2025年1月3日金曜日

2025年 勉強になった論文、疑問な論文

これまでは論文紹介ブログ(https://berman-shoenberg.blogspot.com/2023/06/blog-post.htmlhttps://berman-shoenberg.blogspot.com/2022/02/blog-post.html)で取り上げてきたが、新しいブログページとして2025年に読んだ論文で勉強になったものをあげていく。逆にちょっとおかしいなという論文もコメントとともにあげていく。誰も読んでいないブログだから、論文の著者が見とがめて炎上する心配は万に一つもないだろう(これは去年別ブログで検証済み)。誰かが面白半分にXで取り上げる可能性も無視できるほど小さい。

フラックス論文の収集は引き続き別ブログで行う。

橙字で記したものはブログ筆者の心の声である。その場で思った感想なので間違っているかもしれない。

追記:本ブログの意図を読者に誤解してほしくないのだが、別に論文の価値を下げたり著者らの浅薄さを揶揄したりしたいわけではないということである。もし記述にそのような気配があるのだとしたら、単にそれは読者に読んでもらいやすくするための演出である。面白がって読みながら、ちょっと立ち止まって本当にそうなのか?ちょっと自分でも考えてみようとなってくれたならブログ筆者の期待するところである。

また研究を始めたばかりの学生の方々に向けて気づいてほしいこととしては、一流誌に載るような、厳しい査読を経ているはずの論文にさえこのような初歩的なミスがたくさんあるということである。無謬性の信仰は科学研究をする上で邪魔でしかない。論文は、その道のエキスパートが心血を注いで紡ぎあげた芸術作品などではなく、いい加減な分担作業・流れ作業の中で適当に書かれて適当に査読され適当に出版されていたりする場合もたくさんあるである。論文というものの性質を理解し、読むときの自己責任性と注意深さ、批判的な視点の必要性を喚起することが目的である。


104. Hall coefficient studies in R5Ir4Si10 (R=Dy–Lu) near the charge–density–wave transitions, doi.org/10.1016/j.jmmm.2004.04.079 (2004).

CDW転移によるバンド構造の変化でホール係数が変化するパターン。


103. Fact and artifact in Lorentz imaging of skyrmionic magnetic textures, doi.org/10.1103/sm5r-2vps (2025).

LTEMとTIE解析の問題点を洗い出している。いろいろな磁気構造が見えたという観察日記論文をリジェクトするときに使えそう。この機会にLTEMのアーティファクトを報告している論文を探してみる。

Artifacts in magnetic spirals retrieved by transport of intensity equation (TIE), doi.org/10.1016/j.jmmm.2018.01.091 (2018).

Magnetic hard nanobubble: A possible magnetization structure behind the bi-skyrmion, doi.org/10.1063/1.5083971 (2019).

Do Images of Biskyrmions Show Type-II Bubbles?, doi.org/10.1002/adma.201806598 (2019).

非専門家が言えることとしてはLTEMだけで(とくに複雑な)磁気構造を主張している論文は信頼しないほうがいいということだろう。あたりまえだが一つの手法だけで完全解明できるような場合は少なく、相補的な手法を組み合わせて整合性をとっていくのが科学のアプローチである。


102. Nonlinear Hall Effect as a Signature of Electronic Phase Separation in the Semimetallic Ferromagnet EuB6, doi.org/10.1103/PhysRevLett.103.106602 (2009).

ホール効果が磁場に非線形になるとき、いろいろな理屈を立てられる。

マルチバンド効果、異常ホール、磁場誘起相転移、キャリア局在、重い電子系のフェルミ面の変化、電子相分離とパーコレーション。

doi.org/10.1103/PhysRevB.61.R9225: La0.7⁢Ca0.3⁢MnO3

doi.org/10.1103/PhysRevLett.57.1056: Hg1−𝑥⁢Cd𝑥⁢Te and InSb

doi.org/10.1103/PhysRevB.108.035301: 2DEG

doi.org/10.1103/PhysRevB.91.205107: Lu2V2O7

提案されている磁場誘起パーコレーションの現象論をまとめておく。

磁場が低いときにはキャリアのある程度が磁気ポーラロンの形成により局在化し、ホールに寄与できない。一方磁場を印加し、磁化がある臨界値より大きくなると磁気ポーラロンの大きさが隣り合うポーラロン同士の距離より長くなり、伝導に寄与できるようになる。これによりホール係数が磁場依存し、ホール効果は磁場に対して非線形になる。現象論的な式として

\(\text{d}\rho_{yx}(H,T)/\text{d}H=R_0f(H,T)+R_1[1-f(H,T)]\),

\(f(H,T)=\frac{1}{1+\exp[D(M-M_C)]}\)

が提案されている。これは必要最小限の二種類のキャリアの競合を取り入れている。\(M\sim M_C\)を境にホール係数が低磁場極限の\(R_0\)から高磁場極限の\(R_1\)にクロスオーバーする。磁場が低いときにはキャリアのある程度が局在化してホールに参加できないので\(R_0\)となっているが、磁場をかけて局在が解けると(抵抗の劇的低下とともに)ホール係数が\(R_1\)になる。\(D\)はクロスオーバーの鋭さを変えるパラメータ、\(M_C\)はクロスオーバーが起きる臨界磁化である。

この式を見ると典型的な異常ホール曲線はすべてこれでフィットできて異常ホールと区別つかないように見えるが、ポーラロンを念頭に置いているので大きな負の磁気抵抗が出ることとセットで検討するべきものである。(どれくらいのMRが出るとOKなのかは判断が難しいところ)論文中ではEuB6以外にもNd0.7Sr0.3MnO3のデータ (doi.org/10.1103/PhysRevB.64.174415) も再解析して異常ホール効果ではなくパーコレーションモデルで説明できるとしている。やーい。

また偽トポホでありがちな中間磁場でピークをとる形の曲線はもフィットできる。ためしに計算した例が以下である。

Fig. \(R_0=1, D=2, M_c=2\)とおいて、\(R_1=0.8, 0.5, 0.3\)と変化させてプロットした(それぞれ赤青紫)。計算にはdesmos.com/calculatorを使用した。便利なプロットソフトだなあ。


御覧のように\(R_1=0.3\)のときピークが出る。\(D\)を大きくとればよりシャープなピーク構造(偽トポホ)を演出できる。

ちなみに磁気抵抗もある程度シミュレーションできる。抵抗は\(\rho\propto n^{-1}\)で、\(R_0=n_{LF}^{-1}\), \(R_1=n_{HF}^{-1}\)なので

\(\rho(H)\propto R_0f(H,T)+R_1[1-f(H,T)]\)

Fig. 磁気抵抗のシミュレーション。パラメータは上記グラフと同じ。


である。偽トポホに見えるデータを糾弾するときは磁気抵抗のデータも検証する必要がある(お手付き注意)。

このロジックでつぶせそうな論文は例えば(検討の余地あり)

Above-ordering-temperature large anomalous Hall effect in a triangular-lattice magnetic semiconductordoi.org/10.1126/sciadv.abl5381 (2021).

下図のように例えば70Kではホール抵抗率が非単調に変化しており、低磁場ではシャープな立ち上がりを示すが、中間磁場でピークをとったあと高磁場ではスロープがなだらかになる。またFig.1には抵抗率の温度依存性がプロットされており、磁場をかけると大きな負の磁気抵抗が出ることも示されている。要は典型的なポーラロン形成を伴う半金属・半導体である。

ホール抵抗率の低磁場の傾きがだいたい0.3 Ohm cm/5 T、高磁場が0.05 Ohm cm/30 Tなのでこれが輸送に参加するキャリア数の変化だとすると、予想される磁気抵抗比は\(\rho_{HF}/\rho_{0T}=0.03\)くらいになる。磁気抵抗も同程度に落ちているので一致はよさそうである。スカラースピンカイラリティのゆらぎだとかなんだとか確かめられもしない理屈は必要ない可能性が指摘できる。

Fig. doi.org/10.1126/sciadv.abl5381より一部トリミング。Licensed under CC BY-NC 4.0.

恣意的なパラメータ選択だが、似た非線形ホール曲線を再現できることを見せておこう。

Fig. パーコレーションモデルで計算したホール抵抗率(赤)、磁気抵抗率(緑)、磁化(青)。単位は任意。


ここではより現実モデルに近づけるため、磁化の磁場依存性をブリルアン関数でモデル化している。これをパーコレーションモデルの\(f(H,T)\)のなかの\(M\)に入れている。また高磁場のスロープがゼロ磁場に外装されるとゼロにならないので、磁化に比例する異常ホール効果を入れている。つまりホール抵抗率は

\(\rho_{yx}=(R_0f(M(H),T)+R_1[1-f(M(H),T)])H+R_SM(H)\)

とかける。

同様の解釈はLa0.67Ca0.33MnO3薄膜でもなされている。doi.org/10.1088/1367-2630/15/11/113057 (2013).

また半金属EuMo6S8における磁場誘起キャリア数変化:doi.org/10.1103/PhysRevB.26.6431やCePtBiにおけるフェルミ面の変化としても報告されているdoi.org/10.1103/PhysRevLett.95.086403。Kondo絶縁体YbB12も磁場でnarrow gapが閉じる(field-induced Lifshitz transitionをおこす)半導体なので状況が同じといえるdoi.org/10.1103/PhysRevX.12.021050。ただし、SmB6ではホールは線形である。

より詳細な解析は(Eu,Ca)B6: doi.org/10.1103/PhysRevB.61.4174doi.org/10.1103/PhysRevB.67.125102, doi.org/10.1103/PhysRevB.66.212410, doi.org/10.1103/PhysRevB.69.125118でなされている。もう少し複雑な変化が(Eu,La)B6: doi.org/10.1103/PhysRevB.74.235114でみられている。


同じ要領で抹殺再検討できそうな物質としては
doi.org/10.1038/s41467-024-47823-2: Mn3Si2Te6

https://arxiv.org/abs/2512.14298: Mn3Si2Te6

doi.org/10.1103/PhysRevB.103.L161105: Mn3Si2Te6

doi.org/10.1103/PhysRevB.109.205145: (Mn1-xMgx)3Si2Te6

doi.org/10.1103/PhysRevB.104.214419: EuTe2

doi.org/10.1038/s42005-023-01469-6: TbPdBi

doi.org/10.1021/jacs.3c04249: EuCuAs

doi.org/10.1103/PhysRevB.110.115111: EuIn2As2

doi.org/10.1103/PhysRevB.109.155152: EuAuSb

doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.8.114421: Eu11⁢Zn6⁢As12

doi.org/10.1002/adfm.202415610: Eu5In4/3Ga2/3Sb6 (slope change is opposite, rare case)

doi.org/10.1103/PhysRevB.111.014422: EuZn2As2

doi.org/10.1103/wq1l-wj9k: Eu2InTe5

doi.org/10.1038/s41535-020-00256-8: Eu5In2Sb6

doi.org/10.1103/j95b-jppj: GdZn3As3

doi.org/10.1103/1w4z-y1fc: Eu2CuZn2As3

doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.9.024406: Eu2CuZn2P3

doi.org/10.1103/PhysRevB.111.184441: Eu2CuMn2P3

doi.org/10.1103/PhysRevResearch.4.023100: EuCd2As2

doi.org/10.1103/PhysRevB.109.224428: EuCd2P2

doi.org/10.1103/PhysRevB.107.L121112: EuMg2Bi2

doi.org/10.1103/PhysRevB.109.125107: EuZn2Sb2

doi.org/10.1103/PhysRevB.103.L241112: EuAgAs

doi.org/10.1016/j.jallcom.2024.178172: EuAgSb

doi.org/10.1016/j.jmmm.2024.171960: Eu2ZnSb2

doi.org/10.1103/PhysRevResearch.6.043295: EuIr2P2

doi.org/10.1021/acsnano.5c15631: EuSn2As2

doi.org/10.1103/PhysRevB.104.054435: EuSn2As2

doi.org/10.1103/PhysRevB.91.245115: EuO thin film (MR not reported, scientifically nonsense)

arxiv.org/abs/2511.17445: EuCd2Sb2 (磁気抵抗は正なのでキャリア数の減少が必要)

ポーラロンっぽい振る舞いをするのにホール効果は普通という場合もある。これはキャリアの競合がないためなのだろうか?原因はよくわからない。

doi.org/10.1103/PhysRevB.111.024421: PrSbxTe2-x

doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.4.013405: EuTe2

doi.org/10.1103/PhysRevB.103.224412: MnSb2Te4

doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.6.054602: AgCrSe2

doi.org/10.1103/PhysRevB.97.140403, doi.org/10.1103/PhysRevB.91.085128: CaMn2Bi2

doi.org/10.1103/PhysRevB.104.205108: EuMnSb2

doi.org/10.1088/0256-307X/37/4/047201: EuSn2As2

doi.org/10.1103/PhysRevB.111.115114: Eu5In2As6, AsをSbに変えた系では非線形ホールが見えるの。測っている温度が異なるので、もっと低温にすればAs系でも見えるはず。

逆にホールがピーク構造をとるが磁気抵抗にはおおきな変化がない場合もある。

doi.org/10.1038/s42005-024-01652-3: PdCrO2 (probably due to WAL doi.org/10.1088/1361-648X/ab8520)

doi.org/10.1038/s41563-019-0454-9: SrRuO3 thin film (no magnetic property data, no verification of scalar spin chirality, indistinguishable from two-AHE channel scinario)

doi.org/10.1103/PhysRevB.84.205215: FeSb2 これは非線形なホール抵抗率を伝導度に直して2バンドでのフィッティングを試みている。低温では合わないが原因は弱局在では?と推定している。

もちろん上記のポーラロンモデルのフィット式を観測データにあてはめても精密な一致を得ることは難しいであろう。それは当然で、様々な要因が折り重なる輸送現象の測定カーブをシンプルな式一本で十分に一致させることなどできるはずがないからである。トポロジカルホール解析の一番の問題点は先験的に提案されたに過ぎない単純なフィット式を過剰に信じてそこからのわずかなずれを何か非自明な現象の啓示かのように誇張することにある。自然に対して謙虚な態度を保つのであれば、それはフィット式が単純すぎるためだと考えるのが妥当である。フィットからのずれを非自明な機構に転嫁するのはオーバーアナリシスであり、知の欺瞞(fashionable nonsense)である。


101. Competing magnetic phases and fluctuation-driven scalar spin chirality in the kagome metal YMn6Sn6, doi.org/10.1126/sciadv.abe2680 (2020).

らせん磁性でトポロジカルホールが出ると主張している論文がいくつかあるのでリストしておく。いちいち指摘しないが、導出が誤っており、結論が歪曲されている。

doi.org/10.1103/PhysRevB.103.014416

doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.5.034405

doi.org/10.1103/PhysRevB.104.094418

doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.8.094411

doi.org/10.1038/s41467-025-58933-w


ちなみにYMn6Sn6と同構造のLuMn6Sn6ではトポロジカルホールが出ない磁気構造にもかかわらず、ホールの異常が観測されており、丁寧な検討の結果トポロジカルホールではなく、磁気抵抗による散乱の変化がホールチャネルで見えているだけと結論付けられている。doi.org/10.1103/hwz4-z9mm


100. Volume magnetostriction of intermediate valence systems, doi.org/10.1016/0304-8853(85)90422-6 (1985).

価数揺動系は磁場をかけることでゼーマン項を得するような価数になり、価数が減る向き(Ce: 4+ to 3+, Eu: 3+ to 2+)なら体積は増え、増える向き(Yb: 2+ to 3+)なら体積は減る。わかりやすいね。


99. Topological hall transport: Materials, mechanisms and potential applications, doi.org/10.1016/j.pmatsci.2022.100971 (2022).

偽トポホ物質の偽トポホ解析をひたすらに詰めたようなグロレビューである。ホール効果のメカニズムに関する理解にかけており、一方的にすべてのホール異常をトポロジカルに押し付けるバイアスがかかっている。

最近明確に偽トポホ解析を批判できる空気になってきたのは良い兆候である。たとえば:arxiv.org/pdf/2512.19427:exchange biasがあるときは磁場の増減過程でホールシグナルが反対称にならないので、よくやられる反対称化では間違った結論を導いてしまうことを指摘している。指摘する必要もないくらい明らかなことなので、本当に分野の劣化が象徴される。


98. Sign Reversal and Nonmonotonicity of Chirality-Related Anomalous Hall Effect in Highly Conductive Metals, doi.org/10.1103/v97v-wpyx (2025).

スカラースピンカイラリティ由来のskew scatteringは温度や磁場に対して符号が変わったり非単調になったりしていいよという理論である。理論としてはそういう結果ならそうなんでしょという感じだが、実験家目線ではいくらでも悪用できそうな理論である。つまり、自分たちが測ったホール効果が温度磁場にたいしてくねくねすることに対してスカラースピンカイラリティのゆらぎだとかスピン相関の変化による符号変化だとか、確かめもできないことをつじつまを合わせてどうとでも解釈できるということを意味している。これを意図的に悪用すると例のNat. Commun.論文のようなまっとうな科学者の神経では気色悪くてとても書けないような、ほとんど捏造に足を何本か突っ込んだような邪悪な論文を平然と書けてしまう。理論の適用範囲としてはskewが支配的になるような高いconductivityの金属系であるが、そのような領域では当然正常ホール効果も大きな信号を出し、磁気構造の変化に伴う移動度やバンド構造の変化に由来して異常ホール効果とは無関係でホールは磁場温度変化しうる。残念ながら当該理論と類似研究は正常ホールと異常ホールを分離することに一切無関心であり、実際技術的にもほとんど不可能である。異常なのか正常なのかも区別できない現象に対して、一方のメカニズムだけに注目して何か理屈をつけようとすることは、科学アプローチとしてバランスを欠いており、どれだけ意義のあることなのか、非自明な異常ホール効果を観測したとのたまうゴミ実験論文の山を前に今一度再検討したほうがいい。そんな論文見たことないって?このブログの下の方をずぅーっと見ていくといい。


97. Valence state of Eu and unit-cell volume anomaly in EuPd2P2, doi.org/10.1016/0038-1098(84)90950-5 (1984).

Euなどの価数揺動を示す物質の原子の価数を決めるための実験として、磁化率による有効ボーア磁子の見積もり、ESRによるg値、valence band photoemission, メスバウアー効果のアイソマーシフトとならびよくやられるのがx線吸収分光である。価数が違う原子は異なるエネルギーで吸収ピークをとるのでそれをフィットすれば2価と3価がそれぞれどれくらいかを見積れるという算段である。ただしEu物質のL3端吸収分光ではmixed valent特有の2ピーク構造が表れるのに、ほかの方法では2価の特徴しか出ないことがある(試料に酸化ユーロピウムが含まれていないことは念入りに検証されているという前提である)。これは吸収分光が価数揺動していない系においてあたかも複数の価数を見てしまうということを示していて、final-state configuration-interaction effectやらshakeup効果が原因だといわれている。何のことかは説明がないのでよくわからない。ちゃんと説明しろ。

x線がコアの2p電子を空の5d軌道に励起する際に4f\(^7\rightarrow\) 4f\(^{6}+\)伝導電子に弾き飛ばしてしまうことでfinal stateがEu\(^{3+}\)になることが原因らしい。これとは逆にshakedown過程というのもあるらしく。Eu\(^{3+}\)のイオンがある系で5d軌道に行くはずだった電子が4fに行くとEu\(^{2+}\)にみえるらしい。じゃあ吸収分光ではなんもわからないんじゃない??

参考:doi.org/10.1103/PhysRevLett.54.1067, doi.org/10.1088/0953-8984/6/9/018doi.org/10.1103/PhysRevB.24.5422doi.org/10.1103/PhysRevB.28.4342


96. Pressure-induced valence fluctuation in CsEuF3: From divalent Eu valence to trivalent Eu valence state, doi.org/10.1016/j.jpcs.2022.111202 (2022).

圧力をかけるとかさ高いEu\(^{2+}\)がより小さなEu\(^{3+}\)になるというのは現象論的にいかにもありそうである。Euの場合、多くは金属間化合物で起きるのだが、絶縁体で起きるというのは面白い。絶縁体だと電気陰性度の高いアニオンによってEu\(^{3+}\)が安定化するのでそもそも2価にしにくいと思っていたのだが。合成法はEuF\(_3\)をCsと混ぜて還元雰囲気で焼くというもの。ふうん。単結晶には使えなさそう。価数揺動はだから何?っていう研究が多い。特殊な物性と交錯すると面白いのだが抵抗が上がったり下がったりしても当たり前なのでもう少しひねりが欲しいところだ。


95. Incommensurate structures with vortical configurations in dipole systems, JETP, Vol. 60, No 6, p. 1210 (1984).

双極子-双極子相互作用でスキルミオン格子っぽいものが発現しうることを論じている。現代的応用にはUtesov論文(doi.org/10.1103/k62j-1lyz)を参照。

双極子相互作用はbiquadratic interactionとは違って値に関してインチキをできないので、これによって安定化される磁気構造には一定の信頼がおける。


94. Angle-Dependent Anisotropic Magnetoresistance Under the Competition Between Anisotropic Field and Magnetic Field, doi.org/10.1109/TMAG.2021.3091290 (2025).

強磁性体の磁化が電流印加面に平行のとき、磁化と電流の相対的な方向に応じて異方的な磁気抵抗効果が出る。これをangular magnetoresistanceと言ったりもする。磁化は結晶の異方性と印加磁場によるゼーマンエネルギーとの競合によって方向を変えるので、磁場を面内に回して抵抗の角度依存性を測ることによって磁化容易軸の方向を知ることができる。式としては(7)が結論である。みんなも使ってみよう。

\(MR\sim \left\{ \frac{-2K\cos2\epsilon + \mu_0HM_s\sin \phi\pm \sqrt{4K^2(\sin^22\epsilon +1 )+\mu_0^2H^2M_s^2(\cos^2\phi + 1)+2\mu_0HM_sK[3\cos \phi \sin 2\epsilon-2\sin (\phi-2\epsilon)]}}{-4K\sin 2\epsilon-\mu_0HM_s\cos \phi} \right\}^2\).

イヤッ、ヤダー。


93. meron chain

強磁性ドメインの境界であるドメインウォールにメロンが並ぶ構造が報告されている。 

Tb6Co2.17Si2.5: doi.org/10.1002/adfm.202314127

Fe5-xGeTe2: doi.org/10.1002/adma.202005228doi.org/10.1021/acsnano.2c08844 (トポロジカル数を間違えている。あほ)

Co-Zn-Mn: doi.org/10.1038/s41467-021-23845-y

GdFeCo: doi.org/10.1038/s41467-021-25926-4


92. biskyrmions

通常のスキルミオンはトポロジカル数が\(\pm 1\)だがそれらが二つ組み合わさってbiskyrmionとなると\(\pm 2\)になる。例えば

Mn-Ni-Ga: doi.org/10.1103/PhysRevB.100.054416,  doi.org/10.1002/adma.201600889 \(\sim 200\) nm

Cr3Te4: doi.org/10.1016/j.mattod.2022.04.011, \(\sim 300\) nm

manganite: doi.org/10.1063/1.5051014 \(\sim 100\) nm

どれも数100ナノメートルのオーダーのサイズである。これはスピンが何回もねじれないといけないことから当然であるのに加え、LTEM以外で同定することが困難なので、見えやすいサイズの報告が多いのだろう。ナノメートルオーダーに集積することはできないだろうか?


91. A mechanism for quark confinement, doi.org/10.1016/0370-2693(77)90019-3 (1977).

meronはskyrmionの半分のチャージをもつ場の配置である。名称定義の初出はこの論文。ギリシャ語の\(\hat{\mu}\epsilon\rho\omicron\sigma\)がpart, fractionの意味だから。提案はA. Paisによる(Abraham Paisのことかはよくわからなかった)。

絵としてmeronがちゃんと描画されている論文は例えば: doi.org/10.1103/PhysRevB.51.5138

micromagnetic configuration: doi.org/10.1109/TMAG.2017.2737403, doi.org/10.1038/s41467-019-13642-z (これがわかりやすい), doi.org/10.1063/1.2168439, doi.org/10.1103/PhysRevLett.97.177202, doi.org/10.1103/PhysRevB.75.012408


90. Stepwise Reduction of Ruthenium and Growth of Magnetic Structure During Hydrothermal Crystallisation of SrRu2O6 from KRuO4, doi.org/10.1002/anie.202521810 (2025).

水熱合成で結晶が育成していく様子を中性子回折でモニターしたもの。覗いてみてみたい、人間の性...


89. Spin fluctuation induced anomalous Hall effect in the distorted kagome antiferromagnet DyAgGe, doi.org/10.1103/q5ll-klzh (2025).

ホールの磁場依存性を測っただけでそこに何か非自明な効果があるかのような議論をする典型的論文である。そもそも正常ホール効果が2000 S/cm出ている中でいい加減なバックグラウンドを差っ引いて100 S/cm程度の誤差が出たのを創発磁場だなんだというのはナンセンスであり、物性に対する誠実な態度を感じられない。こうゆうヤラセ研究が量産される現状はとても残念である。


88. Stabilization of multiple-q state

あまり詳しくないがスキルミオンと呼ばれるトポロジカルな磁気構造が実際の物質でも安定化することが報告されたようで、研究が盛んらしい。いろいろな物質が見つかるのはいいことだが探索指針があまりはっきりしない中でやみくもにそれっぽい物質を合成しては測ってを繰り返してもZoologyにしかならない。研究の初期にはそういう進め方もよかろうとも思うが、もうそろそろ知見も蓄積し始めているのだから、このへんで新しい視点や改善点の指針を与える動きも必要である。スキルミオンとやらが実際の物質において理論的にどうしたら安定化するのかを実験的検証にもとづいて考えることが、実験・理論によらずに物性物理学者がとるべき態度ではないだろうか。

 理論論文を検索するとモデルやパラメータの妥当性の検証をせずにハミルトニアンに異方性やら4スピン項を付けたり外したりしてどんな磁気構造が安定化するかを曼荼羅にしたような、なんの洞察もないエーアイ論文が大量に出てきてうんざりする。数が多ければその理論があたかも確立しているかのような印象を与えるが、一部の研究者が主張しているだけの実験的検証も不十分なモデルであり、すべてがゴミの山であるという可能性がわかりずらくなってしまう。全N個のパラメータをいじくれば実際の物質の相図を再現できるよという事実は、現象論以上の価値はなく、モデルの正当性を過大評価するべきではない。

この現状ははっきり言って迷惑である。個人的にこれは何かのヒントになりそうだという論文を何かの折に必要になるかもしれないので忘れないうちにメモしておこう。

Skyrmion Crystal from RKKY Interaction Mediated by 2D Electron Gas, doi.org/10.1103/PhysRevLett.124.207201 (2020): スキルミオンの前段階として二次元格子においてらせん磁気構造が安定化する必要がある。金属ではRKKY相互作用がらせん磁気構造を安定化させる機構として有名であるが、素朴にはフェルミ面のネスティングと呼ばれる、q=2kFだけシフトしたときに広い領域でフェルミ面が重なる状況が必要に思われる。この論文ではその必要がないことを主張している。一電子エネルギー分散に\(k^4\)の項があるだけで十分である。このことはスキルミオンを安定化させるためにたいそう複雑なフェルミ面やネスティングは必要なく、丸ければよろしいということを意味している。ただしフィリングが少ないこと、容易軸型の異方性は必要。

Ginzburg-Landau theory for skyrmions in inversion-symmetric magnets with competing interactions, doi.org/10.1103/PhysRevB.93.064430 (2016).

フラストレート系でスキルミオンを安定化するGL理論。


Higher-order spin interactions: 異方性項以外でスキルミオンを安定化させる常套手段は4スピン相互作用項やbiquadratic項を入れることである。金属系では薄膜やヘテロ構造などでよく調べられており、DFTなどでも再現されているので受け入れるのはそれほど問題がない。ある意味スキルミオン物質が遍歴系に大きく偏っていることが、この相互作用の重要性の状況証拠といえるのかもしれない。絶縁体スキルミオンは不可能ではないものの4スピン相互作用はほとんど効果がないため見つかりにくいのだろう(NiO, MnOで2スピン項の5%ほどらしい、doi.org/10.1063/1.361678, doi.org/10.1103/PhysRevLett.11.10)。:

薄膜など:Y. Yoshida et al., (2012): doi.org/10.1103/PhysRevLett.108.087205, Ph. Kurz et al., (2001): doi.org/10.1103/PhysRevLett.86.1106, E. Mendive-Tapia et al., (2019): doi.org/10.1103/PhysRevB.99.144424

実験的にbiquadratic項の存在を”確かめた”論文: E. Muller-Hartmann et al., doi.org/10.1016/S0304-8853(97)00166-2, U. Kobler et al., doi.org/10.1016/S0304-8853(97)80015-8; ワイス温度の組成依存性が線形からずれることなどを見るらしい。そんな精度でるかなあ。

higher-order項の導出:M. Hoffmann et al., (2020):  doi.org/10.1103/PhysRevB.101.024418

skyrmionの寿命: H. Schrautzer et al., (2025): https://arxiv.org/pdf/2511.05278, S. Paul et al., (2020): doi.org/10.1038/s41467-020-18473-x

他理論

Y. Akagi et al., (2012): doi.org/10.1103/PhysRevLett.108.096401: 近藤格子系でRKKYより高次の項を導出して非共面構造の安定化を議論している。特に正のquadratic termが出ることを言っているので引用の価値がある。フィリング\(n\sim0.225\)でenhanceされる理由として拡張BZで描いたフェルミ面が隣のゾーンのフェルミ面とも結ばれることを指摘している(図が酷い有様)。これは4副格子構造の説明にはなるが、一般のスキルミオン系はより長周期の変調なのでこれとは整合しない。上記フィリングはフェルミ面の大きさとしてBZの幅の半分を埋め尽くすまでになるので、キャリア密度はかなり大きくなる。つまり安定化される磁気構造の変調周期もかなり短くなってしまう。

D. Solenov et al., (2012): doi.org/10.1103/PhysRevLett.108.096403: 局在スピンの長波長極限に自由電子を結合している。提案している磁気構造はスキルミオンではなく、メロンーアンチメロン格子である。トポロジカル数はゼロなのでホール効果は出ない。x軸方向にメロンが並びy軸方向に半単位格子分ずれたところではx軸方向にアンチメロンが並んでいる。メロンが並んでいるといっても同じものが並んでいるわけではなく、メロン(core-down, antivortex)-メロン(core-up, vortex)-...と並んでいる。二列目はアンチメロン(core-up, antivortex)-アンチメロン(core-down, vortex)-...である。これで系全体でスピンモーメントがゼロになる特異点が出ることを避けられる。

R. Ozawa et al., (2016): doi.org/10.7566/JPSJ.85.1037: Solenov論文とは異なるメロンーアンチメロン格子を提案している。配列の仕方としてはメロンが一列に並び、その次の列ではアンチメロンが並んでいる。これだとSolenovと一緒だと思うかもしれないが、メロン(core-up, vortex)-メロン(core-down, antivortex)-...が一列目、二列目にアンチメロン(core-up, antivortex)-アンチメロン(core-down, vortex)-...となっている。(何が違うのかわからないかもしれないが、ちゃんと考えると違うとわかる。)トポロジカル数はSolenovと同様0である。

実空間より逆格子空間でみると違いが分かりやすい。Solenovは面内スピンが\(\pm q_2\), \(\pm q_1+q_2\)にピークをとり、面直スピンが\(\pm q_1\pm q_2\)にピークをとる。Ozawaは面内スピンは\(q_1\)のみ、面直スピンは\(q_1\)と\(q_2\)に出る。

シングルQを抑えてダブルQが安定化する理由をちゃんと考察しているので引用する価値がある。逆に所望の磁気構造を安定化させるために都合のいいパラメーターをどこまでも大きくして知らんぷりしているのは”ヤラセ”なのであって一見の価値もない。

M. Azhar et al., (2017): doi.org/10.1103/PhysRevLett.118.027203二重交換相互作用モデルを考えていて、交換相互作用Jがある程度小さければ(RKKY領域)、どんな格子も広いフィリングにおいてはらせんを安定化させやすい。バンドにギャップが開いてエネルギーが下がるとかそういうことではなく、upスピンバンドとdownスピンバンドがらせん磁気構造の影響でmixingを起こす効果にエネルギー利得があるようだ。スキルミオンは検討していない。


局在スピン系にはスピンの長さが一定(\(|\textbf{S}|=S\))という制約があるので、マルチQ構造は高次高調波を発生させてしまい、シングルQに比べてエネルギーが上昇する。大雑把に言えば、ゼーマン項・異方性項の利得やフェルミ面のギャップ発生によるエネルギー利得がこれを上回ればマルチQが安定化されるわけである。マルチQはもともとフェルミ面状に複数のギャップ点(\(\pm Q_1\), \(\pm Q_2\),...)を作るので、その時点でシングルQ(\(\pm Q\)の二か所)よりギャップ利得を得ている。そういう意味でマルチQ状態を作ることはそこまで無茶なことではないといえる。

フェルミ面を順次変化させながらマルチQの安定性を議論している理論は遍歴電子系の磁気秩序の起源を電子的に理解しようという試みであり、意義がある。一方で特定のQの安定性を最初から手でいれた有効スピンモデルをつくり、パラメーターを変化させたときの磁気構造の変化を考察する研究は、対象とする系を過度に都合よく単純化しており、パラメーター観察絵日記でしかない。そこから意味のある物理的描像を引き出すことは困難である。特にどうしたらそのようなパラメータ領域の系をデザインできるのかという実践的な問いに対して何の回答も与えないということは深刻な欠点である。

とはいえまじめな理論をやろうとするとバンドの数を制限した単純なモデルで議論せざるを得ない。現実の系は複雑なバンド構造を有しており、安定な磁気構造およびそれをもたらす相互作用の起源は何なのかを特定することはかなり困難である。安定化するQベクトルの方向と一致したネスティングの特徴がフェルミ面にあることをARPESなどで観測したとしても、それはRKKYの最低次の項を理解したことにしかならず、高次項の評価はできない。理論的なアプローチはよくわからないが、実験的にこの状況を克服する方針としてはよりシンプルな電子状態をもった系を探索することであろう。それはつまり特異な磁気構造をもつ物質をシンプルな系で見つけるという一見すると矛盾する要求をしていることにはなってしまう。専門家なら何とかするアイディアを思いつくのだろうか?

単純な系というのは抽象的だが、結晶構造が単純:ユニットセルに含まれる原子数・サイト数が少ない、組成式が単純:磁性イオンが一種類でそれ以外の非磁性イオンも少ないほうがいい、バンド構造が単純:フェルミエネルギー付近のバンドが少ないもしくはフェルミ面の形状が単純、ということになるだろう。ほかにも磁気モーメントはできるだけ局在しており、イオン間で電気陰性度の差がはっきりしているなども検討の対象になる。逆に言うと上記とは反対の特徴を持つ複雑な系を持ってくれば複雑な磁気構造が安定化しやすそうなので、それを研究するという甘えた姿勢だと、それは必要な研究ではあるものの、やっていることはコンセプト乞食でしかなく、研究分野の消費者に過ぎない。物質を設計するためにはどれくらいまで厳しい制限まで付けられるかを意識する必要があるだろう。


87. Irreversible process of the atomic reconstruction phenomenon induced by uniaxial stress in MnP, doi.org/10.1103/5sjv-4njg (2025).

MnPはマンガンリン構造という独特の直方晶構造をとるが三角格子に近い。一軸異方性でドメインを制御できるようだ。何のためかは不明だがシンプルにスゴイ。


86. Uncovering field-induced magnetic phase transition by direct observation of the crystal electric-field splitting in a rare-earth magnetic insulator, arxiv.org/abs/2510.21616 (2025).

磁場中で結晶場の交差が起きるとメタ磁性転移が起きるよというポンチ絵で説明されがちな現象を非弾性中性子散乱でちゃんと確かめたということらしい。わざわざやるほどのことかといわれるとよくわからないが、誘起される磁気秩序をどれだけ説明できるのかによる気がする。その観点からの説明は薄口なので意義がつかみずらい。


85. Magnetotransport of the square-net topological semimetal with magnetization plateaus DyAgSb2, doi.org/10.1103/zlj8-r1rd (2025).

希土類金属間化合物の電気輸送を扱った数多くのゴミ論文ではホール効果がメタ磁性転移に伴ってくねくね曲がることを馬鹿の一つ覚えのようにトポロジカルホールだなんだと磁気構造を確かめもせずに結論付けることがはんらんしている。本論文ではまじめな解析を行ってそのような可能性を否定的に結論している。


84. Universal negative magnetoresistance in antiferromagnetic metals from symmetry breaking of electron wave functions, doi.org/10.1038/s43246-025-00970-5 (2025).

主にEu化合物系でみられる負の磁気抵抗に関する理論提案。


83. Variation of Landau level splitting in the Fermi level controlled Dirac metals (Eu, Gd)MnBi2, doi.org/10.1103/PhysRevB.108.115142 (2023).

Eu化合物にGdをまぜてどうなるかという研究。Eu\(^{2+}\)とGd\(^{3+}\)はイオン半径が全然違うので予想通り全然入らないのだが、どちらも\(S=7/2\)のスピンをもっているので磁性を変えずにエレクトロンドープができるだろうということである。ドープ量はせいぜい7%(意外と入るなという印象。La\(^{3+}\)よりましかもしれん。#52参照)。Zintl的な物質にドーピングをするのは結構しんどいのでキャリア数がだいぶ小さくないのならやらん方がええ。


82. Diverse magnetic phase diagram and anomalous Hall effect in antiferromagnetic LuMn6Sn6, doi.org/10.1103/hwz4-z9mm (2025).

YMn6Sn6の類縁物質として知られるLuMn6Sn6のホール効果に関する論文。またいつもの嘘トポホかと思ったら以外にもアンチトポホ論文なのでメモ。

最後の方にPitfalls in the extraction of THE and the role of resistivity anisotropyという説があり、ホールデータの取り扱いに警鐘を鳴らしている。この系のトポホは\(\rho_{zy}\)チャンネルに出るので、異常ホールの式は

\(\rho_{zy}^A=R_sM\rho_{zz}\rho_{yy}\)

としなくてはならなく、\(\rho_{zz}\)と\(\rho_{yy}\)の異方性を考慮しないといけないという主張。Fig. 4をみよ。

また上記のことに気を付けて解析してもスカラースピンカイラリティのない磁気相でもトポホが出てしまっているように見えることを報告しており、THE解析の問題点を指摘している。YMn6Sn6のてきとーな解析とはまるで比べ物にならない科学論文だ。


81. Weak antilocalization and two-carrier electrical transport in Bi1−xSbx single crystals (0% <x < 17.0%), doi.org/10.1103/PhysRevB.100.125162 (2019).

Weak antilocalizationは主に磁気抵抗に関して見られる現象だが、ホールではどう出るのだろうか?シングルバンドモデルでは出なさそうだが、多バンドになると出てきそうである。この論文では現象論的にtwo-band modelにWAL効果が見られる場合のモデルを提案している。ホールは一見異常ホールが出るように見えるが、WALで説明できるようだ。エマージェントに時間反転対称性が破れてスゴイ!っていうおちゃらけ論文をリジェクトするときに使えそう。

シングルバンドモデルではホールは緩和時間に依存しないので、局在・反局在の効果は出てこないということらしい。マルチキャリアの場合は当然緩和時間に依存するのでこの限りではない。(参考:doi.org/10.1143/JPSJ.49.644doi.org/10.1103/PhysRevB.22.5142

具体例で確認してみよう。#80であげた非磁性でWALが見えているマルチキャリア系で、CaCuSbはHallにはWALの兆候は見られない。これはHallがほぼ線形で片方のキャリアの効果があまり見えていないからだろう。一方でCaAgBiでは低温のtwo-band fitがうまくいかないと書いてあってWALの効果が見えていると示唆されている。確かに変な感じに曲がっている。ただし本当にWALの効果かはよくわからない。どうやって確かめるんだろう?ほかの物質もあたったが明確にこれといったものは見つけられていない。

暫定的な結論としてはWALはマルチキャリア系であればHallに影響を与えうるが、あまり頻度よく見られる現象ではなさそうということである。あるいは低磁場で多少非線形な振る舞いが見えていてもWALのせいだという解釈はなされずに、two-bandモデルで処理されてしまうことが多いようだ。こういうのが一番厄介。


80. Magnetic polaron and unconventional magnetotransport properties of the single-crystalline compound EuBiTe3, doi.org/10.1103/PhysRevB.100.024433 (2019).

転移点付近の磁気抵抗の振る舞いに関する説明が奇妙な論文。WAL-likeな正の磁気抵抗が弱磁場で出た後、負の磁気抵抗が出る。これを反弱局在の式で説明している。磁性体の振る舞いを非磁性体でも起きる現象で説明するという試みは否定はできないもののなんだか気持ち悪い。自分で考えるまえにいろんな物質をまずは見てみよう。磁性体で転移点近傍で正の磁気抵抗が起きる例は実は探してみると結構多い。

磁性体で正のWAL-like MRが出る物質:EuIn2As2 (doi.org/10.1103/PhysRevB.101.205126), EuMg2Bi2 (doi.org/10.1063/5.0035703), EuAuAs (doi.org/10.1103/PhysRevB.105.045103), EuAuSb (doi.org/10.1103/PhysRevB.109.155152doi.org/10.1103/PhysRevB.110.085145), EuAgSb (doi.org/10.1016/j.jallcom.2024.178172), EuCuAs (doi.org/10.1021/jacs.3c04249).

非磁性体の解析:CaCuSb (doi.org/10.1103/PhysRevB.104.205135), Ca(Au,Cu)As (doi.org/10.1103/PhysRevB.105.165105), TI thin film parallel field (doi.org/10.1103/PhysRevB.88.041307), CaAgBi (doi.org/10.1088/1361-648X/ab8520), CaZn2Sb2 (doi.org/10.1103/PhysRevB.111.195115), SrAl2Si2 (doi.org/10.1103/PhysRevB.106.075105).

ここで一般の磁性体でどうなるかを考えてみよう。まず強磁性体は一貫して負の磁気抵抗が出る。ただし、Lorentz力由来の正の磁気抵抗が高磁場では大きいので両者が競合することが多い。これはごく簡単に分析できる。負の磁気抵抗の起源は磁場をかけることでスピン揺らぎやマグノン励起が抑制されるので、電子散乱が減少するので抵抗が下がるのである。

一方表題論文は反強磁性体なので上記の限りではない。Yamada&Takada論文(1972, 1973)などを端緒に平均場近似から臨界スピン揺らぎを取り入れた理論など様々なパターンが提案されているが、決定版といえそうなのがBalberg&Helman (1978), doi.org/10.1103/PhysRevB.18.303である。これによると反強磁性半導体では転移点よりやや高い温度でも磁気抵抗は弱磁場で正に出た後、負の磁気抵抗へクロスオーバーするという説明がなされている。思った通りWALなどを持ち出さなくても正の磁気抵抗は説明できる。


79. Exchange mechanism in europium compounds, doi.org/10.1103/PhysRevB.30.2026 (1984).

教科書で出てくる磁性イオン間の相互作用は金属と絶縁体の場合それぞれRKKY相互作用と超交換相互作用があると紹介されることが多い。大雑把にはそれでいいのだが、物性物理学者というものの性癖として物質ごとに微妙に異なるメカニズムを提唱してはそれらのどれが主要な機構なのかを理論とデータをいじくり回して延々と理屈をこねたがるものである。半導体だったり半金属だったり、微妙な電子状態の物質はそういうもてあそばれ方をさんざんされている。(例:Bloembergen-Rowland機構, doi.org/10.1103/PhysRev.97.1679

参考:doi.org/10.1103/PhysRevB.40.10621doi.org/10.1103/PhysRevB.65.205210

こういう考察をすることでなにか物質を理解するヒントが得られれば良いのだが、たいていの場合どのモデルも現象論的には同じだから区別つかないじゃないかということになる。もしくは物質の電子状態がわからないことには定量的に評価できないという結論になる。ちょっと調べると磁性半導体で似たような論文がうじゃうじゃヒットする。バンドが4つとか簡単な場合でさえ途方もなく複雑なことになるのだから、多くの物質でこれらの知見を利用することは不可能であろう。自分が説明したい現象は何かを見定めてほどほどにしよう。


78. Resistivity from magnetic impurity pairs in metallic alloys, doi.org/10.1103/PhysRevB.36.492 (1987).

磁性イオンの濃度が高い合金はRKKY相互作用由来で抵抗は\(\rho=-\frac{c}{T}\)という依存性を示す。つまり降温に伴ってダラっと抵抗が下がっていく。これは近藤効果と逆の振る舞いである。重い電子系でも同様:doi.org/10.1103/PhysRevB.37.1959(UPt3では磁気抵抗は正になる、これも近藤効果とは逆。UBe13ではKondo効果とRKKY効果の競合で磁気抵抗は負にもなる。)

CePd1-xRhAlのx>0.8の場合:doi.org/10.1103/PhysRevB.77.125135

抵抗の上がったり下がったりに嬉々としながら理屈をこねくり回す物性物理。やれやれ。


77. Magnetotransport properties of InMnSb magnetic semiconductor thin films, doi.org/10.1103/PhysRevB.82.205207 (2010).

磁性伝導体の磁気抵抗を考えるときにレビューとして参考になりそう。いろいろな経験的な式が提案されている。磁気抵抗率を\(\Delta \rho/\rho_0=(\rho(H)-\rho_0)/\rho_0\)とおく。\(\rho_0\)はゼロ磁場の抵抗率。

(1) Yosida型(doi.org/10.1103/PhysRev.107.396): \(\Delta \rho/\rho_0\propto -M^2\). もっとも簡単な形で書ける磁気抵抗の表式。磁化がそろっていくと秩序度が増すので抵抗が下がるよねということを言っているに過ぎないが現象論的にもっともだ。

(2) Beal-Monod&Weiner型(doi.org/10.1103/PhysRev.170.552): 表式割愛. 分子場近似を使ってより精密化していて\(M\propto B_S(\frac{g\mu_BH}{k_BT})\)にもとづいている。近藤効果も取り入れているとかもあるがそれはどうでもいい。結局は秩序度に関係して抵抗が下がるということである。Cohrane et al. (1973): doi.org/10.1103/PhysRevB.8.4262

(3) Khosla&Fischer型(doi.org/10.1103/PhysRevB.2.4084): 散乱の高次効果を取り入れていくと近藤効果と絡んで表式がだんだん拗れてくる。\(\Delta \rho/\rho_0=-a^2\ln(1+b^2H^2)\). \(a,b\)は磁化揺らぎや温度、交換積分などによる。

magnonの寄与: #75を参照。

(4) Majumdar&Littlewood型(doi.org/10.1038/26703): \(\Delta \rho/\rho_0=-C(m(H)/m_{sat})^2\). \(C\)はキャリア密度\(n\)と磁気イオン同士の平均距離\(\xi_0\)に関してuniveralな依存性を示す。結構ばらつきが多く、参考程度にしか使えないと思った方がいいだろうが、実験的に求めた\(C\)とキャリア密度とを比較してこのプロットに収まるかどうかを議論するとよい。磁気ポーラロンが絡むときに大きくなりがちで、\(C\sim 50\)とかを示す時もある(doi.org/10.1038/s41535-020-00256-8)。Mn3Si2Te6は例外的に大きく、\(C\sim105\)くらいある。フラストレーションによる磁気ゆらぎの増大が原因ではといわれている(doi.org/10.1103/PhysRevB.106.L180402, バンド構造のスピン偏極による変化はむしろ否定されている)。

提唱している描像としてはつまり、キャリア密度の小さい"金属"ではフェルミ波数が短いので、転移点近傍の強磁性ゆらぎ(\(q\sim 0\))でも十分散乱されやすく、磁場をかけて強磁性ゆらぎを抑制すると負の磁気抵抗が大きいというものである。系が強磁性かつ金属的であり、転移点近傍であることが適用条件であり、プロットを作成するときの物質選択において結構細かく書かれている。とはいうものの、データ点が少なく、導出過程も近似が多用されているため、広く一般的に成り立つと受け取るのは間違いのもとだといえる。よく見てみるとプロットされている物質はGd以外カルコゲン系に偏っており、たとえば希土類金属間化合物など強磁性半金属が良く実現する物質などの情報が欠落している。実際手元の実験データや文献値をあてはめてみたが合わないことがほとんどである。そもそも物質によって伝導電子と局在スピンの間の相互作用の大きさは違うので、それに依存せずにキャリア密度だけで磁気抵抗が決まってしまうという主張は大雑把すぎると思える。

この考察は簡単なモデルで確認することができる。ここでLorentz力による磁気抵抗を無視するか適切に取り除かれているとする。抵抗率は三つの項の和としてあらわされて、

\(\rho(m)=\rho_0+\rho_{ph}+\rho_{mag}(1-m^2/m_{sat}^2)\)

となる。ここで、磁気モーメント\(m\)の秩序度に依存して\(\rho_{mag}\)が変化するとした(無秩序のとき最大値\(\rho_{mag}\)となり、完全に偏極するとゼロになる)。これはスピンー電子散乱としてもっとも自然で簡単なものである。このとき磁気抵抗比は

\(\Delta \rho/\rho(0)=-\frac{\rho_{mag}}{\rho_0+\rho_{ph}+\rho_{mag}}(m^2/m^2_{sat})\)

となるので、\(C\)パラメーターは物質ごとに\(\rho_0,\rho_{ph},\rho_{mag}\)に依存して1を超えない値をとることになる。これは実際手元の物質で得られた値\(\sim 0.1-1\)とよく一致している(当社調べ)。上記モデルは臨界散乱の効果を無視しているので、\(\rho_{mag}=\chi\)と置き換えて、仮に\(\chi>>\rho_0+\rho_{ph}\)となるくらい絶大な効果があるとしよう。このとき

\(\Delta \rho/\rho(0)=\chi(m)/\chi(0)-1\)

となってMajumdar&Littlewoodのモデルに一致する。ほとんどあり得ないくらいものすごく大雑把な近似をしていて、こんな極端な状況が成り立つ物質はとても限られることが予想される。個人的な感想としてMajumdar&Littlewoodモデルやヤラセとしか思えない。

(5) Kubo&Ohta型(doi.org/10.1143/JPSJ.33.21): 磁気抵抗の表式が与えらえている。

\(\Delta \rho/\rho_c=-\frac{1}{10}S(2S+1)[\frac{g\mu_BH}{k_B(T-T_C)}]^2=-\frac{1}{10}S(2S+1)\frac{9}{(S+1)^2}m^2/m_{sat}^2\).

最後の等式は\(H=m^2/\chi^2=(m/m_{sat})^2(m_{sat}/\chi)^2\)と置いて計算した。\(\rho_c\)は定義が不明だがおそらく\(\rho_{mag}(0)\)。ここで\(S=2\)を代入すると\(C=1\)が得られてUrushibara et al.(doi.org/10.1103/PhysRevB.51.14103)での議論が再現できる。LSMOでは\(C=4\)になるのでスゴイ、ということである。ちなみに\(S=7/2\)で\(C=56/45\)なのでこれはスピン量子数によらず1に近い値となる。この議論を見てしまうと磁気抵抗は\(n\)が大きい領域で\(n\)に依存しなさそうな気がしてくる。ますますMajumdar&Littlewoodの議論がヤラセだという認識が強化されていく。


自分の考察対象に対してどのようなモデルを採用するのが適当かを考えるのが結構難しい。例えばスピン分極によるバンド分裂の寄与を考えるか、磁気ポーラロンの効果を考えるか、スピン揺らぎの効果を考えるか、マグノンによる散乱を考えるか、局在を取り入れるか、散乱体であるスピンは局在モーメントかなどである。抵抗データだけをこねくり回してなにか結論を出そうとするのはよくない態度であり、分光学的手法を用いて電子状態を知る努力をするべきである。

上記のことはゼロ磁場の抵抗の温度依存性を考えるときでさえ重要になってくる。抵抗率は\(\rho=\rho_0+\rho_{ph}+\rho_{mag}\)と書かれることが多いが、磁性による抵抗率の寄与\(\rho_{mag}\)が常磁性領域では温度依存しないとするいわゆるspin-disorder scattering (doi.org/10.1016/0038-1098(69)90728-5)項がもっとも簡単である。近藤効果の例を出すまでもなく、\(\rho_{mag}\)は一般には温度依存して、スピン揺らぎのせいで転移点周りで発達したり(doi.org/10.1103/PhysRevB.13.304)、磁化率に比例して発達したりする(doi.org/10.1103/PhysRev.168.531)。磁気ポーラロンが発達することでも抵抗は変化する(doi.org/10.1103/PhysRevLett.56.508doi.org/10.1103/mkfm-wwvn)し、フラストレーションの効果も寄与することがある(doi.org/10.1103/PhysRevLett.117.206601)。

Fisher&Langer 1968 (doi.org/10.1103/PhysRevLett.20.665)とHaas 1968 (doi.org/10.1103/PhysRev.168.531)の関係: 前者は\(d\rho/dT \propto C_{mag}\)の関係を与え、後者は\(\rho\propto \chi T\)を与えている。これはFisher 1962 (doi.org/10.1080/14786436208213705)において与えられている関係\(C_{mag}\propto \partial (\chi T)/\partial T\)を通してつながっており、結局与えているものは同じである。Haasの方は摂動論を精密に検討して抵抗の温度依存性を磁化率と関係づける表式を導出しているので、これを自分の系に適用すると伝導電子スピンと局在スピンとの交換積分\(J\)の値を見積ることができる。だがFisher&Langerと違って散乱断面積に関する\(q\)依存性が計算に含まれていない。これは考えている対象が半導体や半金属なので\(q\rightarrow 0\)の場合を考えているからである。\(q\)依存性があらわに入った計算といえばGdI2に関する論文Eremin et al., 2001 (doi.org/10.1103/PhysRevB.64.064425)を上げる。導出過程は一般的に成り立つものである。\(k_Fa\)が小さいほうが転移点周りの抵抗の増大は大きく見えるという定性的な結果を示している。これはde Gennes&Friedel 1958 (doi.org/10.1016/0022-3697(58)90196-3)でも与えられている。緩和時間は

\(\tau_0/\tau=\frac{1}{4}\int_0^2\frac{x^3\text{d}x}{1-\frac{T_c}{T}\frac{\sin(k_0dx)}{k_0dx}}\)

で与えられていて、確かにフェルミ波数\(k_0\rightarrow 0\)の極限で\(q\)依存性(ここでは\(x\)に関する積分になっている)は簡単になり、\(T\chi\sim T/(T-T_c)\)になる。これはHaasの結果に一致する。

一方でMajumdar&Littelwoodも\(q\)依存性をより大雑把に考えてはいるものの、Haasほどの簡単化はしていない場合であるといえる。そのため理論の中にフェルミ面の長さスケールが導入される。ただし、\(\chi^{-1}(q)\propto A(T)+ (q\xi_0)^2+(m/m_{sat})^2\)とおいて、\(A(T)\propto \chi^{-1}(q=0)\)が\(\chi\)の発散によって第二項よりも小さくなるという近似を使っている。これはつまり転移点のごく近傍でしか成り立たないということである(\(T\sim 1.1-1.5T_C\)としている)。

磁気抵抗理論はほとんどすべて摂動論をもとに議論されている。これは伝導電子のフェルミエネルギー(\(E_{\text{F}}\))と交換積分(\(J\))の比が\(J/E_{\text{F}}<1\)となることを意味している。しかしこれは#76でふれたとおり、キャリア密度の小さな形で成り立っていると考えていいのか疑問である。そう考えるとBron近似を使っているMajumdar&Littlewoodは\(n\)が小さい領域でも成り立つ理由がないと言わざるをえない。そういう傾向がありそうだくらいには使えそうだが、物質において普遍的に成り立つという代物ではまったくないのだろう。


76. Self-trapped states of charge carriers in magnetic semiconductors, doi.org/10.1016/0304-8853(92)90011-C (1992).

磁性半導体におけるポーラロンの理論、フェロンを考えている。何がとは明示しないがこの手の理論が某某と組み合わさることで新しい電子状態をもたらしたりするはずなので、FM中にAFM領域が相分離したりするという理論的提案は興味深い。

示唆的なのは金属中の磁性イオン間の相互作用の機構として知られるRKKY相互作用は、伝導電子のフェルミエネルギー\(E_{\text{F}}\)と電子スピン-局在スピン間の交換相互作用\(J_{s-d}S\)の比\(J_{s-d}S/E_{\text{F}}\)での摂動展開なので、フェルミエネルギーが小さいときは成り立たないということである。これはキャリア密度の小さな磁性半導体や磁性半金属が対応し、(\(n\sim 10^{21}\) cm\(^{-3}\))くらいが境界とされている。個人的な感覚としてEu系ではざっくり\(E_{\text{F}}\sim J_{s-d}S\sim  200\) meVなのでこれに整合する。 何がとは言わないが、RKKY相互作用とそのの高次摂動展開を出発点とする某系の某理論はこれらの物質では全滅するので、全く別の取り扱いが必要そうである。

参考:Nagaev, JETP 63, 379 (1986), http://www.jetp.ras.ru/cgi-bin/dn/e_063_02_0379.pdf


75. Anisotropic magnetoresistance in ferromagnetic 3d alloys, doi.org/10.1109/TMAG.1975.1058782 (1975).

異方的磁気抵抗の理論・実験のレビュー。この手の素朴な現象論はやたら難解なKubo formulaやらなんやらを駆使した結局使えるわけでもないパラメータまみれの大作理論より役に立つ。磁性体の磁気抵抗からバンド構造やスピン波分散の情報を引き出せるとよい。

理論:doi.org/10.1143/PTP.49.1401doi.org/10.1143/PTP.52.1077, #69も参照

実験:doi.org/10.1103/PhysRevB.66.024433 (3d transition metal alloys), doi.org/10.1016/0378-4363(77)90413-2 (gadolinium)

強磁性体においてスピン波と電子との散乱を取り入れると負の線形磁気抵抗が出ることは有名な話(余談だがこれを悪用すると磁性ワイル半金属におけるchiral anomalyだとハルシネーション論文を書くことができる)。

一方でこれらはaltermagnetでどうなるのだろうか?altermagnetは群論による分類だと多くはピエゾ磁性体に属するのでこれもまた有名なShtrikman&Thomas論文(doi.org/10.1016/0038-1098(65)90178-X)によって磁場に関して線形な磁気抵抗が出ることが予想されている。altermagnetにおけるにおける特徴的なマグノン分散の分裂を考慮することでこれを導出出来たら面白そうだ。(現在のところaltermagnetで線形磁気抵抗ははっきり観測された例はないようなので効果は小さそう。普通の反強磁性では打ち消しあう効果が小さなマグノン分裂で生き残る効果として出るためなのだろうか?あるいは↑↓or↓↑の磁気ドメインをそろえることができていないためなのか?

Shtrikman&Thomas効果として線形磁気抵抗がはっきり見られた例として知られているのは私の知る限りFujita et al. (doi.org/10.1038/srep09711)くらいである。


74. Nonlinear temperature dependence of resistivity in single crystal Ag5⁢Pb2⁢O6, doi.org/10.1103/PhysRevB.70.184523 (2004).

抵抗の\(\propto T^2\)っぽい振る舞いが室温から低温までの広い温度領域で成り立つ物質。電子相関ではなく、光学フォノンの影響?ふとした瞬間、なんてことないように見える物質で通常の理論が破れるとき、はっとさせられる。銀原子のカゴメ格子があるので何らかのリバイバルが狙えそうだがそれは内緒にしておこう。#4も参照。


73. Antiferromagnetic domains and the spin-flop transition of MnF2, doi.org/10.1209/epl/i1996-00251-7 (1996).

反強磁性体のドメインは↑↓と↓↑の二種類あって、自発磁化を出さないので外部磁場でどちらかをそろえることはできない。これらをそろえる方法はいくつかあって代表的なのは電気磁気効果、ピエゾ磁気効果などで電場と磁場を同時にかけたり、歪みと磁場を同時にかけたりすることでそろえられる。あまり知られてない方法としてスピンフロップ転移周りで磁場のミスアラインメントを利用するというのもある。これを指摘すると反強磁性体は磁場だけではドメインをコントロールできないんだよ?知らないの?みたいなことを言ってくる人がいるがただの無知である。

外場として磁場だけで反強磁性ドメインを制御する方法として、磁歪で結晶に自ら歪んでもらって間接的なピエゾ磁性効果を通してそろえるものとか、磁化率の3次項を使うものとかもある(両者は自由エネルギー展開の中で同じものといえる)。

これらはすでに解明されている物性なので、これら自体をさも自分たちは意味のあることをやってますという顔をして取り組みつつ、何の付加価値ももたらさない物性値報告のみの研究や群論曼荼羅には失望しかおぼえないが、その反面、交代磁性が流行る中でピエゾ磁性周辺の関連物性を利用して磁気ドメインをそろえる裏ワザとして再び光が当たりそうである。


他の文献:CoF2, MnF2などのrutile、alpha-Fe2O3などのcorundum, DyFeO3などのorthoferrite, DAGやCa–Mn–Ge garnet, Nd2Ir2O7などのall-in-all-out構造をとるpyrochloreが典型である。

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T.-h. Arima, J. Phys. Soc. Jpn. 82, 013705 (2013), doi.org/10.7566/JPSJ.82.013705

M. Jaime et al., Nat. Commun. 8, 99 (2017), doi.org/10.1038/s41467-017-00096-4


72. Temperature-Dependent Spontaneous Resolution of CsCuCl3, doi.org/10.1021/acs.cgd.5c00561 (2025).

キラル結晶として有名なCsCuCl3のキラリティ作り分けの論文。ある温度以上の結晶育成温度で、結晶が勝手にどちらかのキラリティを持つのをspontaneous resolutionと呼ぶそうだ。知らんかった。それより低い温度だと一つの結晶内で右手左手のドメインがあるラセミ体になる。CsCuCl3は65℃が分岐点。いわゆるパスツール塩の酒石酸ナトリウムアンモニウムでは28℃。無機結晶の報告例は異例。B20とかでもあるのかな?


71. Determining the Wiedemann-Franz Ratio from the Thermal Hall Conductivity: Application to Cu and YBa2⁢Cu3⁢O6.95, doi.org/10.1103/PhysRevLett.84.2219 (2000).

銅の熱ホール効果(Righi-Leduc効果)を測定している。高い熱伝導度の物質の熱ホール効果を評価する測定系の正確性のチェックになると考えられる。このころまではまだちゃんと測定できていたんだなと遠い目になる。測定する人が変われば同じグループといえど測定精度は変わってしまうものなので、同グループから出版される論文の正確性を保証するものではない。技術継承と品質維持の難しさを物語っている。


70. Proper Scaling of the Anomalous Hall Effect, 10.1103/PhysRevLett.103.087206 (2009).

緒言:

Tian-Ye-Jinによって現象論的に提唱された異常ホール効果のスケーリング解析について書いていく。これは異常ホール効果を出す物質関連の様々な場面でおバカ解析(ハルシネーション解析)を引き起こしている。繰り返しになるが現在査読中の論文とは無関係で個人の趣味によるしらべがくしゅうである。参考:doi.org/10.7566/JPSJ.86.011006 (JPSJ, 2017)


発端と期待:

異常ホール効果のスケーリング解析とは異常ホール抵抗率(\(\rho_{AH}\))の温度依存性や不純物濃度依存性を測定したときにそれが抵抗率(\(\rho_{xx}\))や残留抵抗率\(\rho_{xx0}\)に相関しているように見えるので、その依存性\(\rho_{AH}=f(\rho_{xx},\rho_{xx0})\)を評価するアプローチである。広い物質で成り立つ関数形\(f\)を確立できれば、それらのパラメータから異常ホール効果の主要な起源を特定できたり、各機構の成分を抽出できるのではないかという願望の象徴であり幻想である。

もっとも簡単な形は

\(\rho_{AH}=a\rho_{xx}+b\rho_{xx}^2\)

であり、研究の歴史の中で様々な形に数式がこねくり回されてきた。異常ホール効果研究はいうなればホールを測るだけですぐ測定が完了してしまうため、それらをいじくりまわすことに明け暮れることしかやることがないのである。仮に主要な散乱メカニズムが不純物散乱とフォノン散乱で抵抗率を\(\rho_{xx}=\rho_{xx0}+\rho_{xxT}\)と書けるとすると、2次形式まででの一般形は

\(\rho_{AH}=\alpha \rho_{xx0}+\alpha' \rho_{xx0}^2+\gamma \rho_{xx0}\rho_{xx}+\beta \rho_{xx}^2+\delta \rho_{xx}\)

となる(\(\rho_{xxT}=\rho_{xx}-\rho_{xx0}\)とすることで式内に\(\rho_{xxT}\)が陽に出てこないようにしている)。こんなに項があっては使い物にならないため、理論的にどれかが0になるかならないかということを理屈をこねこねして何とか簡単化しようとするわけである。ファインマンダイアグラムなんかを持ち出した議論が延々となされ、摂動論大好き理論家の憩いの楽園である。


TYJ解析:

ややこしいことはなしにして、TYJ解析では現象論的にあるいは経験的に異常ホール抵抗率(\(\rho_{AH}\))が抵抗率(\(\rho_{xx}\))および残留抵抗率\(\rho_{xx0}\)の関数として以下のように書けるとする。

\(\rho_{AH}=(\alpha\rho_{xx0}+\beta\rho_{xx0}^2)+b\rho_{xx}^2\)

ホール伝導度\(\sigma_{AH}\)で書き直すと、

\(\sigma_{AH}=-(\alpha \sigma_{xx0}^{-1}+\beta \sigma_{xx0}^{-2})\sigma_{xx}^2-b\)

\(\alpha\)は不純物由来のskew散乱、\(\beta\)は不純物散乱由来のside jump、\(b\)はintrinsicな項に対応すると考える。skewとside jumpはextrinsicな散乱機構とよばれる。ここではstaticな不純物散乱のみに起因しており、フォノンやマグノンによるdynamicalな散乱はこれらに寄与しないと仮定している。skewに関してはこれは理論的(doi.org/10.1103/PhysRevB.64.014416)にも裏付けられているようなので問題ないのだが、side jumpに関しては全くの作業仮説であり根拠はない(一番最後の節を参照)。

これに従うとすると温度依存性のデータから\(\sigma_{AH}\)を\(\sigma_{xx}^2\)の関数としてプロットして、傾きを\(\alpha \sigma_{xx0}^{-1}+\beta \sigma_{xx0}^{-2}\)、y切片を\(b\)と割り当てることでextrinsicとintrinsicを分離することができる。また最低温の不純物依存性を調べることで

\(\sigma_{AH}=-\alpha\sigma_{xx0}-\beta-b\)

という残留伝導率\(\sigma_{xx0}\)に関する依存性から\(\alpha\), \(\beta+b\)を見積れる。上記と合わせることで\(\alpha,\beta,b\)を三つとも決めることができる。俺たちの夢は今ここに実現せられた!


解析の成立条件:

数式を手に入れたが最後、実験家の餌食である。彼らは成立条件などお構いなしにこぞって自分たちの実験データを引っ張り出してきてフィットしたがる種族である。ひとたびパラメーターが決まれば、さも確立された手法かのようにもっともらしいDiscussionを、彼らの論文の飾りつけに加えるのである。ここでは一歩引いて解析条件を見ていこう。

(a) 磁気転移点が異常ホール効果を測定した温度領域より優位に高く、バンド構造の変化による効果が無視できること。特にintrinsic機構の寄与\(b\)を定数と仮定することに関係した条件。当然磁化の発達に伴って\(b\)は温度・磁場変化するのでこれがない領域であることが必要である。

もしわずかであるならば磁化の温度依存性からintrinsic機構のパラメータに温度依存性を与える修正は可能であるものの、skewやside jump機構の温度依存性との干渉に注意する必要がある。さらにややこしいことに磁化の発達に関係なしにintrinsic成分が温度依存する場合もある(例:Ni, doi.org/10.1103/PhysRevB.85.220403)。それを踏まえるとこれも解析を簡単化するための仮定に過ぎない。

(b) ホール角(\(\sigma_{AH}/\sigma_{xx}\)<<1)。これは\(\rho_{AH}=\rho_{xx}^2\sigma_{AH}\)という表式が成り立つために必要である。

(c) 面内で等方的であること。これは\(\rho_{xx}=\rho_{yy}\)であるために必要である。これが成り立たない場合、例えば\(\rho_{AH}=\rho_{xx}\rho_{yy}\sigma_{AH}\)となる。スケーリング解析は\(\rho_{xx}\)と\(\rho_{yy}\)の両者の温度依存性をもとになされなければならない。ヤダ...

(d) 散乱メカニズムが2つに類別できる。これは成立条件というよりフィッティング解析が可能になるための簡単化のための設定である。よくあるのはstaticな不純物散乱とdynamicalなフォノン散乱のみを考えて、抵抗率を\(\rho_{xx}=\rho_{0}+\rho_{T}\)という温度によらない項と温度による項に分離できるとするものである。もしここにマグノン散乱などが入ってきてそれぞれが同様な割合で異常ホールに寄与しているとするならさらに表式は難しくなり、TYJ解析の暗黙の過程も怪しくなってくる。最初に上げた一般形もさらに項が増えて複雑になり、フィッティングパラメータの数も激増する(参考:doi.org/10.1103/PhysRevLett.114.217203)。

(e) 異なる膜厚や化学ドーパントの試料同士を比べる場合、それらによってバンド構造が変化しないと仮定できること。これも異なるサンプル間でフィッティングパラメータが定数と置けるために必要な条件である。もしこれが満たされているなら\(\sigma_{AH}\) vs. \(\sigma_{xx}^2\)プロットで試料によらずy切片はどれも\(-b\)となることを確認できる。また残留抵抗領域で不純物散乱の散乱時間を制御することでskew機構の寄与を\(\alpha\)を分離することができる。

論文として意味がある知見を提供するのは上記の条件を考慮しているもののみである。多くの場合、キュリー点の高い強磁性薄膜の研究である。ホール角はどれも1%程度だし、残留抵抗領域での膜厚依存性を調べればskewを分離できる。さらに膜厚を変えて各サンプルでの温度依存性をプロットし、\(b\)が膜厚によらないことを確かめられればフィッティングの信頼性を確認できる。これはつまり、温度・不純物という制御変数を変える独立した実験を2つ行い、それぞれのメカニズムの寄与を割り出そうというまっとうなアプローチである。


参考になる論文:

薄膜系でTYJ解析がどのような運用をなされているか、勉強のために読んでいこう。気になった点を述べていく。

Co2FeSi thin film: doi.org/10.1103/PhysRevB.96.184434, マグノンがdynamical scatteringの主要な寄与をするときの議論。磁化の温度依存性も取り入れてフィッティングパラメータの温度依存性を議論している。抵抗の温度依存性にマグノンの寄与があることは\(\rho_{xx}\)が広い温度領域で下凸であることからも見て取れる。フォノンよりもマグノンが主要な寄与であることを結論できるロジックはあまり明確ではない。スケーリング解析はTYJに従っておらず無視していい。

Co2TiAl thin film: doi.org/10.1088/1361-648X/ab9055, 上記と同様、マグノンが抵抗率の主要な温度変化を与える場合の異常ホール効果のスケーリング解析。TYJ解析に従っておらず意義は少ない。

磁気抵抗からもマグノン散乱の効果を評価している。サイドジャンプ機構の温度依存性はマグノン散乱で説明でき、それはマグノン由来の磁気抵抗とよく一致している(Fig. 9)。マグノン散乱があるときフォノンをおさえてサイドジャンプの主要な寄与になりえるのは理論(doi.org/10.1103/PhysRevB.83.125122)に依拠している。解析にはハルシネーションが含まれている。もし磁場に線形な磁気抵抗と異常ホール効果を比べたいなら異常ホール効果の磁場依存性(\(R_S\)が磁場に比例して小さくなる効果)のようなものを考える必要がある。しかし、異常ホール成分を抽出する過程でそれは正常ホール効果と一緒に取り除かれてしまっているので正しく評価できない。この論文ではフォノンとマグノンによるサイドジャンプ機構の分離には失敗しているとみて取るべきである。とはいえ、大部分がskew散乱によるものという結論なので特に意味はない。

FeCo thin film on MgO(001): doi.org/10.1103/PhysRevB.107.094418, 膜厚によって\(\sigma_{AH}\) vs. \(\sigma_{xx}^2\)プロットが上凸になったり下凸になったりしていて、異なる機構の競合があることが示唆される。TYJスケーリングの範疇であるならば線形になるはずなので、Hou et al.スケーリングの必要性が示唆される。抵抗の温度依存性からフォノンとマグノンの寄与がコンパラに存在していることまではだいたい良いのだが、両者をひとまとめにdynamical scatteringとしてスケーリング解析を推し進めているのは賛成できない。Hou et al., (doi.org/10.1103/PhysRevLett.114.217203, 2015)に従うなら3つの散乱機構それぞれにskew, side jump, crossのパラメータを導入する必要がある。全部で9こ(!?)。とても手に負えない。簡単のための作業仮説ととらえるにしても、結局解析によって求められたパラメータの厚さ依存性に関してなぜそうなるのか特に説明がなく洞察に乏しい。

MnSi thin film: doi.org/10.1103/PhysRevLett.110.117202, トポホにおけるハルシネーションを起こした論文(doi.org/10.1103/PhysRevLett.112.059701)としてもっとも有名なもののうちの一つであるが、異常ホール効果の解析における作業仮説の導入としては触れておくべき点がある。転移点が40 Kとかなり低いので解析成立条件(a)を満たしていない。このことを理解して本論文では各フィッティングパラメータを定数ではなく、磁化に比例する(\(\rho_{yx}^A=\alpha M \rho_{xx0}+\beta M \rho^2_{xx0}+bM\rho_{xx}^2\), Eq. (1))として解析している(本来は\(M=1\)とおく)。解析成立条件に配慮して修正を加えている点は理解でき、あくまで間に合わせの処方箋ではあるものの直感的には同意できるものである。

Ni-doped Co3Sn2S2: doi.org/10.1103/PhysRevLett.125.086602, NiとCoは電子数が異なるので解析成立条件(d)が成り立たない。それはいいとして、\(\sigma_{xx}^2\)に関して\(\sigma_{AH}\)がフラットになることからintrinsicが主要な寄与であることがはっきりしている。フィッティングをするとき\(\rho_{xx}^2\) vs. \(\rho_{AH}\)と\(\sigma_{xx}^2\) vs. \(\sigma_{AH}\)との二通り行っている。

前者は

\(\rho_{AH}=(\alpha \rho_{xx0}+\beta \rho_{xx0}^2)+b\rho_{xx}^2\),

後者は

\(\sigma_{AH}=-(\alpha \sigma_{xx0}^{-1}+\beta \sigma_{xx0}^{-2})\sigma_{xx}^2-b\)

となり、\(b\)がintrinsic項、\(\alpha,\beta\)がextrinsic項に関係するパラメータである。

もしintrinsic項\(b\)が温度依存する恐れがある場合、これを定数と置く後者のフィッティングだとそれをextrinsic由来と誤認することになるので注意である(extrinsic項を過大評価し、intrinsic項を過小評価するか、ひどいときはintrinsic項の符号まで異なる値を出す)。本論文の場合、前者のフィッティングの時点で線形性が明らかなのでintrinsic項が測定範囲であまり温度依存していないことを確かめてあるのでとりあえず安心である。ただし、最後の節で述べるようにTYJ解析ではintrinsicとside jumpを分離できないことがわかっているので、この解析からintrinsic項が評価できたと考えるのは早計である。


おバカ解析(ハルシネーション解析)論文:

さて、ハルシネーションの出番である。広くフィッティングの数式が使われるようになると、論文を出版したいだけでろくに文献調査もしない研究者たちにも気づかれるようになる。もちろん成立条件などを検討することもなく、いくつかの論文でやられている解析を自分たちの測定データにそれっぽくあてはめて似たようなプロットとパラグラフを生成する。これでは当然解析として意味をなさず、導き出される知見に価値はない。そして、誰かに指摘されるまで誤りであることにすら気づかず、運よくレフェリーが指摘してきたのを受けてもなお、よくわからず的外れな修正をして返してよこすことになる。これは生成AIのハルシネーションと全く同じであり、AIと人類の知性がよく似ていることをよく表している。かれらはいったい、何がしたいのか?

PrAlGe\(_{1-x}\)Si\(_x\): H.-Y. Yang et al., APL Mater. 8, 011111 (2020) doi.org/10.1063/1.5132958, 解析の成立条件(a)を満たしていない。そのような場合\(\sigma_{AH}\) vs. \(\sigma_{xx}^2\)のスケーリングはintrinsic項を誤評価する。Fig. 6からわかるように組成の異なる試料間で異常ホールの残留抵抗依存性があまりにも非単調であり、試料合成・測定手技に問題があるように見える。

PrGaSi: R. Swami et al., JMMM 624 173022 (2025) doi.org/10.1016/j.jmmm.2025.173022, 解析の成立条件(a)を満たしていない。測定点も4点しかないのは放っておくとして、\(\rho_{AH}/\rho_{xx}\) vs. \(\rho_{xx}\)の解析をしてしまっており、また引用文献のどこにもそのようなスケーリング解析は書かれておらず、典型的なハルシネーション論文である。

CeGaSi: J. Gong et al., PRB 109, 024434 (2024) doi.org/10.1103/PhysRevB.109.024434, 解析の成立条件(a)を満たしていない。また(c)も満たされていない。\(\rho_{xz}\)を測定しているのだから\(\rho_{xx}\)だけでスケーリングするのは不十分で\(\rho_{zz}\)の測定も必要である。\(\rho_{AH}\)に関する解析は\(\rho_{sk}=a\rho_{xx}\)とskewの効果に関して誤った取り扱いをしている。これは後に続くTYJ解析と矛盾している。やっていることが何から何までめちゃくちゃである。

Cr5Te8: B. Tang et al., Nat. Electronics 5, 224 (2022) doi.org/10.1038/s41928-022-00754-6, 解析条件(a)を満たしていない。\(\sigma_{xx}^2\)のスケーリングはintrinsic項を不当に評価してしまう。解析においてside jumpの寄与を不当に無視している。\(\rho_{AH}\)が\(\rho_{xx}\)に関して線形であることが観測されていることを論拠としているが、単純に間違いである。引用文献のdoi.org/10.1103/PhysRevB.98.195122でも同様の解析をしておりハルシネーションを起こしている。

転移点の低いバルク結晶における転移点直下から始まる温度依存性をスケーリング解析している場合はことごとくおバカ解析とみなしてよいだろう。この時、intrinsic項の温度依存性が\(\sigma_{xx}^2\) vs. \(\sigma_{AH}\)でのフィッティングにおいてextrinsic機構と誤認されることになる(上記Ni-Co3Sn2S2項参照)。また一つのサンプルの温度依存性をフィットしているだけの解析にもどれほど意味があるのかは注意が必要である。薄膜系では残留抵抗依存性による独立した解析でパラメータのダブルチェックができるという利点がある。これがない場合、単にパラメータを合わせただけというそしりをまぬかれない。


そしてみな灰塵に帰す:

そもそも論としてTYJの方法ではintrinsicとside jumpを分離できないという致命的な指摘がある(doi.org/10.1103/PhysRevLett.114.217203)。これによると抵抗率が不純物とフォノンの2種類の散乱で記述できるとした場合、\(\sigma_{AH}\)は以下のように書ける。

\(\sigma_{AH}=\alpha\sigma_{xx0}^{-1}\sigma_{xx}^2+(\beta_0-\beta_1)\sigma_{xx0}^{-2}\sigma_{xx}^2+\beta_1+(\gamma-2\beta_1)(\sigma_{xx0}^{-1}\sigma_{xx}-\sigma_{xx0}^{-2}\sigma_{xx}^2)\).

あるいは抵抗率で書いて

\(\rho_{AH}=\alpha \rho_{xx0}+(\beta_0+\beta_1-\gamma)\rho_{xx0}^2+\beta_1\rho_{xx}^2+(\gamma-2\beta_1)\rho_{xx0}\rho_{xx}\)

である。これは最初に上げた一般形の\(\delta=0\)に相当する。一般性が相当高くなっているのは、摂動論によって得られる主要な項をすべて考慮しているためである。つまり\(\delta=0\)はdynamical な散乱はskewを引き起こさないことを意味している。実際理論的に裏付けられているようだ(doi.org/10.1103/PhysRevB.64.014416)。

一見複雑だが、最初の三項はTYJと同じ形式である。\(\sigma_{AH}\)表式の第四項は極限領域で相殺することからTYJは特別な場合として含まれている。しかし、パラメーター\(\beta_0,\beta_1,\gamma\)はTYJと異なる起源から出てくる。特に定数項(TYJでの\(b\)でこの論文では\(\beta_1\))にはintrinsic項もside jump項も両方寄与する(\(\beta_1=c+c_1+c_{11}\), 最初の項がintrinsicであとの二つはフォノン散乱によるside jumpに起因する)。つまりTYJでは無視できるとしたフォノンside jumpが予期せぬ形でスケーリング公式のしかも定数項の中に入り込んでくるということになる。これはすべてをぶち壊す指摘であり、スケーリング解析によってintrinsicとextrinsicを各成分にきれいに分離できるという淡い夢を亡き者にしている。一方ゼロ温度における極限で\(-\sigma_{AH}=c+c_0+c_{00}+\alpha /\rho_{xx0}\)。2,3番目の項は不純物散乱由来のside jumpであり、最終項のskew項は残留抵抗を膜厚やドーピングによって分けられる。

この論文の指摘から得られる知見としては、スケーリング解析は理論的に支持できるものの、そこで得られたパラメータから分離できるのはskew機構とそれ以外であり、intrinsicとside jumpは分離不可能ということである。TYJで暗に仮定していたフォノン由来のside jump機構がゼロである(\(c_1+c_{11}=0\))という条件が満たされるならばよいのだがそんな都合のいいこと成り立たなさそう(doi.org/10.1103/PhysRevB.83.125122)。いったい何だったんだよ、これまでの俺たちの苦労は...トポホ...。しかしそんなに気を落とすことはない。まだ研究は続いているのだから、今後のside jump機構の理論的進展に期待である。

追記:intrinsic機構はバンド構造をもとに理論的に計算できるからそれで見積ればいいという考え方もあるが、それでは理論の信頼性はいったいどうやって担保するというのか?一方で現実的な運用としてはintrinsic regionにおけるside jump機構は無視するというのが通例になっているようである。ここでAnomalous Hall effectのRev. Mod. Phys. (doi.org/10.1103/RevModPhys.82.1539)の引用をする。"In this intermediate metallic region, where the comparison between the experiments and band-structure calculations have been discussed, the intrinsic mechanism is assumed to be dominant as mentioned. The dominance of the intrinsic mechanism over side jump is hinted in some model calculations, but there is no firm understanding of the limits of this simplifying assumption." (太字はブログ筆者による)。しかしこの運用は論文の推論をねじれた方向にもっていく。

例えばTbMn\(_6\)Sn\(_6\)の異常ホール効果を調べた論文(doi.org/10.1016/j.jallcom.2025.182965)ではintrinsic vs. extrinsicを分離するためにside jumpを作業仮説として無視して解析をしておいて、見積られたintrinsic項がDFT計算より明らかに大きいことを述べている。理論計算が不正確か、side jumpの寄与が思ったより大きいと結論するべきだが、不可解なことにそのあとでどうしてintrinsic AHCの増強が見られたのだろう?という考察をうねうね記述している。おかしな論理構造の論文である。


69. Electron-magnon scattering and magnetic resistivity in 3⁢𝑑 ferromagnets, doi.org/10.1103/PhysRevB.66.024433 (2002).

強磁性体において磁場をかけると、低磁場ではドメインの再配列に伴う負の磁気抵抗が出る。それを超えてさらに磁場をかけるとおよそ線形な負の磁気抵抗が出ることがある。これはマグノン-電子散乱による磁気抵抗とかいしゃくされるものである。

温度がキュリー温度に対して\(T_C/5\)から\(T_C/2\)の範囲で、磁場が100 T以下のとき磁気抵抗は

\(\rho_m=\frac{BT}{D(T)^2}\ln(\frac{\mu_BB}{k_BT})\)

と書ける。ここで\(D(T)\)はmagnon stiffness。


68. Giant, unconventional anomalous Hall effect in the metallic frustrated magnet candidate, KV3Sb5, doi.org/10.1126/sciadv.abb6003 (2020).

#39で紹介した移動度の高いキャリアのあるV-kagomeにおける偽異常ホール効果と同様、KV3Sb5でもそのようなふるまいが見られている。#38はPRLで出版済みdoi.org/10.1103/d4dw-2v6k。こっちも早く刺してほしい。

トポホ同様、異常ホール効果のハルシネーションは最近闇深い広がりを示している。intrinsicな異常ホールが1000 S/cm程度で頭打ちで、純良試料のskew機構などでもない限り大きくできないのに対し、モビリティ由来の正常ホール効果は1000 S/cmを余裕で超える。これを非自明なメカニズムによる新しい異常ホール効果だと言い張ればGiant, unconventionalと耳障りの良い主張をでっちあげることができるのでinverse Occamの温床になっている(参考:doi.org/10.1038/s41467-020-20384-w)。これはやめられん。

異常ホール解析のでっちあげレシピを上げる。

(1)ansatz: \(\rho_{yx}=R_0H+R_sM\)で異常ホールを抽出。

(2)Onoda-Sugimoto-Nagaosa diagram(doi.org/10.1103/PhysRevB.77.165103)で\(\sigma_{xx}\) vs. \(\sigma_{xy}^A\)のlog-logプロットをすることで主要な機構を特定。

(3)スケーリング解析(doi.org/10.1103/PhysRevLett.103.087206)で機構をskew, intrinsicなど分離。

(1)ホール抵抗が印加磁場に比例しない理由はいくつもあるがそれを一切無視して非線形項を異常ホールとして抽出。(2)メカニズムが正常ホール効果の場合、当然OSNダイアグラムで非自明なところにプロットされるので発現機構の異常さをアピール。(3)スケーリング解析で複数の機構の寄与を分離することでちょっと議論に高級感が出せる。当然サンプル依存が激しかったり、非自明な値が出てくるので、発見の特異性を強調できる。

(3)は異常ホール効果を\(\sigma_{xx}\)の多項式関数としてフィッティングし、それぞれの係数から複数の機構の寄与を分離するアプローチである。試料の特徴・測定条件などによってフィッティング関数にさまざまなバリエーションがあり、適用条件を無視した偽解析が普及し始めている。これはおいおい記事にする。


67. Selective Enhancement of Optical Chirality and Spin Angular Momentum in Plasmonic Near-Field, arxiv.org/pdf/2505.19878 (2025).

光のキラリティって2種類あんねん。spin angular momentum (SAM)とoptical chirality (OC)やねん。それぞれ

\(\vec{S}=\frac{1}{2\omega}\text{Im}(\epsilon_0 \vec{E}^*\times \vec{E}+\mu_0 \vec{H}^*\times \vec{H})\),

\(C=\frac{\omega}{2c^2}\text{Im}(\vec{E}^*\cdot \vec{H})\).

前者は時間依存する電磁場の回転に関する量であり、後者は電磁場の位相ずれに関する量である。参考:doi.org/10.1103/PhysRevLett.104.163901doi.org/10.1063/1.1704165

何のご利益があるかは不明。


66. Systematic Errors in Alternating Current Hall Effect Measurements, doi.org/10.1063/1.1657320 (1969).

ホールの交流測定におけるエラーの原因を検討している。90°位相ずれの効果とか3次高調波成分もあるので創発インダクターにさらに追い込みをかけられそう。


65. Effective Demagnetizing Factors of Diamagnetic Samples of Various Shapes, doi.org/10.1103/PhysRevApplied.10.014030 (2018).

反磁場係数の計算式を与えている。Table Iが使いやすくて便利。

3辺が\(2a, 2b, 2c\)の直方体の\(c\)軸方向に磁場をかけるとき、

\(N^{-1}=1+\frac{3}{4}\frac{c}{a}(1+\frac{a}{b})\)

と書ける。使ってる論文として酸素アニール100時間論文も要チェック:doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.9.034802。反磁場補正に\(4\pi\)が付くかどうかは別ブログを参照。


64. Reverse‐field reciprocity for conducting specimens in magnetic fields, doi.org/10.1063/1.338202 (1987).

ホール効果や磁気抵抗を評価するとき、磁場反転の測定をして対称化・反対称化することが一般的だ。実は磁場反転をしなくても対称化・反対称化は可能である。これは電気伝導現象の相反性を利用する。つまり試料の電極をA, B, C, Dとおいて、AB間に電流を流しながらCD間の電圧を測定したときの抵抗を\(R_{AB,CD}\)とすると、\(R_{AB,CD}(+B)=R_{CD,AB}(-B)\)が成り立つ。つまり、磁場反転をせずとも、電流端子と電圧端子をひっくり返した測定\(R_{CD,AB}(+B)\)を行えば、時間反転操作をしたことに対応するので、\(R_{AB,CD}(+B)\)のデータと組み合わせて対称化・反対称化が可能である。

実際に適用している論文:

doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.066603

doi.org/10.1038/s41467-023-42222-5

doi.org/10.1038/s41467-019-14057-6

doi.org/10.1103/PhysRevB.109.L121406

量子ホール系の測定界隈では常識のようなので、世の中分野を少し違えれば知らんことだらけだなと思う。

さて、これを利用すれば創発インダクタンスがヒーティング由来であることを文献(doi.org/10.1103/PhysRevB.110.174402)で議論されていることよりももっと直接的に証明できる。AC測定では抵抗はインピーダンスというインダクタンスを含むように拡張できて、インピーダンスにも相反性があることが知られている。そのため、創発インダクタンス(\(\text{Im}Z^{1\omega}\))は電流・電圧取り換えに対して符号も含めて値を変えない(doi.org/10.1038/s44306-023-00001-4)。一方ジュールヒーティングは{AB, CD}配置のときは\(Q_A+Q_B+Q_{AB}\)、{CD, AB}配置のときは\(Q_C+Q_D+Q_{CD}\)である。ここで端子Aの接触抵抗由来のヒーティングを\(Q_A\), 試料内A-B間で電流が流れることによるヒーティングを\(Q_{AB}\)などと書いた。つまり、相反配置にもかかわらず一般的には異なる量の熱が発生する。脳内実験を1万回やったところ(所要時間1 ms)どのデバイスでも相反配置で測定結果が一致することはなくシグナルの主要成分はヒーティングであることが分かった(ここで目が覚める)。残念ながら自然は残酷なのだ。


63. Measuring anisotropic resistivity of single crystals using the van der Pauw technique, doi.org/10.1103/PhysRevB.92.045210 (2015).

#61で紹介した異方的抵抗率テンソルにおけるvan der Pauw法の適用を議論している論文。ここでは非対角項がノンゼロであるにもかかわらず、仮に非対角項を無視した解析を行ったとした場合、対角成分の見積もりに問題はないのかを具体的な数値をあてはめながら考えたい。これはつまり、通常のvan der Pauwの手続きに従って辺-対辺ペアの測定を二組行って、そこから\(\rho_{xy}=0\)のときにのみ適用されうる解析法で\(\rho_{xx}\), \(\rho_{yy}\)を見積ったとして真の値からどれくらいずれるのかを調べるということである。

上記論文の結果を簡単にまとめよう。簡単のために試料をきっちり正方形に切り出したと考える(\(a=b, \chi=90^{\circ}\)に対応)。抵抗率テンソルの各成分は以下のように与えられる。

\(\rho_{yy}=\frac{a}{b}B_{\alpha,k}\frac{\rho_{iso}}{\sin \pi \alpha}\),

\(\rho_{xx}=\frac{b}{a}B_{\alpha,k}^{-1}\frac{\rho_{iso}}{\sin \pi \alpha}\),

\(\rho_{xy}=\cot \pi \alpha \cdot \rho_{iso}\).

ここで\(a,b\)は残した。また\(\rho_{iso}=\sqrt{\rho_{xx}\rho_{yy}-\rho_{xy}^2}\), \(\alpha\)は等価等方的試料に変換したときの平行四辺形の頂点の角度(\(\rho_{xy}=0\), 直角のとき\(\alpha=1/2\))で、\(\rho_{xy}\)に依存する。\(\alpha\)がわかれば\(\rho_{xy}\)がわかるように見えるがそうではなく、上式が定義式であるとみなすのが正しい。\(B_{\alpha,k}=\frac{_2F_1(\alpha,1-\alpha;1;1-k)}{_2F_1(\alpha,1-\alpha;1;k)}=\frac{b}{a}\sqrt{\frac{\rho_{yy}}{\rho_{xx}}}\)で、\(_2F_1\)は超幾何関数である。\(k\)は試料形状(\(a,b\))と抵抗率の対角成分に依存する(正方形試料で等方的な場合\(k=1/2,B_{\alpha,k}=B_{1/2,1/2}=1\))。\(B_{\alpha,k}\)は\(\alpha\sim 1/2\)のとき\(k=0\sim 1\)の関数として\(\infty\)から0まで単調減少する(Mathematicaとかで描いてみよう)。形式上、パラメータ\(\rho_{iso},\alpha,k\)を実験的に決められれば、抵抗率の各成分が求まる算段である。

試料頂点を原点の頂点から反時計回りにA, B, C, DとしてABに電流を流したときのCDの電圧を測定して見積った抵抗を\(R_{AB,CD}\)とする。ほかも同様。我々が測定できるのはこれのほかに\(R_{BC,DA}\)であり、それぞれ

\(R_{AB,CD}=\frac{-\rho_{iso}}{\pi d}\ln(1-k)\),

\(R_{BC,DA}=\frac{-\rho_{iso}}{\pi d}\ln(k)\)

という方程式を通してパラメータ\(\rho_{iso},k\)と関係している。\(d\)は試料厚さ。こうして2つのパラメータは決められるが、この設定では\(\alpha\)を見積る方法がないので詰みとなるわけである(#61参照)。ままならんものだ。

今回はここから勇気をもって解析を進める。つまり、\(\alpha=1/2\)なのだと思うことにするわけである。このとき無理やりではあるがテンソル成分を見積れて、解析式は

\(\rho^{app}_{yy}=\frac{a}{b}B_{1/2,k}\rho_{iso}=B_{1/2,k}\rho_{iso}\),

\(\rho^{app}_{xx}=\frac{b}{a}B_{1/2,k}^{-1}\rho_{iso}=B_{1/2,k}^{-1}\rho_{iso}\),

\(\rho^{app}_{xy}=0\)

である。これは実際の\(\rho_{xx},\rho_{yy}\)からどれくらいずれるのだろう?と心配で夜も眠れないわけである。ちなみにこの表式がMontgomery法と等価であることは\(\alpha=1/2\)のときの\(B_{1/2,k}\)あるいは超幾何関数が第一種完全楕円積分で書けることをもとに無限級数表示を使うことで証明できる(doi.org/10.1063/5.0081561)。こんなキモイ式一体どうやったら思いつくんだろう?

実際の値を導入する。異方的抵抗率テンソルを対角型で

\(\hat{\rho}=\begin{bmatrix}105&0\\0&95\end{bmatrix}\)
とする。これを\(z\)軸周りに120°回転させた場合、
\(\hat{\rho}_R=\begin{bmatrix}97.5&4.33\\4.33&102.5\end{bmatrix}\)
となる。つまり主軸が試料の辺に対して120°明後日を向いている状況を考えよう。異方性は10%程度とした。ここまで設定すると\(\rho_{iso},\alpha,B_{\alpha,k}\)を計算できて
\(\rho_{iso}=99.875\),
\(\alpha=0.4862\),
\(B_{\alpha,k}=1.025\)
である。一方\(k\)は\(B_{\alpha=0.4862,k}=1.025\)という方程式を超幾何関数を使って解くと求められて、
\(k=0.4726\)
である。ここで実際の\(R_{AB,CD}\)などの測定から\(\rho_{iso},k\)は測定精度の範囲で厳密にこの値になるということに注意しよう。
\(\alpha=1/2\)の近似のもとで、\(B_{1/2,k=0.4726}=1.025\)である。よって抵抗率の近似値は
\(\rho_{xx}^{app}=97.407\),
\(\rho_{yy}^{app}=102.406\)

である。真の値はそれぞれ\(\rho_{xx}=97.5,\rho_{yy}=102.5\)である。ずれは0.1%程度である。びっくりするぐらい違いがない。もうこれでいいじゃんか。抵抗率の異方性が10%もあるというのは結構な状況なので、それにもかかわらず有限の非対角項の効果が微々たるものであるというのはよく考えればそりゃそうだと納得である。結論としては非対角項の存在は無視して解析してかまわないということである。今回の見積もりでは\(\alpha\sim 1/2\)や\(a=b\)と簡単化したが、これがずれると\(B_{\alpha,k}\)の1からのずれも大きくなっていく。これはでも常識的な試料形状の範囲ではせいぜい1%くらいのずれまでで抑えられそうである。いずれにしろ抵抗率の異方性と比べると十分小さいので、近似的に見積もった抵抗率成分は真の値の代替値として十分機能すると考えてよい。もう気がすんだかい?

追記:上記橙色の箇所は当該論文にある誤りを訂正して見積られたものである。論文中に定義されている行列\(M\)で座標変換を定義するのは正しくなく、\((M^T)^{-1}\)を使うべきである。これは\(M\)は抵抗率テンソルを等方的対角型に変換するために導入されたものであり、座標をこれで変換できないからである(Supple中のp2の式(S5)で\(\nabla ' =M\nabla\)としていることが間違い。\(\nabla\)は反変ベクトルである。確かめてみよう。)。\(M\)を使った変換が間違いであることは簡単に確かめられて、式(25)の\(a'\)の表式は正しくは\(a'=a\sqrt{\rho_{xx}/\rho_{iso}}\)だからである。\(y\)方向の抵抗の大小が\(a\)軸長のスケール変換に関与するのは変である。Supple中の議論はこの間違いがずっと影響して正しい表式から微妙に食い違っている。逐一指摘はしないが、この結果本文中の抵抗率テンソルの表式(14)-(16)をどう訂正すればいいかを書く。

(14):\(\rho_{xx}\rightarrow \rho_{yy}\)、

(15):\(\rho_{yy}\rightarrow \rho_{xx}\)、

(16):\(\rho_{xy}=-\rho_{xy}\)。

なんとほとんど一緒である。もうさすがに気が済んだだろう。


62. Fermi surface reconstruction due to orthorhombic distortion in the Dirac semimetal YbMnSb2, doi.org/10.1103/lk8w-7hkj (2025).

これまで正方晶(P4/nmm)として研究されてきたYbMnSb2が実は直方晶(Pnma)であることを明らかにした論文。Fig. 1のキャプション「(a) The reported tetragonal P4/nmm crystal structure of YbMnSb2 as in Refs. [27, 28, 29, 30, 31, 33, 34, 38].」が迫真である。結晶構造はやっぱちゃんと調べないといかんのや。

J.-R. Soh et al.では中性子で禁制反射が出ることを報告していて直方晶かもと言っている。p4: "These half-integer reflections can arise from a subtle structural distortion which doubles the unit cell in the out-of-plane direction, but due to limited data we have not attempted to refine the structure further.", doi.org/10.1103/PhysRevB.104.L161103

ホール効果の解析は間違っているので、14人も共著がいて誰も気づかないのは残念だ。飾りでもあるまいし。また\(\rho_{xx}\)の定義も不明である。\(x\)とはどの向きのことなんだろう。

正方晶っぽいのに実は違う物質の例としてBaMnSb2も上げておく。doi.org/10.1103/PhysRevB.101.081104


61. 異方的抵抗率テンソルにおけるvan der Pauw法のノート

van der Pauw法は薄い均一な等方的試料の電気抵抗およびホール効果を測定する手法である。原著論文はPhilips Research Reportsというところに出ていて、電子版で手に入れる方法は定かではない。どういうわけかWikipediaのvan der Pauw methodのReferencesからDLできる(https://en.wikipedia.org/wiki/Van_der_Pauw_method)。ホールはとりあえず考えないことにする。つまりゼロ磁場のとき抵抗率テンソルは

\(\hat{\rho}=\begin{bmatrix}\rho&0\\0&\rho\end{bmatrix}\)

で与えられる。適当な2次元試料の4点(時計回りにA, B, C, D)の電極を付けたときの抵抗\(R_{AB,CD}\), \(R_{BC,DA}\)を測れば、抵抗率\(\rho\)は方程式

\(exp(-\pi R_{AB,CD}d/\rho)+exp(-\pi R_{BC,DA}d/\rho)=1\)

を解くことで求められる。これは試料形状によらない。

これを起点として試料に異方性がある場合の拡張がいろいろ議論されている。一般に抵抗率テンソルは

\(\hat{\rho}=\begin{bmatrix}\rho_{xx}&\rho_{xy}\\\rho_{yx}&\rho_{yy}\end{bmatrix}\)

となり、\(\rho_{xy}=\rho_{yx}\)である。

抵抗率テンソルが直方体試料の各辺に沿って対角化できる(\(\rho_{xy}=\rho_{yx}=0\))ならばMontgomery法を使うのが簡便だが、テンソルの主軸がずれて非対角項が存在する場合(\(\rho_{xy}=\rho_{yx}\neq 0\))にはそうはいかない。そんな状況避けられるのではないか?と思われる方もいるかもしれないが、実験をやっているとそうはいかない状況に出くわすのである。ここでは明示を控えるのだが、たとえば面内等方的試料がネマティック転移に伴い面内のどこかランダムな方向に異方性をもち、その方向が定かでない場合である。

文献を探した限りMontgomery法を修正する提案は見つけられなかった。van der Pauw法は電気ポテンシャルの等角変換を原理としているので、こういう状況との相性はいいらしい。ただし複雑な方程式の解を見つける必要があるので、これが決定版という方法はいまのところなさそうである。ネマティック転移に起因する非対角項は通常小さいはずなので、現実的には試料形状や電極のミスアラインメントの効果と切り分けることは原理的に困難なのではないだろうか?非対角項は抵抗率の主値\(\rho_1\), \(\rho_2\)の差\(\rho_1-\rho_2\)に比例する(比例係数は\(\sin\phi/\), \(\phi\)は主軸のサンプル軸からのずれ)。

アイディアはシンプルで、まず試料形状を線形変換して異方的抵抗率をもつ試料を等方的抵抗率をもつ試料に等価変換する。試料寸法が抵抗率の異方性分だけ伸縮される。非対角項がある場合はさらに平行四辺形状にかしぐことになる。この等価試料で測定する辺ー対辺ペア抵抗は上部複素平面に移った試料の実軸上に電極が打ってある状況に等角写像で移せて、その抵抗は解析的に求めることができる。あとは辺ー対辺ペア抵抗をもとの矩形試料の抵抗率テンソル成分と関係づければよい。とはいえ元に戻すのが大変のようだ。対辺なだけに。

以下関連のある文献をメモしておく。

(1)doi.org/10.1016/0038-1101(73)90171-8: 抵抗率テンソルが異方的なとき主軸に平行な長方形試料を使って2つの対角成分\(\rho_{xx}\), \(\rho_{yy}\)を見積る方法を提案している。非対角項は想定していない。手法としてはMontgomery法と同じようなものなのだが表式が異なる。理由はよくわからない。

まず通常のvan der Pauw法で抵抗率の相乗平均\(\sqrt{\rho_{xx}\rho_{yy}}\)を見積り(このことはdoi.org/10.1088/0022-3727/5/6/315による)、以下の方程式で抵抗率比を見積る。

\(\sqrt{\rho_{xx}/\rho_{yy}}=-\frac{b}{a\pi}\ln \{\tanh[\pi dR_{BC,DA}/16(\rho_{xx}\rho_{yy})^{1/2}]\}\)

ここで\(a, b,d\)は試料寸法。\(R_{BC,DA}\)はBCに電流を流したときのAD間電位差である。これで抵抗率の各成分が見積れる。

式(26)を見てみる。自明なタイポを修正して、

\(R_{BC,DA}=-\left[8(\rho_x\rho_y)^{1/2}/\pi d\right] \times \ln\{\tanh\left[ (\rho_x/\rho_y)^{1/2}\frac{a}{b}\frac{\pi}{2}\right]\}\)

これはMontgomery法で与えられる表式

\(R_y=\frac{8}{\pi}(\rho_x\rho_y)^{1/2}/L_3'\sum_n(1/(2n+1)\sinh(\pi(2n+1)L_1'\rho_x^{1/2}/L_2'\rho_y^{1/2}))\)

とだいぶ近いのだが、解析的に同値なのか私にはわからない。

(2)http://przyrbwn.icm.edu.pl/APP/ABSTR/119/a119-2-17.html: 伝導率テンソルに非対角項があるときのvan der Pauw法を提案している。通常の辺-対辺のペアでの抵抗測定に加えて対角方向の測定も2つ行うことを提案している。非対角項\(\rho_{xy}\)を見積りたいのであるからこれは直感的にも理にかなっている。大事なのは磁場に対する偶奇性を測ることでホール\(\rho_{yx}^A\)と分離することである。これはできそう、と思ったが致命的な欠陥がある。対角測定は電流印加端子と電圧測定端子が共通している。つまり接触抵抗の寄与を無視できない。残念ながら実用的な手法ではないようだ。

式(6)の導出が不明。

(3)doi.org/10.1103/PhysRevB.70.165307: 本稿と関係ないが文献を読んでいて気になったのでメモをしておく。p2における伝導率テンソル\(\sigma\)の議論が間違っている。もしくは不明確である。

\(\sigma=\frac{Ne}{1+\mu_x\mu_yB^2}\begin{bmatrix}\mu_x&-\mu_x\mu_yB\\\mu_x\mu_yB&\mu_y\\\end{bmatrix}\)

で与えられていて、\(N\)が負のとき電子的なキャリアであるとされている。その場合、\(\sigma_{xy}\)成分が正になってしまい、これは正孔的である。\(e\)が負の可能性もあるが文献中に言及は見られない。

式(8)のホール係数の定義はこれが正のとき正孔的である場合のみ正しい。

抵抗-抵抗率変換を計算する際の式(10)の導出が与えられていない。引用文献にも導出はない。

(4)doi.org/10.1103/PhysRevB.92.045210: 抵抗率テンソルに非対角項があるときのvan der Pauw法。文献探索した限りこれが一番詳しく書かれている。サプリも充実していて参考になる。提案している手法は少し手が込んでいて、サンプルを測定した後形状を変えて再測定することを提案している。ちょっとそれはやだ。テンソルの主軸方向とサンプルの辺の方向が判明している場合は多少簡単になるが、それらの関係性が不明な一般の場合は難しい。(2)に似た対角測定\(R_{AC,BD}\) (ACに電流を流してBDの電圧を測定)を考察しているが面白いことにその測定では情報量が増えない(\(R_{AC,BD}\)は\(R_{AB,CD}\)と\(R_{AD,BC}\)の差でしかない)ことを指摘している。ままならないものだな。

\(R_{AB,CD}=-\frac{\rho_{iso}}{\pi d}\ln(1-k)\),

\(R_{BC,DA}=-\frac{\rho_{iso}}{\pi d}\ln(k)\),

\(R_{AC,BD}=-\frac{\rho_{iso}}{\pi d}\ln(k^{-1}-1)\),

ここで第三式は第一、二式から得られる。

最終的に得られる\(\rho_{xy}\)の表式は簡単化して

\(\rho_{xy}=-\lambda_{\alpha}\cos(\pi \alpha)\)

である。残念ながら\(\alpha\)は抵抗率テンソルとサンプル寸法の関数なので実験データからこの値を得ることはできないことがわかる。

p4における\(\rho_{xy}\)の定義が間違っている。磁場がかかったときは式(13)に\(\rho_{xy}^{H}/d\)が足されると書いてある。正しくは\(\rho_{yx}^{H}/d\)である。このことは以下のように確かめられる。式(13)\(R_{AC,BD}\)はACに電流を流したときのBD間の電圧を測って電流で割ったものである。ACを\(+x\)方向にとるとBDは\(+y\)方向なのでテンソル成分としては\(\rho_{yx}\)に対応している。注意すべきなのはvan der Pauw法の文献では\(R_{ij,kl}\)の添え字として最初の二つを電流、最後の二つを電場としてとることが多い。これは通常の抵抗率テンソル\(\rho_{ij}\)では\(i\)が電場、\(j\)が電流に対応するのと逆になる。

fifth contactを使用する方法は引用が間違っていて正しくは、S. Asmontas et al., Acta Physica Polonica A, 113, 1559 (2008): http://przyrbwn.icm.edu.pl/APP/ABSTR/113/a113-6-1.html。(5)参照。

途中超幾何関数が出てきて特殊関数愛好家にとっては歓喜であると同時に面食らう。導出は(6)を参照。Schwartz-Christoffel変換とういうのがキーワードで、それさえ書いておいてくれれば引用文献をたどる必要もないことである。不親切。

(5)http://przyrbwn.icm.edu.pl/APP/ABSTR/113/a113-6-1.html: 伝導率テンソルに非対角項がある場合の提案。通常の試料コーナー4つに電極を付けるのに加えて、ある一辺に第5の電極を付けることを提案している。A, B, C, Dに加えてAB辺の途中にEを打つと考えよう。通常の手順に加えて\(R_{EB,DA}\)も測る。ここでは書かないが、非対角項の表式が複雑だ。

(6)http://www.itpa.lt/LFD/Lfz/455/01/Ljp45501.pdf: 非対角項がある場合の測定法を提案している。なんと長方形試料の短辺に電極を塗って電流を流し、横方向の電場を測る方法を提案している(!)。これはplanar Hall effectの測定法そのものであり、もはや一周してきている。とんだ笑い話である。

問題点は電極の接触抵抗の影響を無視していることである。縦抵抗を測るとき、\(I_{13}, V\)は同じ電極を使っている。一方で、これは非対角項\(\sigma_{12}\)には影響しない。

\(\sigma_{12}=d\Delta \phi_{24}\frac{det\sigma}{I_{13}}\)

は\(det\sigma\)さえちゃんと与えられれば、接触抵抗の影響を受けずに見積れる。論文中では\(det\sigma\)をFig. 2の実験配置でどのように測定するのかを言及していない。これは通常のvan der Pauw法の電極配置ではないので自明ではない。

超幾何関数の導出はロシア語文献:The calculation of conductivity tensor (https://www.mathnet.ru/php/archive.phtml?wshow=paper&jrnid=dan&paperid=49387&option_lang=eng)による。これを追いかけることはしないが、自力で導出可能である。超幾何関数が出てくる理由は積分系

\(_2F_1(1-\alpha,\alpha;1;k)=\frac{1}{\Gamma(\alpha)\Gamma(1-\alpha)}\int_0^1f_{\alpha,k}(\zeta)d\zeta\)

によるものなので特に驚くべきものではない。計算の過程で右辺積分が必要になるが、数値的に計算するには左辺の級数形を計算すればいいようになっている。積分の出所が本質である。これはSchwarz–Christoffel mapping (https://en.wikipedia.org/wiki/Schwarz%E2%80%93Christoffel_mapping)が関係している。これは複素平面上部(\(\zeta\))から平面上に置かれた多角形内の点(\((x,y)\))へ(\(\zeta'=x+iy\), これも複素数表示される)の写像(\(\zeta'=SC(\zeta)\))である。つまり、長方形の異方的試料が平行四辺形の有効等方試料に線形変換されるのでそれと複素平面上部との等角写像を定義するときにこの変換が出てくる。平行四辺形の一つの頂点を複素平面状の原点0に置き、一つの辺を実軸上に沿うように置くと、平行四辺形内の各点は複素数\(\zeta'\)であらわされる。たとえば実軸上の頂点は\(\zeta'=a'\), \(a'\)は平行四辺形の一辺の長さ。この\(\zeta'\)はSC変換元の複素平面上部の複素数\(\zeta\)と以下で関係づけられる。

\(\zeta'=\frac{a'}{A_{\alpha,k}}\int_0^{\zeta}f_{\alpha,k}(z)dz\),

ここで\(f_{\alpha,k}(z)=z^{\alpha-1}(1-z)^{-\alpha}(1-kz)^{\alpha-1}\), \(A_{\alpha,k}=\int_0^1f_{\alpha,k}(z)dz\)。そしてこれが超幾何関数で書ける。\(\alpha\)は平行四辺形の各頂点の内角に関係している。この変換により平行四辺形の各頂点A, B, C, Dは反時計回りに\(\zeta=0, 1,1/k,\) 無限遠に対応付けられる。図は(4)文献のFig. 2を参照。SC変換というキーワードさえ書けば複素関数論の教科書的な知識なので、なにかvan der Pauw法特有の特別な手法のようにミスリードするのは本当に不親切である。

まとめ

つれづれなるままにメモを付け足していったせいで読みにくくなってしまったので、まとめをここに書く。知りたいこととしては抵抗率テンソルが異方的で非対角項(\(\rho_{xy}\))を含む場合、van der Pauw法、Montgomery法のように一つの試料に複数電極をつけた測定によって3つの独立な成分(\(\rho_{xx},\rho_{yy}, \rho_{xy}\))を決定できるか?というものである。これには3つの独立な測定が必要で、\(R_{AB,CD}\)と\(R_{BC,DA}\)のほかにもう一つ測定が必要ということになる。\(R_{AC,BD}, R_{BD,AC}\)がこれにあたるのではと期待したが、(4)によりこれは新しい情報をもたらさないことが証明されている。デバイスは一回作ったら再整形などをしないで測りきることが望ましいく、また接触抵抗の影響も排除したい。そのためには第5の電極を付ける必要がある((5)の提案)。辺ABの中間にEを付け、\(R_{DA,EB}\)を測る。ただし試料形状や電極のミスアラインメントの影響を抑制して精度よく\(\rho_{xy}\)を見積れるかは不明である。第6の電極FをBC間に付けるなどして\(R_{AB,DF}\)を測定して、冗長性をチェックすればある程度何とかなるのかな?


60. Comment on “Evidence for an Anisotropic State of Two-Dimensional Electrons in High Landau Levels” doi.org/10.1103/PhysRevLett.83.4223 (1999).

正方形試料でvan der Pauw法で測った抵抗\(R_{xx}\), \(R_{yy}\)にもとづいて抵抗の異方性比率\(R_{xx}/R_{yy}\)を見積ると真の異方性\(\rho_{xx}/\rho_{yy}\)よりも一桁程度過大評価してしまう。van der Pauw法の形状効果は注意が必要。記事#27参照。

与えられている表式はMontgomery法より1/2だけ小さいうえ、sinhの中も1/2の因子が余計である。導出過程も与えられていないので信じないほうが良い。


59. Correlation between magnetic and electric properties based on the critical behavior of resistivity and percolation model of La0.8Ba0.1Ca0.1MnO3 polycrystalline, doi.org/10.1039/C6RA28839A (2017).

抵抗のフィットに使えるパーコレーションモデルというのを見つけたのでメモ。最初の提案はG. Li et al., J. Appl. Phys., 92, 1406 (2002) (doi.org/10.1063/1.1490153)によるものらしい。どこかで使えるかな?その他文献:doi.org/10.1103/PhysRevLett.27.1722doi.org/10.1007/s00339-024-08131-0, doi.org/10.1016/j.ssc.2004.07.021, doi.org/10.1088/0953-2048/14/7/102

系がPMからFMに温度によって移り変わる場合、抵抗率は以下のように書ける。

\(\rho=\rho_{FM}f+(1-f)\rho_{PM}.\)

ここで\(\rho_{FM},\rho_{PM}\)は系全体がFMもしくはPMのときの抵抗率の温度依存性、\(f\)はFM状態の体積分率である。\(f\)は以下でモデル化する。

\(f=\frac{1}{1+\exp{\frac{\Delta U}{k_BT}}}.\)

ここで\(\Delta U=-U_0(1-\frac{T}{T_C^{mod}})\)で、温度\(T_{C}^{mod}\)を境に\(U_0/k_B\)の温度幅で\(f\)がゼロから1に移り変わるようになっている。


58. The torque on a magnet, doi.org/10.1098/rspa.1974.0067 (1974).

電磁気学の教科書『Electricity and Magnetism Volume 1』 by B. I. Bleaney and B. Bleaneyを読んでいたところ付録B Depolarization and demagnetizing factorsでの反磁場効果の記述があった。上記論文を引用しながら回転楕円体状の強磁性体にかかるトルクの式を導出していたので紹介する。

まず反磁場効果を見ていく。状況設定としては、連続媒質\(比透磁率\mu_2\)に外部磁場\(H_0\)がかかっていて、主軸が\(a,b,c\)であらわされる回転楕円体状の領域をくりぬいてかわりに比透磁率\(\mu_1\)で自発磁化\(M_0\)をもつ媒質を挿入することを考える。磁場、自発磁化はともに\(a\)方向とする。(もし真空中に強磁性体を置くような状況だとすると\(\mu_2=1\))。反磁場\(H_d\)は

\(M_1=(\mu_1-1)H_a+M_0,\)

\(M_2=(\mu_2-1)H_0,\)

\(H_a=H_0\frac{\mu_2}{\mu_2+d_a(\mu_1-\mu_2)}\)

として、

\(H_d=H_a-H_0=-\frac{M_1-M_2}{1+(d_a^{-1}-1)\mu_2}\)

で与えられる。ここで\(M_1\)は磁性体内部の磁場が\(H_a\)のときに誘起される自発磁化込みの磁化、\(M_2\)は磁性体の代わりに元の媒質があったときに誘起される磁化である。\(d_a\)は反磁場係数で

\(d_a=\frac{1}{2}abc\int^{\infty}_{0}\frac{\text{d}s}{(s+a^2)R_s},\)

\(R^2_s=(s+a^2)(s+b^2)(s+c^2)\)

で与えられる。\(a\)方向に薄い平板ならいつものように\(d_a=1\)であるサンプルが真空中にあるか、\(\mu_2\sim 1\)の接着剤などで固定する場合は

\(H_d=-d_aM_1\)

なので、われわれが良く行う反磁場補正の公式に一致する。要するに強磁性体中に存在する磁化\(M_1\)と反対方向に\(d_a\)倍の反磁場が発生している。磁化測定では\(H_0\)をかけて\(M_1\)を測るわけなのでサンプルに実際にかかっている磁場\(H_a=H_0+H_d\)を計算できるわけである。

さてトルクの場合はどうかというと、自発磁化\(M_0\)の効果しか考えていなくて

 \(\vec{T}=V\frac{\vec{M}_0 \times \vec{B}_0}{\mu_2+d_a(\mu_1-\mu_2)}\) 

である。\(V=\frac{4\pi}{3}abc\)で試料の体積である。サンプルの比透磁率\(\mu_1\)と反磁場係数\(d_a\)に依存してトルクが\(\vec{M}_0\times \vec{H_0}\)からずれるようだ。\(\mu_1\)は\(\mu_1-1=\frac{dM_1}{dH_a}\)で求まる量なので反磁場補正が欠かせない。トルクの値から磁化を逆算するときとかに注意が必要かな?やったことはないが。針状サンプルのときは\(d_a=0\)なのでよいのだが、平板上試料の場合\(d_a=1\)になるので、\(\mu_1\)がゼロに近づくつまり低温にいくにしたがって磁化が飽和するとトルクが無限大に発散してしまう。これって正しいの?


57. Electron-doped magnetic Weyl semimetal Co3⁢Sn2⁢S2 by bulk gating, doi.org/10.1103/ggjy-5569 (2025).

Liをゲートで挿入し、電子ドープしてCo3Sn2S2のフェルミレベルを上昇させ、異常ホール効果を制御したと主張している論文。解釈と解析結果に恣意性があり、疑問点しか生まれない。

主要な結果はFig. 2だが、\(V_G\)を変化させると\(\rho_{xx}\)が上昇し、\(\sigma_{xy}\)も変化している。異常ホール効果を勉強した人ならすぐわかるように、Onoda-Sugimoto-Nagaosaダイアグラム(doi.org/10.1103/PhysRevB.77.165103)に位置付けると内因性領域とdirty領域の境目にいるので、\(\rho_{xx}\)の上昇、つまり\(\sigma_{xx}\)の減少が\(\sigma_{xy}\)の減少に寄与しているだけというのが最初にすべきまともな考察であろう。これはキャリアをドープできていないという状況を想定することになるので論文の主要な主張と本質的に矛盾し、これを排除できていないのは問題である。上記論文を引用すらしていないのは意図的に可能性のある効果を無視しているのであり、逆オッカムの典型的な例といえる。

電子キャリアをドープできていることを直接確かめることは難しいだろう。間接的に2-バンドモデルでできていると言いたいようだ。残念ながらこのフィット法は移動度とキャリア密度がパラメータ同士干渉するので、正孔の移動度が減少したこととキャリア密度が減少したことを切り分けることはできない。Liのドープで\(n_{h}\)が減っていてくれたら都合がいいので\(\mu_h\)の変化は解析時に考慮しないのは、結論に合わせた恣意的な操作といえる。DFTによると実験とつじつまを合わせようとするとフェルミエネルギーが200 meV上昇することに伴い、電子が\(9\times 10^{19}\rightarrow 6\times 10^{21}\) cm\(^{-3}\)も入ることになっている。いくらなんでも多すぎると思うがこれは検討の余地がある。Liドープによって転移点が変わらないこともほかの化学ドーピングの傾向と矛盾している。これは実際にはキャリア密度が想定よりも変化していないことを意味していると取ることもできるが、この考えは保留したい。

この論文を読んでいて、プルースト効果さながら個人的に教訓を想起したので自分への戒めとしたい。これはあくまで自分が思いついた自分への戒めであり、論文の内容に直接関係することは何もないことを明記しておく。それはつまり、自分の主張に都合のいいように解析方法をごまかしたり、考慮すべき可能性を意図的に無視したり、実験データとつじつまが合うように理論結果を恣意的に解釈したりしないこと。またそのような誠実でない誘導がレトリックやロジックの構成を駆使してできてしまうことを自分の能力や技術の高さだと誤認しないことである。自分で論文を書いていてふと上記のようなことができてしまうし、それは誰も咎めないであろうと気づいてしまうことがある。論文は一度出版されれば正面から批判されない限り、内容の可否について問われることはまずない。自分の主張の正当性を既成事実のように扱って話を進めていけてしまう。これは自分にとってあまりにもおいしい、都合のいい状況である。このような考えがよぎって、一人オフィスで静止したまましばらくして、かぶりを振りながらバックスペースを押下し、保守的な姿勢を保つように自分をなだめるのである。もし誘惑に負けてしまったらどうなるだろうか?まぬけなレビュワーやエディターをだましてよい論文誌に滑り込み、業績の肥やしにできるだろう。その一方で実情とは合わない既成事実の積み上げは空虚であるばかりか他人の研究の妨げにもなろうし、このようなカスブログの標的になっていいように言われるのであろう。そして一切反論できない自分を見出しながら思うのだ。それはかつて科学者になることにあこがれた、自分への裏切りになるのではないか、と。

To those interested in the contents of this article, I have translated it into English using ChatGPT.

The main result of the study is presented in Fig. 2, where the longitudinal resistivity \(\rho_{xx}\) increases with changing gate voltage \(V_G\), and a corresponding change is also seen in the Hall conductivity \(\sigma_{xy}\). For anyone familiar with the anomalous Hall effect, the first interpretation should naturally be to position the data on the well-known Onoda-Sugimoto-Nagaosa diagram [Phys. Rev. B 77, 165103 (2008)]. According to this framework, the system appears to lie near the boundary between the intrinsic and dirty metallic regimes. In such a case, the observed decrease in \(\sigma_{xy}\)  may simply reflect a drop in \(\sigma_{xx}\) , i.e., an increase in \(\rho_{xx}\), rather than a change in carrier density. This basic interpretation should have been addressed upfront.

If this interpretation holds, it suggests that no actual carrier doping has occurred—a scenario that fundamentally contradicts the central claim of the paper. The fact that this possibility has not been ruled out is a significant concern. Moreover, the absence of any citation of the Onoda-Sugimoto-Nagaosa paper suggests a deliberate omission of an alternative and plausible explanation, representing a classic case of "inverse Occam’s razor," where more complicated scenarios are favored without eliminating simpler ones.

Verifying carrier doping directly is likely difficult, so the authors appear to rely on indirect evidence through a two-band model analysis. Unfortunately, this fitting method involves intertwined parameters—mobility and carrier density—which makes it impossible to disentangle a decrease in hole mobility \(\mu_h\) from a decrease in hole density \(n_h\). Because it would be convenient for the data to show that \(n_h\) is decreasing upon Li doping, the analysis appears to intentionally neglect the role of \(\mu_h\), which suggests a degree of bias toward the desired conclusion.

According to the DFT calculations, in order to reconcile with the experimental data, the Fermi energy must be raised by approximately 200 meV, which implies that the electron concentration would increase from \(9\times 10^{19}\) to \(6\times 10^{21}\) cm\(^{-3}\). This seems unreasonably large, though it warrants further investigation.

Moreover, the fact that the transition point remains unchanged upon Li doping is inconsistent with trends seen in other chemically doped systems. This may suggest that the actual carrier density does not vary as significantly as assumed. However, I would prefer to withhold judgment on this point for now.


56. Electrical switching of a p-wave magnet, doi.org/10.1038/s41586-025-09034-7 (2025).

NiI2がp-wave magnetとしての条件を満たしており、DFT計算によっても特徴的なspin分裂が確かめられている(ただしDFTはmonolayer, 3倍周期らせんという現実の磁気相とはかけ離れた状況設定で行われている。また計算の詳細の妥当性、電子相関をどう入れるとか、は私の検証の範囲を超えている)。

外部電場でスピン構造のキラリティを制御できることを光電流測定によって確かめたうえで、circular photogalvanic effectの観測によってp wave magnetにおけるスピン分裂由来の光電流の円二色性を確認し、実験的な検証としている。ただし微視的な励起過程の起源に関しては一切調べられていないので、あくまでp wave magnetによって予言できる現象の一つと定性的にconsistentであると言っているに過ぎない。

なのですべては対称性の話である。磁気構造がらせんなのでp wave magnetの条件を備えている。磁気構造として適当な(現実とは異なる)配列を置いてそれとなくDFT計算すると、都合の良いエネルギースライスでp wave magnetの予言と整合する。光物性も対称性によってcircular photogalvanic effectのテンソル成分が絞り込める。それはp wave magnetのバンド構造のポンチ絵と当てはめ可能である。構成力って大事だ。らせん金属の抵抗の異方性を無駄デバイスで見るよりかはずっと生産的で面白い。今後の追加検証が楽しみだ。


55. Coexistence of superconductivity and magnetism theoretical predictions and experimental results, doi.org/10.1080/00018738500101741 (2006).

磁性特にらせん磁性と超伝導が共存する物質のレビュー。ややこしそう。どっちかにしてほしい。やれやれ。

らせん磁性があるときに伝導電子がどうなるのか考えることがp wave magnetを理解するうえで大事そうである。

参考:

Quantum theory of neutrons in helical magnetic fields, Miguel Calvo (1978), doi.org/10.1103/PhysRevB.18.5073.

中性子に関する理論なので電子のシュレーディンガー方程式とは違うことに注意。定性的には理解しやすい。Eq. 16にエネルギー分散が与えられているが、縮退は常に解けていてp wave magnetの図でよく見るnodal lineがある形になっていない。なんでだろう。

多分p wave magnetの波動関数はスピンの量子化軸がある方向を向いた固有状態というわけではなく、期待値が偏極しているだけということなんじゃないかな。その場合、\(y\)軸方向に伝搬するscrew型のらせんは\(y\)方向にだけ有限のスピン偏極をもった状態を解として持つが、同時に空間的に変調した\(x,z\)方向に向いたスピン成分を持っている。これは期待値をとると空間的に平均されてしまうのでゼロになる。一方で縮退を解く効果は持っていて、一般的にp wave magnetは\(k_y=0\)の方向に縮退を持つわけではない。一方\(\sigma_y\)の期待値はゼロである。これはFig. 4の\(p=0\)で\(\theta=0\)になることに相当する。でもやっぱり\(\Gamma\)点で縮退が解けるのはなんかおかしい気がする。

Quantum theory of electrons in helical magnetic fields, Miguel Calvo (1979), doi.org/10.1103/PhysRevB.19.5507.

Fate of 𝑝-wave spin polarization in helimagnets with Rashba spin-orbit coupling, Erik W. Hodt et al. (2025), doi.org/10.1103/PhysRevB.111.205416


54. Magnetic, thermal, and electronic-transport properties of EuMg 2 Bi 2 single crystals, doi.org/10.1103/PhysRevB.101.214407 (2020).

比熱の解析が面白いので紹介。

EuMg\(_2\)Bi\(_2\)の非磁性比熱をYbMg\(_2\)Bi\(_2\)の比熱\(C_{\text{YbMg}_2\text{Bi}_2}\)で見積って磁性比熱\(C_{\text{mag}}\)を得たい。\(C_{\text{YbMg}_2\text{Bi}_2}(T)\)をそのまま差し引けばよさそうだが、YbMg\(_2\)Bi\(_2\)とEuMg\(_2\)Bi\(_2\)は原子の重さが違うのでフォノン分散は全く同じではないであろう。それを重さだけの情報で補正する。

温度補正公式\(T^*=T\cdot (M_{\text{YbMg}_2\text{Bi}_2}/M_{\text{EuMg}_2\text{Bi}_2})^{1/2}\)で\(T\rightarrow T^*\)として\(C_{\text{YbMg2Bi2}}(T^*)\)を非磁性成分とする。\(M_{\text{YbMg}_2\text{Bi}_2}=639.62\) g/mol、\(M_{\text{EuMg}_2\text{Bi}_2}=618.53\) g/mol (EuよりYbのほうが重い)なので、\((M_{\text{YbMg}_2\text{Bi}_2}/M_{\text{EuMg}_2\text{Bi}_2})^{1/2}=1.017\)。つまり、たとえば\(T=300\) K \(\rightarrow T^*=305\) Kで比熱曲線が横軸方向に伸びる。比熱の差し引きはDebye+Einsteinモデルのフィット曲線を使うよりうまくいっているように見える。

ちなみにEq.  (11)は誤植で正しくは

\(C_{\text{p}}(T)=(1-\alpha)\cdot n C_{\text{V Debye}}+\alpha \cdot n C_{\text{V Einstein}}\).

ここで、\(C_{\text{V Debye}}=9R(T/\Theta_{\text{D}})^3 \int ^{\Theta_{\text{D}}/T}_0\frac{x^4e^x}{(e^x-1)^2}dx\), \(C_{\text{V Einstein}}=3R(\Theta_{\text{E}}/T)^2 \frac{e^{\Theta_{\text{E}}/T}}{(e^{\Theta_{\text{E}}/T}-1)^2}\)。つまり、1振動子あたりのデバイ比熱、アインシュタイン比熱で、\(n\)はformula unit当たりの原子数、\(0<\alpha<1\)は全振動子をどっちにどれだけ配分するかの比率である。高温極限で\(C_{\text{V Debye}}=C_{\text{V Einstein}}=3R\)なので、正しくDulong-Petitの法則\(C\sim (1-\alpha)\cdot n 3R+\alpha\cdot n 3R=3nR\)を与える。

参考:doi.org/10.1103/PhysRevB.106.224427、Eq. 1-3は誤りである。上記の議論より\(N_D=N_E\)である。

doi.org/10.1103/PhysRevB.106.054420、Double Debyeモデルという異なるデバイ温度のDebye曲線を二つ使ってフィットする方法が試されている。磁気エントロピーが理論値から大きく外れており、解析に問題がある。

Debyeモデルでフィットする方法はEinsteinモデルを追加するなどフィットを改善する処方箋が豊富な分、どんな曲線でもあってしまう根拠が薄弱なものになりやすい。非磁性類縁物質をリファレンスに使うほうが良いのではないだろうか?ただし測定を少なくとも2回行うので系統的な測定誤差が累積しやすいことに注意である。


53. Field-induced topological Hall effect in antiferromagnetic axion insulator candidate EuIn2As2,  doi.org/10.1103/PhysRevResearch.4.013163 (2022).

Doping-tunable Fermi surface with persistent topological Hall effect in the axion candidate EuIn2As2, doi.org/10.1103/PhysRevB.110.115111 (2024).

同一のファーストオーサーと同一のラストオーサーからなり、同一の物質に関する論文で\(\rho_{yx}\)と\(\rho_{xy}\)が混在しているという例を見つけたので紹介する。EuIn2As2は合成の過程でホールドープされてしまいやすいことが知られている。常識だがその場合、\(\rho_{yx}\)が正である。最初の論文ではちゃんとそうなっているのに、Caをドープしてホールキャリアを抑制した二つ目の論文では\(\rho_{xy}\)が正になってしまっている。一瞬エレクトロンドープに成功したのか?と思ったが、ちゃんと読むと\(\rho_{xy}>0\)を正孔キャリア状態として扱っているようだ。指導とは?いったい何がどうなったらこのような奇怪なことになるのか、世界には想像の及ばないことが起きるものだ。


52. Revealing the EuCd2As2 Semiconducting Band Gap via n-Type La-Doping, doi.org/10.1021/acs.chemmater.4c00656 (2024).

昔読んだ気がするがすっかり忘れていた。EuCd2As2のワイル説は死んでいたのだった。

Eu\(^{2+}\) (ionic radius (VI): 1.17 A)に対してLa\(^{3+}\) (ionic radius (VI): 1.032 A)をドープして電子を入れることでフェルミエネルギーを上昇させている。バンドギャップが開いていることが判明しただのsemiconductorだということになった。0.8 eVのギャップが開いていてTIということはないのでトリビアルなsemiconductorである。この物質はものつくり屋さんがさんざっぱら合成方法やらドープやらを試したり、圧力をかけたり、磁性とトランスポートの関係を報告しまくってたりしていてそれが水泡に帰すというのはなんとも悲哀である。実験家の不断の努力によってなされる確固たる基盤は物質科学をより良いものにするであろう。CMRを慰みに安らかに眠れ南無。バンド計算屋さんは非自明なバンドが出るまで好きなだけ\(U\)をいじれていいですねえ。

参考:doi.org/10.1088/1361-648X/ad882b。ちなみにホールドープはNa (ionic radius (VI): 1.02 A, Euを置換)とAg (ionic radius (IV): 1 A, Cdを置換)が試されている(doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.7.034402)。Cd\(^{2+}\) (ionic radius (IV): 0.78 A)を三価元素に置換する方法はないかと考えたが、四配位で入る三価元素は思いつかないな。

仕込みでは1-10 mol%入れたが、実際に入った量は1%以下とのこと。La以外のほかの三価ドーパントも試したがnタイプドープに成功したのはLaだけとのこと。単にEuに一番近いからというだけの気もするがよくわからないようだ。

キャリアタイプはホールとゼーベックで確認している。\(\rho_{xy}>0\)をpタイプ呼称していて、それだけはちょっとアホっぽい。

EuX2Y2系はキャリア密度によってAFMからFMに代わることも報告されている。Eu化合物でキャリアの量によって物性や磁気基底状態が変わってしまうようなことがあれば同様なことを試せそうだ。ほかにあるかなあ?いやはやすぐには思いつかない。ゆうてそんなにLaは入らないそうなので(キャリア密度は\(10^{17}\) cm\(^{-3}\)台)万能の矛を手に入れたように考えるのは待ったほうがいいぞ。とはいえつべこべ言わず試せばいいのかもしれない。principle of stupidityだ。


51. Shubnikov-de Haas Oscillations in 2D PtSe2: A fermiological Charge Carrier Investigation, https://arxiv.org/abs/2505.15666 (2025).

量子振動の振幅の磁場依存性の表式が出てきたので忘れないうちにメモ。

磁化などの熱力学量と伝導率とで違っていて、それぞれ

\(\Delta M\propto B^{3/2},\)

\(\Delta \sigma \propto (\frac{5}{2}(\frac{B}{2F})^{1/2}+\frac{3}{2}(\frac{B}{2F})).\)

ここで\(F\)は振動数。ただし後者は\(F>>B\)だと第一項のみでも大して問題ないきもする。FFTする前の生データを直接フィットするときにはスケーリングファクターをつけるものなので、それに吸収できそうだ。第一項のみだとDingle温度とか有効質量を過小評価する(より寿命の長く、軽い軌道を結論しやすい)のは注意した方がよさそう。

ここで頼りになるShoenbergを読んでみると、上記の式はAdams and Holstein (1959)からとったもので、等方的なモデルでフォノン散乱を考えて導いたものらしい。第一項が占有されたLandau tubeから非占有のtubeへの散乱、第二項が同一のtube内での散乱とのこと(こじらせてんなあ)。Biのような低い振動数の物質でもない限り第二項はいらないのではというようなことが書いてある。本稿の論文では\(F=200\) Tで磁場も5 Tまでしかかけていないので明らかにいらない。


50. Magnetotransport properties of p-type (In,Mn)As diluted magnetic III-V semiconductors, doi.org/10.1103/PhysRevLett.68.2664 (1992).

とある会合でとある方にデータを見せてもらって、それはそれはすごいデータだったのだが、これってどうなのという相談を受けたので他の物質ではどうなんだっけというのを確かめるのから始めるのがよかろうと思い、忘れないうちにメモしておこうということである。なんのデータかはここでは書けないが。

異常ホール効果の起源を議論するときに利用するOnoda-Sugimoto-Nagaosa論文(doi.org/10.1103/PhysRevB.77.165103)におけるdirty領域(\(\sigma_{xy}\sim 1\) S/cm)が気になったので論文を見てみた。Yuldashev et al., (doi.org/10.1103/PhysRevB.70.193203, 2004)なども引用されている。どちらも希釈磁性半導体の薄膜のデータで、これをホール抵抗でみるとどうなるだろうか?

1.3 micronのサンプルで\(T=3.5\) Kで\(\rho_{yx}=5\times 10^{-3}\) Ohm cm, \(\rho_{xx}=0.5\) Ohm cm。シートホール抵抗は\(R_{yx}=\rho_{yx}/t=39\) Ohm.

Yuldashev et al.のほうはsample Cをみると厚さ\(t=300\) nmで\(\rho_{yx}=7\times 10^{-4}\) Ohm m, \(\rho_{xx}=1\) Ohm m。シートホール抵抗は\(R_{yx}=\rho_{yx}/t=2300\) Ohm.

ちなみに量子化値は\(R_{yx}=h/e^2\sim 26000\) Ohm。量子ホール効果の場合は縦抵抗もゼロに近づくが、希釈磁性半導体ではそうはなっていない。もっと量子化値に近づけば下がってくるのかな?


49. Structural characterization of the candidate Weyl semimetal CeGaGe,  doi.org/10.1103/PhysRevB.111.184102 (2025).

RGaSiが極性構造を持っていない可能性があるのと同様に、RGaGe系も気を付けなくてはならない。Ga, Geは電子が一個しか違わないのでx線ではあまりうまく判別できない。単結晶x線と中性子回折を高角まで行い、ちゃんと極性構造であることを確かめた論文。合成法やクエンチする温度などによってもサイトの秩序度は変わってきそうなので、慎重に調べたほうがよさそうである。RAlSi, RAlGe, RGaGeは極性でRGaSi(の一部)だけ極性でないのはちょっと理不尽な気もするので、手を抜きたくなる気持ちもわからなくはない。しかしこういうのに喜び勇んでとびついて、適当な合成と適当な解析を並べただけでWeylだなんだと論文を書き散らすと赤っ恥なので気をつけたい。論文が先に出たほうがいいではないかと思うかもしれないが、ちょっと落ち着いてほしい。粗悪な論文の著者であるという認識は結構広まりやすかったりする。査読で回ってきた原稿の著者がこれまでどんな論文書いているのかなあ~?というのをGoogle Scholarでチラ見するのに1分もかからない(わたしはもちろん是々非々で査読をするんだが、中にはそういう人もいるよということを言いたいだけである。ああ、こういう論文書く著者なのね、それならな、とかそういう人がいるかもしれないじゃないかという話である。あくまで。)。出版ぎりぎりになって別のグループが極性構造じゃあないよっていうプレプリントを上げたら最悪だし、本文でWeyl, Weylといっているが、極性構造かをちゃんと確かめられる実験じゃあないんじゃないか?それだとIntroで言っていることと著しい乖離があるので掲載は認められないと査読で言われるかもしれない(私がそうしたよということではなくあくまで仮定の話である。そういうことがあったら怖いじゃんという話だよあくまで)。

参考:

CeAlGeの構造決定:H. Hodovanets et al., PRB 2018, doi.org/10.1103/PhysRevB.98.245132

NdAlSiの構造決定:Jonathan Gaudet et al., Nat. Mater. doi.org/10.1038/s41563-021-01062-8磁気構造解析は間違っている。in-plane spinが\(k = (1/3,1/3, 0)\), out-of-plane spinが\(k=(2/3,2/3,0)\)で変調していたららせんにはならない(Fig. 2のcaption参照:the AFM  \(k_{\text{com}}=(2/3,2/3,0)\) component is polarized along whereas the \(k_{\text{com}}= (1/3,1/3, 0)\) component is polarized along \(\hat{c}\times k\).)。これはfan構造である。Fig. 3eの磁気構造の俯瞰図は正しくなく、節の数が多すぎである。[110]方向に進むと、out-of-plane spinはup-down-down-up-down-down-...でこれはよい(3/2倍周期)。in-plane spinは3倍周期となるべきである。これはfanである(自分で絵を描いてみよう)。サイトを[1/2,1/2,0]進むのを三回繰り返すと一周期と覚えよう。(110)面は[1,0,0]と[0,1,0]をつなぐ線上にあるとでも言おうか。図では0-right-left-0-right-left-0-..となってしまっていて、これだと3/2倍周期である。これは私が気付いたのではなく、当該論文が出版された直後に回折の師匠が言っていたことを再確認し、かつこれまで放置していたものである。本指摘が正しい場合、それは師匠がちゃんとしているということである。正しくない場合責任はしたり顔でブログを書いている私にある。とんでもない間違いがあるものだと思う人もいるかもしれないがそうではない。本系の磁気構造がらせんだろうがそうでなかろうがだれも気にしていないのである。だれも論文を読んでいないのである。そしてだれも研究をしていないのである。

念のためダブルチェックしてみよう。論文のロジックとか書き方が間違っているだけで、磁気構造の結果は正しいとかいうことがたまにある。論文に示されているデータに基づいてどうなのかを確認するのが大事だ。サプリのFig. S3Bをみると磁気反射として(1/3,1/3,0)と(2/3,2/3,0)の二つが見えている。衛星反射は格子Bragg点\(G\)から\(k\)だけずれた\(G\pm k\)の位置に出る。ぱっと見は(1/3,1/3,0)の方は(1,1,0)-(2/3,2/3,0)で、(2/3,2/3,0)の方は(0,0,0)+(2/3,2/3,0)なのかな?と思うが\(I4_1md\)は(1,1,0)が禁制なのでその解釈はできない。なので論文で言っている通り、(1/3,1/3,0)の方は(0,0,0)からの衛星反射(1/3,1/3,0)が見えていると解釈しなければならない。またFig. 3bを見ると\((2/3,2/3,l)\)と\((1/3,1/3,l)\)の強度を\(\hat{Q}\cdot \hat{c}\)の関数としてプロットしている。ここで\(\hat{Q}\cdot \hat{c}=0\)の位置の2点は上記\(l=0\)のときに対応する。ほかの3点x2は何だろう?ここで注意しないといけないのは\((1/3,1/3,l)\)と\((2/3,2/3,l)\)がちゃんとin-plane spinとout-of-plane spinに切り分けられる\(l\)を選ばないといけないということである。例えば\(l=1\)のときは\(G=(0,0,1)\)からの衛星反射と\(G=(1,1,1)\)からの衛星反射が重なってしまい、分離できない。分離できるのは\(l=0,2,4,6,8...\)のときだけである。これは\(G=(0,0,2), G = (1,1,4), G = (0,0,6), G=(1,1,8)...\)が禁制であることを利用できるからである。たとえば\((2/3,2/3,4)\)とかは純粋に\(G=(0,0,4)\)からの衛星反射と言えて、\(\hat{Q}\cdot \hat{c}=0.78\)に対応するので図中の点としてそれらしい。\((2/3,2/3,8)\rightarrow 0.93, (2/3,2/3,12)\rightarrow 0.97\)なのでこの辺までがout-of-plane spinの成分を反映した衛星反射であろう。なぜかわからないが\(l=2,6,10\)は使っていないらしい。一方でin-plane spinの反射は\((1/3,1/3,4)\rightarrow 0.93\), \( (1/3,1/3,8)\rightarrow 0.98\), \((1/3,1/3,12)\rightarrow 0.99\)。これらも図中の点の位置として妥当である。確かに衛星反射として分離できるものを取り出して比べているようだ(\(a=4.204\) Å, \(c = 14.524\) Åで計算)。

まとめると、確認した限りテキストに書いてあることは字面の通り受け取る必要がある。つまり、著者たちの主張としては\(k_{com}=(1/3,1/3,0)\)の変調ベクトルがin-plane spin modulationに対応していて、\(k_{com}=(2/3,2/3,0)\)の変調がout-of-plane spinの変調に対応しているということになる。そして最初に指摘したように、その場合磁気構造としてはhelical にはならず、fan構造が正しい構造であると結論するべきである。著者たちの磁気構造の結論は誤りである。そしてこれは致命的である。論文のタイトルは"Weyl-mediated helical magnetism in NdAlSi"である。

このことから何を学べるだろうか?当該物質に関係ない人たちにはどうでもいいことなのかもしれない。間違いに気づかないでただ乗りするフォロワー研究者たちのことをバカだなーと思っとけばいいのかもしれない。素人レビューワーが通してしまって、真顔でNews&viewsとかを書いているのを赤っ恥だなとほくそ笑むのもいいかもしれない。どや顔しながらブログで間違いを指摘する輩を暇だなーと思っておけばいいのかもしれない。あるいはわれわれは試されていたとみることもできる。そしてどうやら試験にはクリアできなかったようだ。当該論文は4年間で100回以上も引用されるヒット論文であり、後続研究は後を絶たない。それにもかかわらず致命的な欠陥に関してコミュニティーのだれも声を上げなかった。コミュニティーの劣化は思っていたよりも深刻なのかもしれない。私が声を上げればいいではないかだって?この物質をやっているわけでもない人間がなぜそんなことをしないといけないのか?実際にやっている人がまず先に行動するべきではないのか?そうしないのであれば、それは科学に対しての誠実性に欠けるものであり、人類に対する妨害行為に等しいことをよくよく理解するべきである。

ここまで読んでくれて感謝である。もし興味があれば私の言っていることをうのみのするのではなく、腕試しと思って当該論文を読んで確かめてみてほしい。そのうえで私の言っていることが間違っていると思ったらCommentで指摘してほしい。メンツをつぶしてはと思うかもしれないが、私としては自分の理解不足が補えるのであれば無上の喜びである。もし私と同じ結論になったとしたら、そこからはあなたの判断だ。リツイートやら何らかの形で反響をあげるのもいいだろう。些末な問題だなとそのまま忘れてしまってもいい。ただし当該物質を研究対象としていてそれなりの論文を書いて(書こうとして)いる場合は話が別である。波風を立てたくないだろうか?そのままの方が都合がいいだろうか?100%の自信が持てないだろうか?なんにせよなにもしないことを選んだその時点であなたは科学者としての資格はもうないんだと思う。

追記:論文の結論は正しいよということで連絡を受け、説明をしてもらいましたが全く理解できませんでした。そうなるなんらかの理屈はあるようですが。

追記2:論文の結論は疑問があるよという意見もいただきました。わたしの駄文が何らかの影響を与えることもあるのですね。

追記3:同様の疑義がarXivに上がっています。私は専門家ではないのでちゃんと読めてるか不安ですが上記の指摘とほぼ同じようです。arxiv.org/abs/2506.04000


48. Sign competing sources of Berry curvature and anomalous Hall conductance humps in topological ferromagnets, https://arxiv.org/abs/2505.04268 (2025).

異常ホール効果の理論。後で読む。


47. Dichotomy of magnetic effect between Weyl fermions and anomalous Hall effect in PrAlSi, doi.org/10.1038/s43246-025-00816-0 (2025).

ホール伝導度の表式が間違っている。\(\rho_{yx}\)が正なのだから\(\sigma_{xy}\)の符号も正でないといけない。論文では\(\sigma_{yx}\)が正になっており、明らかに誤りである。テキストを読むと\(\sigma_{yx}\)と\(\sigma_{xy}\)との間で表記がころころ変わるので執筆者が物理量を正しく理解していないことがわかる。

そこまではいつものおバカ実験データなのだが、こういうときに確認しておくとよいのが理論との整合性である。理論計算では\(\sigma_{yx}^A\)を計算していて、実験と一致してフェルミエネルギーで正の値を予言している。だが実際は\(\sigma^A_{xy}\)が正なのだからこれは奇妙である。理論計算が実験結果に整合するように操作されているとみるか、理論予言が完全に間違っているとみるかのどちらかである。

これが何を意味するか邪推してもしょうがないので注意喚起として一般論を書く。理論家が計算する異常ホール伝導度はまず間違いなく\(\sigma^A_{xy}\)であろう。そのうえで計算をしたときの設定が磁気モーメントを\(+c\)軸方向に向けているのか、スピンを\(+c\)軸方向に向けているのかを、計算結果を受け取った側が確認する必要がある。電子スピンと磁気モーメントの向きは反平行なのでどちらの設定かによって異常ホール伝導度の符号は反転する。そして理論家はだれもそんなことを気にしない(気にしている人に会ったことがないし、むしろ逆向きであることすら知らないことがほとんどである。彼らはコードをポチっているだけである)。そのうえで自分の実験は\(\sigma_{xy}\)と\(\sigma_{yx}\)のどちらなのか、磁気モーメントは正磁場のときどちらを向いているのかを確かめなければならない。

いい加減な実験家と実験設定に無頓着な理論家という最悪な組み合わせでは低品質な論文しか生み出せない。こういうさらし者にならないように、実験をしたあなたがしっかりしないといけない。


46. Reply to "Comment on "Reconsidering the nonlinear emergent inductance: time-varying Joule heating and its impact on the AC electrical response"" by Yokouch et al, https://arxiv.org/abs/2410.04325 (2025).

創発ジュールヒーティング論文(doi.org/10.1103/PhysRevB.110.174402)に対するComment (doi.org/10.1103/PhysRevB.111.146401)に対するリプライである。Table 1がハイライトでジュールヒーティングでは説明できるがインダクターでは説明できないではないかいというのがまとめられてい....あれ?11ページ目から別の原稿が追加されている...だと???ひょっとしてコメントに対するコメントのリプライをもとのコメントの中に書いている?もうわけわからんんんん。どれが何に対するコメントでリプライなのか全くわからないのでこういうのはほんとにやめて。コメントするなら原稿のバージョン番号まで指定して。読むのやーめた。


45. Anomalous Hall effect in antiferromagnetic RGaGe (R = Nd, Gd) single crystals, https://arxiv.org/abs/2504.18313 (2025).

例によって極性構造ありきの解析がなされているので剣呑だが、ほかの文献(doi.org/10.1103/PhysRevB.111.184102)を見るとRGaSiよりかは結構分があるがありそうである。いい加減な論文でも最初に出したらええんや。そしてこの物質系にはもう誰も期待していないので、極性構造だろうがワイルだろうが異常ホールが内因性だろうが外因性だろうがだれも気にしていないのである。論文は読まれてすらいないのである。


44. Generalized Neumann’s Principle as a Unified Framework for Fractional Quantum and Conventional Ferroelectricity, https://arxiv.org/abs/2504.12555 (2025).

\(\alpha\)-In2Se3において観測された面内強誘電分極を説明するための理論。先行する理論研究はdoi.org/10.1038/s41467-023-44453-y。実験はdoi.org/10.1103/PhysRevLett.120.227601doi.org/10.1021/acs.nanolett.7b02198doi.org/10.1002/adfm.201803738doi.org/10.1021/acs.nanolett.7b04852。強誘電分極はVanderbiltらの理論により単位胞の並進ベクトルの分だけ不定性があるので、結晶に3回対称性があっても強誘電分極を面内に持つような理屈があることは何の不思議もない。

一方で実験で観測されているのは面内方向のpiezoelectricity (PFM)なので電場をかけたときの応答である。ノイマンの原理としては三回対称性があるときに面直に電場をかけても面内方向に結晶のゆがみが出ることはなさそうである。それは強誘電分極の不定性とは関係ない話。上記理論は実験事実を説明するものになっているのかははなはだ疑問だ。


43. Accessing quasi-flat f -bands to harvest large Berry curvature in NdGaSi, https://arxiv.org/abs/2504.12784 (2025).

#41の続報でX線と中性子回折実験をしてNdGaSiにGa-Siの秩序化がないことを確かめたものが出た。同種の物質系も同様だろうと予想される。こういうことがあるので、結晶を作った後は構造解析をちゃんとやったほうがいい。

一方で上記論文の比熱と抵抗の解析は無謀である。電子比熱にくらべて磁気由来のバックグラウンドが大きすぎるので簡単な近似式

\(\rho=\rho_0+AT^2+CT^{2} exp(-\Delta/T)\),

\(C=\gamma T + \beta T^3+\delta T^{3/2}exp(-\Delta / T)\)

を使って解析しても電子由来の\(AT^2\), \(\gamma T\)と磁気由来の\(T^{\alpha}exp(-\Delta /T)\)が干渉して\(\gamma\)や\(A\)に関して信頼のおけるフィットは得られない。そもそも磁気由来の項はどこまで正確なのかも考えなくてはいけない。有効マグノンギャップ\(\Delta \sim 7\) Kに対してフィットは\(T=10\) K近くにまで及んでいる。明らかに近似が成り立たない領域にまでフィットを及ばせている。こういうのをヤラせ解析という。つまり適用範囲を有意に外れていることを知りながら無理やりあてがう行為である。

また論の補強としてhttps://doi.org/10.1016/j.jallcom.2014.06.047でも同様の解析をしていることをあげている。そこではTmAuGeの比熱が解析されている。マグノンギャップの見積もりは比熱・抵抗ともに\(\Delta\sim 3\) Kである。一方https://doi.org/10.1016/j.jallcom.2023.169475の非弾性中性子散乱の結果を見ると結晶場計算と一致して\(\Delta\sim 13\) meV (130 K相当)であり、見積もりから大きく外れていることが分かる。この例を見てもわかるように上記フィットには何の信頼も置けないことが分かる。そもそも磁気励起のエネルギースケールが分からない状態で安易な式の適用をすること自体止めるべきである。フィットしてみて値を提示するまではいいとして、そこから出てきた値をさらにこねこねして妄想推論を発展させるのは慎重であるべきだ。


42. Transport of Topological Semimetals, doi.org/10.1146/annurev-matsci-070218-010023 (2019).

輸送現象のレビューとしてよく読まれている論文。ホール抵抗率の式が間違っている。

\(\rho_{xy}=\frac{(n_h\mu_h^2-n_e\mu_e^2)+...}{...}\cdot \frac{B}{e}\)

\(e\)の符号は正であるので(別ブログ参照)、上式は正孔が主要なとき正になることから符号が間違っていることがわかる。右手系を取る限り、正孔に対して\(\rho_{yx}>0\)である。

Ref. 190を引用しているが、これはChambersによる"Electrons in Metals and Semiconductors"のことである。もちろんChambersにそんなことは書かれていない。\(\rho_{H}=\rho_{yx}\)として上式を与えており、正しくホール抵抗率を定義している(p156)。書き写す輩が阿呆なのである。物理をわからず、記号をただのファッションとして扱っている証拠である。そしてそのために分野が被害を受けることについて重大な責任を負うことを自覚しなくてはならない。


41. Giant anisotropic anomalous Hall effect in antiferromagnetic topological metal NdGaSi, arxiv.org/abs/2409.06250 (2025).

RAlSi系がそれなりにバズったのでその流れでAlをGaに替えた系が最近見られるようになってきた。NdAlSiのらせん磁気構造は中性子の解析が間違っていて本当はfan構造なので、そこから研究は迷宮に入っているのだが。

それはいいとして、RGaSi系も本当にI4\(_1\)mdの極性構造なのか、よく検討しないといけない。母構造は\(\alpha\)-ThSi\(_2\)といわれる正方晶系のもので、Si-Siのネットワークがhyperhoneycomb構造を取っている。向きの異なるSiサイトが二つあり、これに異なる原子A, Bが秩序立って占有することで極性を持った構造LaPtSi型となる。CuのK\(_{\alpha}\)線で測った粉末結晶をRietveldしてI4\(_1\)mdと整合していたよってだけではもちろん不十分である。Ga-Siが秩序化していない場合、反転対称なI4\(_1\)/amdになり、粉末XRDとしては大差ない(消滅則で判別できるか確かめてみよう)。もちろんどっちがよりよくフィットするかで議論できるが、それが信頼できる比較かどうかはまた別問題である。

本論文ではちゃんとしていて、Ga-Siの秩序化に関して安易に結論していない。この著者はNo. 38と同じであり、とてもしっかりした研究者なのだなと敬意を表したい。ここだけの話、個人的に合成していて電子線回折とかもやってもらった範囲では反転心は破れていなかったので早晩壊滅する可能性を心配している。どのRまで調べたっけか?極性構造ならRAlSiと同様ワイル半金属の候補となるので今後楽しみな物質系だ。

doi.org/10.1016/j.jmmm.2025.172855

doi.org/10.1088/1674-1056/ad3060

doi.org/10.1016/j.jmmm.2025.173022


40. Kineto-electric and kinetomagnetic effects in crystals, https://www.edgar-ascher.ch/download/1970/1974-02.pdf (1974).

電流存在下での自由エネルギーを考えて、電流誘起物性を議論している。電流を電場や磁場のような外場として考えてよいではないかというアイディア。最近Cheongらがリバイバルしている。doi.org/10.1063/5.0198953https://arxiv.org/abs/2503.16277

形式論としてはいいのだが、散逸を伴う電流を静外場と同格に扱っていいのかどうかは疑問が残る。自由エネルギーって定常状態にも拡張していいのだっけ?また電流由来の系のエネルギーといえばインダクタンスが思い浮かぶが、そういうのは考慮されているのだろうか?

この手の議論は実験家にとってはとても有用なもので、測定すべき条件を手軽に教えてくれる。あとは実際に測ってみるだけだ。ただし、信号が出たからと言って即座に実験成功と大喜びしてはいけない。対称性によって許されるということは、期待した起源以外にも思いもよらないアーティファクト経由でも信号が出うるということだからである。条件や配置を詳細に検討し、本質を見極めよう。


39. Impact of tiny Fermi pockets with extremely high mobility on the Hall anomaly in the kagome metal CsV3Sb5, arxiv.org/abs/2503.15849 (2025).

パラメーターが7つ以上あれば象だって描けるぞう。ホール効果がクネクネしたら逆オッカムの剃刀の出番だ。時間反転がhidden orderしてベリー位相が異常ホールしていると言えば高IF誌に直結する。しかしマルチバンド効果を使っても説明できるのでこういう論文によって反論されるわけである。物性物理学はいったいいつまでこのおバカなやり取りを繰り返せば気が済むのだろう?

この手の解析で判断が難しいのは、時間反転対称性の破れ由来の成分が思っていたより大きくないにしても、ゼロであるとは言えないことである。単にゼロだと仮定した場合でも解析に不備は生じないといっているだけである。非単調なホールのどこまでが多バンド由来でどこからがTRSB由来かの切り分けを可能にする解析法の開発が必要である。バルクの輸送測定でそんなことは期待できそうもない。あるいはもうTRSBの証拠をホール測定に頼るのを全くあきらめてしまうほかないのではないだろうか。

非単調ホール伝導率(\(\sigma_{xy}^{\text{NM}}\))が1000 S/cmより大きいのはベリー位相由来にしては大きすぎるというのは理にかなった論拠である。某論文では揺らぎがあれば大きくなりうるというヤラせ理論を根拠にこれを意図的に無視するという邪悪な解釈を提案し分野の信頼を破壊したわけだが。

電子線照射によってホール効果がずいぶん変わる一方で量子振動の周波数に変化がないことはフェルミ面やバンド構造を変えずに移動度を変えることに成功している証拠といえる。縦抵抗率の絶対値がどれくらい変わるのかや\(\rho-T\)曲線はdoi.org/10.1038/s41467-023-36273-xを参照。

移動度スペクトル解析法の詳細はやったことがないので成否はわからないが、今後使える場面があったら勉強してみたい。異常ホール効果がないという仮定のものでできる解析だと思うので、自分の扱う系ではそんなにご利益がなさそう。参考:doi.org/10.1088/1367-2630/16/9/093062


38. Origin of Cusp-Like Feature in Hall Resistivity of Uniaxial Ferromagnet in Non-Orthogonal Hall Geometry, arxiv.org/abs/2503.07163 (2025).

一軸異方性のある磁性体に対して傾けた方向に磁場をかけて異常ホール効果を測るとカスプ状の磁化に比例しない応答が出ることがよくある。これを指してトポロジカルホール効果だと言い張るおバカ論文群が最近よく見られるようになってきた。

H. Algaidi et al., APL Mater. doi.org/10.1063/5.0245797

Y. You et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.100.134441

R. Roy Chowdhury et al., Sci. Rep. doi.org/10.1038/s41598-021-93402-6

M. Huang et al., Nano Lett. doi.org/10.1021/acs.nanolett.1c00493

S. Roychowdhury et al., Adv. Mater. doi.org/10.1002/adma.202305916

S. Roychowdhury et al., Chem. Mater. doi.org/10.1021/acs.chemmater.1c02625

L. Xu et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.105.075108

D. Huang et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.107.224417

D. Huang et al., PRB doi.org/10.1103/PhysRevB.109.144406

明らかに査読者も著者も磁性をよくわからずにバカの一つ覚えのようにホール効果を磁化と比べる解析をするためそのような悪質な論文が蔓延するようになっており分野の凋落を象徴していたが、これに異を唱える論文が出てきていて喜ばしい。あまりにも簡単に説明できることなのでバカらしくて誰もわざわざ指摘しようなどと思わないようなことに対しても、きちんと労力を割いて指摘することは敬意を表するべき行いである。


37. On the sign of the linear magnetoelectric coefficient in Cr2O3, doi.org/10.1088/1361-648X/ad1a59 (2024).

Cr2O3は線形電気磁気効果が生じる物質として最初に見つかった。これに対して中性子散乱実験を行って、電場をかけたときにスピンがどの方向に傾くのかなどを調べている。要するに反強磁性ドメインA, Bに関して\(\alpha\)テンソルの各成分の符号が実際にどっちなのかを確かめた論文。符号問題は現象論的に議論される際に無視されることが多く、どっちなのかを確かめたのは地味だが重要だ。DFTとも整合するのもよい。


36. Sign Reversal of Hall Conductivity in Polycrystalline FeRh Films via the Topological Hall Effect in the Antiferromagnetic Phase, doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c05329 (2025).

典型的な偽トポロジカルホール効果論文である。特に磁化測定に関するMethodsの記述が本文と矛盾している。またホール効果の記述が正しくなされていない(Fig. 3が誤った図になっている)。そして磁気構造も調べられていない。不明瞭な測定データに基づいた不明瞭な解析の結果出てきたシグナルを根拠なく解釈している論文である。

トポロジカルホール効果解析において、正常ホールと異常ホールからなるバックグラウンドを生データからいかに正確に差し引くかが重要である。しかし、バックグラウンドを恣意性なくまた系統的な誤差を少なく見積もるためのノウハウが共有・確立されておらず、それぞれのグループが適当に見積もったバックグラウンドを著者に都合のいいように使用している。当然いい加減に見積もられたバックグラウンドを生データから差し引くとうねうねした残差が残るのでそれをトポロジカルホール効果だと言い張れば論文になってしまうのである。

この論文が特段クオリティが低いわけではなく、似たような論文は近年おびただしい量出版されている。特にAdvanced系、Nano Lett.などのACP系、AIP系においては無法地帯となっている。業界に自浄作用がなく、早晩成り立たなくなっていくだろう。


35. Interlayer exchange tuned magnetotransport properties in the kagome antiferromagnet YMn6⁢Sn6, doi.org/10.1103/PhysRevB.111.054434 (2025).

いつものようにホール効果が磁化過程に伴って複雑に折れ曲がる効果に対してトポロジカルホール効果の抽出を主張している論文である。

ほかのトポホ解析論文とは比較にならない点としては解析するための式が単に正しくないという点がある。ホール抵抗率の式として

\(\rho_{H, wrong}=\rho_H^N+\rho_H^A+\rho_H^T=R_0H+S_HM+\rho_H^T\)

と書いてあるが正しくは

\(\rho_{H, correct}=\rho_H^N+\rho_H^A+\rho_H^T=R_0H+\rho_{xx}^2 S_HM+\rho_H^T\)

である。当該物質は\(\rho_{xx}\)が磁化過程に相関して変化をしているので、第二項は\(\rho_{xx}\)の磁場依存性の影響を受ける。これを磁場依存しない定数と置いているなら、第二項の正しい見積もりになっておらず、したがって\(\rho_{H}^T\)の成分も正しく抽出できないことになる。これは当然結論に深刻な懸念を与える。専門家がこれを見落とすことは考えられないので、査読が機能せず残念である。


34. Anatomy of anomalous Hall effect due to magnetic fluctuations, https://arxiv.org/abs/2502.11702 (2025).

異常ホール効果は系の時間反転対称性の破れに起因して磁化由来で発現する。その成分を抽出したい場合、ゼロ磁場で自発磁化が出る場合は単にゼロ磁場のホール抵抗率を見ればいいわけである。しかしソフトな磁性の場合ゼロ磁場ではドメインができてしまってトータルの磁化はゼロになってしまい、異常ホール抵抗もゼロになってしまう。通常ちょっと磁場をかけてドメインを偏極させて、ゼロ磁場に外挿することで代わりとするのだが、これだと転移点より高い温度でも異常ホール効果が”出て”しまうわけである。これに対してTRSB由来の成分を抽出するためのアプローチを提案している(と思われる)。

大事な観点だが、いかんせん文章中に異常ホールをどう定義するのか、特に磁場は\(B\)なのか\(H\)なのか、反磁場の効果はどうするのか、といったこの手の話題を気にする研究者全員がまず初めにはっきりさせるであろう基本的なことが書かれておらず、あろうことか磁化のデータすら示していない。サプリはuploadされていないのだが、本文中の論証をもっと丁寧にしてほしいものである。


33. Higher-order skyrmion crystal in van der Waals Kitaev triangular antiferromagnet NiI2, https://arxiv.org/abs/2502.14167 (2025).

NiI2は基底状態はらせん磁性だが、常磁性とらせん磁性を挟む中間温度領域で別のincomm.相がある。従来の解釈ではsingle-Qと考えておくべきであるが、それがtriple-Qであるという主張をしている。さらにsinusoidal triple-Qなのでskyrmion数 -2のhigher order skyrmion格子相であると言っている。

最終段落でExperimentally distinguishing between a single-Qm ordered structure with three domains and a single-domain triple-Qm structure is inherently challenging. ~Given these considerations, interpreting the intermediate phase as the SkX-2 phase is the most reasonable explanation.と言っているように上記解釈は実験的に確かめられたわけではなく、推測である。実験データでの検証が明らかに足りておらず、ちゃんとした査読に耐えられない。とはいえMnSc2S4という実験的実証なしの主張でも論文になる例もあるので、査読を通過することは可能であろう。アイディア自体は面白いと思うので、single-Qを否定する証拠を積み重ねていくと信頼度が向上するだろう。


32. Mechanism of Type-II Multiferroicity in Pure and Al-Doped CuFeO2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.066801 (2025).

CuFeO2はプロパースクリュー磁気構造、通常のスピンカレントモデルが当てはまらないマルチフェロイクスだ。新規メカニズムのd-p軌道混成機構なら説明できる。こういう”おバカ解釈”が一昔前は大まじめに考えられてきたが、単に系の対称性が低いことで説明可能でd-pメカニズムの寄与は不要である。電気分極に関するいい加減な考察で不要な混乱が起きて分野が消耗したが、ようやくgeneralized inverse DM機構が主流な理解になりつつあるようで喜ばしい。


31. Spin-orbit control of antiferromagnetic domains without a Zeeman coupling, doi.org/10.1038/s41535-025-00736-9 (2025).

Nd0.1Ce0.9CoIn5において面内磁場で反強磁性ドメインを制御している。当物質は正方晶でモーメントは\(c\)軸、incommensurateな変調が\([110]\)もしくは等価な方向\([1\bar{1}0]\)に走っている。一見面内磁場では\(q\)ドメインをそろえられなさそうだができるようだ。似た現象はCeCoIn5でも見えているようだ(doi.org/10.1038/NPHYS2833)。対称性の観点からは当たり前だが、実際にこういう現象が見えている物質はあまり知らない。

磁場を面内で回転させながら抵抗率の角度依存性を測ることでもドメインの変化を検証している。技巧的なのは電流の方向を結晶軸\([110]\)から\(14^{\circ}\)だけ\(c\)軸周りに回転させた向きにしていることだ。(わざとである、わ・ざ・と。試料の整形に失敗しちゃったというわけではない。念のため。)こうしておくことでローレンツ力由来の磁気抵抗効果によって抵抗が極小・極大になる角度を結晶軸からずらすことができる。ドメイン由来の磁気抵抗は磁場が結晶軸の高対称軸に向いたときに特徴的なふるまいを示すので、両者の効果を切り分けられるようだ。頭イイ(こういう論文を紹介することが本ブログの主目的である。)!


30. Super-geometric electron focusing on the hexagonal Fermi surface of PdCoO2, doi.org/10.1038/s41467-019-13020-9 (2019).

PdCoO2という酸化物にもかかわらず貨幣元素に匹敵する電気伝導率を有する物質のフェルミ面の形状に由来した異方的伝導特性をFIBデバイスにより調べた論文。

素晴らしい研究だが、結晶軸を取り違えている。Fig. 2aを一目見れば誰でもわかるように\(a,b\)軸の方向は\(30^{\circ}\)回転する必要がある。つまり結晶の6角形の面の辺の方向に沿って\(a\)軸が走る。これは三角格子を形成するイオン性結晶の特徴である(もしくは結晶面の出方からも推察できる。Laueを取るまでもない)。

上記のミスは論文の結論に致命的な打撃を与えるかというとそうではない。続くFig. 2bでは今度は逆格子空間の向きを取り違えている。Fig. 2bのtop panelをみると結晶の6角形の形状が分かる。もしFig. 2aの結晶軸の割り当てが正しいならFig. 2bのmiddle panelのBZの6角形は\(30^{\circ}\)向きを間違えている。2回向きを取り違えるというおバカミラクルによって、正しい結晶軸に整合した正しいBZの向きに戻っている。おしい。よかったね。(というよりこういうのは実際は結晶軸の方向を確かめずに測定を行ったあとで、実験結果の解釈につじつまが合うようにパワポ芸をしているんだろう。邪推だが。)

hexagonal, trigonal結晶の結晶軸や面の取り違えは代表的なおバカ結晶学なので論文を読むときは注意しよう。そのような間違いをしている論文は例えばdoi.org/10.1073/pnas.2401970121,


29. Thermal Transport Coefficients of a Superconductor, doi.org/10.1103/PhysRev.136.A1481 (1964).

超伝導体の熱電効果や熱伝導がどうなるかが考察されている。超伝導体は伝導率が無限大なので通常の金属で使える方程式が成り立たない。#28の\(i_{th}\)を考える際にも大事になりそう。しかしLuttingerの論文にもかかわらず引用が26しかなくて不安。Stephan (1965): doi.org/10.1103/PhysRev.139.A197もよさそう。これを読むと電流と電場、温度勾配、化学ポテンシャル勾配の関係は

\(\vec{J}=\rho_s\vec{v}_s+K_1((e/m)\vec{E}+(1/m)\vec{\nabla}\mu)-K_2(\vec{\nabla}T/T)\)

となって、定常状態なら第二項が消えて
\(\vec{J}=\rho_s\vec{v}_s-K_2(\vec{\nabla}T/T)\) 
となる。第一項は超伝導電流。このことはつまり外部電流\(J\)一定の境界条件のもとでは超伝導電流密度の項と温度勾配由来の項が影響を及ぼしあうということである。温度勾配が一定だとするとそれに応じて超伝導電流密度は温度勾配がない場合より大きくなったり小さくなったりするということのようだ。これなら臨界電流に関する非相反が出そうである。ただし、符号まで含めて#28を再現するかはよくわからない。この場合、臨界電流は\(J=J_c\)になったときにおきるのか、\(\rho_s\vec{v}_s=\vec{J}+K_2(\vec{\nabla}T/T)=J_c\)になったときなのか?FeSeでは\(-K_2(\vec{\nabla}T/T)>0\)である。そのため、前者の場合、thermoelectric currentの分だけ臨界電流は減少し、#28の議論は正しい。一方後者が正しい場合、臨界電流は向上するし、観測と逆である。超伝導の知識がないのでよくわかりません。誰か知ってる人います?


28. Field-free superconducting diode effect in layered superconductor FeSe, arxiv.org/abs/2409.01715 (2024).

超伝導ダイオードが時間反転の破れがなくても出ると言っているようだ。超伝導はエアプなのでこの話題はあまりよくわからない。想定外のアーティファクトなのだとしたら重要な指摘だ(真顔)。これまでの先行研究を再検証する必要を感じるのでメシがうまい。(ジュール熱の効果はこの手の現象においていの一番に考えることなので先行研究で考慮されてないなんてことはないはずなんだがダクター?)

サンプルがくさびのような形だと接触抵抗やらジュール熱の緩和の非対称性やらで温度勾配ができてしまって、熱電効果によって生じる電流\(i_{th}\)なるものの効果を考えないといけない。この余分な電流はサンプルの形状などによって決まるので常に同じ方向に流れている。すると外からかけている電流\(I_{ext}\)が\(i_{th}\)に平行なら実際より余分に電流密度があることになり超伝導は壊れやすく、反平行なら逆になる。こうして非相反性が生まれる。

現象論的にはそういわれると確かにありそうだが、基板や電極に貼り付けられた微小サンプルに実際温度勾配がどれくらいつくものなのかはっきりしない。それが観測にかかるほどの効果を生み出すのか非自明だと思う。また\(i_{th}\)にくみするキャリアはどこから供給されてどこにドレインされるんだろうか?電流計をつないで定電流モードで測っているんだから\(I_{ext}+I_{th}\)は常に一定になるのではないのか?だとしたら電流の総量が流す向きによって異なるなんてことにはならなそうに思う。

ちゃんと読めばわかるのかもしれないが、いかんせんp5-7にまたがる巨大な1段落が長すぎて読む気が起きない。ポストモダン小説の趣きといえなくもない。メシがうまいからまあいいか。

似た議論がPRBにアクセプト済みだ(arxiv.org/abs/2502.08928)。反論とかも出てこないか楽しみだ。


27. Absence of Nematic Instability and Dominant Response in the Kagome Metal CsV3⁢Sb5, doi.org/10.1103/PhysRevX.14.031015 (2024).

Nat. Phys.の論文(doi.org/10.1038/s41567-023-02272-4)におけるCsV3Sb5のelastoresistive effectの解析が間違っていることを明らかにした論文。かなしいなあ。

modified Montgomery法ではResistanceからResistivityに換算しないと異方的抵抗率の正しいふるまいを理解することはできない。これは\(R_{xx}\)と\(\rho_{xx}\)の関係が線形でないことから引き起こされる。引用文献にも上げているmodified Montgomery法の提案をしている論文(doi.org/10.1063/1.3652905)を読めば自明なのでなぜ気づかないのかは不明。

modified Montgomery論文(doi.org/10.1063/1.3652905)とオリジナルのMontgomery論文(doi.org/10.1063/1.1660656)の違いは原理的には皆無である。ただしオリジナル論文は結局何を計算すればいいのか?という誰もが期待する情報を書かないという意味不明な方針で論文が書かれている。modifiedの方は解析的な式と近似式を明示的に示しており、実践的な価値がある。

解析のアイディア:等方的な媒質直方体試料を考えて、抵抗率を\(\rho\)、試料の寸法を\(L_1\times L_2\times L_3\)とする。1つの長方形の面(\(L_1\times L_2\)のを選ぼう)の角ABCDのABに電流を流し、CDの電圧を測ることで抵抗\(R_1(=V_{CD}/I_{AB})\)を求め、同様にBCに電流を流しながらADの電圧を測ることで抵抗\(R_2(=V_{AD}/I_{BC})\)を求める。

抵抗率\(\rho\)と\(R_1\), \(R_2\)はとあるパラメータ\(H_i\) (\(i=1,2\)), \(E\) を使って

\(\rho=H_1ER_1=H_2ER_2\)

と書ける(doi.org/10.1063/1.1660657)。ここで

\(H_1^{-1}=4/\pi\sum ^{\infty}_{n=0}2/\left[(2n+1)\sinh[\pi(2n+1)L_2/L_1]\right]\)

\(H_2^{-1}=4/\pi\sum ^{\infty}_{n=0}2/\left[(2n+1)\sinh[\pi(2n+1)L_1/L_2]\right]\)

で試料の形状の特に\(L_1,L_2\)のみで決まる。抵抗の異方性や形状の異方性が大きくない場合、良い近似として

\(H_1\sim(\pi/8)\sinh[\pi L_2/L_1]\)

\(H_2\sim(\pi/8)\sinh[\pi L_1/L_2]\)

が使われる。

また\(E\)も\(L_i\) (\(i=1,2,3\))で決まる量である。とくに平板状の試料で\(L_3/(L_1L_2)^{1/2}<0.5\)が成り立つくらい\(L_3\)が薄ければ\(E/L_3\sim1\)とおける。

上記近似の範囲で抵抗率は

\(\rho=\frac{\pi}{8}L_3R_1\sinh[\pi L_2/L_1]=\frac{\pi}{8}L_3R_2\sinh[\pi L_1/L_2]\)

と書ける。

ここで今度は異方的な結晶で抵抗率テンソルが対角項のみ(\(\hat{\rho}=diag[\rho_1,\rho_2,\rho_3]\))であらわされ、直方体の寸法が\(L_1'\times L_2'\times L_3'\)である試料を考えよう。この試料をMontgomery法で測定したものは実効的に等方的抵抗率\(\rho(=(\rho_1\rho_2\rho_3)^{1/3})\)の寸法が\(L_i(=L_i'(\rho_i/\rho)^{1/2})\) (\(i=1,2,3\))である試料と等価になる(Wasscher変換, Philips Res. Repts. 16 301-306, 1961, doi無し)。

このことから上記の\(\rho\)に関する式は有効等方試料の抵抗率とみなすことができて、元の異方的試料の抵抗率に戻してやることができて

\(\rho_1=(\pi/8)E'(L_2'/L_1')(L_1/L_2)R_1\sinh[\pi L_2/L_1]\)

\(\rho_2=(\pi/8)E'(L_1'/L_2')(L_2/L_1)R_2\sinh[\pi L_1/L_2]\)

となる。ここで\(L_2/L_1\)は

\(\frac{L_2}{L_1}\simeq \frac{1}{2}\left[ \frac{1}{\pi}\ln\frac{R_2}{R_1}+\sqrt{\left[\frac{1}{\pi}\ln\frac{R_2}{R_1}\right]^2+4}\right]\)

と近似される。ただし、常に\(R_2/R_1>1\)とする(導出にはそう書かれているが実際この制限は必要ない.下記参照)。ここで\(\rho_{1}\)が\(R_1\)に対して線形でないと気づく。

また有効的な試料厚さは

\(E'=E(L_3'/L_3)\)

で与えられ、\(E'=L_3'\)と置けるのは\(E/L_3\sim 1\)と置けるときであることが分かる。それを検証するには上記のように\(L_3/(L_1L_2)^{1/2}\)を見積もる必要があり、

\(L_3/(L_1L_2)^{1/2}=(L_3/L_2)(L_2/L_1)^{1/2}=L_3'/L_2'(\rho_3/\rho_2)^{1/2}(L_2/L_1)^{1/2}\)

と置けるので、面内vs.面直の抵抗率の比が分かっているとよさそうだ。つまり標準的な4端子法でいいので、面直抵抗率\(\rho_3\)を測っておく必要がある。単に試料形状が平板状であればいいというわけではないことがちょっとした落とし穴で、系の二次元性が高く、\(\rho_3/\rho_1> 100\)とかになる物質もあるので注意が必要な場合もある。ただし、\(E'\)は\(\rho_1, \rho_2\)のどちらにも同じように入っているので、面内の抵抗率の異方性の議論には影響しない。

測定の手順としては試料の寸法(\(L_1',L_2',L_3'\))を測り、Montgomery法で抵抗\(R_1,R_2\)を測り、\(L_1/L_2\)を見積もればその逆数から\(L_2/L_1\)が計算できるので、抵抗率\(\rho_i,\rho_j\)が見積もれるというわけである。技術的な注意点としては試料をちゃんと直方体に整形すること、電極をコーナーの点極限になるようにできるだけ小さくつけることであろう。

ここで\(L_2/L_1\)と\(R_2/R_1\)を結びつける近似式について補足する。論文中の導出では\(R_2/R_1>1\)という制限があると記述されているが(doi.org/10.1063/1.3652905, Eq. (13)の直後)、実際は当該式は\(R_2/R_1<1\)でも成り立っている。実際に確かめてみよう。\(\frac{1}{\pi}\ln\frac{R_2}{R_1}=x\)と置いて、

\(L_2/L_1=\frac{1}{2}\left[ x+\sqrt{x^2+4}\right]\)

と書ける。一方、

\(L_1/L_2=\frac{1}{2}\left[-x+\sqrt{x^2+4}\right]\)

これの逆数を取って

\((L_1/L_2)^{-1}=\frac{2}{\left[-x+\sqrt{x^2+4}\right]}=\frac{1}{2}\left[x+\sqrt{x^2+4}\right]\)

これは正確に\(L_2/L_1\)に等しい。論文中の制限は不必要である。

追記:最近気づいたが、この手法はある条件下では間違った解釈を生み出してしまいかねない。適用できない条件下でむやみに公式を当てはめて議論するいわゆる”おバカ解析”の罠が潜んでいる。いつかそういう論文を見かけたら書いてみよう。(参考:Borup et al.,  doi.org/10.1103/PhysRevB.92.045210 (2015), Kleiza et al.,  http://przyrbwn.icm.edu.pl/APP/ABSTR/119/a119-2-17.html (2010))

#61を参照されたし。抵抗率テンソルが対角型でないとき、一般にMontgomery法は使えない。


26. Unraveling effects of competing interactions and frustration in vdW ferromagnetic Fe3GeTe2 nanoflake devices, arxiv.org/abs/2502.05018 (2025).

トポロジカルホール効果に関する”おバカ解析”の典型である。磁化容易軸とは垂直な面内に磁場をかけてホール応答が非自明だ云々と無意味な議論をしている。

異常ホール効果はxy平面に垂直な磁化に比例するものなので、面内に磁場をかければ磁化が傾いていき、低磁場で有限であったものがだんだん減少していき、高磁場極限でゼロになる。磁化に比例しないふるまいになるのは当たり前である。


25. Anomalous Nernst effect of Fe3O4 single crystal, doi.org/10.1103/PhysRevB.90.054422 (2014).

ネルンスト係数の符号の混乱の原因を作った論文の一つ。これより古い文献があれば教えてほしい。

熱電効果を議論しようとするとき、熱電テンソル(\(\hat{S}\))を使って

\(\vec{E}=\hat{S}\vec{\nabla} T\)

と置くのがよいだろう。\(x\)軸方向の温度勾配に対して平行に生じる電場は普通のゼーベック効果で

\(E_x=S_{xx}\frac{\partial T}{\partial x}\)

となり、自然に従来の定義とつながる(たしかゼーベック自身かモットあたりがこう定義したんだったはず)。

この場合、\(x\)軸方向の温度勾配に対する\(y\)軸方向の電場はネルンスト効果に対応する。そうであるならば

\(E_y=S_{yx}\frac{\partial T}{\partial x}\)

と書いて\(S_{yx}\)という表記でネルンスト係数とするのが自然だろう。(輸送現象のテンソル方程式は\(E_i=S_{ij} \nabla_j T\)とするのが自然。)ところが当該論文では何を考えたのか

\(E_y=S_{xy}\frac{\partial T}{\partial x}\)

と表記して\(S_{xy}\)をネルンスト係数と定義してしまったのである。このため、これを何も考えずに踏襲してネルンスト係数を議論する派閥とテンソルの定義として自然な\(S_{yx}(=-S_{xy})\)をネルンスト係数として議論する派閥が分かれてしまった。このため両者同じ係数を測っているはずなのに表記上は符号が真逆になることになる。同じようなことはホール抵抗率でも起きている(別ブログ参照)。そのため各文献で定義がまちまちで係数の符号の整合性が取れない原因になっている。異常ネルンスト効果の符号が違う材料を接合して熱電材料を作ろうとしている人たちはこんな状況でちゃんとやれているのか?

引用文献として挙げられているdoi.org/10.1103/PhysRevLett.99.086602doi.org/10.7567/APEX.6.033003ではちゃんと定義できている。要するに書き写す輩が阿呆なのだろう。


24. Characterization of Lorenz number with Seebeck coefficient measurement, doi.org/10.1063/1.4908244 (2015).

える しっているか?ローレンツ数(\(L=\kappa/\sigma T\))はゼーベック係数(\(S\))で与えられる。

\(L=1.5+\exp (-|S|/116)\)

おいおい冗談だろ。


23. Weighted Mobility, doi.org/10.1002/adma.202001537 (2020).

モビリティでよく知られているのはホールモビリティ(\(\mu_{\text{H}}\))で\(\mu_{\text{H}}=\sigma R_{\text{H}}\)で与えられる。ここで\(\sigma, R_{\text{H}}\)は伝導率とホール係数。モビリティが1 cm\(^2\) V\(^{-1}\) s\(^{-1}\)より大きいときに使われる。一方でモビリティが小さいとき、抵抗率とゼーベック係数(\(|S|\))からモビリティを見積もるweighted mobility (\(\mu_{\text{w}}\))を提案している。式て書くと

\(\mu_{\text{w}}=\frac{3\hbar^3\sigma}{8\pi e(2m_{\text{e}}k_{\text{B}}T)^{3/2}}\left[ \frac{e^{|\hat{S}|-2}}{1+e^{-5(|\hat{S}|-1)}}+\frac{\frac{3}{\pi^2}|\hat{S}|}{1+e^{5(|\hat{S}|-1)}} \right]\)

で与えられる。ここで\(|\hat{S}|=|S|\cdot e/k_{\text{B}}\)。おいおい冗談だろ。


22. Room-temperature unconventional topological Hall effect in a van der Waals ferromagnet Fe3GaTe2, doi.org/10.1063/5.0245797 (2025)

トポロジカルホール効果に関する”おバカ解析”の典型である。磁化容易軸とは垂直な面内に磁場をかけてホール応答が磁化に比例しないという無意味な議論をしている。


21. 

これは面白そうな物質だ。だれにもいわんとこ


20. NiSi: A New Venue for Antiferromagnetic Spintronics, doi.org/10.1002/adma.202302120 (2023).

Altermagnet候補のNiSiのトランスポートの研究である。Fig. 4(a)がHall resistivity (\(R_{xy}\))にもかかわらず磁場に関して対称なふるまいをしていて意味をなしていない。Supplementaryを読んだりするとわかるが、Hall conductivityの表式も間違っているし、van der Pauw法の記述も原理を理解しているか怪しい。ひょっとして専門家ではない?某研に横取りされないか心配だ。

ちなみにD. K. Singh et al.の論文(doi.org/10.1002/apxr.202400170)で紹介されているがarXiv版(2402.17451)から引用が一つずれているため、誰もたどり着けるものはいない。


19. Peculiar Magnetic and Magneto-Transport Properties in a Noncentrosymmetric Self-Intercalated van der Waals Ferromagnet Cr5Te8, doi.org/10.1021/acs.chemmater.4c02996 (2025).

トポロジカルホール効果の発現を主張しているが、ホール抵抗率と異常ホール効果によるフィットを見ると両者の一致は極めてよく、測定誤差と区別がつかないほんのわずかなずれがあることを拡大してトポロジカルホール効果を主張するのは無理がある。


18. Spin-Triplet Excitonic Insulator in the Ultra-Quantum Limit of HfTe5, arxiv.org/abs/2501.12572 (2025).

ホール伝導度の見積もりが誤っている。正しくは

\(\sigma_{xy}=\rho_{yx}/(\rho^2_{xx}+\rho^2_{yx})\)

よってプロットの符号は正負逆転する。電子・正孔の割り当ても反転する。論文の結論に壊滅的な打撃を与えるかは不明。逆行列の計算くらいできないものか。

同様の間違いをしている論文: arxiv.org/abs/2308.09695doi.org/10.1002/adfm.202424841,

上記論文ではこの論文(doi.org/10.1103/PhysRevX.8.041045)が引用されていて、ここでは正しい数式が使われている。要するに書き写す輩が阿呆なのである。


17. Origin of the turn-on temperature behavior in WTe2, doi.org/10.1103/PhysRevB.92.180402 (2015).

いわゆる逆オッカムの剃刀を使った解釈の筆頭として、XMR物質の磁気抵抗曲線を金属絶縁体転移とする主張があげられる(doi.org/10.1038/nphys3581)。これを思考停止で真似をして、抵抗-温度曲線をギャップ関数\(\rho\propto \exp(E_g/k_{\text{B}}T)\)でフィットしてギャップ\(E_g\)を見積もるという"おバカ解析"をする論文が後を絶たず、トポロジカルホール解析と並んで分野の腐敗を象徴していると誰かが言っていた。表題論文他、マルチバンドなどのconventionalな枠組みで説明する試みをメモしておくことで、おバカ解析をしてくる論文を査読するときに備えよう(今現在査読をしている論文とは一切関係がないことはここに明言しておく)。

LaBi: doi.org/10.1088/1367-2630/18/8/082002

PtSn\(_4\): doi.org/10.1103/PhysRevB.97.205132

\(T_d\)-MoTe\(_2\): doi.org/10.1103/PhysRevB.96.075132

WTe\(_2\): doi.org/10.1103/PhysRevLett.115.046602

Graphite: doi.org/10.1016/j.ssc.2003.11.037, "we find that a simple two-band transport model can qualitatively describe the temperature and field dependence, without appealing to a M–I scaling description."

Bismuth, Graphite: doi.org/10.1103/PhysRevLett.94.166601

一方で金属絶縁体転移を主張したい勢力もいる。マルチバンドに言及せずにおバカ解析をする論文は論外なので除外するとして、マルチバンドの効果も意識しつつ解析を試みている論文には一定の評価をしておいた方が論の防御力をあげられる。

Graphite: doi.org/10.1103/PhysRevLett.87.206401

InBi: doi.org/10.1103/PhysRevB.107.205111


16. Twofold symmetry of c-axis resistivity in topological kagome superconductor CsV3Sb5 with in-plane rotating magnetic field, doi.org/10.1038/s41467-021-27084-z (2021).

磁気抵抗の磁場を印加した方向についての依存性から系の対称性を調べている論文。データの解析法、見せ方に関して数学的に正しくないところが散見されるが、結論については問題なさそうだ。同様の奇妙なプロット法は他の論文にもみられる。doi.org/10.1021/acs.jpclett.3c02922

ぱっと見即座に指摘できる誤りは、(1)ホール伝導度\(\sigma_{xy}\)の表式が間違っている(正孔と電子の割り当てが逆になる)こと、(2)フーリエ級数展開に関する誤解(\(\theta\)に関するFFTの場合、逆空間の変数は\(\theta\)にならない)があげられる。議論したいことが何かはわかるが、学部数学の初歩的な誤解は情けないと言わざるを得ない。

後者は単斜晶であり、解析がさらにややこしくなる(だとしても輸送物性の初歩である)。たとえば伝導率テンソルを計算したい場合、逆行列をとる抵抗率テンソルの対角項はそもそも等しくないし(\(\rho_{xx}\neq \rho_{yy}\))、非対角項には磁場に関して対称な成分と反対称な成分(\(\rho_{yx}=\rho^s_{yx}+\rho^a_{yx}\))がある。これらをただしく測定して逆行列計算しないと伝導率テンソルにならない。注意しないと解析結果が全滅する可能性もあるが、これは詳しく見ないと判断できなさそう。


15. Anomalous and large topological Hall effects in β-Mn chiral compound Co6.5Ru1.5Zn8Mn4: electron electron interaction facilitated quantum interference effect, doi.org/10.1088/1361-648X/ada59f (2025).

ホール効果の測定と磁化の測定にもとづいてトポロジカルホール効果の発現を主張している論文である。こういう論文を見たときにチェックすべきは反磁場補正を行っているか?もしくは磁化サンプルと抵抗測定サンプルは同じものを使用しているか?である。どちらも明確な記述がないので判断できない。このことだけでも、そもそも適切にデザインされた研究結果とみなすことはできず、提示されている実験データや解析結果から著者らの主張を認めることはできないと結論せざるを得ない。

さらに奇妙なのは磁化データ(Fig. 1(e))にはヒステリシスがあるのに、ホール抵抗(Fig. 3(a))にはそれがないことである。邪推はしないにしても、両データが同じサンプルで測られたものではない可能性が推測される。また磁化に比例するはずの異常ホール効果の成分は通常磁化データを用いて見積もられるので、当然ヒステリシスがあるべきなのにFig. 3(a)の赤線にはそれがない。一体何のデータを用いて異常ホール効果を見積もったのか不明である。


14. Why is the electrocaloric effect so small in ferroelectrics?, doi.org/10.1063/1.4950788 (2016).

煽りワロ


13. Domain Wall Resistivity in SrRuO3, doi.org/10.1103/PhysRevLett.84.6090 (2000).

強磁性体のドメイン壁の向きをストライプ状にそろえることができて、それに伴って電流がストライプに平行・垂直どちらに流れるかによって抵抗が異なるようにできる(ということのようだ。本文中の書き方が不十分なので間違ってるかも)。一見すると面内で抵抗の異方性を誘起できるのでネマティック状態になっていることになる。ただし、電子系や単ドメイン状態でネマティックになっているわけではなく、系の不均一性に回転対称性の破れが表れているだけである。

ドメイン配置に関して形状効果が乗りやすい主に薄膜や細線のような系でみられるようだが、バルクで起きないとはいえないので、この実験だけでネマティシティ!と叫んだりすると恥をかくので注意だ(ぱっと探した限りそういう論文はなさそうでとても安心した)。

同様の実験:doi.org/10.1088/0953-8984/13/25/202doi.org/10.1103/PhysRevLett.85.3962doi.org/10.1103/PhysRevLett.80.5639doi.org/10.1103/PhysRevB.67.134436doi.org/10.1103/PhysRevB.59.11914


12. Giant multicaloric response of bulk Fe49⁢Rh51, doi.org/10.1103/PhysRevB.95.104424 (2017).

マルチ熱量効果として圧力と磁場をかける場合の熱量効果を評価する方法を提案している論文。主張として奇妙なのは、磁化の圧力・温度・磁場依存性のデータだけを使って圧力熱量効果(barocaloric effect, BCE)を評価できるとしていることである。圧力をかけることで磁化が変化するのはいいとして、体積の情報を一切知ることなしにbarocaloric効果を知ることができるのだろうか?

圧力が\(0\rightarrow p\)と変化したときのエントロピー変化分(\(H\), \(T\)は固定)として下記が提案されている。

\(\Delta S_{BCE, wrong}=\int_0^p \left(\frac{\partial M}{\partial p}\right)_{T,H}\cdot \left(\frac{\partial M}{\partial H}\right)_{T,p}^{-1} \left( \frac{\partial M}{\partial T}\right)_{p,H}dp\)

交差相関物性において、印加した外場(\(p\))に対して非共役な物理量(\(M\))だけを測定して、共役物理量(\(V\))の性質を解明できるだろうか?というよくある疑問である。これは一見するとマクスウェル関係式(\(\frac{\partial S}{\partial p}=\frac{\partial V}{\partial T}\), \(\frac{\partial M}{\partial p}=\frac{\partial V}{\partial H}\))などを駆使して何とかなるのではないか?とかbarocaloric効果の主要な起源が磁化の変化からくる場合に近似的に成り立つのではないか?とか思えてくる。もしちゃんと証明できれば魅力的かつ実験的にも有用な表式である。しかし直感では明らかに誤っていると思えてならない。

いまいちピンとこない場合はマルチフェロイクスに電場と磁場をかける場合に読み替えてみよう。電場を変化させたときに生じる電気熱量効果(electrocaloric effect, ECE)を評価したいときに、磁化の磁場・電場・温度依存性の測定だけで済ませることはできるだろうか?エントロピー変化は下記で得られる。

\(\Delta S_{ECE, wrong}=\int_0^E \left(\frac{\partial M}{\partial E}\right)_{T,H}\cdot \left(\frac{\partial M}{\partial H}\right)_{T,E}^{-1} \left( \frac{\partial M}{\partial T}\right)_{p,E}dE\)

この表式の中に電気分極の情報は一切入っていない。本来電気熱量効果を評価するなら

\(\Delta S_{ECE, correct}=\int_0^E \left(\frac{\partial P}{\partial T}\right)_{E,H}dE\)

となるべきである。両者は果たして同じなのか?なんか変だと思い始めたのではないだろうか?その直感は適切である。

ここで仮に電気磁気結合が全くと言っていいほどない物質を考えてみよう。その場合、\(\frac{\partial M}{\partial E}\)はゼロに近い値になってしまう。上式\(\Delta S_{ECE,wrong}\)が適用できるのであるならばそのような物質において電気熱量効果はゼロになるということになってしまう。いっそのことただの非磁性強誘電体BaTiO\(_3\)で考えてみよう。上式が正しいならそのような物質で電気熱量効果はゼロになるはずだということになる。もっと踏み込んで、一般に磁気的特性がない物質の電気熱量効果はゼロである。ということになる。そんな理不尽なことはあるまい。

ちゃんとした議論をしたいのなら、本論文で記述されている”導出過程”(AppendixA, Eq. (A13)-(A16))に誤りがあることを証明する必要がある。あるいは何らかの妥当な近似の上で成り立つかどうかを吟味する必要がある。結論を言うと\(\Delta S_{ECE, wrong}\)の表式は\(\Delta S_{ECE,correct}\)を厳密に評価する過程で出てくる項で厳密に相殺することが示せる。つまり、厳密にECEに寄与しないことが示せる(ブログ読者からの要望があれば示そうかな)。論文中のどこが間違っているのかを考えるのは学部熱力学と多変数解析のいい練習問題になるので興味がある人は挑戦してみてほしい。同様の誤りは#9の論文のEq. (19)にもみられる。また同著者らによる論文(doi.org/10.1016/j.matpr.2015.07.332)のEq. (8)も同様の誤りをしている。

これを使ってbarocaloric効果を評価している論文としてhttps://doi.org/10.1016/j.jre.2024.03.011https://doi.org/10.1016/j.actamat.2023.119596doi.org/10.1063/1.5090599, doi.org/10.1088/1674-1056/ab7da7

上記論文には別パターンとして

\(\Delta S_{ECE, wrong2}=\int_0^p \left( \frac{\partial M}{\partial T}\right)_{p,H=0}dp\)

という式を使用することもある。これはもう意味不明で、エントロピーと次元すらあっていない。本来はもちろん被積分関数内の\(M\)を\(V\)に置き換えるのが正しい。

どの分野にも間違った解析を(わざとではないにしろ)提案してしまう論文はあって、それを自分で確かめもせずに、あるいは自分でも導出に成功(?)して、その手法をトレースする論文はあるのだなと知れて勉強になる。研究とは人の営みである。いまのところ誤謬の伝染はそれほどでもない。

この誤ったエントロピー公式の問題が厄介なのは同物質を直接法で測定したbarocaloric効果(doi.org/10.1103/PhysRevB.89.214105)とだいたい一致してしまうことにある。これがたまたまなのか、パラメータを合わせたからなのか、計算ミスが隠れているのか、あるいは実際に有意な相関があるためなのかは詳しく見ないとわからない。数理的に間違った公式を使ってたまたま定量的に一致する予言を与えてしまうことはしばしば起きることである。


11. Measurement of the Hall coefficient using van der Pauw method without magnetic field reversal, doi.org/10.1063/1.1140990 (1989).

磁場反転なしにホール効果を測る方法。ほんとか?


10. Upper bounds on the magneto-electric susceptibility, doi.org/10.1016/0375-9601(69)90131-5 (1969).

電気磁気効果テンソルの上限について。Brown et al., (1968) (doi.org/10.1103/PhysRev.168.574)が嚆矢だが似たような文献を見つけたので貼っておく。

Upper bounds for material coefficients, E. Ascher (doi.org/10.1016/0375-9601(73)90057-1)

Pyroelectricity: microscopic estimates and upper bounds, P J Grout (doi.org/10.1088/0022-3719/8/13/026)

Relativistic Symmetries and Lower Bounds for the Magneto-Electric Susceptibility and the Ratio of Polarization to Magnetization in a Ferromagneto-Electric Crystal, E. Ascher (doi.org/10.1002/pssb.2220650227)


9. Thermodynamics of multicaloric effects in multiferroics, doi.org/10.1080/14786435.2014.899438 (2014).

マルチフェロイクスにおける熱量効果を熱力学的に議論した論文。内容はところどころ厳密な式変形をしていおらず、誤った表式を導出してしまっている。

p1897-1898においてEqs. (17)-(19)を使って外場\(y_1\)をゼロに保ったまま別の外場\(y_2\)を変化させたときに\(y_1\)に対して共役な秩序変数\(X_1\)が変化したときの熱量効果を導いている。

Eq. (18)が式変形の途中で勝手に独立変数を\(X_2\)から\(y_2\)に変更していているので厳密には正当化されない式変形である。これを使ってEq. (19)を導いているので厳密には正しくない。続くEq. (25)も途中でへんてこな式変形をしていて厳密な導出ではない。正しい変数変換に基づく定式化が必要だがちゃんとやろうと思うとなんだかむずかしいな。


8. A generalized thermodynamic theory of the multicaloric effect in single-phase solids, doi.org/10.1016/j.ijsolstr.2016.08.015 (2016).

 #7関連でVopson (2012)の間違いを指摘したStarkov et al.がmulticaloricに関して一般論を提唱した論文。これも無謬ではなく、系のエネルギーに関するEq. (10)が系の対称性を反映していないので適切ではない。特に最後の項\(\alpha_{ij}P_iM_j\)はLandau-Ginzburg自由エネルギーの観点から不適切である。正しくは自発分極(\(P_s\))や自発磁化(\(M_s\))からの差分(\(\Delta P = P-P_s\), \(\Delta M = M-M_s\))を使って\(\alpha_{ij}\Delta P_i \Delta M_j\)のような形で入れればよい(実際に\(E,H\)を独立変数とする自由エネルギーをルジャンドル変換してみよう)。

著者らは同様の正しくない議論をほかのところでも行っていて(doi.org/10.1016/j.ijrefrig.2013.08.006)、Eq. (9)に\(\alpha MP\)が入ってしまっている。

自由エネルギーが\(E, H\)を独立変数として、\(\alpha EH\)のように入っていれば適切である。その場合、\(\alpha\)は温度の関数であり、温度や外場の関数である秩序変数(\(P(T,E,H), M(T,E,H)\))の関数でもある。もしくは内部エネルギーが\(P,M\)を独立変数としていて、\(\gamma P^2M^2\)のように系のもともとの対称性を保つように導入されていれば適切である。書いててなんだか自信がなくなってきた。

elasto-electric multicaloricの議論にもミスリーディングところがあるので注意が必要だ。Eq. (17)は電場をかけたときの熱量効果のように見える表式(\(dS_E\))だが、実は境界条件によって電場をかけることで系に11, 22成分のストレスがかかってしまう。そのため実体はマルチ熱量効果であり、圧電係数に関連する項が出てきてしまう。33方向にストレスをかけて電場をかけない条件で生じた熱量効果が\(dS_{\sigma}\)で、電場および33方向のストレスを同時にかけたときに出る\(dS_{E+\sigma}\)から\(dS_{E}\)および\(dS_{\sigma}\)にプラスされる項が\(dS_{E\sigma}\)である。


7. The induced magnetic and electric fields’ paradox leading to multicaloric effects in multiferroics, doi.org/10.1016/j.ssc.2016.01.021 (2016).

This paper is the published version of the arXiv post (arXiv:1611.06262) by Vopson. It was written in an attempt to respond to the rebuttal given by Starkov et al. (arXiv:1602.04238).

In arXiv:1602.04238, Starkov et al. refuted the claim made by Vopson in the Solid State Communications (doi.org/10.1016/j.ssc.2012.08.016) in 2012.

In the paper by Vopson (2016), the author admitted the fallacy of his argument in Vopson (2012). The author proposed an alternative formulation to preserve his original claim, but there is still an incorrect argument that leads to the same false conclusion. He proposed to introduce the internal field (a fictitious magnetic field) \(\text{d}H_{me}\) when applying the electric field to multiferroics. However, this prescription is unreasonable because he treated this internal field as an independent variable in the free energy.

His Eq. (12) for the induced magnetization is as follows

\(\text{d}M=\left( \partial M/\partial T\right)\text{d}T+\left( \partial M/\partial E\right)\text{d}E+\left( \partial M/\partial H\right)\text{d}H_{app}-\left( \partial M/\partial H\right)\text{d}H_{me}\)

Evidently, the second and the fourth terms on the right are a double counting since the latter is proportional to the applied electric field. The induced magnetization due to \(H_{me}\) should already be included in \(\partial M/\partial E\) in the second term.

He argued that the \(\text{d}H_{me}\) is allowed by Newton's 3rd law or as an extension of Lenz's law. Neither of them makes sense. He also cited papers by Rado et al. and Agyei et al. (see #6 below) to support his claim, however none of them does not validate his argument. In particular, some of the claims in the Agyei et al. paper are completely incorrect as I pointed out in #6 below.

The claim made in Vopson's original paper (doi.org/10.1016/j.ssc.2012.08.016) is as follows. When applying a magnetic field to multiferroics, the temperature increase by a caloric effect is given by

\(\Delta T_H=-\frac{T}{C}\cdot \int_{H_i}^{H_f}\left[ \frac{\alpha_m}{\epsilon_0\chi^e}\cdot \left( \frac{\partial P}{\partial T}\right)_{H,E}+\left(\frac{\partial M}{\partial T}\right)_{H,E}\right]\cdot \text{d}H\)

\(\alpha_m\) is the coefficient for the magnetically induced magneto-electric effect. The first term in the integrand is not necessary. And thus, this formula overestimates (or underestimates depending on the sign of \(\alpha_m\)) the caloric effect in a magnetic field. 

This is because the caloric effect induced by the application of a magnetic field should be categorized as the magnetocaloric effect. According to Maxwell's relations, the resulting entropy change or the corresponding temperature change should be expressed solely in terms of magnetization. While \(H\)-induced electric polarization may also contribute to the entropy change, its effect should be included within the temperature dependence of \(M\). Manipulating symbols alone does not constitute a scientifically meaningful explanation.


6. On the linear magnetoelectric effect, doi.org/10.1088/0953-8984/2/13/010

線形電気磁気効果は結晶の磁気点群がある条件を満たすときのみ許される効果として知られているが、本論文では常磁性体であってもそれが許される状況がありうることを提案している。

明らかに誤っている結論だが、途中まであっている。間違いはp3012で起きていてる。常磁性強誘電体を静止系(S)でとらえると\(x\)方向に自発分極\(P^{(s)}\)が生じていて、自発磁化(\(M^{(s)}\))は存在しない。一方\(y\)方向に速度\(V\)で進む別の慣性系(S’)にとっては相対論的効果により\(M^{(s)}=(V/c)P^{(s)}\)が\(z\)軸方向に生じているように見える(これ自体はAC効果としてみると一見正しい)。すなわちS'系ではこの物質は強磁性強誘電体である。そして強磁性強誘電体は線形ME効果を許す。物理現象はどの慣性系で見ても同じのはずだから、静止系SでもME効果が観測されるはずである。

このように書くとどこに間違いがあるかは明白で、確かにS'系で見ると線形MEは出すのだろうが、それをS系に戻すときにその効果はローレンツ変換で消えてしまう。別の言い方をすると、S’系にとって電場で磁化を誘起している現象はS系では電場で電気分極を誘起したり、磁場で磁化を誘起したりする現象として観測されるはずであり、それは常磁性強誘電体にとって当たり前の応答であるからである。


5. Generalized Onsager’s Relation in Magnon Hall Effect and Its Implication, arxiv.org/2501.02250

マグノンホールが起きるための条件を考えているようだが読んでてよくわからなくなってしまった。effective time-reversal operationとして\(\mathcal{T}=TC^s_{2x}\)というのを、時間反転\(T\)とスピンだけひっくり返す\(C^s_{2x}\)で構成している。磁性体だとすでに対称性が破れていて、スピンの向きが決まってしまっているから安易に時間反転するとスピンの向きが異なる別の基底状態にいってしまうのでなんだかよくなさそうというのはなんとなくわかるが...

関連する論文(doi.org/10.1103/PhysRevLett.123.167202)も参照。この論文によると温度勾配\(\nabla T\)があるときの熱流\(j_Q\)は

\(\vec{j}_Q=\alpha_{xy}\hat{z}\times \vec{\nabla} T\)

と書ける。\(\mathcal{T}=TC^s_{2x}\)を施すと\(j_Q\)は反転して(\(T\)では反転して\(C^s_{2x}\)では熱流はスピンではないので反転しない)、\(\nabla T\)は反転しない(\(T\)でも\(C^s_{2x}\)でも反転しないので)となる。つまり\(TC^s_{2x}\)に関して対称な系では熱ホールは出ないという結論になる。これは成り立っているかどうか非自明だと思う。\(j_Q\)が流れているときにスピンだけをひっくり返すという操作が許されるのか自明ではない。もちろん静的状態でそういう対称性があるのはわかるが、温度勾配がある非平衡状態でスピンだけをひっくり返すとはいったい何なのか?サンプル全体をひっくり返すとかならまだわかる。実際の実験中にそうしてもできそうなので。非平衡状態に拡張して議論しても正しいことを暗に仮定していそうだがよく考えるととても奇妙だ。もっとよく考えると正しいのかもしれないが、暫定的に受け入れられないロジックである。識者のコメントを期待。


4. Electron-Electron Scattering in TiS2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.35.1786

#1の元ネタとなる実験報告である。抵抗の\(T^2\)依存が広い温度領域で観測されることはキャリア間の散乱が主要な起源であると言っている。本来金属で\(T^2\)則が見られるのは遷移金属やBiなどの半金属における十分低温の話で、室温まで見えるのは不思議だなあということらしい。

TiS\(_2\)はこれまでoff stoichiometricなサンプルしか測られておらず、本来の抵抗のふるまいが見られなかったが当時stoichiometricなサンプルのデータが報告されるようになって発見されたとのこと。

ざっと調べた感じ\(T^2\)が見られる物質はあまりないようで、ZrSe\(_2\)などがあるくらいだ(doi.org/10.1143/JPSJ.51.1223)。


3. Anisotropic electrical and thermal magnetotransport in the magnetic semimetal GdPtBi, doi.org/10.1103/PhysRevB.101.125119

みんなご存じのようにGdPtBiの抵抗の温度依存性は\(\frac{\partial \rho}{\partial T}<0\)になる不思議なふるまいだ。それに関するフィッティング曲線を議論している。

\(\rho(T)=\frac{\rho_0n_0+AT}{n(T)}\)

とおいて、キャリア密度\(n(T)\)に以下のような温度依存性を入れる。

\(n(T)=n_0+N\sqrt{k_BT\ln2[k_BT\ln (1+e^{E_g/k_BT})-E_g]}\)

ビビるくらい実験データを再現していて逆に怪しい。

式の導出は詳細がなく、引用先であるdoi.org/10.1109/ICT.2002.1190262とも微妙に違うので真偽は定かではない。\(N\)は個別のバンドの状態密度、\(E_g\)は電子バンドの底からフェルミエネルギーまでのエネルギー差、\(n_0\)は温度に依存しないキャリア密度。


2. On the Origin and the Amplitude of T-Square Resistivity in Fermi Liquids, doi.org/10.1002/andp.202100588

\(\rho\propto T^2\)に関するBehniaのレビュー。いろんな理屈があるなあ。


1. Electron-Hole Scattering and the Electrical Resistivity of the Semimetal TiS2, doi.org/10.1103/PhysRevLett.37.782

補償された(正孔と電子のキャリア密度が等しい)半金属において抵抗の温度依存性がどうふるまうかの議論。

BZ内の中心か端に小さなキャリアポケットがある状況を考える。その場合運動量を保存するe-e散乱は起こりえないという議論をしている。ポケットがBZ中心にあるときは成り立たない議論だと思う。その場合、同種キャリア間の散乱は無視できて、e-h散乱が主なキャリア間散乱メカニズムになるとしている。伝導率は以下で与えてある。

\(\sigma=e^2\mu \left[ \frac{(n_e-n_h)^2}{n_en_hm_em_h}\tau_{ip}+(1/m_e+1/m_h)^2(\frac{1}{1/\tau_{eh}+1/\tau_{ip}})\right]\)

ここで\(\mu=(1/n_e m_e+1/n_h m_h)^{-1}\), \(n_{e/h}\)はキャリア密度, \(m_{e/h}\)は有効質量, \(\tau_{ip}\)は不純物散乱およびフォノン散乱の緩和時間逆数和, \(\tau_{eh}\)は電子-正孔散乱の緩和時間。完全に補償された半金属では\(n_e=n_h\)になることが大事で、抵抗率は

\(\rho=\frac{1}{ne^2}\left(\frac{1/\tau_{eh}+1/\tau_{ip}}{1/m_e+1/m_h}\right)\)

フォノン散乱がなくなる十分低温では、\(1/\tau_{eh}\propto T^2\)によって\(\rho= \rho_0+A T^2\)になる。フォノン散乱が効いてくる高温でも\(T^2\)項はあるので\(\rho=\rho_0+BT\)には一見従わない。要は\(\rho-T\)曲線が下凸になるようだ。

Eq. (9)直前のFig. 1はFig. 2のタイポ。

対象物質のTiS\(_2\)ではstoichiometricなとき、低温から室温までの広い温度領域で抵抗率は\(T^2\)に従う。

同著者らによる続き:doi.org/10.1103/PhysRevB.19.2394doi.org/10.1103/PhysRevB.19.6172, doi.org/10.1088/0305-4608/6/11/002どれもあまり引用されていない。適用できる物質は少ないようだ。特に1つ目の論文では同様の考察のもとHall効果に関する理論モデルを提唱しているがTiS\(_2\)のHall効果を説明できないとNote added in proofに記述がある。どうやらすでに死亡した理論のようだ。ただしe-h散乱による\(T^2\)抵抗の文脈では理論モデルの一つとして引用されることがたびたびある。

別グループによる適用例:doi.org/10.1103/PhysRevB.38.5134doi.org/10.1103/PhysRevB.41.3060あまり広く受け入れられているとは言えない。

2024年10月24日木曜日

その物理量、みつもれますか?

実験でデータが得られたらそれで終わりではない。一つの実験値からいろいろなことが見積もれる。必要になるたびにいちいち導出するのは面倒なのでメモしておく。当然適切な使い方をしなければ見積もりは間違った推論を引き起こす。見積値を用いて考察するときの注意点も追記していく。

目次

物理定数

単位を換算したりするときにこれらの量を使うことになる。値はウィキペディアから取ってきているが、たぶんあっているだろう。安達磁性の裏表紙には電子質量が~\(10^{-34}\) kgと書いてある。深刻な誤植が多い教科書として有名だがこんなところにまで誤植があるのは本当に信じられない。

電荷素量 \(e\) = 1.602176634E−19 C

プランク定数 \(h\) = 6.62607015E−34 J\(\cdot\)s

ディラック定数 \(\hbar=h/2\pi\) = 1.054571817E-34 J\(\cdot\)s

ボルツマン定数 \(k_{\text{B}}\) = 1.380649E−23 J K\(^{-1}\)

アボガドロ定数 \(N_{\text{A}}\) = 6.02214076E23 mol\(^{-1}\)

気体定数 \(R = (N_{\text{A}}k_{\text{B}})\) = 8.31446261815324 J K\(^{−1}\) mol\(^{-1}\)

光速 \(c\) = 299792458 m/s

電子質量 \(m_{\text{e}}\) = 9.1093837139E−31 kg

ボーア磁子(\(\mu_{\text{B}}=\frac{e\hbar}{2m_{\text{e}}}\)):9.2740100657(29)E−24 J T\(^{-1}\)


比熱

電子状態密度とデバイ温度(\(D(E_{\text{F}})\), \(\Theta_{\text{D}}\))

固体の比熱(\(C_{\text{p}}\))が伝導電子、フォノンの寄与からなるとすると、十分低温で

\(C_{\text{p}}=\gamma T+\beta T^3\)

と書ける。単位はJ K\(^{-1}\) mol\(^{-1}\)。 \(\gamma\)は電子比熱で単位はK\(^{-2}\) mol\(^{-1}\)。\(\beta T^3\)は音響フォノンの比熱(\(\beta\)の単位はJ K\(^{-4}\) mol\(^{-1}\))。ここで大事なのはmolが何に対する量なのかということである。たいていは組成式のformula unitが1 mol集まったときの量を考えているが、別に単位胞1 molでもいいし、単体物質だったら原子1 molだってよい(2原子分子だったらどうとるのがいいのだろう?)。単位の見た目からはそのことが分からなくなっている。

電子比熱はフェルミエネルギーにおける状態密度(\(D(E_{\text{F}})\))と関係していて、

\(\gamma=\frac{\pi^2}{3}k_{\text{B}}D(E_{\text{F}})\)

と書ける。後者の単位はeV\(^{-1}\) f.u.\(^{-1}\)が使われることが多い。f.u.はここでも代替として単位胞あたりだったり原子当たりだったりする。表記から省かれることがあるが明らかに混乱のもとである。\(\gamma\)の測定値から見積もる場合、電荷素量とアボガドロ定数でスケールする。

\(D(E_{\text{F}})\) [eV\(^{-1}\) f.u.\(^{-1}\)] = \(\gamma\) [J K\(^{-2}\) mol\(^{-1}\)] \(\cdot N_{\text{A}}^{-1}\cdot \frac{3}{\pi^2k^2_{\text{B}}}\cdot e\)

これと何かを比べるとしたら、ARPESや量子振動でフェルミオロジーをすることによってフェルミ面の形を解析した場合だろう。\(i\)番目のフェルミ面の大きさが第一ブリルアンゾーン内で\(S\) [Å\(^{-3}\)]であればそれをエネルギー微分して

\(D_i=\frac{1}{8\pi^3}\frac{\partial S}{\partial E}\times s \times v\) [Å\(^{-3}\) eV\(^{-1}\)]と求められる。\(1/8\pi^3\)は単位体積あたりの物質に対して、運動量空間の単位体積当たりの状態数で、\(S\)にこれをかけないと状態密度にならないから必要である。\(s\)はフェルミ面\(i\)がスピン縮退していれば2, していないなら1である。系の空間・時間反転対称性の破れ方によってスピン縮退は解けたり解けなかったりするので、\(i\)番目のフェルミ面がどうなっているのか注意が必要だ。\(v\)はバレー自由度で例えば六方晶のM点のフェルミ面ならコピーが3つあるので3になる。エネルギー微分とは何だろうかというとバンドの傾きなので、有効質量に関する情報が何かしら必要になる。有効質量は一般的に異方的なので、複雑なフェルミ面の全情報を得ることは困難で、何らかの近似が必要になるだろう。回転楕円体とかまでなら比較的に簡単に計算できる。大事なのはここでも状態密度の単位で、[Å\(^{-3}\) eV\(^{-1}\)]をf.u.あたりに変えることが必要になる。


デバイ模型では体積\(V\)の固体の中に\(N\)個の点(振動子)があると考えて系の全比熱を以下のように書く。

\(C=9Nk_{\text{B}}(\frac{T}{\Theta_{\text{D}}})^3 \int_0^{\Theta_{\text{D}}/T}{\frac{z^4e^z}{(e^z-1)^2}}\text{d}z\)

積分は低温極限で\(\frac{4\pi^4}{15}\)になるので

\(C_{\text{LT}}=\frac{12\pi^4}{5}Nk_{\text{B}}(\frac{T}{\Theta_{\text{D}}})^3\)

となる。単位はこの時点ではJ K\(^{-1}\)。実験値と合わせるためにf.u. molあたりの量にすると、体積\(V\)の中にf.u.体積\(v\)が\(V/v\)個ある。これは\(V/(vN_{\text{A}})\) molあるので

\(C_{\text{LT}}\) [J K\(^{-1}\) mol\(^{-1}\)] \(=\frac{12\pi^4}{5}(\frac{Nv}{V})N_{\text{A}}k_{\text{B}}(\frac{T}{\Theta_{\text{D}}})^3=\frac{12\pi^4}{5}nN_{\text{A}}k_{\text{B}}(\frac{T}{\Theta_{\text{D}}})^3\)

ここでf.u.あたりの振動子数として\(n=Nv/V\)を導入した。

フォノン比熱はデバイ温度(\(\Theta_{\text{D}}\))を使って、

\(\beta =\frac{12\pi^4k_{\text{B}}N_{\text{A}}}{5\Theta_{\text{D}}^3}\cdot n\)

と書けるのでデバイ温度は

\(\Theta_{\text{D}}=\sqrt[3]{\frac{12\pi^4k_{\text{B}}N_{\text{A}}}{5\beta}n}\)

から見積もれる。

ここでデバイ温度の単位は単にKのみなので、電子比熱にはあったmolやf.u.の定義に関するわずらわしさが一見するとなくなってしまったように見える。しかしそうではなく、継続してどのようなmolあたりの比熱から見積もったデバイ温度なのか?がほかの物理量を見積もるときの定義式に影響を与える。単位からはその情報が完全に抹消されるのでむしろ電子比熱のときより病的であると言える。

また謎の因子\(n\)を説明していない。これはf.u.あたりの振動子の個数で定義され、デバイモデルを適用するときにどのように仮定を置いたかにも影響される因子である。例えば単体で単位胞当たり1原子しかないなら、振動子は\(v\)あたり1つなので\(N=V/v\)となって、\(n=1\)となって単純だ。しかし単体でない、単位胞内に複数原子がある、単位胞内に複数f.u.あるとなった時点で、振動子をいくつに取るのかはフォノン分散にどのようなモデルを適用したかに依存する。これはどこまでを音響フォノンとみなして、どこまでを光学フォノンとみなすかと関係している。たとえばf.u.あたり\(p\)個の原子がある場合、格子振動の自由度は\(3p\)個ある。このうち3つを音響フォノンに割り当てると\(n=1\)になって、のこりの\(3p-3\)個は光学フォノンに割り当てることになる。一方、\(n=p\)とするとすべての格子変位の自由度を音響フォノンに割り当てることになる。明確な基準はなく、解析する人の好みで変えていいことになっている。それにもかかわらず文献ではそのことを明記しないことがほとんどである。そのためデバイ温度は異なる文献同士で値を比較するのはほとんど不可能に近い。それにもかかわらず誰も気にしていない、そんな物理量(?)である。

具体例をあげよう。

(1)CaF\(_2\)の比熱。f.u.あたり3原子あるので\(n=3\)とおく(doi.org/10.1103/PhysRev.117.709)。これは光学フォノンまですべて含めてデバイ模型で近似するということである。これはまあ組成式も単純だし、良しとしよう。

(2)スピネルFeMn\(_2\)O\(_4\)の比熱。f.u.あたり7原子あるので\(n=7\)とおく(doi.org/10.1103/PhysRevB.97.024410)。ちゃんと書いてて偉い。

(3)YBa\(_2\)Cu\(_3\)O\(_{7-\delta}\)の比熱。f.u.あたり13原子あるので\(n=13\)とする(doi.org/10.1103/PhysRevB.36.2401)。\(\delta\)のことはどうでもいいようだ。それにしても4種類13原子をすべて音響フォノンの振動子とみなすのはなんかもやっとする。

(4)フラーレンの比熱。フラーレンはC\(_{60}\)の分子式の物質で250 K以下で分子が4つ一組になり、単純立方格子を形成している。4分子をひとまとめの点にして振動子とみなすならf.u.あたりの振動子は\(n=1/4\)になる(doi.org/10.1103/PhysRevLett.68.2046)。一気に少なくなった。フラーレンだとさすがに各分子60個の原子からなるから、f.u.あたりの振動子数として60を採用するのは気が引けるようだ。線引きはどこにあるんだろう。

(5)triphenylene2,3,6,7,10,11-hexacarboxylic acid methyl esterの比熱。もはや1分子の原子数がよくわからなくなっているが、1分子当たり1振動子とおくようだ(doi.org/10.1021/jacs.3c07921)。これは自然な定義な気がする(もちろん明記しないと意味がない)。

(6)ペロフスカイトの音速。パターンが見えてきたよと思い始めたところ悪いが例外(doi.org/10.1016/0031-9201(89)90253-7)。これはABX\(_3\)のペロフスカイト物質に対してf.u.あたり\(n=1\)と置いている。5ではなくて残念。とはいえ定義を明記しているだけましである。


熱輸送

音速(\(v_{\text{s}}\))

音響フォノンの分散の\(\Gamma\)点近傍の傾き\(\omega=v_s \hbar k\)で音速\(v_s\)が与えられる。デバイ模型では\(T^3\)比熱に寄与する音響フォノン分散が存在する運動量空間の領域を半径\(k_{\text{D}}\)の球で近似する。そのとき振動子の個数と球の中の状態数が一致するように\(k_{\text{D}}\)をきめるので、

\(\frac{1}{8\pi^3}\frac{4\pi}{3}k^3_{\text{D}}=n/v\)

となる。\(n\)はf.u.あたりの振動子数。\(v\)はf.u.あたりの体積である。

\(v_{s}\hbar k_{\text{D}}=k_{\text{B}}\Theta _{\text{D}}\)

によって音速の表式が得られるので、音速はデバイ温度を使って

\(v_s=\frac{k_{\text{B}}\Theta_{\text{D}}}{\hbar}(6\pi^2 n /v)^{-1/3}=\frac{k_{\text{B}}\Theta_{\text{D}}}{\hbar}(6\pi^2 \frac{nN_{\text{A}}\rho}{M})^{-1/3}\)

と書ける。最後の式は\(\rho\)が密度、\(M\)が分子量で、\(v=M/(N_{\text{A}}\rho)\)を書き換えただけだが、文献によってはこっちの方がでてくる。

音速からデバイ温度を消し去って、フォノン比熱係数\(\beta\)だけの式にすれば恣意性のある\(n\)から解放される。その際、比熱係数は単位体積当たりの量\(\beta'=\beta/(N_{\text{A}}v)=\frac{12\pi^4k_{\text{B}}}{5\Theta^3_{\text{D}}}\frac{n}{v}\) [J K\(^{-4}\)m\(^{-3}\)]にスケールしておく。

\(v_s=(\frac{2\pi^2}{5})^{1/3}\frac{k^{4/3}_{\text{B}}}{\hbar}(\beta')^{-1/3}\) [m/s]


平均自由行程(\(l\))

熱伝導率\(\kappa\)は温度勾配がある系における熱流量を特徴づける量で

\(J_x=\kappa_{xx} (-\frac{\partial T}{\partial x})\)

である。テンソル量なので\(xx\)成分を書いた。単位はW K\(^{-1}\) m\(^{-1}\)で与えられることが多い。

初等的な熱拡散の考察から熱伝導率は以下で与えられる。

\(\kappa = \frac{1}{3}C_{\text{p}}v_{s}l\)

ここで、\(l=v_s \tau\)は平均自由行程で散乱時間\(\tau\)までの間に進む距離である。熱伝導率、フォノン比熱、音速のそれぞれが与えられていれば\(l\)を見積もれる。

\(l=3\kappa /C_{\text{p}}v_s\)

ここで比熱は単位体積当たりの量になるように単位を変換する必要がある。もともとf.u. molあたりで測定していた場合はf.u. molあたりの体積が必要になる。これは単位胞の体積と同じになるとは限らない。単位胞内にf.u.が何個あるかよく確認しよう。

低温ではフォノンの散乱は抑制され、試料端での散乱のみになる。\(l\)の温度依存性と試料寸法を比べて散乱メカニズムの推移を観察できる。


輸送

抵抗率(\(\rho_{xx}\)):

抵抗試料に電流\(I\)を流したときの電圧が\(V\)だとして、オームの法則\(V=RI\)によって抵抗(resistance)を定義する。抵抗率(resistivity)は試料の寸法の因子を規格化したもので、電流密度(単位断面積当たりの電流) \(J_i\)が流れているときの電場(単位長さ当たりの電圧変化) \(E_i\)は抵抗率テンソル(\(\rho_{ij}\))をつかって\(E_i=\rho_{ij}J_j\)と書ける。ここで\(i=x,y,z\)はデカルト座標系の各方向。

\(xx\)成分の抵抗率は

\(\rho_{xx}=R\cdot w\cdot t/l\)

と書ける。ここで\(w\)は試料の幅、\(t\)は試料厚さ、\(l\)は電圧を測定した電極間の距離である。\(\rho_{xx}\)の単位はOhm \(\cdot\) cmなどである。

それぞれの寸法が\(t=200\) \(\mu\)m, \(w=500\) \(\mu\)m, \(l=1000\) \(\mu\)mの試料を測定して、1 mA流して10 \(\mu\)Vの電圧を観測したら\(\rho_{xx}=100\) \(\mu\)Ohm\(\cdot\)cmである。もし1 \(\mu\)Ohm cm以下の抵抗率を測定したい場合、シグナルを大きくするにはどうしたらいいだろうか?ノイズレベルと得られる試料の大きさと相談だ。


残留抵抗比(RRR):

抵抗率の高温~300 Kなどでの値\(\rho_{\text{300 K}}\)と最低温~ 2 Kなどでの残留抵抗値\(\rho_{0}\)の比:\(\rho_{\text{300K}}/\rho_{0}\)をRRRという。金属というものは低温にいくにしたがって抵抗が下がるものというゆるい定義があるので(半導体的な場合はこの逆になる)、RRRは1より大きく、大きければ大きいほど良い金属というわけである。高温ではフォノン散乱などの影響で高い抵抗を示していたものが、温度を下げるにしたがって不純物散乱のみが残るというわけである。

抵抗を使ってもこの値は変わらないので、比較対象となる文献値が抵抗でしか与えられていないときはこれを見積もればよい。無次元量。10前後を目指したい...


ホール抵抗率(\(\rho_{yx}\)):

印加電流(\(I_x\)とする)に対して横方向(\(y\)とおく)に生じる電圧(\(V_y\))をホール電圧という。抵抗と同様、ホール抵抗率(\(\rho_{yx}\))に換算できて、

\(\rho_{yx}=V_y/I_x\cdot w \cdot t/l'\)

となる。ここで\(l'\)はホール電圧を測定した電極間距離(の\(y\)軸射影成分)。\(w\)と\(l'\)はほぼ同じになるので、ホール抵抗率の小さな試料に対してシグナル\(V_y\)を大きくしたいなら\(t\)を薄くするか\(I_x\)を大きくするしかない。そうはいっても\(t\)はせいぜい50 \(\mu\)mで、\(I\)は10 mAくらいだろう。観測したいホール抵抗率に対してホール電圧\(V_y\)はどれくらいか?測定系のノイズレベルはどれくらいか?検討してみよう。


ホール係数(\(R_{\text{H}}\)):

ホール抵抗率が印加磁場(\(B\))に関して線形だとすると比例係数(\(R_{\text{H}}\))を使って

(\(\rho_{yx}=R_{\text{H}}B\))

と書ける。キャリアは正なら正孔的、負なら電子的である。符号に注意しよう。これは\(xyz\)座標を右手系でとる限り必ずこうなる。単位はcm\(^3\)/Cが多い。Ohm\(\cdot\)cm/T = Ohm cm m\(^2\)/V/s = 10\(^4\) cm\(^3\)/C。

仮に1 Tで1 \(\mu\)Ohm cmのホール抵抗率なら、\(R_{\text{H}}=10^{-2}\) cm\(^3\)/C。

ホール効果は磁場に関して線形とは限らないが、ゼロ磁場付近の傾きを取るとか、線形になっている部分をある程度恣意的に選んで見積もられることが多い。いい加減だなあ。


キャリア密度(\(n\)):

単バンド球形フェルミ面を持つ系のキャリア密度は\(R_{\text{H}}=\pm\frac{1}{en}\)から見積もれて、

\(n=\frac{1}{e|R_{\text{H}}|}\)

である。\(R_{\text{H}}\)が大きいほど\(n\)は小さく見積もられる。単位はcm\(^{-3}\)が多い。

\(R_{\text{H}}=10^{-2}\) cm\(^3\)/Cなら\(n\sim 6.2\times 10^{20}\) cm\(^{-3}\)。

もちろん一般に物質はマルチバンドである。理論的には強磁場極限でこの見積もり方でもトータルのキャリア密度を見積もれることになっているが、現実的ではないし、検証がどれくらいされているのか不明。ゼロ磁場極限でのホール係数からキャリア密度を見積もる場合、各キャリアの移動度で加重平均を取っていることになる。

もっとも簡単な2キャリア系におけるゼロ磁場近傍のホール係数は以下のようになる。

\(R_{\text{H}2}=\frac{\rho_{yx}}{B}=\frac{1}{e}\frac{n_{\text{h}}\mu^2_{\text{h}}-n_{\text{e}}\mu^2_{\text{e}}}{(n_{\text{h}}\mu_{\text{h}}+n_{\text{e}}\mu_{\text{e}})^2}\)

\(n_{\text{e/h}}\)は電子・正孔のキャリア密度、\(\mu_{\text{e/h}}\)はそれぞれの移動度である。仮に正孔のみだった場合、正しく符号が正になることを確認しよう。

この式からそれぞれのキャリア密度と移動度の大小によってホール係数は正にも負にもなれることが分かる。とある論文でホール係数がドープによって変化したからキャリア密度が変わったのだという粗い議論をしているのを見たことがあるがとんでもなくいい加減な解析である(その方が彼らの主張にとって都合がよかったからというのは言うまでもない)。ドープによってキャリアが注入されなくてもそれが特定のキャリアの移動度に強く影響を与えるならホール係数の符号は変化してしまう(doi.org/10.1007/BF01320170)。ホール係数からキャリア密度を見積もる際の妄信は禁物である。


移動度(\(\mu\)):

ドルーデ理論によりゼロ磁場の抵抗率\(\rho_{0}\)は

\(\rho_{0}^{-1}=\sigma=en\mu=ne^2\tau/m_{\text{eff}}\)

で与えられる。ここで\(\sigma\)は伝導率、\(m_{\text{eff}}\)はキャリアの有効質量、\(\tau\)は散乱時間である。

移動度\(\mu\)は

\(\mu=\frac{e\tau}{m_{\text{eff}}}\)

で定義されているが、\(\tau\)などがわからないと見積もれない。単位はcm\(^2\)/(V\(\cdot\)s)が採用されることが多い。1000 cm\(^2\)/(V\(\cdot\)s)を超えないと話にならない。

抵抗が良いとは抵抗が低いことを指す表現で、この式に従うなら移動度が高いほど、キャリア密度が高いほど、抵抗が良いといえる。移動度は散乱時間が長いほど、有効質量が軽いほど高い。キャリア当たりの流れやすさといった感覚と合致する。

ちょうど磁束密度の逆数になっており、例えば1000 cm\(^2\)/(V\(\cdot\)s) \(= \frac{1}{10}\) T\(^{-1}\)。量子効果が見え始める磁場に対応しており、量子振動を見るには\(B> \mu^{-1}\)ぐらいが必要(と期待される)。まず抵抗とホールを測ってみて、下記のように移動度を見積もり、どれくらいの磁場が必要か(おうちラボでせいぜい10 T)、ときには強磁場実験(30 T以上)を検討しなければいけないかを知っておくことができる。ただし本当に量子振動をするかは実際測ってみるまでわからない。

ホール測定でキャリア密度\(n\)が見積もられていれば上式から移動度が

\(\mu_{\text{H}}=1/(e\rho_{0}n)=|R_{\text{H}}|/\rho_{0}\)

と見積もられ、いわゆるホール移動度と呼ばれている。

仮に\(\rho_{0}=5\) \(\mu\)Ohm cm、\(n=6.2\times 10^{20}\) cm\(^{-3}\)なら\(\mu_{\text{H}}=2000\) cm\(^2\)/(V\(\cdot\)s)となる。マルチキャリアであることを考慮していないので平均値を求めているような格好になる。ホール効果が磁場に関して線形であることを前提にしているので、非線形性が出るようなら2バンドモデルなどを試みよう。

ホール効果を測らなくても磁気抵抗だけから移動度を見積もることができる。磁場中の抵抗とゼロ磁場抵抗の差をゼロ磁場抵抗で比を取ったものを磁気抵抗率(MR)と呼ぶ。

\(MR=(\rho (B)-\rho_0)/\rho_0=\Delta \rho/\rho_0\)

半古典理論で伝導率(\(\sigma\))を書くと

\(\sigma(B) = \frac{en\mu}{1+(\mu B)^2}\)

なので、ホール効果は無視できるとして\(\rho=\sigma^{-1}\)から

\(MR=(\mu B)^2\)

である。このとき、シングルバンド系の半古典理論をまじめに考えると磁気抵抗は出ない(!?)という結論に至ることは無視する。なぜなら実際磁気抵抗は出るからだ。一方で、実際測ってみるとMRは\(B^2\)からかなりずれることが多い。それも無視して無理やりフィットすると\(\mu\)が求まる。ホール移動度と一致しないことも多いので区別するために\(\mu_{\text{MR}}\)と書いたりする。


フェルミ波数(\(k_{\text{F}}\)):

球状のフェルミ面の場合、フェルミ球の半径\(k_{\text{F}}\)はキャリア密度\(n\)であらわせる。スピン自由度を考慮して

\(n=\frac{2}{8\pi^3}\frac{4\pi}{3}k^3_{\text{F}}=\frac{k^3_{\text{F}}}{3\pi^2}\)

よって、\(k_{\text{F}}=\sqrt[3]{3\pi^2n}\)となる。ここでホール効果で見積もったキャリア密度を無理やり入れればフェルミ波数が見積もれる。単位はÅ\(^{-1}\)やnm\(^{-1}\)。キャリア密度が低いほどフェルミ波数も小さい。もちろんフェルミ面は単純な球とは限らないので、この見積もりで分かるのはフェルミ面の運動量空間での大きさのおおよその値である。ブリルアンゾーンの大きさは格子定数から簡単に見積もれるのでそれと比べたりできそう。


有効質量(\(m_{\text{eff}}\)):

これは電子比熱\(\gamma\)とフェルミ波数(\(k_{\text{F}}\))から見積もれる。

\(D(E_{\text{F}})=\frac{\partial n}{\partial E_{\text{F}}}=\frac{k_{\text{F}}m_{\text{eff}}}{\hbar^2\pi^2}\)

\(m_{\text{eff}}=\frac{3\hbar^2 \gamma}{k^2_{\text{B}}k_{\text{F}}}\)

ここで\(\gamma\)の単位はmolで測ったものではなく単位体積を使って、J K\(^{-2}\) m\(^{-3}\)に換算する。たとえばf.u. 1 molあたりの比熱から\(\gamma\)を見積もっているならf.u.あたりの体積を見積もってからスケールする必要がある。比熱測定は低温で行われるので、単位胞の体積を見積もるには低温での格子定数が必要だが、格子定数の室温からの収縮は無視して(せいぜい0.5%)、室温XRD測定で見積もっても精度としては十分である。電子比熱が大きいほど有効質量は大きい。マルチキャリアの効果は考慮されていない。


フェルミエネルギー(\(E_{\text{F}}\))

フェルミ波数\(k_{\text{F}}\)と有効質量\(m_{\text{eff}}\)の見積もりがあれば、フェルミエネルギーが見積もれる。これはつまり、電子比熱\(\gamma\)とキャリア密度\(n\)からフェルミエネルギーを見積もれるということである。

\(E_{\text{F}}=\frac{\hbar^2}{2m_{\text{eff}}}(3\pi^2n)^{2/3}=\frac{\pi^2k^2_{\text{B}}n}{2\gamma}=\frac{3n}{2D(E_{\text{F}})}\)

ここで\(n\) [f.u.\(^{-1}\)]と\(D(E_{\text{F}})\) [eV\(^{-1}\) f.u.\(^{-1}\)]の単位に注意しよう。状態密度の単位に合わせるために\(n\)はf.u.の体積に合わせてスケールする必要がある。

当然マルチバンドであることは考慮されていない。下記にあるように量子振動で各フェルミ面の大きさと有効質量が見積もれれば各バンドのフェルミエネルギー(?)なるものが見積もれる。注目しているバンドだけを抜き出してきて有効モデルを作るときとかに使えそう。

またフェルミエネルギーからフェルミ温度\(k_{\text{B}}T_{\text{F}}=E_{\text{F}}\)を見積もっておくと、測定している温度領域に対して電子がどれくらい縮退しているかを見積もれてよい。フェルミ・ディラック分布をデルタ関数として扱う近似は\((1-(T/T_{\text{F}})^2)\)のオーダーでずれるので、仮に\(E_{\text{F}}=100\) meVくらいだとしたら\(T_{\text{F}}=1000\) K。\(T=2\) Kで十分だが\(T=300\) Kではだいぶ良くない。フェルミエネルギーが温度に比べて十分高ければ熱電能の見積もりにも使える場合がある(下記参照)。

フェルミエネルギーが必要になるもう一つの場面は異常ホール効果の外因性・内因性クロスオーバーである。Onoda-Sugimoto-Nagaosa論文(doi.org/10.1103/PhysRevB.77.165103)によると\( E_{\text{F}}\tau/\hbar> \pi/2\)でdirty領域から内因性領域へ移行し、\( E_{\text{F}}\tau/\hbar> 100\)から内因性領域から外因性領域への移行が起きるように見える。多くの論文ではこの因子を見積もることはやられておらず、縦の伝導率\(\sigma_{xx}\)に書き換えるということがなされる。典型的な物質で\( E_{\text{F}}\tau/\hbar\)による見積りと伝導率による見積りのスケールがそこまで変わらないからよしとされているようであるが、いずれにしろ大雑把な話である。仮に縦伝導率の式から無理やり\(E_{\text{F}}\tau/\hbar\)を抜き出して来ようとすると以下のようになる。

\(\sigma_{xx}=(\frac{8}{3\pi^2})^{2/3}\frac{e^2n^{1/3}}{\hbar}\frac{E_{\text{F}}\tau}{\hbar}\)

キャリア密度あるいはフェルミ波数が分かっていれば\(E_{\text{F}}\tau/\hbar\)に\(\pi/2\sim 100\)を入れてみれば対象となる物質の異常ホール効果の外因性・内因性クロスオーバーの領域が見積もれそうである。実際ここまでやって議論している論文は見たことがない。仮に格子定数\(a\)を使って\(n^{1/3}\sim 1/a\)と置き換えると表式が\(n\)によらなく、\(a\)は物質によってそんなに変わらないので、\(\sigma_{xx}\)についてのスケーリングととらえることができる。もともとが2次元の理論なので3次元物質に適用するときに恣意性が入り込みそうだ。


散乱時間(\(\tau\)):

有効質量\(m_{\text{eff}}\)と移動度\(\mu\)があれば

\(\tau=\mu m_{\text{eff}}/e\)

から見積もれる。単位はs。

\(\mu=1000\) cm\(^{2}\)/(V\(\cdot\)s)で有効質量を\(m_{\text{e}}\)とすると、\(\tau = 5.7\times 10^{-13}\) sである。これは電子が\(k\)から\(k'\)に散乱される時間というわけではなく、輸送にかかわるキャリアの寿命を測っている。つまり\(k\)と\(k'\)の間の角を\(\theta\)とし、散乱断面積を\(\text{d}\sigma/\text{d}\Omega\)とすると、

\(1/\tau = v_{\text{F}}\int _ 0 ^\pi \frac{\text{d}\sigma}{\text{d}\Omega}(1-\cos \theta)\text{d}\Omega\)

である。Dingle温度\(T_{\text{D}}\)をつかって

\(\hbar/\tau_{\text{q}}=k_{\text{B}}T_{\text{D}}\)

によって求められる量子緩和時間\(\tau_{\text{q}}\)との違いに注意しよう。


フェルミ速度(\(v_{\text{F}}\))

有効質量\(m_{\text{eff}}\)とフェルミ波数\(k_{\text{F}}\)があれば

\(v_{\text{F}}=\frac{\hbar k_{\text{F}}}{m_{\text{eff}}}\)

から見積もることができる。これは何に使うのかよくわからない。


平均自由行程(\(l_{\text{mfp}}\))

フェルミ速度\(v_{\text{F}}\)と散乱時間\(\tau\)があれば

\(l_{\text{mfp}}=v_{\text{F}}\tau=\frac{\hbar k_{\text{F}}\tau}{m_{\text{eff}}}\)

から見積もることができる。単位はnm。これが格子定数(~0.5 nm)や系の典型的な長さスケール(試料寸法(~ 0.1 mm)やSDW, CDWなどの長周期構造(~10-100 nm))と比べて十分長いとより散乱されにくいとみなせる。

上記の式だと有効質量単体を見積もらないといけないように見える。つまり比熱を測定しないといけないと考えてしまうかもしれない。しかし散乱時間と有効質量をまとめると移動度になる。移動度はホール移動度を使うならホール係数とゼロ磁場抵抗率から見積もれる。フェルミ波数はキャリア密度、つまりホール係数から見積もれる。以上より、

\(l_{\text{mfp}}=\frac{\hbar k_{\text{F}}}{e}\frac{e\tau}{m_{\text{eff}}}=\frac{\hbar k_{\text{F}}}{e}\mu_{\text{H}}=\frac{\hbar \sqrt[3]{3\pi^2 n}}{e}\frac{|R_{\text{H}}|}{\rho_0}=\frac{\hbar (3\pi^2)^{1/3}}{e^{4/3}}\frac{R^{2/3}_{\text{H}}}{\rho_0}\)

となり、抵抗・ホール測定のデータだけから平均自由行程は見積もれる。\(e^{-4/3}\)が気色悪いが、\(R_{\text{H}}^{2/3}\)からC\(^{-2/3}\)が来てくれるので安心してほしい。なんだか何でもできそうになってきた。

平均自由行程といえばIoffe-Regel極限である。抵抗は\(k_{\text{F}}\)と\(l\)を使って

\(\rho=\frac{3\pi^2\hbar}{e^2k_{\text{F}}l}\)

とかける。\(l\sim a\) (\(a\): 格子定数)とすればIR極限が得られる。高温飽和抵抗がこれを超えないなら普通の金属。そうでないならbad metalである(doi.org/10.1103/RevModPhys.75.1085)。


量子振動

フェルミ面の断面積と振動数:

量子振動の周波数\(F\)は単位Tの量である。これは磁場に垂直な面でフェルミ面の断面を取ったときの断面積の極大・極小値(\(A\))と関係している。

\(A=\frac{2\pi eF}{\hbar}\)

\(A\)の単位はÅ\(^{-2}\)が多い。例えば\(F=\)100 Tの振動の場合、\(A=9.5\times 10^{-3}\) Å\(^{-2}\)。

断面が真円だとするとするとフェルミ波数\(k_{\text{F}}\)が見積もれる。

\(k_{\text{F}}=\sqrt{A/\pi}\)

単位はÅ\(^{-1}\)になる。100 Tの振動の場合、\(k_{\text{F}}=0.055\) Å\(^{-1}\)。格子定数5 Åのブリルアンゾーンのサイズが1.3 Å\(^{-1}\)くらいなので、ずいぶん小さい(それでもキャリア密度では\(1.6\times 10^{20}\) cm\(^{-3}\)という比較的大きい値になる)。真円でなくてもこの式を当てはめて大体のフェルミ波数を見積もることができる。これは各バンドの対して見積もれるので、抵抗測定のみから見積もったのより精度が向上している。ただし、フェルミ面の極値が知れるだけなので、もっと詳しい情報を得るためには磁場をいろいろな方向にかけたりする必要がある。


有効質量(\(m_{\text{eff}}\))

量子振動の振幅(\(R_{T}\))を各温度で測り、リフシッツ・コセヴィッチの式から有効質量を見積もることができる。これはサイクロトロン有効質量で、バンドのフェルミエネルギー近傍の分散に直接関係している。

\(R_{T}\propto X/\sinh X\)

ここで\(X=2\pi^2k_{\text{B}}m_{\text{eff}}T/e\hbar \bar{B}\)で、\(\bar{B}\)に関しては振動を測定した磁場の範囲 [\(B_l\), \(B_h\)] を逆数平均したものを使う。つまり\(1/\bar{B}=1/2\cdot (1/B_h+1/B_l)\)。これはこれで見積もる有効質量に誤差を与える要因となる。抵抗測定では単バンドモデルで近似して有効質量を見積もるが、量子振動では各バンドのそれぞれの有効質量を見積もれる。

手順としては各温度での振動の振幅\(\Delta (T)\)を測定して、関数\(\Delta_0 *\frac{a*\bar{B}^{-1}*T}{\sinh(a*\bar{B}^{-1}*T)}+\Delta_{bk}\)でフィットする。\(\Delta_0\), \(a\), \(\Delta_{bk}\)がフィッティングパラメータである。\(\Delta_{bk}\)が恣意性なく決まるように振動が消えたとはっきりわかるまで高温のデータを測ろう。\(a=14.694*m_{\text{eff}}\)なので、有効質量が見積れる。

当然だが振動が観測できないバンドの見積もりはできない。そこで、電子比熱とフェルミ波数から有効質量を見積もったのとは逆の計算を行い、量子振動で観測できているバンドの有効質量とフェルミ波数から各バンドの電子比熱への寄与を見積もる。それらを使い、比熱測定により直接得られた電子比熱から差っ引くことで観測できていないバンドの電子比熱(状態密度)を知ることができる。ホール測定からキャリア密度が分かっているなら、そこから量子振動が観測されたバンドのキャリア密度(各フェルミ波数から概算)を差っ引くことで残りのキャリア密度も知れるので、振動が観測できていないバンドの有効質量も見積もれる(?)。


フェルミ速度(\(v_{\text{F}}\)):

有効質量とフェルミ波数からフェルミ速度が求まる。つまり

\(v_{\text{F}}=\frac{\hbar k_{\text{F}}}{m_{\text{eff}}}\)

ARPESで観測したバンド分散と比べるときに使えそうだ。


熱電能

ゼーベック効果:

伝導体において温度勾配をかけたときに縦方向に電場が発生する現象をゼーベック効果という。ゼーベック係数(\(S\))とは

\(E_x=S(\partial T/\partial x)\)

で定義されるので、これは直接測定することができる。一方で単バンドモデルで電子比熱とキャリア密度で見積もることもできる。

\(S/T=\pm \frac{\pi^2}{3}\frac{k^2_{\text{B}}}{e}\frac{1}{E_{\text{F}}}=\pm \frac{2}{3}\frac{\gamma}{en}\)

ここでは前の係数を\(\frac{\pi^2}{3}\)としたが散乱メカニズムによっていろいろありうる(doi.org/10.1088/0953-8984/16/28/037)。また符号は正孔か電子かによって変わる。モデルの観点では上式はフェルミ温度より十分低温なら温度によらない定数である。一方でホール測定で求めたキャリア密度は温度に関して一定とは限らない。これはマルチバンドの効果とか、緩和時間のフェルミ面効果とかの影響のためである。また一般に\(S\)は\(T\)に比例するとは限らないし、フォノンドラッグなどもあるので上式左辺の量を測定しても温度に関する定数にはならないことが多い。とはいえ、式の両辺ともに測定出来てしまうわけで、比熱とホール測定で見積もられた値と直接測定で観測されたゼーベック係数がどれくらい一致するのかは確認しておくのがよいだろう。仮に一致すればゼーベック効果が出ている原因を大まかには理解できたことにすればいいし、大きくずれているなら何らかの妄想メカニズムをこねくり回して議論をもりもりしていけばいい。

マルチキャリアの場合、ゼーベック係数は伝導率を考慮した加重平均になる。

\(S=\frac{\sigma_{\text{h}}S_{\text{h}}+\sigma_{\text{e}}S_{\text{e}}}{\sigma_{\text{h}}+\sigma_{\text{e}}}\)

もし量子振動などでフェルミ面の形状が分かっており、各バンドの\(n_{\text{e/h}}\)や\(\gamma_{\text{e/h}}\)が別々に見積もれるなら、もしくは要するに各バンドのフェルミエネルギー(\(E_{\text{F,e/h}}=\frac{\hbar ^2k^2_{\text{F}}}{2m_{\text{eff}}}\))が見積もれるなら、各バンドのゼーベック係数は見積もれて

\(S_{\text{e/h}}/T=\mp \frac{2}{3}\frac{\gamma_{\text{e/h}}}{en_{\text{e/h}}}=\mp \frac{\pi^2}{3}\frac{k^2_{\text{B}}}{e}\frac{1}{E_{\text{F,e/h}}}\)

となる。符号は電子にはマイナス、正孔にはプラスを割り当てておけばいいだろう。電気抵抗測定で2バンド解析をすれば\(\sigma_{\text{e/h}}\)も別個に見積もれるので\(S\)が見積もれる(?)。

有効質量が重いキャリアは伝導率が小さくなりやすく、ゼーベック係数は大きくなりやすい。有効質量が軽いと逆になることが分かる。正孔的なバンドは正、電子的なバンドは負の寄与をするので、それぞれのバンドの有効質量の軽重によってトータルのゼーベック効果は正負両方をとれそうである。バンドが異方的であれば有効質量も異方的になるのでゼーベック効果も異方的になる。結晶のある軸方向で測ると正のシグナルが出ていたものが別の方向を測ると負のシグナルになることも容易に想像できる(goniopolarityという)。


磁性

有効ボーア磁子(\(p_{\text{eff}}\))

磁性を調べようとした場合、まず測定するのが磁化率の温度依存性である。磁気転移点より高温の磁化率(\(\chi\))はキュリー・ワイス則に従って、

\(\chi=\frac{C}{T-\Theta_{\text{W}}}\)

と書ける。単位はemu mol\(^{-1}\)などというわけの分からないものを使う。\(C\)はキュリー定数、\(\Theta_{\text{W}}\)はワイス温度。ここでもmolの意味が不明確になる。f.u.あたりに磁性イオンが複数あったらその量だけ大きくなる(たとえばCr\(_2\)O\(_3\)ならf.u.あたりCrが2つある)。仮に一種類の磁性イオンなら1イオンあたりの量(emu/Cr)で計算することもある。測定でデータとして出てくる量はemuなので試料の重さ\(w\) [g]とf.u.あたりの分子量\(q\) [g/mol]を使ってemu/molにする。

単結晶の場合、異方性があるので\(C\)や\(\Theta_{\text{W}}\)は磁場をかけた方向に依存した異方的な量になる。

ここからは磁性イオンがf.u.あたり1種類、1個であるとする。等方的であると仮定すると、磁場の方向によらず、

\(C=N_{\text{A}}g_J^2\mu^2_{\text{B}}J(J+1)/3k_{\text{B}}\)

と書けて、

イジング異方性があるとすると、磁場が容易軸方向にかかっているとして、

\(C_{\text{Ising}}=N_{\text{A}}g^2_J\mu^2_{\text{B}}J^2/k_{\text{B}}\)

と書ける。ここで\(g_J\)はランデの\(g\)因子、\(J\)は全角運動量量子数(軌道がクエンチしている場合はスピン量子数\(S\)のこと)である。

ここから有効磁気モーメント\(p_{\text{eff}}\)は

\(p_{\text{eff}}=g_J\sqrt{J(J+1)}=\sqrt{\frac{3k_{\text{B}}\cdot 10C}{N_{\text{A}}\mu^2_{\text{B}}}}=\sqrt{8C}\)

イジングスピンの場合は

\(p_{\text{Ising}}=g_JJ=\sqrt{\frac{k_{\text{B}}10C}{N_{\text{A}}\mu^2_{\text{B}}}}\)

となる。単位は\(\mu_{\text{B}}\)である。\(C\)の前の10はcgs単位系で測られた\(C\)をつかってSI単位系のボーア磁子で測った\(p_{\text{eff}}\)を見積もるために必要である。こういうのは本当にやめてほしい。

磁性体中の磁性イオンがどれくらいの\(J\)や\(g_J\)を持つかについて見当がつくなら、磁化率の測定値から見積もった\(p_{\text{eff}}\)と比べることができる。ぴったりになることは少ないが、大体あっていればよしとする世界である。


磁化(\(M\))

これはボーア磁子あたりの量に換算されることが多い。emuで出てきた磁気モーメント量\(m\)をf.u.あたりの量にしてからボーア磁子で割ることで得られる。

\(M\)[\(\mu_{\text{B}}\)/f.u.] \(=m\cdot q/w/(1000N_{\text{A}}\cdot \mu_{\text{B}})=m\cdot q/w\cdot 1.79\times 10^{-4}\)

因子1000はcgsとSIの変換から来る量である。一体どういうことだ?仮にCr\(^{3+}\) (\(S=3/2\))の物質を測っているとするとCrあたり\(M=3 \mu_{\text{B}}\)くらい出て、f.u.あたり2つあると\(6\mu_{\text{B}}\)になったりする具合である。


反磁場(\(B_{\text{D}}\))

大きな磁気モーメントが生じる物質では磁気モーメントと反対方向に反磁場が生じる。反磁場が大きいと試料の形状によって磁化過程が変わってしまうため、異なる形状の試料で測った物理量を比べる場合には反磁場の効果を補正しなければならない。
反磁場は磁化に比例するので、単に磁化測定をしてその値を使えばいい。ただし磁場の単位をOeやGで測っているなら反磁場を見積もるには得られた磁化(\(\mu_{\text{B}}\)/f.u.)もこの単位に変換する必要がある。反磁場係数\(N_{\text{D}}\)のとき、\(M_{emu}\) [emu/mol]の磁化が出ているときの反磁場は
\(B_{\text{D}}\) [G] \(=-4\pi N_{\text{D}}M_{emu}\rho/q\)
である。ここで\(\rho\)は密度 [g/cm\(^3\)]、\(q\)は分子量 [g/mol]である。密度は単位胞の寸法とその中にある原子の総質量から見積もれる。反磁場係数は試料の形状にもとづいて別途見積もる必要がある。平板状試料の面直方向なら1に近く、針状試料の軸方向なら0に近い。参考: doi.org/10.1103/PhysRevApplied.10.014030もしくはhttp://www.magpar.net/static/magpar/doc/html/demagcalc.html
計算過程としてはf.u.あたり\(\mu_{\text{B}}\) [J/T]単位の磁化\(M_{Bohr}\) [\(\mu_{\text{B}}\)/f.u.]が出ていることから始めよう。ボーア磁子の単位は磁気モーメントで、磁化は単位体積当たりの磁気モーメントであるから、f.u.あたりの体積を\(v\) [m\(^3\)]として、磁化はSI単位系で
\(M_{SI}=\mu_{\text{B}}/v\cdot M_{Bohr}=\frac{mq}{1000\cdot w \cdot N_{A}\cdot v}\)
と書ける。
磁化\(M_{SI}\)がもつ磁場\(B\)は真空の透磁率を使って\(B=\mu_0 M_{SI}\)である。すなわち
\(B=\mu_0\frac{\mu_{\text{B}}}{v}M_{Bohr}=\frac{4\pi\times 10^{-7}m\rho}{1000 w}\) [T]
である。反磁場は反磁場係数が1のときにはちょうどこれにマイナスをかけたものになる。\(M_{emu}\) [emu/mol] = \(mq/w\)であること、m = \(10^2\) cmやT = \(10^{4}\) Gなどに注意しながら計算すると上式が出てくる。つまりファクターの\(4\pi\)は必要。これを忘れると見積もりが10倍変わってしまうので注意だ。
この式からわかるとおり、密度が小さい物質は\(M\)が大きくても反磁場は小さい。磁気モーメントの分布がスカスカだと単位体積当たりの量では小さくなるからだ。GdやFeの単体は大きな反磁場を示すが、酸化物とかだと大きなイオン半径の酸素が磁気モーメントの密度を薄めてしまうので反磁場は小さいことが予想できる。このことから希土類元素の濃厚な希土類金属間化合物やそもそも単体などでは反磁場の効果が大きくなる傾向にあり、酸化物などではあまり気にしなくてよい場合が多い。
さて、反磁場の効果が出てくる場面に強磁性体の磁化率測定がある。外部磁場\(H_{\text{ext}}\) [Oe]をかけながら磁化\(M\) [emu/mol]を測定すると常磁性領域では弱磁場の極限で
\(M=\chi H_{\text{ext}}\)
と書けて、\(\chi\)は帯磁率である。強磁性転移点に近づいていくと\(\chi\)は発散的なふるまいを示すが、実際は発散しない。ここに反磁場が絡んでくる。試料に実際にかかる磁場は\(H_{\text{ext}}\)ではなく、\(H_{\text{ext}}+B_{\text{D}}=H_{\text{ext}}-NM\)、ただし\(N=4\pi N_{\text{D}}\frac{\rho}{q}\)なので、実験的に評価する"帯磁率"\(M/H_{\text{ext}}\)は
\(M/H_{\text{ext}} = \frac{\chi}{1+\chi N}\rightarrow 1/N\) (\(\chi\rightarrow \infty\))
となって反磁場係数の逆数に比例する量で頭打ちになる。これに気づかず\chiが折れ曲がったと早とちりして反強磁性転移を主張することがないように注意する必要がある。

2024年9月22日日曜日

出張中の飛行機内で読むための数学書

 学会に出席するため海外実験施設に出張のため、飛行機での移動をすることも多いだろう。発表スライドを作るのに忙しい方もいる一方でずっと映画をみて過ごすのもいい。本を読むのもスタンダードだが、小説ばかりを読んでいてはふと作り話を読むことに何の意味があるのかと思ってしまったり、一般向けの科学本の表面的な解説にも目が滑ってしまうことも少なくない。有り余る時間を有効につかいたいそんなあなたにおすすめなのが数学書を読むことだ。ほかにやることがない状況でいつも以上に集中できる。普段だと読み飛ばしてしまいそうな厳密な定義や例外の確認ができる。自分で手を動かすことで理解が深まるのが数学の学び方として一般的だが、数式をいじるばかりが数学ではない。狭い座席でノートを取り出して計算するわけにもいかなくても数学は勉強できるんだ。
 この記事では私が読んできた数学書の中で特に移動中に読むのに適しているなと思ったものを紹介する。私は数学の専門家ではないし、研究で必要とすることもないのであくまで読み物として数学書を読む立場での紹介になることはご留意いただきたい。
 読みやすさの基準としては以下があげられる。
  • 初学者でも読める。大学数学(線形代数、微積分学)程度の知識を前提としてそれ以外は一から順に説明していることが望ましい。
  • 式変形が丁寧。手元にノートを出すわけにもいかないので目で追って暗算できる程度に式の変形が簡単であるとよい。
  • 記号、図やレイアウトが見やすい。添え字だらけの煩雑な記号はないほうがいいし、わかりやすい図は理解を助ける。定理、命題、注意、例題などが枠で分けられていたり、ハイライトがされていたりすると読んでいて目に優しい。
  • 読み物として楽しい。数学書のステレオタイプとして定義、命題、定理の証明が淡々と並んでいるだけで何を目指しているのかわからないというものがある。そうでなくて、筆者の意図や小話、註などがふんだんに含まれていると、読書負担が少ない。
 まとめを作ってみてふとほとんどが幾何学の本であることに気が付いた。物理をやっているとトポロジカルなんちゃらとか計量を使った一般相対性理論のトピックとかに出くわすことが多く、それらを理解しようと思ってやり始めたことの表れだろう。ほかの分野に興味がないわけではなく、学生のときは量子力学の数学的な基礎づけを理解したくて関数解析の本(『フーリエ解析と関数解析学』新井 培風館)や測度論やらルベーグ積分の本(『実解析と測度論の基礎』盛田 培風館)を読みふけったものだ。有り余る時間と集中力を注ぎ込み、証明をすべて追って、これらを読破した後でふと、これらは物理とは何の関係もないものだと気づいた。せいぜいヒルベルト変換が物理的なつじつま合わせの方法を取らずに基礎づけられることにちょっとばかりの優越感を得られただけだった。それからは気が済んでしまったようで、以降解析学に対する興味は戻ってこない。幾何学に対する一時的な興味もそのうち気が済んでしまうのかもしれないが、そういう打算的なことを抜きにして一歩踏み出さざるを得ないのが学問の魅力なのではないだろうか。

Kindle有

 うっかり本を持ってき忘れてしまって、本屋に駆け込むも月並みなベストセラー本ばかり。待ち時間でなにも読むものがない。そんな時でも空港のFree WiFiにつないでKindle版で数学書を購入できる。Kindleの端末も設定からWiFiに接続できるので、購入した本をダウンロードできる。搭乗してしまうとWiFiにつながらなくなるので注意だ。念のため何冊もダウンロードしておこう。

 数学書を購入するときの注意として、固定レイアウト形式なのか、プリント・レプリカ形式なのかをチェックすることが大事だ。後者の場合、Kindle Paperwhiteなどの電子書籍リーダーでは開くことはできないので、iPadなどのタブレットを持っていなければスマホのKindleアプリで読む羽目になる。

 数学書を読むときの注意として、レイアウト設定の余白を狭めるをOffにするとよい。固定レイアウト型だと余白を狭める設定のときはページ下部が途切れてしまうことがある。著者の独り言のような註が読めなくなってしまうのはとてももったいない。

 Kindleで読みやすい数学書の特徴として以下があげられる:別ページの図や数式を頻繁に引用しない。紙の本と違ってページめくりに大きな制約がかかっているのが電子書籍である。読んでいる最中に行ったり来たりしなくてはいけないとなると読書体験としては劣化する。例えば登場人物が数十人出てくる小説で人物同士の関係性をいちいち巻頭の表を参照しなくてはならない場合を思い浮かべてほしい。固定レイアウト形式ではハイライトも文字検索機能も使えないのでなおさらページの行き来を必要とするスタイルはマイナスである。

群と位相 横田 裳華房

(https://amzn.asia/d/bBn3jv1)

 物理でよく出てくる古典群(SO(n), SU(n))や実・複素射影空間を実例に取り、群、位相空間、位相群を解説している。普通の位相空間論の教科書では具体例は載っていてもこれらすべてをカバーしていることは少ないので結局知りたいことが知れなくて物足りなく感じてしまいがちだ。本書のハイライトは4章の古典群と射影空間の基本群を求めるところだろう。

 数学はとにかく抽象的で一般的になりがちだが、この本では具体的な例を挙げて各概念の説明がなされるので読んでいて地に足がついていられる。また前提知識なしで読めるので、概観をつかむためにとても役に立つ。各章はほどほどに独立しているので飛ばし読みでも全体の雰囲気を見失わずに読める。ただ現代的な教科書と違って著者の独り言のような注は少な目でやや淡々としている。レイアウトもちょっとみにくい。同著者の『位相幾何学から射影幾何学へ』(現代数学社)、『やさしい位相幾何学のはなし』(現代数学社 PDF版あり)は図を多用し平易な語り口で入門的な内容を扱っているのでこれもよい。一方、姉妹書の『群と表現』は多元環の導入でピンとこなかったので代数学の平易な入門書を探した方がよさそうだ。

 個人的に買ってよかった数学書ベストである。とにかく記述が丁寧で、古典群、射影空間の深い関連性を様々な角度でこれでもかと議論している。読めば読むほど各章のつながりが見えてきて愛着が強くなる。補題、命題、定義、定理の提示の順番や量に無駄がなく、読んでいてこれなんに使うの?という疑問が一切出てこない。すべて使うから示している(と読み進めることで分かる。これは伏線回収の愉悦である)。かなり前に示した補題を使って重要な定理を証明する場面に出くわすたびに、これ何処にあったっけ?とページをめくり返して自分で見つけ出す作業はよい復習になる。最近出た手を動かすシリーズは逆に丁寧すぎて手を動かさなくても前後のつながりを把握できてしまえるようになっている。教科書はこれくらい不親切でいいのだ。やりこんでいるうちにどのページに何が書いてあってどういう論理構成で解説されていてというのを覚えてしまうほどになってくる。ここまでくると自分で論理を再構築できるようになってくるので、その分野をちゃんと理解した状態になるのである。これはゲームのやりこみに似ている。良いゲームはクリアできてもまた最初からやりたくなる。コースを完全に暗記してもなおRTAでどれだけ早くクリアできるかを競うようになるのだ。


基本群と被覆空間 佐藤 裳華房

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物理学徒目線ではタイトル的にパッとしないので初学者がこの本を見つけても手に伸ばすことが少ないであろうことが非常にもったいない。レイアウトが秀逸なので読んでいて負担が少なく、現代的な教科書っぽく、概念を導入するときのこころや要するに何がしたいかとか、註が豊富なので読んでいて飽きない。個人的には位相空間論の説明が分かりやすくてよかった。はじめににある通り1-2章をある程度軽快に読み進められることを想定して書かれているので1冊の本のレベル設定としては高めになってしまうのだが、初学者は1-2章を読みこめば、3章以降への足取りが重くなってしまったとしてもよい勉強になるわけである。実際1-3章をざっと読んだが、タイトルにある基本群(4章)と被覆空間(5章)は本書のメインテーマにもかかわらずまだちゃんと読めていないので、いつかたどり着きたい。いや、専門家になるわけではないのでたどり着く必要はないのだが。

具体例から学ぶ多様体 藤岡 裳華房

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多様体は定義だけ読むとなんだそういうものかとわかったような感じになってしまうが、実際どうやって構築するのかは具体例にもとづいて自分で計算してみないとよくわからない。位相空間論、多様体論で必要になってくる概念を具体例を通して解説していく形式になっている。普通の教科書では一般化しすぎて抽象的になりすぎな概念もイメージしやすくなるよう配慮されていてよい。またレイアウトがきれいで読みやすい。一方、数式が多めなので暗算に不慣れな場合は飛行機の座席で読むにはやや不向き。

代数トポロジーの基礎 和久井 近代科学社

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とりあえず3章だけ読んだがホモロジーの説明が分かりやすくてよかった。ほかの本では簡潔かつ抽象的過ぎて何のことやら頭に入ってこなかったが、本書では一歩一歩着実に説明がされていて理解できた。レイアウトも見やすいし、具体例も豊富だ。演習問題が多めだが、解答が巻末にあるためKindleでは可読性が悪い。ただし解答は丁寧だ。別の機会にちゃんとやろう。

シルヴァーマン 代数学: 代数学への統一的入門 

代数学の教科書で初学者としては一番読みやすいと思った。概念導入の動機付けやそれを実例を通してわかりやすく解説している。紙数が潤沢にあるので基礎的な概念を簡単な例を用いて解説しながら、少しずつ高度な内容に積み上げていける。途中で出てきた概念が何章も前の具体例と関連していることが指摘され、全体のつながりを見失わないようになっている。ほかの教科書は定義、証明、概念導入(動機付けなし)名前の定義(理由説明なし)の繰り返しで何をやりたいのかを読者に周知しないで、具体例もそこそこにせっかく導入した概念をいじる暇もなくどんどん先に進んでしまう。それでは読んでいてうんざりする。もっと楽しく入門したい。そんなあなたにおすすめの教科書だ。Kindleがあるのがいいところだが、弊害もある。過去に出てきた具体例、演習などを頻繁に引用する(それが最大の特徴)ので見返すのが大変だ。これはいい本なので、紙の本を付箋を付けながら読み込むのが良いだろう。

代数入門 群と加群 堀田 裳華房

フォントや段組みが見やすく、書き口は初学者向けで読みやすい。シルヴァーマンと比べると記述はあっさりしているので読み比べると理解が深まりそう。

行列と行列式の基礎 線形代数入門 池田 東京大学出版会

(https://amzn.asia/d/g0XwUw0)

表現論の教科書で定評のある著者による行列式を題材にした本。表現論のほうは個人的にはまとまりに欠けるので読み進められなかったが、こっちはどうだろう?

論理と集合から始める数学の基礎 嘉田 日本評論社

(https://amzn.asia/d/fDREKGp)

集合を理解するためには論理を理解する必要がある。例えば集合はものの集まりであるといった導入がされることが多いが、よくよく考えると定義になっているのかわからなくなる。より厳密なことは数学基礎論とか公理的集合論をやらないといけなくなるのだろうがそこまではやりたくないとき何を読めばいいのか迷ったらこれを勧める。情報科学をやる人向けに実用的に書かれたわかりやすい解説書である。ややくどいくらい繰り返し丁寧に記述されていて、論理の飛躍がないので読みやすかった。ほかにも命題の立て方や証明の運用上の注意点も書かれており勉強になる。

個人的に良いなと思ったポイントは、「集合では同一の要素が複数あることはない」とちゃんと書かれていることである。集合と要素の間の関係としてはその集合がその要素を「持つ」か「持たないか」の0,1の2通りだけであると第1章1ページ目に書かれている。これはものの集まりという素朴な集合に対するイメージでははっきりしないことであり、実際他書で書かれていることを見たことがない。例えば群における単位元の唯一性の証明の際、単位元がe, e'の二つあったとしてe=e'を証明して、ほら唯一でしょ?といった記述が多くの教科書にされている。私はこれでなぜ証明になるのかがよくわからなかった。e, e'の二つがあってそれらがともに単位元という役割をしていて、二つは別のものでは何がいけないのか?と疑問に思った。これは二項関係と写像の定義および要素の重複がないことを基礎にしている。e.e'=eで、e.e'=e'ならば(e,e')という二項関係の写像の行く先は集合の中で一つに定められていなければならない。集合の中で同じ要素が二つあることはないのでeとe'は同じ要素であることが言える。ちょっとどうでもよすぎることのような気もするが、個人的にちゃんと理解できたぞという体験は勉強の喜びである。

Kindle無

やたら分厚い本は手荷物には適さない。たとえば『理論物理学のための幾何学とトポロジー』(中原 日本評論社)はB5判サイズで手荷物に持ち込むのはちょっと厳しいし、そんな気合の入った乗客はちょっといやだ。裳華房の基礎数学選書サイズ(A5判)を持っていこう。紙のほんのいいところは書き込みができるところだ。ただし飛行機内でペンを片手に数学書を読むのはちょっと堅苦しい。消灯時は読書灯をつけながら読むことになってしまうのがKindleと比べて難点だ。周りの人の迷惑にならないか心配だ。

微分幾何入門 佐古 森北出版 (電子版あり)

(https://amzn.asia/d/ivIHcxF)

微分幾何の教科書を読んでいるといつも押し出し・引き戻しでこんがらがり、接ベクトルのなぞの微分記号を使った定義で違和感を覚え、ファイバーバンドルのまどろっこしさに嫌気がさして読むのをやめてしまう。この本は現代的な教科書なのでなぜそういう概念を導入したいのか、何をしようとしているのかが丁寧に書かれているので、ついていくことができる。逆に言うと筆者の言っていることを順に鵜呑みにしていくだけで読み進めていけるところが脳への負担が少なくてよい。接続の微分幾何とゲージ理論(小林 裳華房)や理論物理のための 微分幾何学(杉田・岡本・関根)よりずっと読みやすい、飛行機の座席では。

アマゾンレビューをよむと不正確な記述があると指摘されているが、初学者がイメージをつかみやすくするために厳密性を犠牲にしているのかもしれない。いずれにしても初学者にはそれはわからないので気にせず読んでよいだろう。だんだんと理解が進んできて記述の不十分さに気づくようになってきたら、より専門的な本を読み始めるいい機会だと思う。

個人的にはファイバー束の説明くらいからだんだんなにが書いてあるのかわからなくなった。これは結局自分の多様体論に関しての理解が不十分であることから来ているのだが、それに加えて記述のラフさもこのあたりから目立ち始めるようだ。さらっと読んでしまうとなんとなく納得しそうになってしまうが、もう一歩進んだ理解を目指すならちゃんとした数学の本を読んだ方がいいのだろう。勉強が進んでからわかったことだが、説明がわからなくなった理由は本文中の数学的に不正確な記述にあった。これは自分の理解が進んだ証拠として喜ばしく思う反面、良いと思っていた教科書の不備に気づいてしまう残念さも感じている。

これからの集合と位相 梅原・一木 裳華房

(https://amzn.asia/d/01GMYyF)

物理をやるならカタカナの”トポロジー”だとかリーマン幾何学だとかを考えがちだ。そういうのを目指してタイトルが関係ありそうなちょっとアドバンストな数学書に手を出すと多様体論とか群論、位相空間論の知識が足りないのであえなく撃沈してしまう。そんな経験はないだろうか?そんなの必要ないとすっぱり諦めてしまってもいいが、これ一冊と思って丹念に読んでみるとだんだん好きになってくる。どうせ機内でやることもないのだから、集合の濃度だとかツォルンの補題だとかじっくり読んでみるのはどうだろうか。裳華房出版社note: https://note.com/shokabo/n/n153bc1749eb2

個人的に買ってよかったと思った教科書である。章立ての意図が明確で演習問題も多く、細かい話しは付録に回っていたりして読みやすい。間違いやすかったり勘違いしやすい項目には注意というセクションが設けられていて読んでいてためになる。論理と集合の関係に関しても最初に記述があり数学基礎論のよい導入も与えている。論理に飛躍が少なく、しっかり向き合えばちゃんと理解を導いてくれる記述になっている。位相空間論これ一冊に選んで長く親しめる教科書である。

幾何学と代数系 金谷 森北出版

(https://amzn.asia/d/1AKVj2u)

代数幾何学という教科書を読むとスキーム?物理と何の関係があるんだ?と思うような抽象的な概念が出てきて目を回してしまう。この本は代数幾何学の本ではないので安心してほしい。幾何学的代数(Geometric Algebra)という全く別の分野で、四元数、グラスマン数、クリフォード代数を扱っている。議論を3次元に限定しているし最後にはカメラの幾何学が議論される。直観を大事にする物理ととても相性が良い。ハードカバーである点は注意。

微分幾何学とトポロジー 永長 丸善

(https://amzn.asia/d/82y3aE0)

同著者のほかの著書と同じで羅列形式で書かれた微分幾何や代数トポロジーの用語・定義解説ノートである。『理論物理学のための幾何学とトポロジー』(中原 日本評論社)を10倍に薄めたものと考えるとよいだろう。物理学者が書いているので物理に関係がある概念がコンパクトにまとまっている。一方で説明を簡潔にしようとするあまり、記号の定義などが欠落していることが多々あり、ときおり説明として意味をなしていない箇所がある。また数学概念の定義は(細かいことを言うと)間違っているもしくは不正確であるところがある。物理学のセンスではそんなの当り前だからいちいち断らないよということを省略しているとみるべきだが、だとすると数学を勉強できるぞと期待して記述を読み込もうとすると徒労に終わるだろう。まじめにフォローするに耐えられるつくりにはなっていないことに注意しないといけない。時々読み返してみてこの本の内容をどれくらい知っているかをチェックするのに使うとよさそうだ。

内容の難易度と記述のスタイルとしては『微分・位相幾何』(和達 三樹 岩波)と重複するところが多い。このことは巻末にもそう書いてある。数学的にどこまで厳密かに関してはどっちもどっちといったところだが、和達本の方が数学用語の誤用はないものと思われる。一方でMorse理論やカタストロフィ理論は永長本の特徴だろう。


はじめて学ぶリー群 井ノ口 現代数学社

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ものすごく初等的なところから丁寧に説明しているので、初学者には良いのだろう。ある程度内容を知っている側からすると回りくどすぎて何が要点なのかわかりづらい。当たり前の情報の中に未知情報が挟み込まれているので飛ばし読みもできないし、丁寧に読もうとするのも非効率的ですぐ破綻してしまう。行間を詰めすぎるのも広くしすぎるのも可読性が悪くなる。難しいものだな。

教科書の構成として致命的なのはリー群の定義が章として立項されていないことである。これではこの本で学ぼうとする読者にとっては何をどこまで読んだらリー群を理解できたことになるのかの基準がないことになる。そんなことあり得ないと思われるかもしれないが、このようなへんてこなつくりになっている理由は、教科書というよりリー群周りのいろいろなことをまとめた数学読み物としてみなすと納得できる。パラパラと各章を読みながらなんとなくわかったようになるための本であり、きちんとした数学はちゃんとした数学書を読みなさいよということなんだと受け取った。

この本を相手にするのに1日以上をかけるのは貴重な可処分時間を削ることになるのでやめるべきである。くれぐれも1ページ目から順に数式を確かめて読み進めるようなことはしないように。なにか壮大な絵物語を垣間見れるのではないかと期待しても何も得られないだろう。見切りをつけるというのも効率的な勉強には大切である。


群と表現 吉川 岩波書店

(https://amzn.asia/d/8aftp8Z)

群論、表現論、リー群論、これらをちゃんとした数学書で学ぼうとするとやたら抽象的で一般的な議論で圧倒され、何をしているのかも何をしたいのかもわからないことが多い。本書は短いながらもわかりやすくかけており、良い入門書となっている。個人的にはジョージアイより繰り返しの説明が多く、読者が迷子にならない配慮を感じた。厳密な数学を目指さない人にとってはリー群論はこれで十分であろうし、さらに詳しく知りたいというもの好きだとしてもこれをざっと読んだ後で数学書にあたるのが効率がよさそうである。コンパクトにまとめるためにお気持ち説明の比重が高めなので、数学的に厳密な説明なのかどうかは保証できない。とはいえ、リー群を使ったり自分で何かを構成したりするわけでもないのだからこれぐらいがちょうどよい。


微分形式とその応用 栗田 現代数学社

(https://amzn.asia/d/eTKaCBd)

新しい概念を導入したら先生と学生のQ&A形式の対話が挿入されていて、初学者に寄り添った仕様になっている。微分形式の導入としてとても読みやすい。一方で本書の特徴として動座標系の方法での様々な問題へのアプローチを解説しているが、それがどれくらい一般的なものかはよくわからない。ほかの教科書で記述されているのを見ないとマニアックな方法を読まされてるのかなという気がしてくる。とはいて雑学的な面積・体積公式が出てくるのでお得感はよい。


微分幾何の基本概念 J. A. ソープ 丸善

(https://amzn.asia/d/fdBcg7i)

多重線形代数I テンソルと外積代数 井ノ口 現代数学社

(https://amzn.asia/d/fpHP7Fh)

初学者にもとっつきやすいように書かれており、線形代数のよい復習になった。記号をいろいろ定義するのはいいのだが、定義が一体どこに書かれているのかわかりづらいのが難点。どこかに記号索引があるべきだろう。コラムや脚注が読んでいて楽しい。

代数学の教科書はとにかく次から次へと定義定義定義で新しい空間を作ってはその双対やらテンソル積やらを導入していくスタイルばかりで、ゴールが見えない。この教科書もその例にもれず定義定義定義という印象を受けた。同著者の『はじめて学ぶリー群』でも感じたことだが、基本的に事実の羅列以上の内容はなく、これらを積み上げていった先のビジョンが共有できないので読者として並走しようという意欲は湧きにくい。いろいろなことが書いてあるんだが、それらが一体何に使えるのかがよくわからなかった。何か別の本を読んでいるときにひょいとその定義が出てきてそういえばこの本に書いてあったなといって読み返すような本なのだろう。つまり定義辞典であって、教科・単元として”履修”する構成にはなっていないことが残念である。読みやすい文章といえばそうなので後続のII, III巻も期待したい。

声に出して学ぶ解析学 オールコック 岩波書店

(https://amzn.asia/d/aNU9jTq)

解析学の本当の初学者のための入門書。いい感じだが個人的には簡単すぎた。ε-N?聞いたことないっていう人のための本だ。


もっとライトな数学書

数学の抽象的な概念の洪水で消耗してしまった。ダウンロードした本がはずれだった。到着まであと10時間強、座席のタッチパネルが壊れていて映画を見るわけにもいかない。そんな不測の事態に備えて、ライトに読める数学書も多めにダウンロードしておこう。

群と幾何を見る 正井 日本評論社

(https://amzn.asia/d/aJndjeq)

Kindleデバイスと互換性がない。基本群、被覆空間の説明がよい。

Math without numbers Beckman Dutton

(https://amzn.asia/d/a6dbOjP)

数学の専門書を英語で読みたいとは思わないが、一般向けなら問題ないだろう。

数学の世界地図 古賀 KADOKAWA

(https://amzn.asia/d/cR7m0Fu)

どの数学分野の本を読もうか迷っていた時に数学の全体像を知るのによかった。本ブログで紹介している本はほとんど幾何学に関係しているがそれ以外にもいろいろな分野があることが分かる。自分の興味のあるトピックを探すのによいだろう。

「集合と位相」をなぜ学ぶのか ー数学の基礎として根づくまでの歴史 藤田 技術評論社

(https://amzn.asia/d/29bcZ9E)

物理学徒が数学を学びたくなったとしても集合と位相はなんとなく飛ばしたくなりがちだ。この概念がなんで必要なのか動機づけがわかれば学ぶ意欲につながりもするだろう。

現代数学への招待:多様体とは何か 志賀 ちくま学芸文庫

(https://amzn.asia/d/ewiQk9R)

多様体について一般向けに解説した本。多様体論は定義を読むとそんなものかとなんとなくわかった気になるが、いったい何がしたいのか、何が大切なことなのかがわかりにくい。位相、微分、滑らかさなどの概念をじっくり説き起こすことで多様体論の本質がなんかわかった気になる。

集合論入門 赤 ちくま学芸文庫

(https://amzn.asia/d/4i00Y1U)

ライトな本の項目で紹介しているが、結構しっかり書かれている集合論の本である。語り口がとっつきやすいのでただただ読みやすい。


敷居が高かった本

飛行機内で読むのには適さない、あるいは私には合わなかった本を載せておく。いつか読み直した時にはまた評価が変わるかもしれない。数学を学ぶことにはそういう楽しみもある。

スピン幾何学 本間 森北出版

(https://amzn.asia/d/75n4h69)

クリフォード代数の導入から入る。初学者には敷居が高い。何が難しいかというと線形代数がわかっていても普遍性やらカノニカルなどの概念を意図していない読者が大半であろうところにそういう概念を導入することなしに、やりたいことわかるよね?基底の取り方によらない定義するの当然だよね?っていう顔して議論を展開していることである。それはいくら何でも読者に期待しすぎだと思う。『微分形式とその応用』(栗田)や『テンソル代数と表現論』(池田)を読んでやっと、数学にはそういう趣向があるんだということが理解できた。それが分かった後は本書は実に明解に議論を展開しているんだと思えるようになったので読み進められた。もう少し読者に寄り添ってもらいたいものだ。

リー代数と素粒子論 竹内 裳華房

(https://amzn.asia/d/aFTAAfK)

リー代数を勉強するには書き方が難しめ。もう少し平易な本を読んでから再読しようか。素粒子論の話は最終章に出てくるだけなので、物理とリー代数のつながりを知りたいならもっと別の本がありそうだ。

書き方が所々おかしい。おかしいというのは各セクションのタイトルとそのセクションの内容が直接的ではない。例えばSec. 2のタイトルは位相空間となっているが、位相空間の常識は既知としてそれ以降の内容が書いてある。普通はそういう書き方はしない。位相空間というタイトルのセクションは位相空間の定義を導入するべきである。Sec. 5は単純リー代数~だが書き出しはキリング形式の議論から始まる。意図が不明である。文章の書き方の基本として、タイトルと主題は一致するべきである。読者のことを考えて書いていない。

具体例からの表現論入門 平井 日本評論社

(https://amzn.asia/d/b46GI7e)

プリントレプリカ形式。量子力学などへの応用が議論されていてよい。

幾何学と不変量 西山 日本評論社

(https://amzn.asia/d/8cawf5O)

プリントレプリカ形式。

計量微分幾何学 松本 裳華房

(https://amzn.asia/d/9A7ow1j)

計量の話は数式が多用されるので手を動かして自分で確認しながら読み進めないとなんもわからない。こういう本は飛行機には向いていない。ただ、随所に出てくる小話は読んでいて興味深い。リーマンの講演を引用したり、歴史的経緯を説明しながら諸概念が導入されていく。整理された今風の教科書を読むより概念導入の意義がつかみやすいのではないだろうか。

現代微分幾何入門 野水 裳華房

(https://amzn.asia/d/cVP6uIG)

第一章が微分可能多様体の基礎事項の確認から入る。概念導入の際の動機付けがほぼないので初学者がついていくのにはだいぶ敷居が高い。

幾何概論 村上 裳華房

(https://amzn.asia/d/1nkAMV5)

群と位相に関して既知として第一章に簡単なまとめがある。全体的に淡々と進むので初学者には敷居が高かった。

群と表現 横田 裳華房

(https://amzn.asia/aKOcfoX)

同著者の『群と位相』がよかったので本書も読んでみたが1章の準備だけで初見の抽象的な概念が大量に出てきて読み進めるのが困難になってしまった。初学者には敷居が高い。

古典群: 不変式と表現 ワイル シュプリンガー・ジャパン

(https://amzn.asia/d/hYxK2s0)

古典的な名著とのことだが、説明が丁寧なわけではないので初学者向けではない。機内に持ち込んでも読み進めることは難しい。

接続の微分幾何とゲージ理論 小林 裳華房

(https://amzn.asia/d/7P1gS53)

第1章1節を読めばわかるように多様体の基礎は既知とし、ベクトル束の定義から始まる。初学者に一切配慮する気がないすがすがしいまでのぶっ飛ばしっぷりである。記号の定義がなされないまま話が進んでいくので典型的なお気持ち本である。つまり読者が著者の考えを補完してくれることを期待した書き方がされている。こういう本はちゃんと理解したい人には記述が不十分に感じるし、ちゃんと補完できるレベルの人にはそもそも必要がないし、お気持ちだけ理解できればいいやという態度の人には身にならない。存在価値が不明な本である。

理論物理のための 現代幾何学 秦泉寺 裳華房

(https://amzn.asia/d/5nTk0DZ)

徹底的に物理学科4年生のために書いているところが面白い構成だ。学生がタイトルの内容に関して講義を受けているリアル感が表現されていてよい。位相や多様体など、物理学徒が避けたくなってしまうような抽象的な数学をなぜ勉強しないといけないかが、具体例と著者の体験を混ぜながら根気よく説明されている。ガチの数学書を読み始める前にあるいは読んでいて嫌気がさしたときに該当箇所を読んでみるとモチベが復活するだろう。読み物としてとっても楽しく読めたのだが、数式多めでハードカバーなので飛行機では読みにくい。

手を動かしてまなぶ群論 原 裳華房

(https://amzn.asia/d/9elDkil)

信じられないくらいレイアウトに工夫をして書かれた本である。いったいどれほどの代償を払えばこれほどの完成度を得られるのか。第一章が初等的な整数論から始まっているのはタイトルからは予想できなかった。しかしそこから始めなければ、地に足の着いた理解はできないという意図なのだろう。普通のよくわからない群論の教科書は群の定義を与えて、例を2-3与えたあとは抽象論が繰り広げられて訳が分からないくなる。そういうのとは一味違うようだ。とはいえ読書をするというより高校受験の参考書を読んでいるような感覚になる。読み手にもう少し自由度を与えてもいいのではないだろうか。ある程度群論を知っている立場から読むとそうとうやかましい作りだと思う。ただし大事なところは太字になっているし章立ては秩序立っているので、読みたいところを見つけ出すのはそんなに苦労しないだろう。タイトル通り手を動かしながら読み進めるための構成になっているので飛行機で読むのは適さない。

曲率とトポロジー 河野 東京大学出版会

(https://amzn.asia/d/dJlPuSg)

プリントレプリカ形式。数式の行間がじんわり広くて読み進めるのがしんどかった。図もレイアウトもきれいなのに自分でもなぜ読み進められないのかよくわからない。とくに気づいたこととして、後の章で出てくる概念を説明なしに前の章で使用していることがある。前から順番に読んでいって理解できるように書かれていないという、どういう意図でそうなっているのかよくわからないスタイルになっている。言い方を選ばずに言うならば不親切設計である。また別の側面として、証明なしに事実を提示することが多い。○○であることを確かめられると書いておいてどうやって確かめるのかが書かれていない。前から順番に読んでいってもそこから証明の方針を立てられるような誘導があるわけでもなく、読者にしてみたら理由もなしに事実だけを認めろと言われているようなものである。これも不親切設計。前の章で示した事実を使うにしても式番号などの参照がないので、いつその事実を示したのか、何の公式を使っているのかがわからず読み進めるのが困難な箇所が多い。

たとえば第5章双曲幾何を同様の内容を扱っている『双曲幾何』(深谷)と比べてみるとだいぶ飛躍の大きな書き方をしていることがわかる。このような書き方では初学者はいくら何でも読めるわけがない。

多様体入門 松島 裳華房

(https://amzn.asia/d/j36J3oJ)

旧版で読んだ。段落の1文字下げくらいしかレイアウトの工夫がないのでとても読みにくい。新装版でも文字が多少大きくなっているくらいで改善は見られない。それを抜きにしても初学者が読むために書かれているとは言えない。各概念・定義等導入の動機や意義は皆無なので、事実の羅列である。内容が高度だとか難易度が高いとかの評価を聞くが、単に筆者が知らない人向けに説明することに関して手を抜いていると言った方が正確だろう。別の本で勉強して多様体がよくわかってから自分の理解を確かめるために読むような類の本であるが、だとしたらこの本を必要としている人は極めて限定的である。

勉強が進んでいくたびにちょとずつ読み直しているが、良さもだんだんわかってくる。第1章の準備はユークリッド空間のまとめである。多様体論は局所的にユークリッド空間と同相な位相空間を扱うわけだが意外とユークリッド空間ってなんだったっけ?となってしまいがちなので、最初にこういうまとめがあるのは構成としてよいと思えてきた。

代数学1---群論入門 雪江 日本評論社

(https://amzn.asia/d/6pSrNpz)

プリントレプリカ形式。演習解答に誤答例がのっているのがユニークだ。演習問題を多くのせることを目指したと書いてある通り、読者に考えさせながら読ませる工夫がなされている。そのためじんわり行間が広いことが多く、この言葉や記号の定義は何だっけ?とか、○○なので○○と書かれているがなんでそんなことが言えるんだ?とかつっかがりながら読み進めることになる。勉強になるのだが飛行機で読むには不向き。

SL(2,R)の表現論 落合 朝倉書店

SR(2,R)とは実2x2行列で行列式が1になるものである。これだけで一冊の本が書けるの?と思うかもしれないが意外と分類が豊富で最初のほうは読んでいて楽しい。しかしだんだんと分類が増えていき言っていること、目指していることが何なのかわからなくなっていく。初学者向きではないし、表現論の本はどの本を読んでも結局何がしたいのか、問題意識は何なのかが共感できない。

線形代数とグラスマン多様体 高崎 日本評論社

(https://amzn.asia/d/88HubAT)

個人的にここ最近もっともがっかりした本。最初の二ページのグラスマン多様体の定義が理解できなかった。これは結構ショックである。

n次元線形空間のm次元部分空間全体の集合をGr(m,U)と置いてグラスマン多様体を定義している。それはいいとして次ページの横断性条件が理解不能である。U^(J)と交差しない部分空間はm次元に限らないのだからGr(m,U)の部分集合になるわけないではないか?もちろん読者側の理解不足が原因だと思うが、初学者を置いてけぼりにする書き方である。もっと別の本で導入を読んだほうがよい。

テンソル代数と表現論 池田 東京大学出版会

(https://amzn.asia/d/2rSl8PB)

表現論もテンソル代数もキライなので案の定何のことやらさっぱりわからない。いろんな線形空間をあつめてひっつけを繰り返していろいろな概念がわらわらと出てくるが結局何がしたいのかわからない。表現をしたとして何ができるようになるのかもよくわからない。最初の章にジョルダン標準形が出てくるが、後の議論と関係ないのも構成として疑問である。著者に伝えたいメッセージがありそうだというのははじめにを読んで感じるのだが、つかみきれなかった。

位相空間の道標 小池 共立出版

(https://amzn.asia/d/heOlMQ8)

段組みもきれいで図も多く、一見すると読みやすいはずなのだが、読んでいるとじんわり行間が広く、よくわからなくなってしまった。大雑把に述べると、と最初のほうで言いたいことの要約があるのはいいのだが、それがなんだか逆に何が言いたいのかわからないことがしばしばあった。道標とタイトルにあるのに、なぜだか読んでて迷子になる本である。不思議だ。言い方に困るのだが、とっつきやすいようにくずして書こうとして悪い方向に数学書っぽくなくなってしまったような、そんな印象の本である。数学を理解するのに視覚イメージに頼るのはあんまりよくないんじゃないのかなという感想を持った。位相空間論という抽象的な議論で視覚イメージは助けにはなるが、ちゃんとした理解を目指すときにはむしろ邪魔になる。

個人的に詰まったのはベルンシュタインの定理である(p12, 定理1.3.3)。ここの記述を初見で読んで理解できる人はいるだろうか?

2024年5月25日土曜日

ホール効果に花束を

 ホール効果なんて誰でも測定できる、物性実験家にとって初歩の初歩の実験だ。だって測定自体そんなに難しくなんかない。電極を付けて電流を印加、磁場を変えながら電圧を読む。電極位置のずれを補正するため、データは磁場に対して反対称化。ほら、ものの数時間でなんとなくそれっぽいデータになるじゃあないか。磁場に対する傾きからキャリア密度を見積もって、強磁性体なら、何だったら反強磁性体だって、磁化に比例する異常ホール効果なんてのも出てくるけど、要するにベリー位相が創発磁場をエマージェントしてるってことさ。まあ、ちょっと小難しいことは出てくるときもある。マルチバンドだったり、トポロジカルホール効果?なんてものが出てくる場合はちょっと複雑になるけど、解析手法は確立している。適当な論文をみつけて、舗装された道を安全に渡っていけば、論文というゴールまでもうすぐそこさ。ぼくの輝かしい研究者のキャリアの第一歩。このまままっすぐ、ずっとまっすぐ。

(1) 測っている”ホール抵抗率”は\(\rho_{yx}\)なのか\(\rho_{xy}\)なのか?

ホール効果は印加電流密度\(j_x\)に対して横方向の電場\(E_y\)をつかって、ホール抵抗率として\(E_y=\rho_{H}j_x\)って書くことができる。\(\rho_{H}\)じゃあそっけないから、テンソルっぽく\(\rho_{xy}\)とでも書こう。論文を読むと\(\rho_{xy}\)だったり、\(\rho_{yx}\)だったりするな。まあ、どっちでもいいだろ。測定で出てきた電圧値(\(V_H\))を反対称化して、試料の寸法でスケールして、\(V^{Asymm}_H/(w\cdot j_x)=\rho_{xy}\)。ほら、できた。

(2) ホール伝導率\(\sigma_{xy}\)はどうやって計算するのか?

ホール抵抗率\(\rho_{H}\)に対し、ホール伝導率\(\sigma_{xy}\)という物理量も、物性を議論しているときにはよく出てくる。\(\sigma_{xy}\)は直接測定できないけど大丈夫。抵抗率とホール抵抗率の測定値から逆算すればいいんだってさ。文献をググったらすぐに見つかった。みんなが使ってて安全な変換公式\(\sigma_{xy}=\rho_{H}/((\rho_{xx})^2+(\rho_{H})^2)\)を使えば簡単。ええと、\(\rho_{H}\)はと、さっき解析したデータをとりあえず使えばいいだろう。\(\sigma_{xy}\)だから\(\rho_{H}=\rho_{xy}\)、と。
そういえばぼくのホールには異常ホール効果が含まれていたっけ。正常ホール抵抗率\(\rho_{H}^O\)と異常ホール抵抗率\(\rho_{H}^A\)を使ってホール抵抗率は\(\rho_{H}=\rho_{H}^O + \rho_{H}^A\)と書けるから、異常ホール伝導率は\(\sigma_{xy}^A=\rho_{H}^A/(\rho_{xx}^2+(\rho_{H}^A)^2)\)でいいよね?

(3) 正常ホール係数は温度依存しない定数なのか?

正常ホール効果は磁場に比例し、キャリア密度の逆数に比例する。\(\rho_{H}=-1/ne\cdot B\)。キャリア密度はフェルミ温度の高い金属では300 K程度の温度では変わりようがない。それでは温度によらない定数としてよいだろう。これは教科書によく出てくるから多分正しいに違いない。そう、良伝導体として有名な、単純な一価金属の銅なんかはたぶんそう。

(4) 正常ホール係数は磁場依存しない定数なのか?

正常ホール係数\(R_0\)を使って公式\(\rho_{H}=R_0 B\)とおこう。\(R_0\)は磁場によらない定数。だからホール効果は磁場に関して線形。きっとどんな時も。マルチバンド系で片方のキャリアのモビリティがやたら高いとか、そういうときは気を付けないといけないがそんなマニアックな状況めったに考える必要ないだろう。単バンド物質ならなおさら安心に使える公式といえる。単バンドならモビリティの効果が打ち消しあって、ホール効果に現れるのはキャリア密度だけって教科書の導出で観たことある。間違いないさ。

(5) 等価数ドーパントは正常ホール効果を変えることはないのか?

価数の違う不純物をドープすると供給される電子の違いからキャリアをドープすることができる。Si(4価)にP(5価)をいれれば電子ドープ。Al(3価)をいれれば正孔ドープ。これってつまり、原子価が同じ不純物だったらキャリア数は変わらないってことだから、正常ホール効果はドープ量によらず一定になるのだろう。じゃあアルミニウムに周期表の真下のガリウムやインジウムをドープしてもホール効果に変化はないって、容易に想像がつく。多分実際そう。これをぼくが研究しているエマージェントな量子物質にも適用してもいいだろう。Cu化合物のCuをAuに一部置換しても正常ホール効果は無傷に違いない。そういうことにしよう。だれも異論なんかないさ。

(6) 異常ホール伝導率\(\sigma^{\text{A}}_{xy}\)の計算はスピンと磁化の向きはどっち方向か?

内因的異常ホール効果はバンド構造から計算できる。理論家にお願いしたら計算してくれた。ありがたい。強磁性状態のとき\(\sigma^{\text{A}}_{xy}=\) xx S/cm...で実験の値と大体一致していてハッピー!!磁場を\(+z\)軸方向にかけたとき、電子スピンが\(+z\)軸に向くから、磁化が\(+z\)軸方向に出て、異常ホール効果が出ました。実験と理論で無矛盾に再現です。新規スピントロニクス材料開発に道。

(7) ホール効果が\(R_0B+R_sM\)からずれたらトポロジカルホール効果なのか?

ぼくのホール抵抗率はちょっと変な磁場依存性をしている。磁場に線形な正常ホール効果\(R_0B\)以外に、磁場をあげていくとくねっと曲がっている。これが異常ホール効果ってやつなのかな。異常ホール効果は確立された公式があって、磁化に比例する\(R_sM\)という項で書けるんだ。内因性?ってののときは\(R_s=S_H\rho^2_{xx}\)っていう、定数\(S_H\)と縦抵抗率\(\rho_{xx}\)で書けるんだってさ。大丈夫、磁化も縦抵抗率も測ってあるから。測定した\(\rho_{H}\)をフィットするように\(R_0B+S_H\rho^2_{xx}M\)の係数を決めて、っと。おや?どうやってもフィッテイングが合わないな。測定誤差?反磁場効果?形状効果?また小難しいことを。よし、差分をとって\(\rho_{yx}^{T}=\rho_{H}-R_0B-S_H\rho^2_{xx}M\)、これをトポロジカルホール効果ってことにしよう。さいわい誰も磁気構造を測っていないぞ。多分だけどこの量子物質では磁気構造がちょっと特殊なんだ。スピンが傾いていて電子のホッピングがベリー位相を獲得するから創発磁場を発生していてさ、エマージェントなわけよ。定量性?それは今後の課題ですねえ。

(8) 磁性体のホール効果が磁場に依存してクネクネすることに理屈をこねることは有意義なのか?

おかしいな、解析中のこの物質にはトポロジカルホール成分が磁気転移点以上の広い範囲でずっとあるみたいだ。傾いた磁気構造がないとスカラースピンカイラリティがないはずだから、常磁性状態だと消えると思ってたんだけどな...そうか揺らぎだ!スピンが揺らいでいるから、なんやかんやで電子が散乱されて軌道が曲げられてホール効果になるって理屈を考えたぞ!え?マルチバンドでも、なんだったら単バンド系でもホールはクネクネ曲がる?うーん、なんかその、そういうややこしい状況じゃないと思うんだよな。3バンドフィットなら説明できてしまうって?そりゃパラメーターを合わせればなんかフィットできるけど。それってなんか根拠あるんですか?このスパゲッティバンドの物質に3バンドモデルを適用する意義って何?量子物質はほら、複雑なんだから、物理の本質を抜き出したモデルでシンプルに説明することの方が価値があるんだよ。だから、既存のansatzには含まれていない新しい項を導入してさ、それでなんかすごいことが起きていると考えた方が合理的だと思うよ。既存の枠組みから外れないように理屈をこねるのっていかにも受験戦争を勝ち抜いてきたガリ勉の発想って感じでクリエイティビティにかけててよくないと思うな。そういえばいつも1970年代の論文ばっかり読んでるよね?現代物性物理学は古い固体物理の焼き直しだ、なんて。なんでもシニカルにとらえるのがかっこいいってひょっとして思ってる?これはぼくの論文なんだから関係ないだろ。そうやって横やりを入れて結論をねじまげるのはよしてくれ!ホール効果なだけに。

筆者注:
(0) 測定自体が簡単であることは認めるところではあるが、実践的な注意点がないわけではない。特に、ホール効果を研究し始めて知ったこととして個人的に驚いたことは形状効果である。試料横幅に対する電流端子間の比がある程度大きくないと観測したホール電圧は実際の値より過少評価されてしまう。ホール係数を使ってキャリア密度を見積もるなどするわけであるが、定量的にどの程度信頼できるのだろうか?測定したサンプルの形状は多くの場合論文に書かずに省略されてしまいがちな情報である。それにもかかわらず定量性に影響が出る要因になりうることは隠れた問題点であると言える。
(1) まずは正確なことを書こう(自分で絵を描いて確かめてみることを勧める)。右手系でデカルト座標系をとり、電流を\(+x\)軸方向に印加(電流密度: \(j_x\))したときに横方向\(y\)軸に電場\(E_y\)が生じる。\(3\times 3\)の抵抗率テンソル\(\rho_{ij}\) (\(i, j = x, y, z\))の成分の一つを用いて\(E_y = \rho_{yx}j_x\)となるので、この場合測定している物理量は\(\rho_{yx}\)である。もし電流を\(y\)方向に印加したときの\(x\)軸方向の電場を測定しているという設定なら、今度は\(E_x = \rho_{xy}j_y\)となり、測定しているのは\(\rho_{xy}\)。どちらが自然な設定かというのは派閥が分かれそうではあるが、個人的には前者の方がキャリアの符号とホール抵抗率の符号が一致して混乱が少ないのではないかと思う。
 前者の設定でさらに考える。試料中の電場ベクトルが\(+y\)方向に向いているときに\(\rho_{yx}>0\)になるので、試料上の電極に電圧計の端子をつなげるときは試料の\(y\)座標の負側にある方を\(+\)端子に、正側にある方を\(-\)端子につけることで電圧計の読みと\(\rho_{yx}\)の符号が一致する。磁場が\(+z\)軸方向にかけてあるときに\(\rho_{yx}>0\)ならキャリアは正孔的、\(\rho_{yx}<0\)なら電子的である。もちろん後者の設定でも電圧計のつけ方を逆にすれば\(E_x\)を測っていることになるので矛盾は生じない。ただしその場合、\(\rho_{xy}<0\)ならキャリアは正孔的、\(\rho_{xy}>0\)なら電子的というようにシグナルとキャリアの符号の関係性が逆になることになる(覚えていられるか?混乱のもとはなるべく減らすべきだろう)。オンサーガーの相反定理によりホール抵抗率には\(\rho_{xy}=-\rho_{yx}\)の関係があることを思い出そう。
 縦抵抗の電圧が負に出てしまっていたら抵抗が負になってしまうので電極のつけ間違いだとすぐに気づくのだが、ホール抵抗は符号がどちらでもありえてしまうので間違いに気づきづらい。測定した本人しか正しくつけられているかは知る由もない。それに加えて、文献では\(\rho_{xy}\)という記号を使いつつ、実際に測定している物理量は\(\rho_{yx}\)である場合もある。そしてそのことを文中で特に説明しないことが多く、査読でもあいまいさが指摘されることはほとんどないのでほぼ無法地帯と化している。
(2) ホール伝導率テンソル\(\sigma_{ij}\)は\(j_i = \sigma_{ij}E_j\)を通して定義されるのでちょうど\(\rho_{ij}\)の逆行列の関係である。そのことを考慮すると\(\sigma_{xy}=-\rho_{xy}/((\rho_{xx}\rho_{yy})-(\rho_{yx}\rho_{xy}))=\rho_{yx}/(\rho_{xx}^2+\rho_{yx}^2)\)となる。\(\rho_{yx}\)と\(\sigma_{xy}\)の符号が対応すると覚えておこう。
 上記のことを理解しておけば異常ホール伝導率\(\sigma_{xy}^A\)の変換公式も導ける。つまり、\(\sigma_{xy}^A=\rho^A_{yx}/(\rho_{xx}^2+\rho_{yx}^2)\)。ここで分母のホール抵抗率の項が\(\rho_{yx}^A\)とはならないことに注意。まず測定した抵抗率テンソル全体の逆行列を取って伝導率にしてから、異常項を分離するという手順なので\(\rho_{yx}\)を使うのが正しい。ただし、ホール抵抗率の全体\(\rho_{yx}\)が正常項と異常項(\(\rho_{yx}^A\))に分けられるという仮定を使っている。このことはこのことで別に検証しなければならない。
 分母に\(\rho_{yx}^A\)を使っていい場合があり、それはゼロ磁場における\(\sigma_{xy}^A\)を見積もるときである。ゼロ磁場で自発的異常ホール効果が出ているときは\(\rho_{yx}=\rho_{yx}^A\)になるのでそのような変換公式が許される。この公式を使って議論している論文として一番有名なのがおそらく doi.org/10.1038/s41567-018-0234-5 であろう。後追いのコンセプト消費型研究者はこの公式を何も考えずに丸写しにして、有限磁場中に適用して議論をすすめているため質の低い議論が蔓延することになる。ただし多くの場合、分母の\(\rho_{yx}\)は\(\rho_{xx}\)に比べて小さい(ホールアングルが小さい)ので分母に\(\rho_{yx}^2\)があろうがなかろうが、議論の定量性に影響を及ぼすことはほとんどない。
(3) ホール係数の温度依存性の論文としてカリウムを扱ったもの(doi.org/10.1088/0305-4608/10/3/018)と銅, 銀, 金を扱ったもの(doi.org/10.1103/PhysRev.174.729)をあげる。どれも一価金属でフェルミ面も一つだが温度依存性が大小あり、一筋縄ではいかないことがうかがい知れる。
(4) 単一のフェルミ面を持つ金属ですらその曲率が特殊であるとホール効果は磁場依存することが知られている。電子が散乱されるまでフェルミ面をぐるっと一周できる(高磁場領域)場合と、すぐに散乱されてしまって局所的な曲率しか感じられない(低磁場領域)場合で応答が異なるわけである。正常ホール係数はフェルミ面の体積(キャリア密度)の逆数に比例する、つまり散乱の詳細によらない大域的物理量であるというナイーブな理解とは裏腹に、電子の緩和時間に関して敏感な物理量であり、ホール効果を使った議論にすれ違いが起きる。フェルミ面の形状がよくわかっていない物質において、「正常ホール効果の成分は磁場に線形だと考えてそれを差っ引きます」という議論はかなり荒っぽい議論である。とはいえ異常項を分離し、ベリー位相とこじつけ、その大きさを謳いたいという誘惑には現代物性物理学者は逆らえない。
(5) アルミニウムにインジウムやガリウムをドープするとホール係数は符号を変えることが知られている。純良Cu化合物にAuをドープしてホール効果が驚くほど変わったとしても創発効果だなどと大騒ぎしないように慎重に考察しよう。
(6) 電子スピンと磁化の向きは逆である。電子スピンを\(+z\)方向にそろえたときの計算は磁化が\(-z\)軸方向に向いたときの状況を考えているので\(\sigma_{xy}\)も実験とは逆になる。理論家の計算が間違っているとは考えていないが、電子スピンの向きがどちらか聞いたときに正しく即答できた理論家には今のところ出会ったことはない。
(7) 異常ホール効果の解析で金科玉条のごとく扱われているのが、公式\(\rho_{yx}=R_0B+R_sM+\rho_{yx}^{T}\)である。第一項は磁場に線形な正常ホール効果、第二項は磁化に比例するconventionalな異常ホール効果である。第三項はunconventionalな異常ホール効果ということで\(\rho_{yx}^U\)と書かれたりするが、特に磁気構造の非共面性によるスカラースピンカイラリティを起源とする効果であることを強調したい場合、トポロジカルホール効果の頭文字をとって添え字Tが使われる。要するに公式の最初の二項で説明できない成分が測定データに含まれていたら、by definitionでトポロジカルホール効果と名付けることにしているのである。
 公式の最初の二項はホール効果の一番単純な表式を示しているだけであり、20世紀前半にまだ磁性体のホール効果が詳しく調べられていなかった頃の乏しい観測結果に基づく、強磁性体に限定された経験則にしかすぎない(Hurd, "the Hall effect in metals and alloys": doi.org/10.1007/978-1-4757-0465-5)。これに第三項を付け加え、反強磁性体や磁場誘起相転移をする磁性体、磁性半導体・半金属にまで広く適用しだしたのはここ最近である。よく考えなくてもわかるように上記のようなあまりにも単純化された公式を複雑な物質に適用していいかどうかは注意しなくてはいけない。\(R_0\)や\(R_s\)が磁場や温度、磁気構造や電子状態にどう依存するかは個々の物質の特性に強く依存するであろうことは容易に想像がつくし、実際成り立っていないと考えられる物質もいくつも存在する。そもそも正常ホール効果ですらも磁場に対して線形とは限らないのだから、公式の最初の二項は恣意性なくどうやって決定するのか?
 特にトポロジカルホール解析の欠陥といえる部分は実際に抽出した\(\rho_{yx}^T\)なる成分が定量的に妥当なのかを検証することがほとんどできないということである。つまり出てきた値をそのまま信じるしかないのである。理論的な上限は一応与えられているが、実際に観測されるのはそれよりも一桁も二桁も小さい値であることが多い。小さくなることに関して理屈をつけることはいくらでもできるので、観測値の妥当性に関してDiscussionで何とでも言えるのである。上限値すらも最近ではそうとは限らないとする理屈が考案され始めており、歯止めが効かなくなってきているのが現状である。私がこれまで見てきてもっともグロテクスな解析だと思った論文はホール伝導度の磁場依存性を正常ホール効果でも十分説明できることをサプリに書きながら本文では超越するすべての成分を異常項として主張した論文である。気づいていてやることと気づかずやってしまうこと、どちらがより邪悪か、意見は分かれると思うが。
 "観測"された\(\rho_{yx}^T\)を前にして科学者は選択を迫られる。これをスピンカイラリティ由来のトポロジカルホール効果として"解釈"し、背景にそれをもたらしうる非共面的な磁気構造の存在を示唆する論文を書くか、解析手法によるアーティファクトの可能性を考慮してどっちつかずの控え目な主張の論文を書くか(あるいはお蔵入りか)、である。極端な二択をあえて書いたが、迷うまでもなく全員が前者を選ぶであろう。そしてなんとかしてスカラースピンカイラリティの存在の可能性を模索するはずだ。そうでないにしても、磁気構造の存在を実際確かめるのは今後の課題としてまずは原著論文の出版が最優先と考えるであろう。このようにして論文が生産され、出版された論文を引用することで、別の研究者も自分たちの解析の妥当性を補強し、論文が出版できる。この生産再生産のプロセスがしばらく続くと巷にはスカラースピンカイラリティやその揺らぎ(どうやって確かめるんだ?)とやらによって誘起される"異常なホール効果"を観測したという論文があふれるわけである。これは科学研究というより、コミュニティー内のそうであってほしいという要望に合わせたストーリーをみんな意図せずにでっちあげているとみることもできる、と言ったら言い過ぎであろうか。このような不健全さがもしあるとしたら、それはどこから来るのであろうか?
 上記の一連の流れの中で欠落しているのは観測された振る舞いが"スカラースピンカイラリティによるものではない"という反対意見を述べる研究インセンティブである。反対意見があればそれに反論するためによりよい検証手段や精密な解析手法の提示などが生まれていき、そうであるものとそうでないものを見分けられるような改善がなされていくはずである。そうしてコミュニティー全体の知識や洞察力が増すことで分野は発展する。残念ながら上記にあげた参考文献を除いてそのような反対意見を述べようとするグループはほとんど存在しない。いったん主張がなされるとそれを反証する有効な方法もない。なぜならトポロジカルホール効果に定量的な検証余地があまりなく、現象論なので反論のしようがないのである。あるいは比較対象となりうる正常ホール効果などの自明なホール効果ですら電子状態に敏感に依存し、定量的に計算することが難しい物理量だからである。定量的にも定性的にも明確に反証できないのに、わざわざ自分たちの研究リソースを消費して反対意見を述べようとは思わないのは当然であろう。誰かそういう論文を書いて分野の健全化を図ってくれるといいのだが...
(8) もちろん物性物理学としてその起源を明らかにする試みは有意義である。一方で\(\rho_{yx}^T\)を抽出したと主張する論文の多くはホール効果の物理的起源に関して驚くほど無頓着である。上記のように様々な理由でホール効果は非自明足りうるわけである。それらを一切見ないことにして根拠のない単純化されたモデルを当てはめてそこからずれた成分をすべて創発磁場に由来する異常項に結び付けようとするのは短絡的であり、物性の理解を深めることからはむしろ遠ざかっている。科学を深めることよりも論文を生産し、先生を喜ばせるためのお行儀のよい答えを優先しているように見える。

追記:タイトルの"花束"は宇多田ヒカルの名曲『花束を君に』の歌詞にインスパイアされたものである。楽曲の趣旨とは異なるかもしれないが、大切に思っていることに対して、言いたいことが山ほどあってもどんな言葉をならべても真実にはならない、ということである。子供のころに読んだ少年漫画が自分が大人になってもまだ連載されており、長期連載ゆえの破綻やキャラが崩壊していくのを我慢しながら、終わりに近づいていこうとしているときの、不都合な部分を口に出さないようにしながら読み続けるときのような感覚。最初鑑賞したときに揺さぶられるように感動した映画や小説を定期的に何度も見返すうちにふと、撮影方法のミスや設定の矛盾点に気づいてしまったときのような気まずさ。研究室配属されて初めて渡された先駆的論文、先輩の偉大な先行研究。それらをもとに研究を進めていく内に解釈の恣意性や仮定のずさんさが見えるようになってきて、それでもそのレールに沿ってしか自分の研究を進められないもどかしさ。これらはみな、言葉にはできない感情をともなって意識の中にいつまでも残り続けてしまうものだろう。何も言うことなく花束を手向けるくらいしかできないのかもしれない。ただ、表現する方法を持っている人は救いがあり、義務があるとも言える。研究者にとって花束の代わりになるものといえば一つしかないのだから。

群と位相(横田)メモ