80.5639, doi.org/10.1103/PhysRevB.67.134436, doi.org/10.1103/PhysRevB.59.11914
12. Giant multicaloric response of bulk Fe49Rh51, doi.org/10.1103/PhysRevB.95.104424 (2017).
マルチ熱量効果として圧力と磁場をかける場合の熱量効果を評価する方法を提案している論文。主張として奇妙なのは、磁化の圧力・温度・磁場依存性のデータだけを使って圧力熱量効果(barocaloric effect, BCE)を評価できるとしていることである。圧力をかけることで磁化が変化するのはいいとして、体積の情報を一切知ることなしにbarocaloric効果を知ることができるのだろうか?
圧力が0→pと変化したときのエントロピー変化分(H, Tは固定)として下記が提案されている。
ΔSBCE,wrong=∫p0(∂M∂p)T,H⋅(∂M∂H)−1T,p(∂M∂T)p,Hdp
交差相関物性において、印加した外場(p)に対して非共役な物理量(M)だけを測定して、共役物理量(V)の性質を解明できるだろうか?というよくある疑問である。これは一見するとマクスウェル関係式(∂S∂p=∂V∂T, ∂M∂p=∂V∂H)などを駆使して何とかなるのではないか?とかbarocaloric効果の主要な起源が磁化の変化からくる場合に近似的に成り立つのではないか?とか思えてくる。もしちゃんと証明できれば魅力的かつ実験的にも有用な表式である。しかし直感では明らかに誤っていると思えてならない。
いまいちピンとこない場合はマルチフェロイクスに電場と磁場をかける場合に読み替えてみよう。電場を変化させたときに生じる電気熱量効果(electrocaloric effect, ECE)を評価したいときに、磁化の磁場・電場・温度依存性の測定だけで済ませることはできるだろうか?エントロピー変化は下記で得られる。
ΔSECE,wrong=∫E0(∂M∂E)T,H⋅(∂M∂H)−1T,E(∂M∂T)p,EdE
この表式の中に電気分極の情報は一切入っていない。本来電気熱量効果を評価するなら
ΔSECE,correct=∫E0(∂P∂T)E,HdE
となるべきである。両者は果たして同じなのか?なんか変だと思い始めたのではないだろうか?その直感は適切である。
ここで仮に電気磁気結合が全くと言っていいほどない物質を考えてみよう。その場合、∂M∂Eはゼロに近い値になってしまう。上式ΔSECE,wrongが適用できるのであるならばそのような物質において電気熱量効果はゼロになるということになってしまう。いっそのことただの非磁性強誘電体BaTiO3で考えてみよう。上式が正しいならそのような物質で電気熱量効果はゼロになるはずだということになる。もっと踏み込んで、一般に磁気的特性がない物質の電気熱量効果はゼロである。ということになる。そんな理不尽なことはあるまい。
ちゃんとした議論をしたいのなら、本論文で記述されている”導出過程”(AppendixA, Eq. (A13)-(A16))に誤りがあることを証明する必要がある。あるいは何らかの妥当な近似の上で成り立つかどうかを吟味する必要がある。結論を言うとΔSECE,wrongの表式はΔSECE,correctを厳密に評価する過程で出てくる項で厳密に相殺することが示せる。つまり、厳密にECEに寄与しないことが示せる(ブログ読者からの要望があれば示そうかな)。論文中のどこが間違っているのかを考えるのは学部熱力学と多変数解析のいい練習問題になるので興味がある人は挑戦してみてほしい。同様の誤りは#9の論文のEq. (19)にもみられる。また同著者らによる論文(doi.org/10.1016/j.matpr.2015.07.332)のEq. (8)も同様の誤りをしている。
これを使ってbarocaloric効果を評価している論文としてhttps://doi.org/10.1016/j.jre.2024.03.011, https://doi.org/10.1016/j.actamat.2023.119596, doi.org/10.1063/1.5090599, doi.org/10.1088/1674-1056/ab7da7
上記論文には別パターンとして
ΔSECE,wrong2=∫p0(∂M∂T)p,H=0dp
という式を使用することもある。これはもう意味不明で、エントロピーと次元すらあっていない。本来はもちろん被積分関数内のMをVに置き換えるのが正しい。
どの分野にも間違った解析を(わざとではないにしろ)提案してしまう論文はあって、それを自分で確かめもせずに、あるいは自分でも導出に成功(?)して、その手法をトレースする論文はあるのだなと知れて勉強になる。研究とは人の営みである。いまのところ誤謬の伝染はそれほどでもない。
この誤ったエントロピー公式の問題が厄介なのは同物質を直接法で測定したbarocaloric効果(doi.org/10.1103/PhysRevB.89.214105)とだいたい一致してしまうことにある。これがたまたまなのか、パラメータを合わせたからなのか、計算ミスが隠れているのか、あるいは実際に有意な相関があるためなのかは詳しく見ないとわからない。数理的に間違った公式を使ってたまたま定量的に一致する予言を与えてしまうことはしばしば起きることである。
11. Measurement of the Hall coefficient using van der Pauw method without magnetic field reversal, doi.org/10.1063/1.1140990 (1989).
磁場反転なしにホール効果を測る方法。ほんとか?
10. Upper bounds on the magneto-electric susceptibility, doi.org/10.1016/0375-9601(69)90131-5 (1969).
電気磁気効果テンソルの上限について。Brown et al., (1968) (doi.org/10.1103/PhysRev.168.574)が嚆矢だが似たような文献を見つけたので貼っておく。
Upper bounds for material coefficients, E. Ascher (doi.org/10.1016/0375-9601(73)90057-1)
Pyroelectricity: microscopic estimates and upper bounds, P J Grout (doi.org/10.1088/0022-3719/8/13/026)
Relativistic Symmetries and Lower Bounds for the Magneto-Electric Susceptibility and the Ratio of Polarization to Magnetization in a Ferromagneto-Electric Crystal, E. Ascher (doi.org/10.1002/pssb.2220650227)
9. Thermodynamics of multicaloric effects in multiferroics, doi.org/10.1080/14786435.2014.899438 (2014).
マルチフェロイクスにおける熱量効果を熱力学的に議論した論文。内容はところどころ厳密な式変形をしていおらず、誤った表式を導出してしまっている。
p1897-1898においてEqs. (17)-(19)を使って外場y1をゼロに保ったまま別の外場y2を変化させたときにy1に対して共役な秩序変数X1が変化したときの熱量効果を導いている。
Eq. (18)が式変形の途中で勝手に独立変数をX2からy2に変更していているので厳密には正当化されない式変形である。これを使ってEq. (19)を導いているので厳密には正しくない。続くEq. (25)も途中でへんてこな式変形をしていて厳密な導出ではない。正しい変数変換に基づく定式化が必要だがちゃんとやろうと思うとなんだかむずかしいな。
8. A generalized thermodynamic theory of the multicaloric effect in single-phase solids, doi.org/10.1016/j.ijsolstr.2016.08.015 (2016).
#7関連でVopson (2012)の間違いを指摘したStarkov et al.がmulticaloricに関して一般論を提唱した論文。これも無謬ではなく、系のエネルギーに関するEq. (10)が系の対称性を反映していないので適切ではない。特に最後の項αijPiMjはLandau-Ginzburg自由エネルギーの観点から不適切である。正しくは自発分極(Ps)や自発磁化(Ms)からの差分(ΔP=P−Ps, ΔM=M−Ms)を使ってαijΔPiΔMjのような形で入れればよい(実際にE,Hを独立変数とする自由エネルギーをルジャンドル変換してみよう)。
著者らは同様の正しくない議論をほかのところでも行っていて(doi.org/10.1016/j.ijrefrig.2013.08.006)、Eq. (9)にαMPが入ってしまっている。
自由エネルギーがE,Hを独立変数として、αEHのように入っていれば適切である。その場合、αは温度の関数であり、温度や外場の関数である秩序変数(P(T,E,H),M(T,E,H))の関数でもある。もしくは内部エネルギーがP,Mを独立変数としていて、γP2M2のように系のもともとの対称性を保つように導入されていれば適切である。書いててなんだか自信がなくなってきた。
elasto-electric multicaloricの議論にもミスリーディングところがあるので注意が必要だ。Eq. (17)は電場をかけたときの熱量効果のように見える表式(dSE)だが、実は境界条件によって電場をかけることで系に11, 22成分のストレスがかかってしまう。そのため実体はマルチ熱量効果であり、圧電係数に関連する項が出てきてしまう。33方向にストレスをかけて電場をかけない条件で生じた熱量効果がdSσで、電場および33方向のストレスを同時にかけたときに出るdSE+σからdSEおよびdSσにプラスされる項がdSEσである。
7. The induced magnetic and electric fields’ paradox leading to multicaloric effects in multiferroics, doi.org/10.1016/j.ssc.2016.01.021 (2016).
This paper is the published version of the arXiv post (arXiv:1611.06262) by Vopson. It was written in an attempt to respond to the rebuttal given by Starkov et al. (arXiv:1602.04238).
In arXiv:1602.04238, Starkov et al. refuted the claim made by Vopson in the Solid State Communications (doi.org/10.1016/j.ssc.2012.08.016) in 2012.
In the paper by Vopson (2016), the author admitted the fallacy of his argument in Vopson (2012). The author proposed an alternative formulation to preserve his original claim, but there is still an incorrect argument that leads to the same false conclusion. He proposed to introduce the internal field (a fictitious magnetic field) dHme when applying the electric field to multiferroics. However, this prescription is unreasonable because he treated this internal field as an independent variable in the free energy.
His Eq. (12) for the induced magnetization is as follows
dM=(∂M/∂T)dT+(∂M/∂E)dE+(∂M/∂H)dHapp−(∂M/∂H)dHme
Evidently, the second and the fourth terms on the right are a double counting since the latter is proportional to the applied electric field. The induced magnetization due to Hme should already be included in ∂M/∂E in the second term.
He argued that the dHme is allowed by Newton's 3rd law or as an extension of Lenz's law. Neither of them makes sense. He also cited papers by Rado et al. and Agyei et al. (see #6 below) to support his claim, however none of them does not validate his argument. In particular, some of the claims in the Agyei et al. paper are completely incorrect as I pointed out in #6 below.
The claim made in Vopson's original paper (doi.org/10.1016/j.ssc.2012.08.016) is as follows. When applying a magnetic field to multiferroics, the temperature increase by a caloric effect is given by
ΔTH=−TC⋅∫HfHi[αmϵ0χe⋅(∂P∂T)H,E+(∂M∂T)H,E]⋅dH
αm is the coefficient for the magnetically induced magneto-electric effect. The first term in the integrand is not necessary. And thus, this formula overestimates (or underestimates depending on the sign of αm) the caloric effect in a magnetic field.
This is because the caloric effect induced by the application of a magnetic field should be categorized as the magnetocaloric effect. According to Maxwell's relations, the resulting entropy change or the corresponding temperature change should be expressed solely in terms of magnetization. While H-induced electric polarization may also contribute to the entropy change, its effect should be included within the temperature dependence of M. Manipulating symbols alone does not constitute a scientifically meaningful explanation.
6. On the linear magnetoelectric effect, doi.org/10.1088/0953-8984/2/13/010
線形電気磁気効果は結晶の磁気点群がある条件を満たすときのみ許される効果として知られているが、本論文では常磁性体であってもそれが許される状況がありうることを提案している。
明らかに誤っている結論だが、途中まであっている。間違いはp3012で起きていてる。常磁性強誘電体を静止系(S)でとらえるとx方向に自発分極P(s)が生じていて、自発磁化(M(s))は存在しない。一方y方向に速度Vで進む別の慣性系(S’)にとっては相対論的効果によりM(s)=(V/c)P(s)がz軸方向に生じているように見える(これ自体はAC効果としてみると一見正しい)。すなわちS'系ではこの物質は強磁性強誘電体である。そして強磁性強誘電体は線形ME効果を許す。物理現象はどの慣性系で見ても同じのはずだから、静止系SでもME効果が観測されるはずである。
このように書くとどこに間違いがあるかは明白で、確かにS'系で見ると線形MEは出すのだろうが、それをS系に戻すときにその効果はローレンツ変換で消えてしまう。別の言い方をすると、S’系にとって電場で磁化を誘起している現象はS系では電場で電気分極を誘起したり、磁場で磁化を誘起したりする現象として観測されるはずであり、それは常磁性強誘電体にとって当たり前の応答であるからである。
5. Generalized Onsager’s Relation in Magnon Hall Effect and Its Implication, arxiv.org/2501.02250
マグノンホールが起きるための条件を考えているようだが読んでてよくわからなくなってしまった。effective time-reversal operationとしてT=TCs2xというのを、時間反転Tとスピンだけひっくり返すCs2xで構成している。磁性体だとすでに対称性が破れていて、スピンの向きが決まってしまっているから安易に時間反転するとスピンの向きが異なる別の基底状態にいってしまうのでなんだかよくなさそうというのはなんとなくわかるが...
関連する論文(doi.org/10.1103/PhysRevLett.123.167202)も参照。この論文によると温度勾配∇Tがあるときの熱流jQは
→jQ=αxyˆz×→∇T
と書ける。T=TCs2xを施すとjQは反転して(Tでは反転してCs2xでは熱流はスピンではないので反転しない)、∇Tは反転しない(TでもCs2xでも反転しないので)となる。つまりTCs2xに関して対称な系では熱ホールは出ないという結論になる。これは成り立っているかどうか非自明だと思う。jQが流れているときにスピンだけをひっくり返すという操作が許されるのか自明ではない。もちろん静的状態でそういう対称性があるのはわかるが、温度勾配がある非平衡状態でスピンだけをひっくり返すとはいったい何なのか?サンプル全体をひっくり返すとかならまだわかる。実際の実験中にそうしてもできそうなので。非平衡状態に拡張して議論しても正しいことを暗に仮定していそうだがよく考えるととても奇妙だ。もっとよく考えると正しいのかもしれないが、暫定的に受け入れられないロジックである。識者のコメントを期待。
4. Electron-Electron Scattering in TiS2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.35.1786
#1の元ネタとなる実験報告である。抵抗のT2依存が広い温度領域で観測されることはキャリア間の散乱が主要な起源であると言っている。本来金属でT2則が見られるのは遷移金属やBiなどの半金属における十分低温の話で、室温まで見えるのは不思議だなあということらしい。
TiS2はこれまでoff stoichiometricなサンプルしか測られておらず、本来の抵抗のふるまいが見られなかったが当時stoichiometricなサンプルのデータが報告されるようになって発見されたとのこと。
ざっと調べた感じT2が見られる物質はあまりないようで、ZrSe2などがあるくらいだ(doi.org/10.1143/JPSJ.51.1223)。
3. Anisotropic electrical and thermal magnetotransport in the magnetic semimetal GdPtBi, doi.org/10.1103/PhysRevB.101.125119
みんなご存じのようにGdPtBiの抵抗の温度依存性は∂ρ∂T<0になる不思議なふるまいだ。それに関するフィッティング曲線を議論している。
ρ(T)=ρ0n0+ATn(T)
とおいて、キャリア密度n(T)に以下のような温度依存性を入れる。
n(T)=n0+N√kBTln2[kBTln(1+eEg/kBT)−Eg]
ビビるくらい実験データを再現していて逆に怪しい。
式の導出は詳細がなく、引用先であるdoi.org/10.1109/ICT.2002.1190262とも微妙に違うので真偽は定かではない。Nは個別のバンドの状態密度、Egは電子バンドの底からフェルミエネルギーまでのエネルギー差、n0は温度に依存しないキャリア密度。
2. On the Origin and the Amplitude of T-Square Resistivity in Fermi Liquids, doi.org/10.1002/andp.202100588
ρ∝T2に関するBehniaのレビュー。いろんな理屈があるなあ。
1. Electron-Hole Scattering and the Electrical Resistivity of the Semimetal TiS2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.37.782
補償された(正孔と電子のキャリア密度が等しい)半金属において抵抗の温度依存性がどうふるまうかの議論。
BZ内の中心か端に小さなキャリアポケットがある状況を考える。その場合運動量を保存するe-e散乱は起こりえないという議論をしている。ポケットがBZ中心にあるときは成り立たない議論だと思う。その場合、同種キャリア間の散乱は無視できて、e-h散乱が主なキャリア間散乱メカニズムになるとしている。伝導率は以下で与えてある。
σ=e2μ[(ne−nh)2nenhmemhτip+(1/me+1/mh)2(11/τeh+1/τip)]
ここでμ=(1/neme+1/nhmh)−1, ne/hはキャリア密度, me/hは有効質量, τipは不純物散乱およびフォノン散乱の緩和時間逆数和, τehは電子-正孔散乱の緩和時間。完全に補償された半金属ではne=nhになることが大事で、抵抗率は
ρ=1ne2(1/τeh+1/τip1/me+1/mh)
フォノン散乱がなくなる十分低温では、1/τeh∝T2によってρ=ρ0+AT2になる。フォノン散乱が効いてくる高温でもT2項はあるのでρ=ρ0+BTには一見従わない。要はρ−T曲線が下凸になるようだ。
Eq. (9)直前のFig. 1はFig. 2のタイポ。
対象物質のTiS2ではstoichiometricなとき、低温から室温までの広い温度領域で抵抗率はT2に従う。
同著者らによる続き:doi.org/10.1103/PhysRevB.19.2394, doi.org/10.1103/PhysRevB.19.6172, doi.org/10.1088/0305-4608/6/11/002どれもあまり引用されていない。適用できる物質は少ないようだ。特に1つ目の論文では同様の考察のもとHall効果に関する理論モデルを提唱しているがTiS2のHall効果を説明できないとNote added in proofに記述がある。どうやらすでに死亡した理論のようだ。ただしe-h散乱によるT2抵抗の文脈では理論モデルの一つとして引用されることがたびたびある。
別グループによる適用例:doi.org/10.1103/PhysRevB.38.5134, doi.org/10.1103/PhysRevB.41.3060あまり広く受け入れられているとは言えない。
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