2026年1月3日土曜日

2026年 勉強になった論文、疑問な論文

今年も引き続き勉強になった論文をメモしておこう。去年のブログはここから。

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9. Quantum fluctuations associated with a first-order magnetic transition in the frustrated kagome lattice antiferromagnet N⁢d3⁢ScB⁢i5, doi.org/10.1103/xzhf-s6hp (2026).

ホール効果に異常が出ているのにトポロジカルホールといわないのは偉い!

引き合いに出しているのがCeRhIn5: doi.org/10.1073/pnas.141393211


8. Multipolar Anisotropy in Anomalous Hall Effect from Spin-Group Symmetry Breaking, doi.org/10.1103/PhysRevX.15.031006 (2025).

強磁性体の磁気モーメントの方向に依存して異常ホール伝導度がどう変化するのかを球面調和関数で展開するアプローチを完成させたもの。本質は#6で尽きているので新規性は認められないものの、面内異常ホール効果も取り入れて拡張していることは意義がある。磁気構造を眺めて多極子だなんだと群論の規約表現を言い直しただけのものに拡張なんちゃらとたいそうな名前を付けてさも意味のあるかのように見せかけている某理論よりずっと意味のあるよくまとまった論文である。

偽トポホの文脈での議論を先に進めよう。対称性の高い系を考えて\(z\)方向の異常ホール伝導度を書くと

\(\sigma_{z}^a=c_{10}\bar{Y}_{10}+c_{30}\bar{Y}_{30}\)

となることは#6と一緒である。第二項を八極子項と呼んで第一項の双極子項と分けることで非自明な項がどこ由来なのかを明示的に示しているのがわかりやすい。ただあくまで現象論である。ここで

\(\bar{Y}_{10}=\sqrt{\frac{3}{4\pi}}\cos \theta\),

\(\bar{Y}_{30}=\sqrt{\frac{7}{16\pi}}(5\cos^3\theta-3\cos \theta)\)

である。\(\theta\)は\(z\)軸と磁化との間の角。

飽和磁化で規格化した磁化の磁場依存性をシグモイド関数で

\(\hat{M}_z(H)=-1+\frac{2}{e^\frac{-H}{0.1}+1}\)

と書くことにしよう。ただし磁気異方性は容易面型でゼロ磁場のときは\(x\)軸に向いていた(\(\theta=90^{\circ}\))のが磁場を\(z\)軸にかけることで立ち上がっていく(\(\theta\sim 0^{\circ}\))ものとする。すると

\(\theta(H)=\arccos (\hat{M}_z)\)

と書けることになる。\(\theta\)の式を双極子、八極子項に代入すると磁場依存性はFig. 8.1のようになる。双極子項は磁化に比例するが、八極子項は非単調なふるまいを示す。

Fig. 8.1|青:磁化の\(z\)成分、赤:異常ホール伝導度の双極子成分、緑:八極子成分

ここで仮に\(c_{30}/c_{10}=0.3\)とおくとFig. 8.2のようになる

Fig. 8.2|青:磁化の\(z\)成分、紫:トータルの異常ホール伝導度。

無事、磁化に比例しない異常ホール伝導度の完成である。早速差っ引いて偽トポホを抽出しよう。

Fig. 8.3|青:磁化の\(z\)成分、紫:トータルの異常ホール伝導度、黒:異常ホール伝導度から磁化にスケールする成分を差し引いたもの。
う~~~~~んんんんんんん!!!!!エマーーーーージェェェンンンント!!!

7. Resistivity anomalies arising from spin correlations in magnetic metals, doi.org/10.1103/5z4m-6z8l (2026).

強磁性体の電気抵抗に現れる転移点近傍の上昇に関する理論。基本的にde Gennes, Fisher&Langer以上の洞察はないがフェルミ面の形に関して一般化しようとしている部分は一定の価値を認められる。M. Kataoka (2001): doi.org/10.1103/PhysRevB.63.134435. これは読んだことなかったので後でチェックしよう。

抵抗を考えるとき\(\rho\propto m/ne^2\tau\)が基本で、要するに抵抗の変化を散乱体の変化\(\tau\)で考えるのか、秩序の発達によるバンド構造の変化\(m/n\)で考えるのかのアプローチがある(\(n\), \(m\)の変化は極端な場合を除き基本的には分離できない)。当該論文のアプローチはすべて\(\tau\)の温度依存性に帰すものである。フェルミ面の大きさの指標\(k_F\)と秩序の相関長\(\xi\)の大小および電子-スピン相互作用\(J\)にスケールして抵抗up-turnの振る舞いが変わるというわけである。


6. Orientation Dependence of the Intrinsic Anomalous Hall Effect in hcp Cobalt, doi.org/10.1103/PhysRevLett.103.097203 (2009).

コバルトの異常ホール伝導度を磁気モーメントの方向をac面内で変えながら計算したもの。当たり前だが\(M\parallel a\)のときと\(M\parallel c\)のときとで異常ホール伝導度は違う。しかもかなり違う。これは磁場をかけながらスピンの向きが変わっていくときは、異常ホールは一般には磁化に比例しないことを意味している。偽トポホ解析をしている論文をリジェクトするときに使えそう。

書き方が結構ミスリーディングなので注記しておく。

異常ホール伝導度をベクトル化して

\(\mathbf{\sigma}^a=\sigma_m\hat{\mathbf{m}}+\sigma_{\theta}\hat{\mathbf{\theta}}\)

としている(\(\phi\)項は議論に関係ないので省略)。ここで\(\hat{\mathbf{m}}=(\sin \theta, 0, \cos \theta)\), \(\hat{\theta}=(\cos \theta,0,-\sin \theta)\)である。\(\theta\)は磁化ベクトルと\(z\)軸がなす角。\(x\)軸方向に傾けたとしている。

計算結果のFig. 1を見ると\(\sigma_m=300+200\cos \theta\), \(\sigma_{\theta}=-200\sin \theta\)くらいだとわかる。これを代入して\(z\)軸成分を抜き出すと

\(\sigma^a_z=300\cos \theta+0\)

となる。最終項の0は\(\cos, \sin\)の高次式が偶然相殺してほとんどなくなってしまうことを表している。これだと磁化が面内から面直に起き上がっていく過程で異常ホール伝導度は正確に磁化の\(z\)軸成分に比例することになる。経験式が生き残るので偽トポホはコバルトでは出ないことになる。これは(4)式でわざわざ展開しているにもかかわらず\(c_{30}\)のパラメータが無視できるほど小さいことからもわかる。

(4)式は下記

\(\sigma_{z}^a=c_{10}\bar{Y}_{10}+c_{30}\bar{Y}_{30}\)

もし\(c_{30}\)が\(c_{10}\)と同等になるような物質があれば\(\sigma_{z}^a\propto \cos \theta\)が成り立たず、偽トポホが出ることになる。そういう物質ないかな。


5. Is it possible to determine unambiguously the Berry phase solely from quantum oscillations?, doi.org/10.1016/j.physleta.2025.131238 (2026).

最近論文が出て量子振動だけからベリー位相を決めることができるのか問題提起された。スピンのg因子やフェルミ準位の磁場依存性などの不確定要素があるせいで実験的には決められないそう。相補的な実験で検証することが大事なようだ。とういうことはBiTeIのベリー位相は...


4. Topological Hall-like behavior of multidomain ferromagnets, doi.org/10.1103/PhysRevB.111.134433 (2025).

イントロダクションは偽トポホ文化史をまとめていてよいレビューとなっている。メインの内容としてはトポロジカルな磁気テクスチャーがなくてもホール効果が非単調になりうるモデルを提案している。偽トポホを糾弾しようとする姿勢は称賛できるものの、言っていることはかなり下らない、というか本来なら自明なことである。

つまり内因的ホール抵抗率は

\(\rho_{yx}^A=\sigma_{xy}\rho_{xx}^2\)

と書けるので、\(\rho_{xx}\)が磁場依存するならたとえ\(\sigma_{xy}\propto M\)であったとしても\(\rho_{yx}\)には非単調性が出る。

これは比較的簡単にデモできるのでやってみよう。

磁化過程を

\(M(H)=M_s \tanh(H)\)

磁気抵抗を

\(\rho_{xx}(H)=\rho_0+\rho_s(1-\tanh(H))^2\)

とすると異常ホール抵抗率は

\(\rho_{yx}^A=S_H \cdot M(H) \cdot \rho^2_{xx}(H)\)

と書ける。Desmos(desmos.com)でのシミュレーション結果は以下である。

Fig.4.1| Field dependence of magnetization (orange), magnetoresistivity (red), and anomalous Hall resistivity (blue).
予想通り、ホール抵抗率はピークを示しており、偽トポホと解釈すればAdvanced Materialsくらいは確実である。ここで重要なのは磁気抵抗が-50%と比較的大きめに設定していることである。磁気抵抗が小さければ見た目のピークは目立たなくなるが、偽トポホスカベンジャーは通常磁化カーブをバックグラウンドとして差し引いて違いを強調する。たとえば磁気抵抗を-10%くらいにしてみよう。

Fig. 4.2|Green curve corresponds to fake topological Hall effect, obtained by magnetization-proportional background subtraction. 

ぱっとした見た目ではホール抵抗にピークは見られないが磁化をバックグラウンドとして差し引くと緑になり、典型的な偽トポホカーブとなる。

さらに注意点として、今回のモデルは内因性メカニズムしか考慮していない。外因性が寄与してくる場合は当然バックグラウンドは抵抗率に関してより複雑な依存性を示す。いろいろな場合が考えられて

\(\rho_{yx}^A= (a_1\rho_{xx}+a_2\rho_{xx}^2)M\)

\(\rho_{yx}^A=a_n\rho_{xx}^nM\)

\(\rho_{yx}^A=(a_0\rho_{xx0}+a_2\rho_{xx}^2)M\)

最後の式がskew散乱が主にimpurity由来からくるという事実を踏まえていて妥当性が高い。つまり定数の寄与が入ってくる。それ以前にどのバックグラウンドカーブを使用するかあまりはっきりしない。バックグラウンドを特定できない段階でトポホ成分を抽出することは禁忌である。ホール伝導度に直せばよいではないか、そうすれば\(\rho_{xx}^2\)のファクターを消すことができる、という人もいるだろうが、ことは単純ではない。ここでは正常ホール効果を考慮していなかった。正常ホール伝導度はキャリアのモビリティなどの要因で磁場や磁気構造に依存する。単純に磁場に対して線形と考えて差し引けばいいというものではなくなり、バックグラウンドのシミュレーションがさらに複雑になる。ほとんど磁化カーブと似たような磁場依存性をするホールから異常成分を取り出すことはさらに恣意的にならざるを得ない。このことはつまり、磁気抵抗のデータを示していない論文は検証可能性を著しく棄損しているということである。

この記事を読んだ非専門家の読者は、こんな当たり前のことが理解されずにアーティファクト論文が垂れ流されているのか?と思うかもしれないが、ホール効果の差分を血眼になって探索している界隈が実際にあるのである。信じられないことに。これは分野の腐敗にほかならない。


3. A spin model for investigating chirality, doi.org/10.1088/0953-8984/7/47/019 (1995).

chiral spin state (CSS)という状態を考えている。8副格子秩序である。自発磁化は非相対論的極限では出ない。類似研究:doi.org/10.1103/PhysRevB.105.155104doi.org/10.1103/PhysRevB.109.125146

正方格子系で実現すれば異常ホール効果がでうる。要するにCoTa\(_3\)S\(_6\)の正方格子バージョンができる。似たような磁気構造は例えばoxyselenidesの2k構造である: doi.org/10.1103/PhysRevB.95.174441doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.3.044411


2. The chiral Hall effect in canted ferromagnets and antiferromagnets, doi.org/10.1038/s42005-021-00587-3 (2021).

らせん磁性、スキルミオン系への拡張を議論した続編doi.org/10.1103/PhysRevResearch.3.043155 (2021)も参照。

スピンが傾いていたり、コニカルになっていたりすると意外と増強されたホール応答が出てもいいよという理論論文。キャント角に関して非単調になってもいいようなので、磁化に比例しない応答が期待される。ホール効果のくねくねにたいそうな理屈をつけたい実験家の強い味方になりそう。

そういう偽トポホ論文は学術的価値はないものの、ホールを測っただけで論文化できるのであるならデータとして死蔵されずに世に出ることにはなるので、その点に関しては研究のインセンティブを与えており価値を認めてもいいだろう。


1. Antisymmetric Magnetoresistance due to Domain-Wall Tilting in Perpendicularly Magnetized Films, doi.org/10.1103/PhysRevApplied.17.014013 (2022).

磁気抵抗とは磁場によって抵抗が変化する現象であり、大抵は磁場に関して対称だ。デバイスで磁性ドメインウォールが関与すると反対称成分が乗るらしい。なんのこっちゃ。Co3Sn2S2とかでも見えるらしい: doi.org/10.1038/s43246-024-00688-w

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